the End ..... and the Beginning. (ショッキングな内容を含みます。苦手な方は読み飛ばしていただいて構いません)
何か特別なことが起きるわけでもない、ありふれた平凡で希薄な人生。
大半の人間が辿るであろう、決まった出来事をこなしていくだけの、いわば、双六のような未来。
いつもどこかで感じていたのは、耐え難いほどに胸中を覆う閉塞感。
もし本当に、この世界が双六の盤上だとしても。
せいぜい他人と比べて変わるのは、その歩の進みを決める、賽子の出目の数くらいなのだろう。
多くの人間の送る人生。
その差はどうあれ、たかがその程度でしかない。
死と無意味に帰結する人生を最後まで歩む。
まさしく酔生夢死の人生を多くの人間は送り死ぬ。
何も成せず、何も優れたことなどできるわけもなく。
ただ、僅かな差異のみで他人の人生に嫉妬し、互いに足を引っ張る。
そうした見下げたくだらない行為を、死ぬまで繰り返すのだ。盲目的に。
きっと皆、心のどこかで気づいているのだ。だが、それを意識の表層に持ってくることが恐ろしく、目を背け続けている。
自分が特別ではないということ。
自分が特別ではないゆえに。
肉体は土に帰り、記憶は塵となる。
歴史に名を刻むこともなく。
自分がかつてここに居たことの跡すら残せず。
連綿と続く無数の者どもと同じ、墓標の下に沈む。
その事象に気づくことは、何よりも恐ろしいことなのだ。
俺、或川黎人はそう思っていた。
どれだけ優しい言葉に縋っても、取り繕ったとしても。
言い表せない、まさに筆舌にし難い程の、しかし穏やかで容赦のない絶望は。
ゆっくりと、しかし確実に俺の魂を蝕んでいた。
そのどうしようもない絶望から、なんとか逃れたくて。
いや。逃げられたと勘違いしていた。
自分の心を守るために、俺はその絶望を忘れた。
忘れたという事象すら、脳の記憶領域から忘却の彼方にまで追放し、
飽和した日常を、死にながら送っていた–––––––––。
◆◆◆
帰り道。明日からもう、この道をたどることはしばらくない。
今日は4月末日。
そして来月からは、俺の人生の八割を占めることになるであろう社畜生活が始まるのだ。
ただ先に生まれただけの人間に、理不尽な罵詈雑言を浴びせられ、意味もない仕事をやらされて。
時間を無為に無意味に、食いつぶすこともあるだろう。
いや、あるはずだ。
けれど、やめさえしなければ給料はもらえるし、それなりに安定した生活を送れるはずだ。
思えば、本当に外発的な動機で生きてきた。
勉強なんてしたいわけがない。
でも、やらないと就職できないからやっているだけだ。
ともあれ、今後にあまり不安はない。
しかし気の滅入ることが多すぎるのだ。
これから務める職場には、出会いがない。
今後人生を送るうえで、寄り添ってくれる人が一人くらいは欲しい。
自分を支えてくれるような、いや、ともに立ち上がってくれる人が欲しいのだ。
……けれど、自分にそんな価値がある人間ではないことは、自分自身一番知っている。
背はまあまあ高いくらいだが、自分の顔や性格に自信が持てない。
そもそも自分に自信が持てない以前に、俺は女性が苦手だ。
なぜ女性が苦手なのか。
その理由を思い返そうとして、溢れそうになった忌むべき記憶に急いで蓋をする。
まあともかく。
俺は自分に自信が持てないということと、過去の一件があるせいで、俺は女性恐怖症のようなものを発症している。
けれど、俺にもし彼女ができたとしてもだ。
どれほど正しい気遣いができるのかわからない。
女性が美しくいられる時間は限られているというし、もしそれが本当なら、そんな貴重な時間を俺なんかのために、無駄遣いさせるわけにはいかない。
相手のことを第一に考えてあげられる人が、幸せにしてやるべきだ。
正確な病名などなく、ただのトラウマだということはわかっているが、そんなことはどうでもいい。
気にしすぎるとまた、閉めたはずの蓋の隙間から、思い出したくもない記憶があふれてくるような予感がする。
さて、なぜ俺がこんなことを考えていたかというと。
それは、目の前を歩く一組の男女の醸し出す雰囲気のせいだ。
