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疾風バタフライ  作者: 霜月かずひこ
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第22話

「ははっ! すげえすげえよっ!?」


 ――最高に気持ちいい!

 反応も打球感覚もさっきとは大違いだ。

 速度は時間を凌駕している。

 感覚が極限まで研ぎ澄まされていくのがわかる。

 そこは大きなさいのうある者のみに許された境地。

 朝倉に率いられて俺もその世界にたどり着いた。

 一方でその朝倉と言えば、


「へっへっへー次はこうしちゃお♪」

「っ!?」


 さっきから神がかりなプレーを連発してばかり。

 そんな彼女へ通じる武器なんて俺には1つしかない。

 俺はロビングで粘り続け、朝倉のスマッシュが甘くなったところをすかさずドライブで打ち返す。

 高い軌道を描いた白球は台に収まった。


「……もーどれだけ拾えば気が済むのさ?」


 苦笑しながら朝倉は言う。


「なんか普通に打ち負けるより悔しいんだけど」

「そいつはどうも。俺からしたら誉め言葉だぜ」

「ふーんだ。じゃあこれはどう?」

「――っと」


 ……バック手前に下回転サーブか。

 無難にツッツキで返すと、朝倉はカットでつなげてくる。

 おそらくカットなら、さすがにロビングしてこないと考えたのだろう。

 そして俺ではカットをドライブすることは無理だと。

 実際、俺は朝倉の下回転に負けて返球できてなかったからな。

 

「……なめんなよ」

 

 カットの軌道を先に読んで、俺はそこで待機する。

 ラケットにボールが当たる瞬間、一気に力を込めた。

 朝倉の打球は岩のように重い。

 並大抵の回転じゃこの重力は振り切れない。

 けど今の俺なら!


「はあああああっ!」


 全力で打ち出された白球はネットを超え、相手のコートに入った。

 朝倉も予想外だったのか、反応できていない。 


「どうだ? 俺もなかなかだろ?」

「やるね越谷くん♪」


 白熱した駆け引きに朝倉の口角が上がる。

 たぶん俺も似たような顔をしているはずだ。


「もっと飛ばすね」

「なっ!?」


 笑顔のまま、さらっと衝撃の発言をする朝倉。

 恐ろしいことに、すべての動きのキレさらにが良くなっている。

 朝倉は「限界」という言葉を知らないのかっ!?  


「おもしれえっ! だったらどこまでもついて行ってやるっ!」 


 大きな翼で飛んでいく彼女に置いて行かれないように、俺は小さな羽で追いすがる。

 そうして15分くらいは耐えていただろうか。

 俺は右へ打ち込まれたスマッシュを打ち返そうとして。


「かはっ!?」


 分不相応な力を行使した反動が突然やって来た。

 やはり貧弱な俺のさいのうでは、この世界の環境に耐えられないらしい。

 骨は軋み、筋肉は悲鳴を上げている。

 呼吸は乱れ、足がふらつく。

 体力はとっくに尽きている。

 もうボールを見送ることしかでき……


「まだだっ!」


 体が限界?

 それがどうしたっ!?

 今更なんだっ!?

 まだあの球は生きている。

 このまま負けを認めるなんて、そんなのは俺のプライドが許さねえ。

 何より一度くらいは俺だって勝ちたいんだよっ!


「届けええええええっ!」


 弱音を吐きたくなる自分を吹っ飛ばして、俺は白球を打ち上げた。

 体ごと投げ出したため、遅れて衝撃がくる。

 だが倒れている暇などない。

 俺はすぐに起き上がり、朝倉の出方を待つ。

 ……さあ来い朝倉。

 どうせ次もえげつないのが来るに決まって……っ!?


「…………は?」


 一瞬、幻覚が見えたのかと思った。

 高くバウンドするはずの球が、ツッツキでもされたかのように短く止まったから。

 もちろん幻などではない。

 朝倉による絶技の一種。

 こんなもん動画でしか見たことがない。


「や、やべえ!?」


 考えてる暇なんてない。

 短く止められたせいで、球が死ぬまでの猶予はあとわずか。

 

「負けるかよぉぉおおおおっ!」

 

 動け、動け、動けぇ!

 俺は必死に走り、ピンポン玉に追いつくが、朝倉はそれを待っている!


「もーらい♪」


 俺が下がるより前にスマッシュを打ち込んできた。

 上下に動いたせいで体が思うように動かない。

 ここからの返球は不可能に近い。

 ――けれどまだだっ!

 俺は敢えて下がりきらずに、中間地点にとどまる。

 奇跡を起こすタイミングは、ほんの一瞬。

 わずかでもずれれば、致命傷になる。

 ゆっくりと流れる時間の中で、俺は慎重に見極め、

 …………今だっ!


「っっっらあああ!」


 ――その刹那を打ち抜く。

 白球は放物線を描きながら卓球台を駆け抜け、朝倉の右をぶち抜いた。


「しゃああああ! 見たかよ朝倉? すげえだろ」

「あははは! 越谷くん最高だよ♪」

 

 それが面白かったのか、笑い出す朝倉。

 俺もつられて笑ってしまう。

 卓球が楽しくて楽しくて仕方がないとばかりに。

 子供のように卓球に興じ、夢のような時間は過ぎていく。

 壮絶な打ち合いを経て、朝倉がマッチポイントを迎えた。

 

「…………随分と長くなっちゃったね」

「ああ、ひどい回り道だったぜ」

「ねえ…………越谷くんはさ、楽しかった?」

「そんなの言うまでもねえよ」

「良かった。私もだよ」

「……そうか」 

「うん♪」


 朝倉は太陽のような笑顔を咲かせて、大きくトスを上げる。

 ――ありがとう。

 ――ごめん。

 ……お前のおかげで本当に楽しかった。

 ボールが落ちるまでの数秒。

 様々な思いが駆け巡り、俺は息を吐く。


「いくよっ!」

「こい!」


 そしてサーブが放たれると、俺は残りの力を振り絞ってボールを打った。

 今度の打球は台から大きく外れて床に落ちた。

 

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