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疾風バタフライ  作者: 霜月かずひこ
9/27

第7話

 その後、2回戦、3回戦と勝ち上がった俺は県大会出場をかけた大一番を迎えた。初心者と当たったり欠場が出たりと謎の豪運のおかげでなんとか勝ち進んできたがさすがにこれ以上は期待できないだろう。

 この先は最低三年間は卓球に打ち込んできた猛者たちと対戦することになる。

 そしてその相手ってのが――


「越谷。久しぶり。卓球続けることにしたんだ?」

「……っおう、まあな。久しぶりだな道畑」


 ――道畑みつる。

 この地区でトップ5に入る実力者であり、イップスになって苦しんでいた俺が最後の悪あがきとばかりに勝負を挑み、敗北した相手でもある。

 イップスになった試合とは別で、俺が最後に卓球と向き合ったのはこいつとの試合だった。それくらい俺にとっては思い入れがあり、かつ実力を認めている選手なのである。通算成績では一応勝ち越しているものの、苦戦させられた記憶しかないのがその証拠だ。


「じゃ、またすぐ後で」

「ああ、お互いいい試合にしようぜ」


 軽い挨拶をして道畑は自分の場所へと戻っていった。

 道畑の戦型はいたってオーソドックスな右利き両面裏のオールラウンダー。

 特別な武器こそないが、それゆえに何でもできる器用なタイプだ。

 ……果たして欠陥だらけの今の俺に道畑を倒せるだけの力があるだろうか?


「……やっべー勝てる気しねえ」


 危機的な現状に思わずネガティブな声を漏らすと、それが気にくわなかったのか横にいた朝倉が突っかかってきた。


「えー越谷くんまだ3回戦だよ。今から弱気でどうするのさ?」

「わーかってるよ朝倉。負ける気だってさらさらねえよ」

「ひゅう、かっこいい♪」

「……」


 ほんとにこいつは舐めてんのか。

 相変わらずの態度に腹は立ったので俺は無視で対抗。

 おかげ様でさっきまでの後ろ向きな気持ちはどこかへ消え去った。


「ふー……ぜってえ勝つ」


 コートに入る前に大きく深呼吸。

 さらに一発足に気合を入れて、俺はゆっくりと卓球台の前に立った。


「「お願いします」」


 挨拶、軽い練習、ラケット交換と着実に試合へと進んでいく。

 相手のラケット構成は中学時代の記憶と大差ない。

 だがその一方でフォア打ちの安定度は格段に増している。

 こりゃますます手強くなっていると考えた方が良さそうだな。


「じゃんけんポン……先サーブいただきます」

「了解」


 最後にサーブ権を決めて、お互い定位置についた。

 じゃんけんに負けてしまったのでサーブは相手から。

 お互い定位置について試合が始まった。


「ラブオール」


 相手の最初のサーブはフォア側深くに突き刺す下回転。

 最初に出すサーブとしては無難と言えば無難な選択だ。

 台上技術で下手に打ち込まれる心配もなく、また相手にサーブをドライブさせて一気にカウンターで打ち抜くこともできる。

 しかし俺もそれはわかっているので裏をかいてツッツキで相手のバック側に鋭く返した。

 

「――っ!」


 不意を突かれて焦ったのか、相手は強引にドライブで持ち上げてくる。

 ――がそんな無理打ちではコースは限られている。 

 俺は落ち着いてブロックし、空いたフォア側に流し込んで得点。


「しゃあっ!」


 ドライブで流れを作れない俺としては相手のドライブを利用して戦うのが基本の形になってくる。相手の力をそのまま跳ね返すブロックを多用した今のスタイルはまさに狙い通りの形とも言えるだろう。

 それを象徴するように第1セットは、相手がドライブをして、俺がそれをブロックするという展開が続いた。

 

 ――だが単調なブロックなど相手からすれば返しやすいのが道理。

 序盤こそ互角に進んだが、さすがにコースを読まれるようになってきている。 

 

 「……そろそろやるか」


 すでに第1セットも終盤だ。

 ミスを恐れて出し惜しんでいる余裕なんてねえ。

 俺は意を決してラケットを反転させ、バック面でフォア側に来たドライブをブロックした。

 だがコースはやはり読まれていたようで、道畑はすでにブロックした打球に追いついている。

 しまった、ちょいと迂闊だったか!

