第9話 契約
次話投稿は12時あたりになりそうです。
どうやら俺にはスキルや魔力と言った力を扱えないらしい。
自慢になるか怪しいが、俺はそれなりにファンタジー小説や漫画を読み漁ったり、その話の中で出てくるものの元のネタになる神話なんかも好きで調べたりしていた。
そのせいか、他人よりも若干こういった世界に対する知識や体験を受け入れやすいと思っていた。
そして、実際にそういう世界に行ったらどうしよう。という話を考えた人は少なくはないはずだ。
かくいう俺もその一人で、特殊な能力に目覚めなかったりしたら、この知識を活かそうと考えていたのだが……。
それらの知識が全く無駄になるわけではないだろう。けれど、格段に生かせる場面が減るのは少し悔しい。
とはいえそれが理外の力の副作用みたいなもので、仕方ないと割り切るほかはない。
理外の力を扱えるようになるまで、スキルか魔力の知識を駆使しようと思っていたので、なにか代わりを探さないとな。
運動はあまり得意ではなかったが、こんな世界なら剣術が戦闘でも使われているはずだし、強い人に習うというのも悪い手ではないはずだ。
剣術、という言葉で一つ、思い出した。
俺は死ぬ前、走馬灯の中で刀を握って戦うという記憶があるのだ。
残滓の話からして、あれはどこかの世界で、いつかの俺の記憶だろう。
それがこの世界なのだろうが、なぜこの世界に刀が存在しているのか。という疑問が浮かんだ。
世界が異なり文化が異なるこの世界に、侍達が帯刀していた刀があるというのは、奇妙過ぎることこの上ない。
……もしかして俺は、この先何か元居た世界に共通するものを持つ人たちと関わり合いになるのだろうか。
それがいつになるのかわからないけれど、その時は刀の由来について聞くなり〔解析〕してみるのもいいかもしれない。
いったん思考をリセットするために現状を見つめなおした俺は、目の前の現実に意識を浮上させた。
先ほどの問いがいまだに信じられず、俺はいつの間にか問い返していた。
「ヌル……本当なのか?それは」
「ああ。頼む。あの子を……殺してや……いや、殺すにはお前の力が必要なんだよ」
うつむいたままのヌルは面を上げると、そこには先ほどと同じような無表情がそこにはあった。
感情を発露させない彼女には人形めいた美しさがある、しかし、その仮面の裏にはどのような思いが、葛藤が、悩みが、そして苦しみを孕んでいるのか。
それを暴くようなことは絶対にしない。けれど、事情を知りたくなるのは仕方ないだろう。
ある程度踏み込んでもよさそうな質問を瞬時に思考し、ヌルに聞く。
「なあ、どうしてヌルはその子を殺したいんだ?」
「……言えない」
言えない。ときたか。
確かに深い苦しみを持つのなら他言したくないのもわかる。けれど、その事情が分からなければ俺だって協力できない。
彼女のいうことに従えば、"右腕の代わり"とやらも用意してくれるのだろう。
––––––––––––––––––けれど、けれど。どうにも引っかかるものがあるのだ。
なぜか、彼女にこのまま手を貸せば。
なにか、良くない方向に進んでいってしまう。
確証はない。けれど、取り返しのつかないことになる、そんな気がしてならない。
「一つ、いいか?」
「好きにしろ」
「……どうしても、その子を殺す必要があるのか?」
自分でもおかしな話だと思う。
もしかしたら自分の目的になるかもしれない、そして、その人物の凶行を止めるべく、命を奪う選択肢も含めていた俺が、彼女の殺害行為を止めようとしているのだから。
「……何が言いたい?」
明らかに低くくぐもった声で、丸で別人が言ったように聞こえるその言葉の裏には、明らかに敵意ともとれる強い意志が含まれている。
これはきっと、彼女にとって踏み込まれたくない事柄に違いない。
見ず知らずの、下手をすれば道具程度にしか思われていない俺にそんなことを言われ、気分を害したのかも知れない。
