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常闇の神殿

 クローゼットの扉を開いて、森の家からサンゴの案内で常闇の神殿を目指すことになったのだが、森の家から外に出ると、今まで見てきた森とはまるっきり変わっていた。

 木々が魔素で黒く染まり、湧き水も濁った色に変わっている。

 何か良くないことが起きている。

 サンゴが私達を誘導するために先を急ぐ。

 はぐれないように急ぐ。

 そして、たどり着いた常闇の神殿は建物と言うより、洞窟のような場所だった。

真っ暗闇にしか見えない中は、暗闇では無く真っ暗な空間は黒いモヤで充満しているようだった。


「セイラン聖女、月の神殿で歌った歌を歌ってもらえませんか?」


 ムーレット導師に言われた歌を、洞窟の中が明るくなるように祈りながら歌う。

 すると、黒いモヤが逃げるように奥に向かって引いていくのが分かった。

 奥に奥にと歌いつづけながら前に進む。

 誰もが警戒しながら進んだ先にたどり着いたのは天井が高く、広い空間だった。

 そして、小さな祭壇のようなものがあり、その祭壇の上に黒と赤がマーブルに絡み合った色をした珠のような物が浮いていて、その祭壇の前には微弱なピンク色の光に覆われたヒメカ聖女が倒れていた。

 慌てて近寄ろうとした私をダーシャン様が腕を掴み引き寄せた。

 何をするんだと抗議しようと思ったが、私が先程居た部分が大きく抉れている。

 状況の呑み込めない私に、ムーレット導師が言った。


「欲に溺れたせいで、人では無くなってしまったようですね」


 私が慌ててヒメカ聖女を見れば、ヒメカ聖女はまだ倒れたままで、更にダーシャン様とムーレット導師が見ている方に視線を移しゾッっとした。

 そこには、白い服に金の刺繍の入った服を着た真っ黒な人の形をした者が立って陽炎のようにゆらゆらと揺れていた。


「あれは?」


 それ以外の言葉が頭に浮かばず口から漏れ出た。


「あれは、ダビダラ導師だった物でしょうね」

「何で? 何で分かるの?」


 人があんな、お化けみたいで死神のようになるのか?


「あの物が着ている服の胸元に金の薔薇の刺繍がされているでしょ? あれはダビダラ導師の好んで付けていたマークです。高貴な薔薇が好きな人でした」


 ムーレット導師の話し方で、あれはダビダラ導師〝だった物〟なのだと容易に想像できた。

 そして、もうダビダラ導師では無いのだと。


「ムーレット導師、どうしたらいい?」


 ダーシャン様の静かな声に、冷静にならなければと心を落ち着ける。


「あの祭壇が見えますか? 祭壇の奥に赤黒い珠が浮いているでしょ?」


 私とダーシャン様が頷くとムーレット導師は続けた。


「あの赤黒い珠の下に舞台があります。そこで、浄化の歌と踊りをお願いします」


 私は言葉を失った。

 だって、そんな明確な歌と踊りなんて知らない。

 私が明らかに動揺したのを見て、ダーシャン様は笑った。


「セイラン、浄化はお前がどんな気持ちで歌って踊るかだ。月の神殿で聞いた歌はお婆様が月の神殿で歌っていたものとはまるっきり違っていたが、祭りを成功させられた。だから、セイランが浄化したいと思う気持ちが大事なんだ」


 ダーシャン様の自信満々な顔に、私の不安は吹き飛んでいった。

 今ならポーズが決まっただけで必殺技がでるゲームや、ステップ踏んだだけで変身できちゃう魔法少女も理解できる気がした。

 それと同時に、物凄い風のようなものを浴び、私達はごろごろと広間の端まで転がった。

 衝撃でコンタクトの一つがどっかにいったし、もう片方もゴミが入ったのか痛い。

 こんなことで怯んでいたら、ヒメカ聖女なんて助けられない。

 私はもう片方のコンタクトも外し、その場に捨てた。

 もう、ウィッグも邪魔だ。

 ウィッグも足元に投げつけ、私は深呼吸をして赤黒い珠を見た。


「あそこまで、ダッシュする。だから、早く走れそうな強そうな歌」


 そう、イメージで浄化ができるなら、早く走れたり強くなれたりもできるはずだ!

 テンポも良くて、何なら技とか出せちゃいそうな。

 思い浮かんだ。

 絶対に勝てそうな、子ども用特撮ヒーローの主題歌だ!

