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疾風バタフライ  作者: 霜月かずひこ
18/27

第15話

 ブーブー。

 携帯のバイブ音で意識が覚醒しかける。

 ここの所眠りが浅く、ささいなことで起きるということが続いていた。


 原因はわかってる。

 先日の試合以降ずっとそうなのだから。

 けどそうは言っても、あれから数日過ぎればさすがに慣れてきた。

 現実を受け入れて諦観すれば苦しくもない。


 ……寝るか。

 せっかくの休みの日だし、通知は後で確認しよう。

 俺は眠気に身を任せて意識を手放すことを選択。

 再び心地よい夢の世界に浸れるはずだったのだが、


 ――ブーブー、ブーブー、ブーブー。


「ああ、もうしつけえな!」


 鳴りやまない通知に苛立ち、つい起きてしまった。


「ちっ。誰だよこんな朝っぱら」


 俺は乱雑にスマホを手に取り、メッセージアプリを起動して、犯人を確かめる。

 すると朝倉からの通知がとんでもない量来ていた。

 それだけ多く送るということには何か理由があるのだと思いたいが、朝倉のメッセージのほとんどは「おはよう!」だとか「おきて!」といった内容のものばかり。


『連投テロやめろ』


 怒るのも面倒なので簡潔に俺の願いだけ送信すると、秒速で朝倉から返信が来た。


『越谷くんおはよう! さっそくだけど今日暇?』 

『おう、おはよう』

『おはよー! それで今日暇?』

『あーわりいけど家の用事あるから無理だわ』

『えー今日は家族皆ゆっくりしてるんでしょ?』

『は? なんで知ってんだよ』

『おじいちゃん経由でね♪』

 

 ちっ。裏取りは十分ってか。

 なんか朝倉のどや顔が想像できてムカついたので、率直に断りを入れる。

 

『じゃあ普通にだりぃからパス』

『別にそれでもいいよ? 私が越谷くんち行くだけだから』


 …………効果は今一つのようだ。

 まるで動じてないと言わんばかりの態度である。

 ……あーくそ。

 もうこの先の展開は読める。

 俺がごねようものなら、『越谷くんがそんな態度ならあの壁ドンのことご家族に報告しちゃお♪』とか言って脅してくるだろう。


『わかった。降参だぜ。何時にどこへ行けばいい?』

『殊勝な心掛けですな。じゃあ1時間後に駅前集合ね』

『おう』


 俺が潔く受け入れると、朝倉からハートのスタンプが送られてきた。

 まったく。ハートとか反応に困るからやめろよな。

 朝倉のことだから大して気にしてねえんだろうけど。

 俺は苦笑しつつ、出かける準備を始めた。



***********


 駅前に着くと、既に朝倉が俺を待っているのが見えた。


 「おーい越谷くんこっちこっち!」

 「わかってるって」


 大声で呼ばなくてもわかるっつーの。

 下手に呼ばれても面倒だし、俺は駆け足で朝倉の下へ向かう。


「おい朝倉……おまえその恰好は」

「どう? 機能性重視♪」


 くるりと一回転した朝倉の服装は、ジャージに学校の体操着という組み合わせ。泉岳寺と思考こそは違うものの、同じ服装に至ったことを考えると、なんだかおもしろい。


「……ま、朝倉の場合は単純に卓球馬鹿ってだけだな」

「ん? なんかいった?」

「いいやなにも」

「えーほんとにぃ?」


 くそ、顔近いんだよ!

 真正面から顔を覗き込まれて、俺は顔を逸らした。

 狼狽える俺が面白かったのか「くふふ」と朝倉は笑う。

 

「まーいいよ。いこっか越谷くん」 

「お、おう。てか今更だけど試合大丈夫なのか?」


 もうすぐ女子のインハイ2次予選があったはずなのだが、


「大丈夫大丈夫♪」


 朝倉がそういうならそうなのだろう。


「そうかよ。で今日はどこいくんだ?」

「うーん。とりあえずは……ここにしよっか」


 しばし考え込んだあと、朝倉が告げた行先は数個先の駅にある大型ショッピングモールだった。


「おう、じゃあちゃっちゃと乗んねえとな」

「うん♪」

 

 俺たちは電車に乗るべく、駅の改札を通る。

 20分程して俺たちは目的地にたどり着いた。


「とうちゃーく♪」

「やっぱアクセスいいよなここ」


 

 家族で何回か来たことがあるが、駅からも割と近く、いろんな店が入っているので何事にも困らない暇を潰すにはうってつけの場所である。

 まずは朝倉が買い物がしたいということで、俺たちは某服のチェーン店へ。


「あーこれいい! でも値段がなぁ。うー悩むなぁー」


 店に入るなり、朝倉はいつにない真剣さで服を物色し始めた。

 ふりふりの可愛い系から、大人っぽいエレガントな服まで様々なものを見ては首を傾げたり、頭を抱えたりしている。

 

 ……それくらい悩むならジャージで来るんじゃねえ。

 なんてツッコミたくもなるが、それはそれ。

 退屈しのぎに、百面相する朝倉を見ていると突然声をかけられた。


「ねえどうかな? これ可愛い?」

「……俺に見せても意味ねえよ」

「いいから、いいから」


 朝倉が見せてきたのは白のワンピース。

 正直、朝倉は素材が良い分何着ても可愛い。

 ただそんなこと本人に言えるはずもなく、俺は最低限の回答しかできない。


「……似合ってんじゃねーの?」

「やった♪ じゃあこれ買っとこっと」


 けれど朝倉はそれで充分だったようで満足げにカゴに商品を詰めていた。


「はーい越谷くん、お待たせ」


 会見を済ませてやってくる朝倉に俺は手を差し出す。


「おう、荷物かせよ。それくらい俺が持つぜ」

「あ、ありがとう…………でね次なんだけど」


 それから俺たちは二人でいろんなことをした。

 クレープを食べたり、ゲーセン行ったり、映画館に行ってパンフレットだけもらってきたりとか。

 たぶんこのモールでできることは全部やった気がする。

 朝倉とは意外と趣味が合ってたおかげか、すごく盛り上がった。

 

