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第99話 兆し

 城下町を駆けるアルナレイトたち白兵戦部隊は、周囲の光景に絶句していた。


 戦争後の街、という印象を受けるほどに荒れに荒れた街並みは、壁が崩落していない家が無いほどで、奇妙なことに、レンガ壁や扉、花壇、窓に至るまで奇妙な跡が付いている。

 円形の跡ではあるのだが、縁は細かく凸凹している。

 まるで……歯形のような……。


 と周囲を観察していると、物陰から飛び出してきた黒い影を補足した。

 

 (……またかよ)


 バルブゼスは毒づきながら、剣に魔力を纏い一撃のもとに両断した。


 真っ二つになった有角人種(キャリブホーナイン)は、作戦会議で見たゼフィリオーセスのように体の至る所が内側から膨張している。

 斬った感触は魔物に近く、もはやただの生命ではなくなっていた。


 (いろんなやつを斬って来たが………これは気分が悪いな)


 バルブゼスほどの剣の使い手にもなれば、敵の最期の思念くらいはなんとなく読めるようになる。

 バルブゼスが感じ取ったのは、果てなき渇望。

 すべてに飢え、求めているのだ。

 

 (……こんなことをした野郎はとんだ外道だな………。

 即切り捨てる。それ以外はあり得ない)


 無辜なる民草をこのような化け物へと変えた存在に怒りを燃やすバルブゼス。

 アルナレイトも同様に、身を震わす怒りを必死に堪えていた。


 アルナレイトの様子を一瞥したバルブゼスは、ヘッドギア越しのアルナレイトの気配を感じ取る。

 アルナレイトからは精神の波動を感じ取ることができない。

 精神の波動とは、感じ取ることができるものだけに分かる、小さな波である。

 激しい感情や超越した感性を持つ者ほどその波、気配のようなものをはっきりと感じることができるのだが、アルナレイトからはそれを感じない。


 感じないというのに、伝わるものがあるというのは不思議なものだ、とバルブゼスは思う。

 本来伝わるものではないはずのアルナレイトの感情は、これまで味わった何とも違うものだった。


 (なんとなくわかるぜ、アルナレイト。

 俺も外道は好かない)


 卑怯、卑劣は勝つための手段でしかないが、外道はただの屑野郎だ。バルブゼスはそう思う。


 「アルナレイト、必ずニーアを止めるぞ」

 「………ああ」


 普段から女性のような声色で話すアルナレイトだが、今回は一層低い声、地底から響くような声だった事からも、アルナレイトが静かに憤怒の炎に燃えているのは確かだった。


 そしてそれは先導を務める五栄角も同様。


 「我々が離れているうちに……このような惨状と………ニーアめ!!!」

 「ゼフィリオーセス様の意思、必ずや………!!」


 とはいえ彼らに同族殺しをさせるわけにはいかないので、バルブゼスと一般兵が戦闘を務めている。


 「にしても、ちっと反撃が少ないように感じる………。

 迎撃魔術くらいはあっていいような……」

 「………だな。何か怪しい」

 

 妨害してくるのは街の一般市民だけで、それも偶然居合わせたような感じだ。

 

 訝しんでいる白兵戦部隊に、後方支援部隊のエスティエットから連絡が入る。


 【エスティエットです。

  あれから解析が進んで、煙霧の正式名称と仕組みが解明されました。

 名前を強欲・瘴気煙霧(マモンズミアズマ)

 どうやら霧と効果の瘴気は別の仕組みで動いているようです。

 ・瘴気を溜め込みその濃度を増す効果。

 ・外側から内側へ向かうほど索敵系スキル、魔術の効果を阻害する結界。

 この二つが霧の効果のようです。

 瘴気自体はそれぞれ別の存在から放たれています】

 【なるほどな。ということは、瘴気を放つ存在を倒せば、このうっとおしい霧も晴れるってわけか?】

 【であると推測します。

 霧の効果自体は簡単な仕組みで動いているようだったので、対策済みの索敵魔術を編纂しました。

 その結果。王城におぞましいほどの気配と魔力量を持つ存在を確認。

 続き、瘴気を放つ存在であると思われる、これまた王城にいる存在には劣るものの凄まじい魔力量を持つ存在を三つ確認しました。

 おそらくニーアと思われる王城にいる存在を倒す前に、この三つの存在を倒すべきかと】


 ニーア戦の最中に邪魔されれば勝利はどちらに転ぶかわからなくなる。

 その方針で進むことに決めた。

 ヌルからも賛成の意を示す連絡が入る。


 【無論だな。外側からしか観測できないが、その瘴気を取り除かない限りは狙撃の精度を保証しかねる】

 【なら、当面の目的はその3つの排除か】

 【だな。エスティエット、位置は分かるか?】

 【ええ………ですが】


 エスティエットが口ごもるのは、きっと索敵魔術によるものである以上理外の力を持つ俺にその結果を共有できないから。だろうな。


 魔力による情報であれば俺は受け取れない。そう思ったのだろう。


 だが、問題ない。


 【エスティエット。私に送ってくれた魔力の情報を電気信号に変換してアルナレイトに送る。問題はない】

 【そ、そうですか………わかりました】


 エスティエットの声には戸惑いが含まれていた。それはおそらく機巧種(エクス・マキナ)であるヌルの技術で行われる魔力的な情報を電子的な情報へ変換することが可能なのか、という疑念からくるものだろう。

