表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/14

キスモス



◆キスモス



「お客様、大丈夫ですか?! いま救急車を呼ぶところですので!」


 床に伏した男と、トイレから出てきたワタシを見比べる店員さん。


 不思議と、カラダは軽かった。

 まるですべての憑きものが落ちたみたいに。


「ワタシは応急処置をしたので大丈夫です」


「しかし、あの、その、お詫びを……」


「迷惑料はいただきました。勝手にですが、すみません」


 ワタシはナメクジ男を指さした。


 店を出る。夏は6時近くでも明るい。


 吐いたせいでお腹が空いてしまった。


 ねぇ、次は大豆がない店でもいいよね? 早くなんか食べたい。


 しゃがれ声の返事がない。


 おーい、無視かぁー。


 道ゆく人がワタシを見ていく。


 なに?

 ワタシは服を確かめる。


 人に見られるのもそのはずだった。ワタシの服はブリーチ液により脱色されていたし、左手には掃除用のゴム手袋をはめているのだから。


 やば。


 個性的なファッションが尊重される下北沢の町でも、さすがにゴム手袋はまずい。どうしよう。返しにいこうにも、迷惑料もらったんでとカッコつけた手前もある。悪いけど、これも迷惑料として徴収させてもらおう。


 私はゴム手袋を外した。


 そしてハッとする。


 中指が普通だったからだ。


 普通こそ人類の幸福の1つであるはずなのに、ワタシはそれを悲しく思った。


 準備ってもしかして、食い溜めして羽化する準備だったってこと?


 まさか迷惑料パンチの際に圧死したわけじゃないだろう。

 そんなヤワじゃないのは百も承知だ。


「いやー!」

 女子の加工されたみたいな悲鳴にワタシは素早く後ろを振り返った。


「あ」

 向こうもそう言った気がした。


 元カレがいた。あと、なんとかトカゲを飼ってる地下アイドルの女も一緒だ。そのトカゲ女のあたりに大きな虫が飛んでいる。それが嫌で大げさに男の腕に捕まる女と、気まずそうにワタシを見る男。


 2人を背後にワタシは歩き出した。


 トカゲの尻尾だ。ふと瞬間に生えてくるんだろうけど、もう平気。


 ねぇ。

 アンタはワタシの人生の回路に現れたちょっとしたバグだったんだね。

 まぁアンタは焼け死んだりはしないはず。


 知ってる? コンピューターの中で焼け死んだ蛾は博物館で展示されてるんだって。

 アンタのこと、さんざん不快害虫だって罵って悪かったね。

 けっこう好きだったよ、今はね。


 歩いている途中で、何かが頬を優しく撫でた。トカゲ女をおどかした虫の羽が当たったんだろう。


『キスするかァ?』


 そう聞こえた気がした。


 キャベツワームからのバタフライキス……ってか。


 ヤツの羽根は見たことのない模様と色彩だった。

 下心の光を宿した卑しい目が空中でまばたきする。ヤツの羽ばたきだ。


 それを綺麗と愛でるか、不快と顔を背けるかは、人によるだろう。


 ワタシの場合は前者だ。


 キャベツワームはワタシにとっての蝶になった。


 オニオンベイベーの回路をバグらせたのは、醜くて不快な蝶の幼虫だったんだ。





『キャベツワームとオニオンベイベー』


朱々


最後まで読んでいただきありがとうございます!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