 後悔したがもう遅い。

 絶好のタイミングで繰り出された一撃が俺の横を貫いて……いかず、ラケットをすり抜けたボールは無残にも床を転がっていた。


「――え? う、嘘だろ」 


 それが予想外だったのか、道畑はただ茫然とラケットを見つめている。

 確実に決まっていたであろう一撃が外れたのだから無理もない。

 少しだけ俺の打球が特殊だった故に起きたミスである。

 ……にしても危なかった。次からは気をつけねえとな。

 さて…… 

 

 「はよボールよこせ」

 「わっ……わかった」


 ボールを道畑に拾ってもらい、俺はすぐに試合を再開。

 せっかくのチャンスだ。考える時間は与えねえ。

 サーブもあえてロングボールを多用し、素早い展開に持ち込んでいく。

 これだって立派な駆け引きだぜ。


「くっ……このっ!」


 道畑もなんとか応戦しようとするが先ほどの空振りがまだ堪えているのか、動きにキレがない。対して俺は丁寧に左右に振り回し続け、点を重ねていく。

 結局、第1セットはそのまま流れをつかんだ俺が制した。


「11-9。ありがとうございました」


 セット間休憩のため試合場の端まで戻ると、応援に来ていた朝倉と目が合った。

  

「まずは1セットだね。ちょーっと危なかったけど」

「うるせえな、取れたからいいだろ」

「へー取れたからいい? 私と華怜ちゃんに面倒を見てもらっておいてその態度はないんじゃない?」

「すんません。その節はお世話になりました」


 まさしくごもっともなので何も言い返せなかった。

 この一週間、振り返ってみても朝倉と今宮との記憶しかない。

 朝から晩までみっちりと練習に付き合ってもらったのだ。

 この二人が色々残念な性格であることを差し引いてもおつりが出る。

 いや、マジで全国経験者二人に教えてもらえるとか贅沢すぎだっての。


「よろしい。楽しかったからいいけどすごく大変だったんだからね」

「……っ!?」


 ぷくっとほほを膨らませて怒ったふりをして見せる朝倉。

 いつもならあざといとしか思えないその仕草に、なんでか言葉が詰まってしまう。

 これが恋という奴なのだろうか?

 胸が不自然にざわめくのを感じながら後ろを振り返ると、これまた不自然な笑顔の今宮が立っていた。


「ええほんとに楽しかったですわね。ね? 越谷さん?」

「今宮……どうしたんだよ急に?」


 そしてなんでお前の笑顔からは俺への敵意を感じるんだ?

 というかったさっきからの不整脈の理由はこれかっ!

 ちょっと話していただけでここまでとはな。 

 今宮の相変わらずの嫉妬深さには感服するしかない。 


「どうしたも何も随分とお二人が楽しそうだったからつい」

「はぁ? 何言ってんだよ。おい朝倉からもなんか言ってやれって……」

「えへへ♪ そんなに楽しそうだったかな?」

「っておい! 朝倉! こんな時に変な態度取るんじゃねーよ! てか今宮? さっきから俺の頭掴むのやめてほしいんだけど……」

「梅干し!」

「ぎゃあっ!?」


 いだだだだだっ! 頭が割れるぅ!