しかし、彼女が誤った道に進む可能性がないわけではない。
あくまでそれはその人が信じる道であり、正解などではないのだから。
もとより世界などないのだろうが、それでも望む理想に近しい最適解はあるはずだ。できるなら、それを進むべきなのだ。
「あまり詳しいことは知らないし、無理やりに知ることはできるがそれもしない。
ただ一つ。その人物の命を奪うことが、君にとっての最適解なのか––––––––––––––––––」
言葉を重ねる。
「……命を奪うってのは、殺すってことは、そいつの可能性を奪うことと同義なんだ。
他人の命を奪うなんて、悪以外の何物でもない」
奪われる命には可能性があるのだ。
さらに悪行を重ねる可能性もあるが、更生して、真っ当に生きる可能性だってある。
罪を償いたいと、心からの意思が発露する可能性が、
命を奪えば、良くなる可能性すら捨ててしまう。だから、命を奪う行為は、最後の最後。最終手段でなくてはならない。
〔––––––––––––––––––そう、この時俺は、そう愚考していた〕
「それは、話し合いでは解決できないのか……?」
その言葉に、きっと彼女の中の何かがぷつり、と切れたのだろう。
––––––––––––––––––俺がいい終えるより早く、ソレは起きた。
いつの間にか殺意が込められた眼光は、まっすぐに俺を捕らえていたのだ。
そして、俺が問い終わらないうちに、彼女は俺に明確な殺意を持って、押し倒した。
どさっ!
背に殴られたような強い衝撃が走り、少女の肉体からはあり得ないような出所不明の万力のような握力で掴まれた両肩に激しい痛みが走る。
右肩はすでに治療を終えているにもかかわらず、その傷口からは赤黒い気配と血が滲みだす。
汗が顔に滲むのを止められないまま。ようやく人間ではないとわかった少女のような存在は、鋭い視線を俺の瞳に突き刺す。
浮かべられた表情は如実に怒りを表し、なお迷いが見て取れた。
ゆがんだ顔と口からは、少女の物とは思えない言葉が放たれた。
「「お前にッ!!お前に何が分かるッッ!!」」
続く怒号は俺の言葉を遮る。
「「あの子がどれだけ苦しんでいるのか知りもしないお前に––––––––––ッ!!」」
胸ぐらをつかみ、顔を限界まで近づけて。
思い切り歯を食いしばり、まるで人間のような動きを見せつける。
罪の意識に苛まれ、償おうとするような彼女は俺の服から手を放して、今度は落ち着いた口調で言った。
「私に、そんな権利なんてない」
俺は呼吸を正しながら、彼女を観察する。
きっとヌルは、自分自身がどうなってもいいほどの罪悪感を抱えている。
罪を償うために周りが見えなくなる程に強くそれを抱え、道を踏み外したのではないだろうか。
そんな気がしてやまない俺は、しかし敢えて、突き放す。
「理由については、話せないのか?」
「……」
無言の肯定を表しているであろう態度に、俺は座りなおしながら言う。
「じゃあ契約は締結できないな。悪いが、あきらめてくれ」
「なっ」
俺が立ち上がり、理外権能を行使しようと左手を挙げたときに、彼女はその手を握ってくる。
先ほど人間ではないとわかった彼女の手は、やはり体温など帯びていなかったが、それでも何か肉体ではないところで、体温ではない何かを感じる。
「た、頼む。お前が必要なんだ」
「……悪いが、あんな強い力で掴まれて、こちらの提案を否定された上に俺自身を否定したお前とは、契約なんてできない」
「それは……借りを返すということにしてくれないか」
そういえば、ここに魔物が入ってこないのは彼女のおかげだったな。
確かにそれは、借りを返すということにしておこうか。
「まあいいけれど、契約を結ぶかは別問題だ」
「……ありがとう」
借りを返しただけで感謝されることではない。
それに、まだ終わっていない。
「……私にできることであるのなら、お前の望むすべてを差し出そう。
それでどうだ?」
これで俺は、彼女からすべてを奪うことができる。
