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人間は空気清浄機になる

 まあ、気を取り直して振り付けの本を読む。

 本自体には三曲分の振り付けが書いてあるようで、棒人間のような絵で分かりやすく書いてある。

 ただ一つ問題があるとすれば、曲が分からないのだ。


「ムーレット導師」

「はい」


 いい笑顔でいい返事をされた。


「曲は?」

「?」


 あからさまに首を傾げられた。

 曲は無いのかも知れない。

 私は本を見ながら軽くステップを踏むことにした。

 頭の中でワン、ツー、スリーとカウントしながらリズムをとる。

 決して難しい振り付けでは無い。

 粗方ステップを確認してから、私はムーレット導師に笑顔を向けた。


「ちょっとやってみるので、間違ってたら教えてください」


 ムーレット導師に本を預けて、少し距離を取って壁や家具にぶつからないように気をつけながら意識を集中させる。

 また、頭の中でカウントをしながら手の振りも合わせる。

 記憶力はいい方だから合っているはずだ。

 気持ちよくステップを踏む足元が何だか薄ら光っているような気がしたが、振りを忘れそうなのでやり切った。

 私がゆっくりとお辞儀までして顔を上げると、ムーレット導師の目から涙が溢れて溢れ落ちた。


「ムーレット導師?」

「すみません。あまりにも……」


 ポロポロと涙を流すムーレット導師はあまりにも美しくて近寄り難い雰囲気を出していて、肩に乗ったままだったヒスイが心配そうにムーレット導師の顔を覗き込み、そのくちばしを涙に向かって突き刺した。

 得も言われぬ悲鳴が響いたのは言うまでも無い。

 ヒスイは目を押さえて転がるムーレット導師から離れて私の肩に乗った。

 気持ち申し訳無さそうにしているから、慰めようとしたに違いない……そうだと信じたい。

 しまいには、目を押さえたまま動かなくなったムーレット様を死んでいないか、確認するはめになった。


「だ、大丈夫ですか?」

「駄目です」


 キッパリとした返事に、怒っていることだけが伝わってきた。

 私は仕方なく目を押さえたままのその手の上に手を置き祈るような気持ちで呟いた。


「え〜と、痛いの痛いの飛んで行け〜」


 すると、明らかに指先が温かくなった。

 もしかして、ただのおまじないが効いてる?

 私は何度もおまじないの言葉を呟きながら目の上にある手を撫でた。


「どうですか? まだ痛いですか?」


 しばらくおまじないを続けた後に聞けば、ムーレット導師の目はだいぶ良くなったようだった。

 このおまじないも、リズムがあるから歌判定なのかも知れない。


「セイラン聖女、私は数百年生きてきて初めて、こんなに感動しました」


 ムーレット導師がしみじみと語る言葉に、一瞬何のことを言っているのか分からなくて首を傾げそうになってしまったが、きっとダンスを褒めてくれているのだろう。


「駄目なところはありませんでしたか?」

「素晴らしいとしか……言葉が出ません」


 褒め言葉が大袈裟だが、嬉しいからその気持ちはありがたく受け取ろう。


「で、本番はどこでやれば良いですか?」

「本番?」


 暫くの沈黙が広がった。


「いや、結界を張る本番」

「もう、張れていますよ?」


 私は慌てて家の外に出た。

 すると、家から百メートルぐらいの範囲に薄いピンク色のドーム型の膜がかかっていた。

 あんな音の無いダンスでこんなのが張れるなんて。

 信じられない気持ちで頭を抱えてしまう。


「えっ? じゃあ、鼻歌とか歌ったらどうなるの?」

「それはどう言った歌でしょう?」


 背後からムーレット導師の声がして、そこで自分が考えていたことを口に出していたことに気がついた。


「鼻歌とは? 初めて聞く歌です」


 瞳をキラキラとさせたムーレット導師に歌いたく無い! は通用するはずも無く、軽く少しだけと約束をして私は鼻歌を披露することになった。

 かと言って、鼻歌は別に鼻歌と言う曲なわけでは無い。

 鼻歌とはハミングである。

 ってことは、何かしらの曲が必要だ。

 私はハミングに適している曲を考えた。

 簡単なもので言えば、CMソングだろう。

 だが、その曲によっては頭から離れなくなり勝手に鼻歌として無意識に歌ってしまう可能性がある。

 私の聖女の力が強いのは何となく理解したつもりだが、無意識の鼻歌なんてどんな効果を及ぼすのか? できることなら鼻歌禁止が妥当なはずだ。

 なら、何が良いのか?

 私は悩んだ末に某国民的横スクロールゲームのステージソングをハミングすることにした。

 簡単な割に最後まで歌える自信の無い雰囲気に丁度良さを感じたからだ。


「じゃあ、少しだけですからね」


 そう前置きをして私はハミングを始めた。

 ムーレット導師は私の目の前を陣取り、彼の頭にはヒスイがハミングに合わせて体を左右に振っている。

 恥ずかしさも相まって、十秒ほどで止めてしまったが、何だか空気が変わった気がした。

 私がムーレット導師の方を見ると、彼の周りに色とりどりの光の玉が飛んでいて、それを気にした様子も無くムーレット導師が音を抑えた拍手をしていた。

 光の玉はムーレット導師から離れると私の周りをクルクルとひとしきり飛ぶと、外に向かって消えていった。


「軽快な音楽に低級の精霊達が一気に集まってきましたな」


 少し興奮した様子のムーレット導師に若干引いたのは仕方が無いと思う。


「空気が清められたのがお分かりいただけますか? 軽い病気であれば直ぐに治ってしまいそうですぞ」


 ムーレット導師の言葉から読み取るに、私の鼻歌は空気清浄機の機能があるようだ。


読んでくださりありがとうございます。

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