 悶絶している俺の視界の端で朝倉がクスクスと笑いを堪えているのが見えた。

 こいつ。嵌めやがったな。絶対に許すまじ。


「それで秘密兵器の使い心地はどうだった?」

「ちっ……話変えやがって。まあようやく馴染んできたって感じだな。これならまともに戦えそうだぜ」

「秘密兵器? ……あの! 秘密兵器って何なんですか?」

「あーそういや早瀬には言ってなかったか。こいつだよ」


 俺は試合に使ってたラケットを手に取り、バック面を指さして答える。


「これって……」

「――アンチラバー。あらゆる卓球ラバーの中でも特に異質な性質を持つラバーだぜ」


 通称アンチラバー。アンチスピンラバーともアンチトップスピンラバーとも言われている。

 このラバー最大の特徴としては摩擦が限りなく少ないことが挙げられる。

 摩擦が極端に低いことでボールがすべってしまい回転をかけることは難しいが、その代償と引き換えにボールが滑ることによって回転の影響も受けにくいという性質がある。回転が命の卓球においてまさに《《回転殺し》》とでも言うべきラバーなのだ。


「だからどんな回転が来たって当てれば返しやすいのはもちろん、ほぼ無回転の打球で返球できるんだ。特に無回転の打球ってのが肝でな」


 相手からすれば上回転ほどは伸びてこない、かといって下回転でもない奇妙な回転。回転がありふれている卓球というスポーツにおいて無回転という変化は、どの回転よりもやっかいである。それが普通のブロックと同じフォームで飛んでくるのだから相手からしたら厄介この上ないだろう。


「しかもアンチラバー使いは人口がすくねえから対策されにくいし、皆慣れてないから余計効きやすいんだ」

「すごいです! 最強のラバーですね!」

 

 とここまでの説明を受けて早瀬は感嘆するが、すかさず朝倉が補足を入れる。


「……だけどやっぱり梓ちゃんも気にしてた通り回転をかけにくいってのはけっこう大変なんだよねー」


 回転をかけられないということは他の多くの選択肢を捨てていることと同義である。回転が重要な卓球においてそれは大きなリスクを伴うのだ。


「あとけっこう使いこなすの難しいんだよ。慣れるのに一時間もかかったラバーなんて初めてだった」

「……いやいや普段使ってないラバーを一時間で使いこなせるようになる人間なんて朝倉ぐらいだから。普通に化け物だわ」

「もー化け物だなんてひどいよ越谷君。私はただアンチラバーの使いづらさを早瀬ちゃんに伝えただけなのに」

「まあまあ。……寧々は特殊ですからね」


 自慢なのか天然なのかはさておき、朝倉が言うようにアンチラバーには使いずらいという欠点もある。回転に慣れているというのはこちらが打つ時も同じこと。時々遊びで使ってた俺でさえちゃんと使えるようになるまで一週間以上はかかった。

 ってか1回戦や2回戦で苦戦してたのもそのせいだったり……

 

「っとやべえ。そろそろ戻んねえと。悪かったな朝倉。化け物呼びは撤回しとくぜ」

「いいよ許してあげる。……あっ! そうだ越谷くん。そんな寛大な私から一つアドバイス」

「あ?」

「相手に嫌われること……以上!」

「なんだそりゃ?」

「とにかく嫌われてきなよー」

「意味わかんねえ」


 嫌われろ……か。

 朝倉の真意はよくわかんなかったが、一応心には留め、俺は急いでコートに戻る。卓球台の前ではすでに用意を済ませた道畑が俺を待っていた。


「驚いたよ。まさか越谷の高校に朝倉寧々と今宮華怜がいるとはね。そりゃ越谷も復帰するわけだ」

「はぁ? 何が言いたいんだよ?」

「ん? だって越谷、朝倉の大ファンだったじゃん」

「だだだだ誰があんな奴の大ファンだってのっ!」


 ほんのちょっと朝倉のインタビュー記事を読み漁っていただけだし。

 全然ファンとかじゃねえからっ!