 その心配は杞憂に終わる。

 送られてきた情報には正確な地図、道、そして3つの存在の位置まで記されていた。

 HU(ヘッドマウント)(ディスプレイ)に表示された情報には、その三つがすべて、王城へ続く大通りにあった。


 【待ち構えているってことだな】

 【ああ。となれば、迎撃の魔術を仕込むならその前か後、あるいは戦いの最中か】

 【なんにせよ、魔術は恐れるに足りない】

 【だな。それは気にしなくていいだろう】

 【魔術の反応があればすぐに教えてくれ。俺が前に出る】


 いかに破壊力のある仕込みだとしても、魔力によってなされているモノであれば理外の力で消せる。


 【………ッ!! 大量の魔力反応ですッ!!!】


 言っている傍からエスティエットは半ば絶叫するかのように告げる。

 五栄角、バルブゼスは即座に俺と位置を入れ替わり後方へ。俺は先頭に立ち刀を引き抜く。

 その直後。


 「「オぎゅぁぁぁぁぁぁあああっっ!」」


 産声のような金切り声、絶叫がその場にこだまする。

 

 濃い霧が満たす中、坂道に薄ピンク色の光がいくつも灯り、それがわらわらと蠢きながらこちらへと這い進んでくる。


 (なんだ………これは?)


 おぎゅああ、おぎゅああとつんざく金属質の高音。

 べちゃべちゃと湿った不快音。血の匂い。


 紫紺の濃い霧に視界の大部分を覆われているのでなにも見えなかったが、徐々にソレが近づいてきて、ぼやけた輪郭が徐々に明らかになる。

 それが何か、俺は知った時。


 えも言えぬ感情に襲われた。体の芯が急速に冷えていくのを感じた。

 これが戦慄というのだろう。


 その正体は、這いつくばるものは、角の生えた、小さいひと。


 心を、感情を鎖でぎちぎちに固定していくつもの錠前にカギをかける。

 感情を排し、倫理観を放り投げ、ただただ事実のみを語るならば。


 地面を這いつくばり、埋め尽くすのは無数の蠢く赤子。

 まだ目も見えないような未熟児たちが、石の床に体を擦りながら一心不乱こちら目掛けて這い進んでいたのだ。


 鎖が一つ一つ、凄まじい破断音を立てて引きちぎれていく。

 最後の一つ、あふれ出る感情が錠前ごと鎖を引きちぎったとき、俺はそのおぞましいさと、理解を拒んでいた事実が俺の意識へ流れ込んできた。


 「「ひっ────────うわぁぁぁぁぁぁぁっ!」」


 傭兵の一人が叫び声を上げた。


 おぞましい赤子たちは、そのすべてからレアンを超えるほどの魔力を放っていた。

 その魔力をすべてを攻撃用にに変換すれば、確実に死人が出る。

 いかに有角人種(キャリブホーナイン)とはいえ、生まれたばかりの赤子がレアンの魔力量を超えるわけがない。

 つまりあれは生体兵器。そうあるべしと作られた、生命を冒涜する者が作り出したもの。


 ニーアの力、それは睡眠欲、生殖欲、食事欲を操る力なのだとしたら………。

 

 ニーアは………有角人種たちに………兵器としての子どもを産ませるべく。

 生殖行為を────────強制した………のか?


 そう理解した時、俺は内側にあった恐怖、戦慄がすべて、憤怒の焔を激しく燃え上がらせる燃料となった。


 「「………なんなんだ、この有様はぁ”ッ!?」」

 「アルナレイト!どうする!?」

 「………殺す、しかないだろうが!」


 ニーアが兵器として作らせた子どもなら、きっとこの戦いで生き残っても死んでしまうだろう。

 わかっている。殺すことで、その命を救う。

 ゼフィリオーセスから俺は学んだ。戦いの中であれば、戦士は誇りとと共にあるのだと。


 ………だが、彼らはどうだ?