 

 ――だけど自分でも思う。

 変なんだ。

 俺と朝倉がこうしてるってのは。

 道畑さんと朝倉ならわかる。

 けど俺と朝倉じゃあまりにもつり合いが取れていない。

 そもそも、つい最近初めて会った俺に朝倉がここまで構うってのがおかしい。

 そんな疑念を抱いたまま帰路に着くと、横に並ぶ朝倉が突然尋ねてきた。

 

「越谷くん、今日はどうだったかな?」

「ああ、普通に楽しかったぜ」

「よかった。私も楽しかったよ。実はね……ちょっと心配だったんだ。ほら、こないだから越谷くん元気なかったからさ」


 ……なるほどな、そういうことか。

 納得する裏で、俺は胸を叩いておどけてみせる。


「そうかよ。心配かけたな。でもおかげ様ですっかり元気だ」

「そっか。うん……よかった」


 俺の様子を見てほっと一息つく朝倉。

 察するに親切にも朝倉は俺を慰めようとしてくれていたのだ。 

 彼女に《《その気》》がないことはなんとなくわかっていた。

 だから別にショックでもなんでもない。

 ただ朝倉に気遣われてしまった自分が情けなかった。

 ずっと彼女に追いつこうと、朝倉に恥じない男であろうとしていたのに結局ないもできないままだと突き付けられて俺は…………


「じゃあこれから頑張んないとね。まずは打倒松……なんだっけ?」

「松陰な」

「そう打倒松陰。大丈夫、たぶん1か月本気で練習すれば勝てるようになるよ」

「…………ちっ」 


 1か月?

 ふざけてんのか?


 朝倉の態度はいつも通りのはずなのに今だけは無性にイラつく。

 もう少しで感情を爆発させてしまう所だった。

 だけどここまではまだ我慢できた。

 …………ここまでは。


「……無理に決まってんだろ。あんだけぼろ負けしたんだぜ?」

「それでもだよ。やれば勝てるって」

「ドライブ一つできねえんだぞ俺は?」

「もー平気だって。平気平気。あの人そんなに強くないし」


 必死に取り繕うも朝倉は無邪気に俺の急所をえぐってくる。

 …………もう限界だった。

 俺はもうそれ以上堪えることができなかった。


「――じゃあ、そのそんなに強くない人に負けた俺は何なんだよ」


 閉じ込めていた感情があふれ出して言葉になる。

 いけないとはわかっていても止まれない。

 卑屈で情けない姿を晒しながら俺は朝倉に問いを投げかける。


「あれか? 俺をおちょくってんのか?」

「ち、ちがうよ。そういう意味じゃ」

「何が違うんだよ。そういう意味じゃねえか。そりゃあお前にとっては松陰は雑魚かもしれねえ。でも俺にとっては十分すぎるくらい強いんだよ」

「確かに今の越谷くんじゃきついかもしれないけど練習すればさ」

「あんま馬鹿にすんな。自分の実力くらい俺が一番よく知ってる。1か月ぐらいじゃ死ぬ気でやっても追いつけないこともな」


 もっとも半年やったところで変わりはない。

 ドライブができない、サーブも単純な状態で勝てるのはあくまでも同じ実力の奴だけだ。


「馬鹿になんてしてないよ。私はただ越谷くんも頑張ればどうにかなるって……」

「がんばればどうにかなるだって? そりゃお前ならそうかもな。ずっと天才だなんだってちやほやされてきたお前ならな」

「そ、そんなっ!?」


 皮肉めいた言い方に朝倉の顔が曇る。

 見ていられなくて俺は顔を背けた。

 ここでやめればまだよかったのだろう。

 しかし俺は沈黙に耐えきれなくなって口を滑らせた。


「そもそも松陰に勝ったところで結局道畑さんには負けるんだから意味ねえだろ? どれだけ頑張ったって才能がなきゃしょうがねえ。勝敗が決まっちまうんだからな。……まあ《《天才》》の朝倉にはわかりっこ……っ!」


 言いかけた所で、朝倉に袖を引っ張られた。

 そこでようやく俺は口をつぐむ。

 朝倉は目に涙を浮かべたまま、俺をじっと見つめていた。

 その悲しそうな表情に心が痛んだ。

 

「…………越谷くんの馬鹿」


 朝倉は俺を強烈に責めず、それだけ言うと去っていく。

 俺は引き留めようともしなかった。

 自分にそんな資格がないことはわかっていた。

 そして引き留めた所で朝倉を振り向かせる言葉を持っていないことも。 


「…………最低だな」


 一人残されて、後悔が口からこぼれ落ちた。

 まだ激高して掴みかかった方が良かった。

 俺がやったのはそれ以下の最低な行為。

 ねちねちみっともなく朝倉を攻め立てたのだ。

 朝倉の言いたいことなんてわかっていたのに。

 これじゃあ八つ当たり同然だ。

 ……朝倉はただ俺を励まそうとしていただけなのに。


 卓球への情熱は完全に消えた。

 努力する天才に現実を嫌というほど叩きこまれた。

 そうして最後まで守りたかった彼女への小さなプライドさえも自ら放りだして、情けない自分だけが残った。

 

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