「はいはい。言い訳はいいからさっさとやろう」


 俺の抗議を心底面白そうに聞き流す道畑。

 まるで第1セットの仕返しとでもいいだけな感じだ。

 

「ラブオール」


 くそ、朝倉といい道畑といい俺をからかいやがって。

 内心毒づきながらも、俺は大人しくサーブを構えた。


「――いくぞ」


 まずは挨拶代わりに目が覚めるような速球を道畑に叩きこむ。

 コース、速度共に絶好調。

 しかし――


「もうそのサーブは見切ったよ」


 道畑は即座に反応して、俺の届かない奥に打ち返してきた。


「……やってくれやがったな」


 これでは迂闊に速いサーブを打てない。

 かといって普通にサーブを打とうものなら――


「甘いっ!」


 長く遅い展開に持ち込まれ、こちらのミスから点を失ってしまう。

 まずい。こっちのサーブで2失点。立て直さねえと。

 焦る俺をまっすぐと見つめながら道畑は告げる。


「確かにアンチの緩急は厄介だよ。……でもそれなら最初から無回転で打てばいいだけだ」

「っ!?」

 

 宣言通り、道畑はバック側に速いナックルのサーブを連発。

 無回転を無回転で返しても緩急など生まれるはずがなく、道畑に気持ちよく強打されてしまう。


「ちっ! そうくるか」


ならばと強引に打ち合いに持ち込んでも、アンチのないフォアにボールを集められて緩急を封じられた。万事休す。完全に道畑のペースである。そうして立て続けに攻められ、気づけば6点もリードされていた。


「……勝負あったね。アンチに転向するのはいい選択だったけど付け焼刃じゃ俺には通じない」

「そう……だな」


 確かに道畑の言う通りかもしれねえ。

 たった一週間と少しで三年の重みを超えようとしたのがそもそも甘いのだろう。


「だけど、まだ早えよ。まだ勝負は終わってねえ」

「何をいって……」


 困惑する道畑をよそに俺は朝倉のあのアドバイスを思い出していた。


「――いくぞ道畑。こっからはそう簡単に《《卓球》》できると思うなよ」


 そういって俺は少しだけ威力を落として速いサーブを放つ。

 返されることなどもちろん想定内。

 威力を落とした分だけ生まれる時間を利用して俺はボールに追いついた。


「よし」 


 まっすぐ相手のバックに返球、俺は打ち合いに道畑を引きずり込む。


「何度やっても無駄だよ」

「そいつはどうかな?」


 先ほど同様緩急を殺そうとしてくる道畑に対し、俺はラケットを反転させてアンチラバーで受けた。


「そうきたか、だが……」

「何言ってんだ、まだまだこれからだぜ」

「なっ!?」


 すかさず同じアンチラバーに打ち込んできたところでまたもラケットを反転。

 これで道畑はどちらかに絞り込むことはできない。

 ラバーの違いによって生じた緩急に、道畑の返球がずれていく。 

 そこを見逃さなかった俺はついに打ち合いに競り勝った。


「しゃあっ!」


 この一点で勢いに乗った俺は徐々にリードを縮めていく。


「このっ!」


 何とか対応しようとしてくる道畑に対し、俺は頻繁にラケットを反転させて抵抗。さすがの道畑と言えどもこうも状況をぐちゃぐちゃにされてはすぐには適応できないはずだ。

 右に左にコースが変わり、回転が不規則に変化し続ける。

 お互いに速球を打ち合う王道からは大きく外れたそれが俺の新しい戦型だ。

 ……ほんと、漫画だったらすごいヒールの役の奴がやってそうな戦型だな。 

 「相手に嫌われろ」とは言うがやりすぎな気さえする。


「越谷、ずいぶん性格がねじ曲がったね。……前はもっと単純馬鹿だったのに」

「おい、聞こえてんぞ。ったく。まあそうだな。この一週間それだけをやってきたからな」


 相手がアンチ対策をしてくるなら、こちらはその対策をすればいい。

 朝倉と今宮が俺にひたすら仕込んでいたのはまさにそういうことだった。

 

「強いね越谷。いや越谷は元々強かったか」

「……そうでもねえよ」

 

 意味深に笑って見せる道畑を見て言葉に詰まった。

 その瞳には一体どんな感情が渦巻いてるのか俺には想像もつかない。

 だけど一つだけ。強い覚悟が宿っているのが俺にもわかった。


「――だからこそ越谷には負けたくない」


 さらに攻勢を強める道畑は得意のドライブを連打。

 俺はフォアに来たドライブをラケットを反転させてアンチで返球し、生じた緩急に道畑は足を滑らせてしまう。

 ――だが


「はあああああっ!」


 姿勢は最悪、コースだって限られているのに道畑は止まらない。

 強引に強情にドライブを入れてくる。

 

