クリスマスはラブ・アクチュアリー
「今年のクリスマスは『ラブ・アクチュアリー』を観るって決めているのよ」
「へぇ。蘭さんにしては、だいぶ新しい映画だね」
「まぁね」
マグカップを二つ手にして、ミツルが驚いたように目を丸くしていた。
「どうぞ」
「ありがと」
差し出されたマグを受け取る。ミツルはいそいそとコタツに潜り込んだ。
ふぅふぅと息を吹きかけるミツル。
猫舌なのと、わたしからすれば異常に慎重派なのと。
それらの理由から、サイフォンで淹れたコーヒーはさほど熱いはずもないのに、ミツルはコーヒーを冷ましてから飲んだ。
「なんでクリスマスに『ラブ・アクチュアリー』なのか、理由を聞いてもいい?」
マグの縁をくわえながら、ミツルが尋ねた。
待ってましたとばかりに答える。
だってミツルは、わたしが語りたいのをわかっていて質問を投げかけてくれたのだから。
「まず第一に、アラン・リックマンが生きてる」
ミツルが片眉をあげる。
「重要なことよ」
眉間にシワを寄せ、重々しく頷くミツルに、わたしも同様の顔を作って頷いてみせた。
「それからコリン・ファースがゲイじゃなくて、英国人のストレートの役を演じてる」
ミツルのわざとらしい厳しさ、真面目くさった表情が少しだけ崩れた。口もとがピクリと動く。
「ビリー・ボブ・ソーントンが自身のイメージをうまくユーモアにした役どころを演じてるし、ヒュー・グラントがダサい踊りをしたり、いかにもバーティっぽい」
「バーティって誰?」
「P・G・ウッドハウスのジーブスシリーズにおける、間抜けな主人公」
「知らないな」
「面白いから、機会があれば読んでみて」
「わかった」
「それにリーアム・ニーソンとエマ・トンプソンが兄妹なんて、最高でしょ? あら、兄妹なのはヒュー・グラントとだったかしら」
「ごめん。エマ・トンプソンがわからない」
「まさか!」
「そのまさか」
「『ハワーズ・エンド』、観てないの?」
「うん。小説は読んだけど」
「E・M・フォースターね。そう……」
ミツルとは読書も映画鑑賞も、わりと趣味が似ている。もしくはミツルが努めてわたしに寄せてくれている、と思い込んでいた。
それなら美人女優ならどうだ、と彼女の名前を出してみることにする。
「キーラ・ナイトレイはわかる?」
「わかる。『パイレーツ・オブ・カリビアン』の女優だね」
「そう。ミツルってそういう映画も観るのね?」
「どちらかといえば、『そういう映画』ばかり観るかなぁ」
「それならハリー・ポッターシリーズも観た?」
「観た」
「エマ・トンプソン、出てたわよ」
「エマ・ワトソンじゃなくて」
「ええ。エマ・ワトソンはもちろんだけど、エマ・トンプソンはヒッピー風のファッションで出演してた」
「ああ、わかった。占い学の教授か」
「そう」
話を振っておきながら言うことではないが、意外にもミツルがそれぞれの映画について詳細を覚えていることに驚く。
これなら俳優陣の話にも、ついてきてくれそうだ。
「ハリー・ポッターっていえば、アラン・リックマンもだけど、『ラブ・アクチュアリー』で元ヘロイン中毒のロッカー役を演じたビル・ナイも出てたわよね。彼の場合、『パイレーツ・オブ・カリビアン』にも出てたわね」
えっ、いたっけ、というようなミツルの表情が可愛い。
「幽霊船船長よ。タコ足の髭を生やす特殊メイクをしてたわ」
「ああ、そりゃ……」
わかるわけがない、とミツルは苦笑いをした。
「俳優陣のファンタジー映画の出演は多いわね、さすが英国人だわ。マーティン・フリーマンはホビット三部作だしリーアム・ニーソンはナルニア国物語で、子役だったトーマス・ブロディ=サングスターはゲーム・オブ・スローンズ」
ミツルの目がだんだんと遠くを見るようになり、口元には曖昧な笑み。
しまった。暴走しすぎたか、とコーヒーを飲んで仕切り直す。
「まぁ俳優陣がすごいだとか、洒落てるとか、安心感のあるハッピーエンドだとか。色々いいところのある映画ではあるけど。でもね。『ラブ・アクチュアリー』の一番いいことろは、他にあるのよ」
「なんだろう?」
ミツルの目に生気が戻った。
「それはね、この映画が英国の映画だってこと」
「うん? 蘭さんってハリウッド映画が好きなんじゃなかった?」
「それはもちろん、好きよ。だけど」
マグをテーブルに置き、ミツルの肩に腕を回した。
「クリスマスにアメリカ映画は観ないわ。だってクリスマスの今日、二人の間で、ジョンを思い起こさせるものなんて、いらないでしょ」
キスをすれば、ミツルははにかんだ。
「忘れかけてた名前を出されて複雑な気持ちだけど、蘭さんの気持ちが嬉しいよ」
どうやらわたしの気遣いは、うまくなかったらしい。
「映画の最後は渡米してるけどね」
性分に合わないことは、うまくいかない。
(番外編「クリスマスはラブ・アクチュアリー」 了)