二人はまるで、見せつけるように肩と腰に手をまわし、密着している。
所詮は他人。俺の人生の一頁に立ち会わせただけの、脇役でしかないのだから。
出演料を取られる前に、さっさと退場してもらおう。
俺は自分の肩くらいの背丈の一組を抜かして、階段を上った。
………
……
…
今日までの定期券を改札に通し、ホームへと続くエスカレーターに乗る。
ゆっくりと上昇する間に、いつの間にか4年もプレイしているソーシャルネットワークゲームにログインをする。
耳にはめたイヤフォンから、聞いていた音楽とゲーム音が混じる。
ソーシャルネットワークゲーム–––––通称ソシャゲのお知らせ画面にいくつかの通知が溜まっていることを確認し、
タブを指でクリックした。
一定以上のレアリティ(色によってレアリティが順位付けされており、このガチャでは最高レアの虹色が確定で排出される)が確定で抽選させるガチャイベントが開催されているらしい。
その画面に飛び、偶然溜まっていたポイントで、宝箱を10回連続で開ける。
どんなキャラが当たるのかワクワクする半面、こういったイベントではあまり強いキャラは排出されないという事実に期待をそがれつつ、結果を待つ。
………一個目。ハズレ。
………二個目…ハズレ
………三個目……ハズレた。
………三個目………。
………四個目……ハズレ。
………五個目………はずれ。
………六個目。そろそろ当たってもよくないか?
………七個目。あたりは確定なんだけど、来る気配がない。
………八個目。まさか……。
………九個目………もしかして。
最後の一個を見つめる。
しっかりと注意書きは見た。
よくありがちな一定回数周回しないと当たらないとかではなく、しっかりとこの十回で当たるイベントだったはず。
最後の一つは、
鈍色の輝きを放っている。
この色は最低ランクの色であるが、これが演出である可能性がある………などと考えていると。
そのままの光のまま、十個の光のリザルト画面へと移行した。
………なんと、確定ガチャで、はずれた………。
こんなに運が悪いことなんてあるのか。
いや、目の前で起こった異常認めざるを得ない。
しかし、ネットを軽く探しても、俺のようなバグに見舞われたものはいないようだった。
普通なら運営に直談判する……までは行かなくとも、問い合わせメールを送るなり、ガチャの説明を確認し直す状況だが、どこからか湧き上がってきたこれからの人生の不安で、
そんなことをする気力すら湧かなかった。
「はぁ……死にたい」
ぼそり、と相当な疲れがたまっていることが感じ取れる声色で、そうつぶやいたのは俺の横に立っているサラリーマン。
その声が持つネガティヴイメージは、
俺の中に燻っていた何かに火をつけ、
それが一気に燃え上がった。
– – – – – – – – –俺も将来はこんな風になるのだろうか。
まだ三十代半ばといった若さをほんの少し感じさせるだけで、年齢に合わないほど禿げ上がった頭。
まるで未来の自分の姿を見せつけられているように錯覚し、自己嫌悪がじわじわと心を蝕んでいく。
いつの間にか駅のホームに立っていた俺とサラリーマンは、
まるで現在と過去を写すおとぎ話にありそうな鏡に、写りそうな光景であった。
駅内に急行電車が迫るアナウンスが流れる。
その言葉に誘われるように、サラリーマンの体はぐらりと揺れ – – – – – – – – –
くぼんだ瞳と深くまで染み込んだ絶望の黒が、隈となったかのように、死体と変わらぬような顔の男は……。
揺れに体を預けた。
ゆっくりと、確実に男は。線路へと、その体を投じる。
その時、俺は気づくと、体が動いていた。
瞬時にはじけた思考と、真っ当とは言えない動機の元、体を動かした。
「手を!」
ほとんど泣いているような顔の男に、手を差し出した。
視界の左端を徐々に埋めつつある車体を朧げに捕らえる。
思いきり早く踏み込んで、目の前の男の手を握る。
男の体を全身全霊でホーム側へと引き寄せる。
……だが––––––––––––––––––。
––––––––ファァァンッッッッッ!!!