「くっ! やるな」

 

 道畑の迫力に押されながらも俺は負けじと打ち返した。

 そこからは道畑が打ち続け、俺はさばくという構図が続く。

 まさに矛と盾の対決。

 実力はほとんど拮抗しているが、緩急を使いこなす俺に若干分がある。

 その優勢を生かし第2セットも俺が制した。

 再びセット間の休憩に入ろうとすると、道畑が声をかけてきた。


「……越谷。このまま行くだろ?」

「言ってくれんな。……いいぜ、やってやるよ」


 売り言葉に買い言葉でそのまま第3セットに突入し、息も止まらぬ攻防が続く。


「越谷。ずいぶん疲れてそうだね」

「そういうお前こそ、がくがくじゃねえか」


 お互い軽口を叩きあうものの、実のところそこまでじゃない。

 疲れているのに不思議と力が湧いてくる。

 久しく忘れていたそんな感覚だ。


「へへっ。まだまだいけんだろ?」

「もちろん、なめてもらっちゃ困るよ」


 ――こいつにだけは負けたくない。

 激しい打ち合いの最中、疲れ切った体を支えていたのはそんなシンプルな感情だった。


「「はああああっ!」」


 互いのプライドがぶつかり合い、火花を散らす。

 3セット目は意地で道畑が取返し、4セット目は俺がペースを握る。

 そして長かったこの試合にもついにその時がやってきた。


「――テンエイト。……なあ、もう最後だぜ?」

「そうだね。でもあと4点取れば勝つのは俺だよ?」


 その言葉は決して強がりではない。

 道畑からはそう思えるほどの自信を感じる。


「ははっ。わりいその通りだ。俺が馬鹿だった」


 相手はあの道畑だぜ?

 あと1球だなんて油断している場合じゃねえだろ。 

 俺は気合を入れなおすため深呼吸し、再び道畑に目を向ける。


「いくぜ――道畑」

 

 垂直にトスを上げ、落ちてきたところに回転をかける。

 ここぞという場面のために温存してきた新サーブだ。

 これでミスってくれたら御の字なんだが、道畑は平然と返してきて打ち合いに発展。 

 その最中、道畑は今までにないくらいの攻勢をしかけてきて


「越谷あああああっ!」

「っ! しまっ……」


 一段と増した気迫に押し切られ、返球が甘くなってしまった。

 緩急など無意味なくらいのチャンスボールである。

 ――何よりこの状況で外す道畑じゃない。


「そこだっ!」

「くそっ!」


 案の定、気持ちいいくらいの一撃を叩き込んできた。

 咄嗟に俺も後ろに下がったがさすがに取るのは厳しい。

 これは諦めるしかねえな。

 まだ余裕があるし、無理して取り行くようなものでもねえだろ?

 気弱な悪魔が俺の足を引っ張ったその時、


「――越谷くん!」

 

 誰かが俺の背中を押したような気がした。


「負けるかぁあああっ!」


 走る、走る、走る!

 突然の動き出しに足がもつれそうになるのを堪えながら、逃げていくボールを追いかける。

 ボールは今にも落ちる寸前。

 だけど諦めねえ。 

 練習に付き合ってくれたあいつらに、朝倉に、諦めるなんて情けない姿を見せるわけにはいかねえんだよっ!

 俺は体ごと投げ出して必死に手を伸ばし、脇目もふらずにラケットを振りぬいた。


「ぐふっ」


 パシンッ! 

 確かな手ごたえを感じた後、体が地面に衝突し、衝撃が骨の髄まで染み渡る。

 だがボールは俺のラケットに当たり、きれいな軌道を描いてコートに収まっていた。

 さすがの道畑と言えどこれには反応できず、ボールが床に落ちる。

 11-9。

 この奇跡の一球によってよって俺は勝利を収めた。

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