 戦う意思などないだろう………。彼らはそうあるべしとして作られた存在であり、それ以上でもそれ以外でもない。

 ただ死ぬしかないのだ。

 であれば、殺してやることこそ、救いなのではないのか。


 全員が狼狽えるなか、バルブゼスだけが乾いた笑いを上げた。


 「………っはは、まじかよ」

 「なんだ?」

 「剣から伝わってきやがる………クソ、最悪だ」

 「何が、伝わって………?」


 俺はその問を向けたことを後悔した。


 「────────あれは、敵意なんかない」


 めぐるめく思考と葛藤の中、俺の脳裏に浮かんだのは────────


 あれは、敵意で近づいているのではなく、温もりを求めているのではないか。

 生まれてすぐに親元から引き離された子どもたちが、俺達に、温もりを………親から本来受けるはずの、愛情を求めているのでは────────なかろうか────────という、残酷なものだった。


 煮えたぎる溶岩のような怒りは、しかし、彼らを前にして無力だった。


 「………無理だ」

 「………あ”?何言ってやがる!!」

 「無理だ!殺せない………!殺せるわけが………!」

 「なら俺らが死ねってのかよ!?」

 「………ち、違………」


 殺せない。生まれて愛情を知らないまま死んでいくなんて、いくら何でも──────。


 ────────いいや、バルブゼスの言う通りだ。


 だが、無理だ。そんなの残酷すぎる………!


 ────────いいや、バルブゼスの言う通りだ。


 無理だって言ってるだろうが…!!!


 ────────いいや、バルブゼスの言う通りだ。

 ────────敵を殺さなければ仲間が死ぬ。

 ────────敵を殺さないことで、お前は仲間を殺すことになるのだ。


 いつからか頭の中に響く声。

 五月蠅いんだよ。そんなことわかっている。だが無理だ。

 そんなむごいこと、できるわけがない……。だったら彼らが生まれてきた意味は何なんだよ……。


 ────────いいや、バルブゼスの言う通りだ。


 ────────お前は守るべきものがあるはずだ。それは仲間のはずだ。


 ────────命に代えてでも、守れ。


 ────────またしくじるのか?


 ────────まだ知らないだけだ。お前は。


 ────────大切なものを失う、あの絶望を。


 円環をめぐる思考。いくつもの同じ声が響く。後悔のような、怒りのような声。

 

  おまえがしねばたいせつなひとはしぬことになる れいせいになれ たたかうしかないんだ ちみどろにまみれようともたたかえ のぞまぬなかまのしをさけるにはころすしかないんだ よじんのことなどきにもとめるな うせろうせろうせろうせろはばむすべてはおれのまえからきえうせろ にげるなたたかえたたかいつづけろ はかりにかけろどちらがたいせつなんだ なかまをうしないたくなければたたかいつづけるしかない るいじゃくしようともたたかいつづけろ なかまのしをみすごすのか────────。


 そうだ。殺すしかない。

 ころすことで、すくうんだ。


 【────────ナレイト!!

 ────────アルナレイト!聞け!呆けている場合か!?】

 【ああ。わるい。もうだいじょうぶだ。ヌル。レアン】

 【何を言っている………?

 いいから聞け。インテグラル・レギオン内に培養施設がある。

 全員は生き残れないかもしれないが、お前が理外の力で分解すれば、それ以上悪化することはないはずだ】

 【……すくう、ことが、出来る……かもしれないのか?】

 【ああ。早くしろ】

 【……ありがとう……ヌル】

 【構わないさ】


 俺は目前にまで迫っていた彼らを〔分解〕する。

 陰鬱な気配を漂わせる紫紺の煙霧の中、青空のような理外素の粒子が舞っていく。


 「アルナレイト…今のは?」

 「ああ。理外権能だよ。悪かった、動揺した」

 「それはかまわねぇがよ、アルナレイト。

 お前は戦闘中に視野が狭窄する癖があるな。直しておけよ」

 「……うう、はい」

 「よし、気を取り直して先に進むぞ!」

 「「おう!」」


 何とか災難があったものの、もう少しすれば城下町を抜ける。

 三つの存在はまだ何者かわからないが、バルブゼスの体力も温存できている。

 俺もさっきは動揺したが、今はもう大丈夫だ。


 三つの存在を倒せば霧も晴れるし、戦いもしやすくなる。

 後方支援部隊もいくらか危険度は下がる。

 もう少し、あともう少しだ。


 



 ~現在の状況~


 ・白兵戦部隊部隊はニーアの策略によって足がわずかに止まるも、その脅威を排除。

 魔力の消耗は全体的に3割程度。バルブゼスの体力は2割程度の消耗に収まっている。

 城下町を突破し、王城への大通りを進む。

 

 ・後方支援部隊は魔力を温存しつつ、エスティエットは支援を続けている。


 ・ミタラ、イオラ、ヌルは撃滅級兵器の展開を完了。あとは強欲・瘴気煙霧(マモンズミアズマ)の無効化を待つのみ。

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