 休日の朝からやってる子ども達の憧れ、強くて早くてカッコイイが詰まった歌だ。

 何なら何年か前の主題歌だって歌える。

 コスプレイヤーで……いや、オタクで良かった。

 私はフーッと息を吐くと、歌い出した。

 高く飛んだり、アクロバティックな技だってこの歌を歌っていたらできてしまいそうだ。

 そして、私は歌いながら走った。

 普段より格段に早く走れてるし、段差があっても転ばない。

 あっと言う間にヒメカ聖女の元まで来れた。


「ヒメカ聖女」


 ヒメカ聖女の周りにピンクやオレンジや黄色の光る毛玉が飛んでいて、ヒメカ聖女自身もピンク色に光っている。

 ああ、妖精が守ってくれているし、彼女は力は弱いかも知れないけど、ちゃんと聖女なのだと思った。

 私は妖精にヒメカ聖女を任せて、更に奥に向かった。

 多分、あの赤黒い珠を浄化するつもりで歌って踊るんだ。

 私は珠の浮いている舞台の上に上がった。

 どんな歌が良いかは、もう考えている。

 前に良く聞いていた、癒し効果があると噂の海外アーティストの歌だ。

 このアーティストのプロモーションで女性が自然の中でクラシックダンスを踊っていたのが凄く綺麗で印象に残っている。

 できる。

 私は歌いながら踊った。

 歌詞は多分間違って居るが、バレやしない。

 最後まで歌って踊ってこの場所の空気を浄化して、あの赤黒い珠を綺麗な澄んだ色にして見せる。

 もう、イメージの中の占い師が持っている水晶玉ぐらいの透明度の球になるように祈りながら、必死に歌って踊った。

 全力で一曲分歌って踊った。

 そして、歌が終わるのと同時に、赤黒かった珠からシュルシュルと音を立てながら赤黒い色が蛇口から落ちる水のように落ち、地に当たる前に綺麗に消えていった。

 成功だ。

 見れば、まだダーシャン様とムーレット導師はダビダラ導師だった物と戦っている。

 私はとりあえず、ヒメカ聖女の元に向かった。

 だって、地面を抉るほどの技を出す者との戦いに女の子が横たわっているなんて、うっかり当たってうっかり死んじゃったなんてことになりかねないからだ。


「ヒメカ聖女、ヒメカ聖女起きて」


 軽く頬を叩くと、ヒメカ聖女はハッと目を開け私にしがみついた。

 そりゃ、怖かっただろう。

 私だって一人であの姿のダビダラ導師を見たら泣いていたかも知れない。


「もう大丈夫。助けに来ました」


 怯えるヒメカ聖女の頭を優しく撫でると、ヒメカ聖女はポロポロと涙を流した。


「ほら、可愛い顔が台無しですよ」 


 落ち着かせるために手で涙を拭ってあげる。


「わた、私……こわ、怖くて」

「もう大丈夫。一緒に帰ろう」


 そう言って強く抱きしめてあげると、ヒメカ聖女は少し落ち着いたようだった。


「あの人も浄化して助けてあげなきゃ。ヒメカ聖女は安全な場所に居て」

「でも」


 私はフヨフヨと飛んで居る毛玉を一つ手に乗せると、ヒメカ聖女の手の上に乗せてあげた。


「この子達がちゃんとヒメカ聖女を守ってくれる。だから、ちょっと待ってて。一緒に帰ろう」


 ヒメカ聖女の手の上で毛玉がぴょんぴょん跳ねた。

 妖精はちゃんとヒメカ聖女を守るつもりがあるみたいだ。

 安心して、ダーシャン様達の方を見る。

 二人掛かりでも苦戦しているように見える。

 そうだ、踊りは別としても浄化なら、賛美歌なら効くんじゃないだろうか?

 だって、神に捧げる歌だもん。

 でも、賛美歌って学生の時授業で聞いたような気がするが、思い出せない。

 映画でも見た気がするけど……。


「ヒメカ聖女、賛美歌って歌える?」

「あ、はい。家の近くに教会があって小さい時にクリスマス会で歌ったやつなら」

「充分だよ! ヒメカ聖女はちゃんと妖精が認めてくれるような聖女様だから絶対に浄化できる! 私が保証する。だから、歌って」


 ヒメカ聖女は照れたようなはにかんだ笑顔で、歌った。

 聞いたことのある歌だった。

 一回目を歌い終わると、まだ効果が無いことに落胆する彼女に私は笑顔を向けた。


「一緒に歌おう。私は多分歌詞間違っちゃうと思うけど。絶対にできる。だって私達は異世界から来た空気清浄機なんだから!」


 私が力説したら、ヒメカ聖女はプッと吹き出しお腹を抱えて笑い出した。

 真剣に言ったのに。

 なんとも解せない気持ちを抱えながら、私は一つ咳払いをした。


「さあ、歌うよ。いち、にの、さん」


 私がカウントをとると、ヒメカ聖女がタイミングを合わせてくれた。

 その瞬間、広場全体が眩く光った。

 咄嗟にヒメカ聖女の手を掴んで、目を瞑ったまま私達は歌いきった。

 歌が終わって、ゆっくりと目を開くと、広場全体が淡く光っていた。

 ダーシャン様の方を見れば、ダビダラ導師が本来の姿で倒れていて、ダーシャン様もムーレット導師も何が起きたのか分からないと言いたそうな顔をしてこちらを見ていた。


「私、やりました! やりましたよお姉様!」


 そう叫んだヒメカ聖女に思いっきり抱きつかれて、尻餅をついてしまった。

 地味に痛い。


「お姉様のおかげです」


 そう言って私にしがみついて泣きじゃくるヒメカ聖女の頭を撫でてやると、技かと思うぐらい強い力で抱きしめられた。

 中身が出ちゃうし、背骨がいってしまう。


「セイラン、大丈夫か?」


 そこに、心配そうにやってきたダーシャン様に声をかけられた。


「え? セイラン聖女?」


 ヒメカ聖女が不思議そうに私の顔を見た。

 それと同時に締め付けからも解放された。

 本当に助かった。


「セイラン聖女と髪と目の色が違うし……」

「ああ、あれはコンタクトとウィッグで」


 ヒメカ聖女はしばらく私を見つめると、また抱きついた。

 今度は力の加減をしてくれている。

 よかった。


「セイランお姉様。私、セイランお姉様について行きます」


 ヒメカ聖女の言葉に、その場に居たヒメカ聖女以外の全員がキョトンとした。


「私が死にそうなピンチの時に颯爽と助けに来てくれたセイランお姉様。本当にカッコよかったです」


 呆然とする私の後ろから、ムーレット導師の呆れたような声が聞こえた。


「随分と懐かれましたな」


 いや、一ミクロンもこんな展開になるなんて想像してなかったから、懐かれても困る。

 私は、早く城に戻って第一王子にヒメカ聖女を引き取ってもらおうと心に決めたのだった。


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