妖精に名前を
「キャンプとは何ですか?」
ムーレット導師の質問に、私は笑顔で答えた。
「野営のことです」
「遠くへ旅にでるのですか?」
この世界での野営は旅とイコールなのかも知れない。
「庭先にテントを張って焚き火で料理をして夜をあかすだけでもキャンプですよ。娯楽としての野営がキャンプです」
ダーシャン様もムーレット導師も理解できないと言いたそうな顔をしていた。
私は気にせず毛玉達と戯れ、いいことを思いついた。
この毛玉達に名前を付けてあげよう。
ピンクの子の頭を撫でながら、私はぽつり呟いた。
「君達は瞳の色が宝石みたいに綺麗だね」
私は毛玉達を両手に乗せた。
「君はサンゴで君がルリで君がヒスイって呼んでいいかな?」
私がピンク水色黄緑の順に頭を指で撫でると、毛玉達は淡く光ったように見えた。
「あー! セイラン聖女何をしてるんですか‼︎」
ムーレット導師が慌てて私の腕を掴んだ。
何かダメだっただろうか?
腕を掴まれた反動で、毛玉達が床に落ちてしまい、焦ってしまう。
毛玉達は床に落ちる途中で、それぞれピンク色の猫と水色の狼と黄緑色の梟に姿を変えた。
「変身までできるなんて、妖精って可愛い」
はしゃぐ私の手を掴んだままのムーレット導師が深いため息をついた。
「違います。セイラン聖女がこの者達に名を与えたせいで、妖精が力を持ってしまったのです」
呆れ顔のムーレット導師を他所に、猫になった妖精は私の足に擦り寄り、狼になった妖精は私の手を鼻で押して撫でて欲しそうにしていて、梟になった精霊は私の肩にとまり顔に羽毛を押し付ける。
語彙力を全て失うほどに可愛い。
「妖精は名をもらうと、姿を変えるのか」
ダーシャン様が優しく狼の頭を撫でると、狼はダーシャン様の周りをくるくると回って擦り寄る。
ダーシャン様も嬉しそうに狼の頭を撫で回していて仲良しだ。
「ルリだったか? お前、人懐っこくていい子だ」
完全に犬扱いするダーシャン様を嫌がらずに、盛大に尻尾を振るルリが可愛い。
「ダーシャン王太子、ルリは獣では無く妖精だと言うことをお忘れでは無いですか?」
ムーレット導師と同調するように梟のヒスイが頷いている。
私は猫のサンゴを腕に抱き抱えた。
「あっで、話は戻るのですが、ダーシャン様も王太子の仕事があるし、ムーレット導師も導師の仕事があるでしょ。だから、護衛はいりませんよ。ただ、一人ぼっちは寂しいので、たまに遊びに来てくれたら嬉しいですけど」
ダーシャン様は何と言ったら良いのか分からないようで口を引き結んだ。
「セイラン聖女、こちらに来ていただけますか?」
そんな中、ムーレット導師が柔かに私を促したのは家の奥だった。
連れて行かれたのは色とりどりの扉のある部屋だった。
「こちらの白い扉を、開いてみていただけますか?」
私は恐る恐る、言われた白い扉を開いた。
そこは、新緑の神殿の私の部屋だった。
訳がわからず扉を閉めるとムーレット導師がクスクスと笑った。
「これで、神殿のセイラン聖女の部屋とこの扉が繋がりました。白い扉が神殿です。こちらの青い扉は先に私が開きます」
そう言ってムーレット導師が開いたドアを通るとそこは何処かの路地裏のような場所で、一本先の道がザワザワと忙しなく人が行き交うのが見えた。
「街?」
私は直ぐ様青い扉に戻りムーレット導師の顔を見た。
「これでこの扉は街に繋がりました。他に行きたいところはありますか?」
「こんな便利なものがあるのですか?」
アニメでしか見たことの無いあったら良いな〜が目の前にある気がしてビックリする私。
それを、慈愛に満ちた顔で見つめるムーレット導師。
「この扉は初代聖女様が作った魔法の扉です。神聖力の高い者にしか使えない扉で、初代聖女様以外では初めて使える聖女様を見ましたよ」
そうやって言われると、私って結構凄い力を持っているのかも知れない。
「再度聞きますが、他に行きたいところはありますか?」
ムーレット導師に聞かれた言葉に一番最初に思い浮かんだのは、元いた世界の私の部屋だった。
でも、もうあの部屋すら私の部屋では無いし行きたい場所など思い浮かばない。
「……行きたい場所……一個も思い浮かばないです」
途端に自分がつまらない人間に思えて何だか泣きたくなる。
「セイランはここに来て、まだ日が浅いんだ。行きたいなんて思える場所なんて知らないだろ?」
ダーシャン様の言葉はぶっきらぼうだったが、私を気遣ってくれているのが明白だった。
「何だか気を使わせちゃいましたね」
「当たり前のことだろ」
ダーシャン様はニカッと笑った。
そんな気遣いに嬉しくなってしまう。
「ダーシャン様は憧れのお兄ちゃんって感じです」
実際の兄なんかより、よっぽど素敵なお兄ちゃんだ。
「兄に対して良いイメージが無いから喜んで良いのか困るな」
苦笑いするダーシャン様も駄目兄を持つ人だったと笑ってしまった。
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