もちろんそんなことは絶対にしない。この世界にいるのかわからないが、それは神に誓う。
しかし、それでもまだ足りない。聞くべき言葉を聞いていない。
俺の無言の意味を察したのか、彼女は目を伏せて体の前で右手で左腕をつかみ、言う。
「……私を好きにして構わない」
「ぶっ」
まさかそんな言葉が出るなんてまるで予想もしていなかった俺は、思わずせき込んでしまった。
そもそも俺には幼女趣味はない。確かにかわいいとは思うけれど……いやまて、本当にそういう意味じゃない。
第一弱みを握ってそんなことを差せるごみクズ野郎には軽蔑と死がお似合いだ。
「そういったことの経験はないが、教えてくれれば満足のいくように学習、改善する」
「そういうのは求めてねえよ!」
「む、本当か?生体反応によればお前の興」
「本当に話を聞いてやらないぞ」
少女は首を傾げる。
これを言えば元も子もないが、俺は待ちきれなくなって言った。
「この世界の情報を俺に教えるとか、そういうのあるだろ?」
「ああ。それはもともとしようと思っていたことだからな、勘定に入れていなかった」
お人よしなのかわからない彼女の態度に呆れつつ、俺は会話の誘導をやめてヌルに提案する。
「俺がお前に求めるのはだな……」
「想定されるのは、知識、技術の提供。生き抜くための戦闘指南、それから……やはりよ」
「ちげえよ!」
俺は真剣な話をするために、一呼吸おいてから言葉を発した。
「……なぜ、少女の殺害を目的にしているか。その理由は詳しく聞かない。話したくないんだろ?
でも、殺害だけじゃなくて、話し合ってどうするのが正しいのか、その選択肢を加えてほしいだけなんだ」
「……」
先ほどと違い殺意はなく、俺の話を冷静に聞いているような彼女に俺は間違いがないように、丁寧に意思を伝える。
「何もヌルの選択が間違ってる、なんて言ってないだろ?
そもそも正しいか正しくないかなんて、誰にも決める権利なんてないんだよ。
あくまでそう思うことができるだけなんだから。
ただ、ヌルがそう信じていても、最適な道ではない可能性だってあるだろ?」
「……」
「確率論に絶対はあり得ない。だから、ヌルの信じる道が最適解じゃなくて、もしかしたら間違っているという可能性がありえるんだよ。
だから、最もいい結末を迎えるためにも、考え続けてほしいってのが、俺の要望だ」
俺の話を聞いている最中終始無言だった彼女は、話し終えると同時にコクリ、と首肯した。
どうやらわかってくれたようで、その瞳や口からこぼれた言葉からは、敵意の類は一切感じなかった。
「それも了承すれば、契約を結んでくれるのだな?」
「もちろん。そもそも俺は話を聞いてほしかっただけで、契約を蹴るつもりなんてなかったんだ」
俺が真実を話すと、彼女は少々の間をおいて言った。
「……私はまんまと嵌められたわけか」
「嵌めたって言い方はやめてくれよ」
その言い方だと俺が悪者みたいじゃないか……と部分否定すると。
「……ふふっ」
ほんの一瞬。彼女が微笑んだ気がした。
その表情は、出会ったばかりなのに今まで見た中で一番の可憐さを持っていた。
「それでは、これから頼むぞ?アルナレイト」
「ああ。俺からもよろしく、ヌル」
ヌルが差し出した手を俺が握り、固く握手を交わす。
なぜか温度を感じるその手からは、冷たさなど残ってはいなかった。
◆◆◆
握手を交わした後、俺はヌルの情報に従って近くの村に向かっていた。
俺の検討した、下流に村があるというのはどうやら間違いなかったようで、道すがら理外の力のことについて話していた。
鳥のさえずる声が響き始め、宵の帳が幕上げの時の告げていた。
朝焼けが照らす道を歩き出す一歩が、これから彼女と歩む長い長い旅路の始まりであることを、俺はなぜか懐かしく思っていたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。