突如、鼓膜を破壊するほどの爆音で、
炸裂したのはクラクション。
俺は思わず、体を怯ませてしまった。
重心がわずかに浮き、しかし態勢を立て直そうにも、
向こうから俺を引っ張るものがある。
それは、先ほど線路に身を投げた男だった。
(不味いッ!いまは––––––––––––ッ!!)
男の目には、先ほどの死を望むような昏さはなく。
代わりに、どこから湧き出でたのか見当もつかぬほど、他者を踏み台にせんばかりの生きる活力を漲らせ、
あらん限りの力で俺を引っ張った。
態勢を崩した俺と。
全力で俺の手に縋り、力を込めて引っ張る男。
まるで死神が、俺を地獄に引きずり込もうとしているかのような感覚とともに––––––––––。
––––––––––両者の位置は、鏡写しのように綺麗に対極として入れ替わった。
眼前に迫った電車を前に、俺の脳内に数々の情景が駆け巡る。
入学式、まだ両親の伸長を上回る前の記憶。
卒業式。すでに両親の伸長を越した記憶。
そしてそこからは、なんとも奇妙な記憶が流れ出した。
……刀を握り、戦う記憶。
……〔分解〕と、叫ぶ記憶。
これは何の記憶だろうか。
実際に日本刀を握った記憶なんてないはずなのに。
流れ込んでくる、数々の記憶。
しかしその記憶は、どこか見たこともない景色で。
全く身に覚えもない場所を駆けるもの。
流れ込んでくる記憶の大半は、一切体験したことはないと断言できるものばかりだった。
ありえない大きさのカマキリや、空を飛ぶ竜。
まるで天使のような翼と、悪魔を思わせるような猛禽のそれに近い翼を持つ物と対峙する記憶。
一体何なんだこれは。
俺の身に……なにがおこっているんだ……?
これが、いわゆる走馬灯。
走馬灯というのは、身に迫った死を回避するために、これまでの経験を総動員させることらしい。
おそらくゲームの記憶も交じっているのだろうが、それでも説明がつかない。
この現代にゲームに入り込んで自分で体を動かすようなゲームはないはずなのに、その記憶ははっきりと画面に映るものを眺めるようなものではなく。
明らかに目で見ている立体感……だけではないだろうが、実際に存在するような感覚があり、それをなぜか否定できない。
しかし、こんな奇妙な記憶があろうと意味はない。
その記憶に頼っても、空中で電車を避けることなんてできやしないからだ。
最後に映った光景は、眼前に迫る車両。
その運転手の、何とも言えない壮絶な顔。
そして、まるで俺を蔑むように見下した、生きているのか死んでいるのかわからない程の憔悴した顔だった。
その顔は、まるで死神のように。
どくろに皮だけが張り付いたかのような顔は、
最後に、嗤った。
吊り上がった口角は、自らの生存を喜ぶものだったのか。
それとも、俺を死に至らしめたことの歓びだったのか。
それを判別する前に、先ほどの奇妙な記憶がちらつくままに、そこで俺の思考は途切れた。
◆◆◆
或川黎人の体は、高速で迫る鉄の塊によって砕かれ、四散した。
この人身事故によって、尊ぶべき命が失われた。
しかし––––––––こと現代社会において。
決して珍しいことではなかった。
それゆえに、テレビやニュースに流れる、人目を引くために作られた、中身のないに等しいコンテンツの濁流に流される。
人々の記憶にとどまることなどなかった。
こうして、地球という星に生きる霊長。
ヒトという種族の一人。
或川黎人の人生は幕を下ろした。
結末は少々他人と異なったものの、それでも決して特別ではなかった。
平凡な人生は、少々のイレギュラーを孕んだのみで、多くの人間とさほど変わりはしなかった。
これが、彼、或川黎人の終わりであった。
………
……
…
––––––––––––––––––––––しかし。
彼の物語は終わりではなかった。
これは、この物語は。
彼が世界を救い、そして導く物語。
ゆえに、この出来事はあくまで序章。
その第一節にすら過ぎなかったことは。
まだ。
誰も。
知る縁はない。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。