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好きの言葉は突然に

 星流れの祭りの日から、私はベールの聖女と言う名前になってしまったらしい。

 ベールなんて、あの日しか被っていなかったのに、何だか釈然としない。

 ルルハのコスプレをして街を歩けば、ベールの聖女の話だらけだし、小さな女の子達は白いタオルを頭に被せて聖女様ごっこをしているのだ。 

 ヒメカ聖女の行動はヒメカ聖女が独断でやったのだとダビダラ導師が言ったらしく、部屋で謹慎処分になっているらしい。

 ヒメカ聖女を、召喚したのはダビダラ導師なんだから責任も一緒に取ればいいのにと思うのは私だけでは無い。

 それに、第一王子が更に頻繁にやってくるようになった。

 もっとヒメカ聖女を大事にしてあげてほしい。

 新緑の神殿の東家でダーシャン様と飲み会をしている時にそう言えば、笑われた。


「セイランは本当に分かって無いな」

「何がですか?」


 お酒を口にしながら楽しそうに笑うダーシャン様に私は口を尖らせて見せた。


「兄はセイランに惹かれている」

「は?」


 本気で引いた。


「あんな態度のでかい人無理です」


 私が拒絶の言葉を吐けば、ダーシャン様は豪快に笑った。


「安心した」


 ダーシャン様は私のグラスにお酒を注いでくれた。

 それを舐めるようにちびちび飲んでいる私の頭をダーシャンさまは豪快に撫でた。

 勿論、ウィッグが大変な角度になり、思いっきり笑われた。

 理不尽だし、迷惑極まりない。


「ああ、すまない」


 ダーシャン様は私のズレたウィッグを直しながら言った。


「セイランの本当の瞳を見た時は本当に驚いたな」


 しみじみといわれると何だか居た堪れない気持ちになる。


「吸い込まれそうな色だった」

「もしかして酔ってます」

「そうだな。酔ってる」


 素直に認められるなら、酔って無いんじゃないかと思う。


「この辺でお開きにしますか?」

「嫌だ」


 普段のダーシャン様なら絶対に言わなそうなセリフである。


「セイランの秘密は俺だけが知りたかった」


 ぽつりと呟くダーシャン様が何だか可愛く見えて、私もダーシャン様の頭を乱暴に撫でた。


「ダーシャン様、そう言った言葉は好きな人に言わなくちゃダメですよ」


 私の言葉に、ダーシャン様は頭にあった私の手をギュッと握った。


「だから言ってる」


 何を言われたのか理解できずにフリーズする私に、真剣な眼差しで見つめてくるダーシャン様。


「好きな女の特別になりたいから言った」


 一気に身体中が熱を持ったみたいに熱くなる。


「俺だけを頼ってほしいし、できればセイランが幸せそうに笑っている時は側で見ていたい。ムーレット導師にもラグナスにもエルマ嬢や兄にだって、負けたく無い」


 ダーシャン様はニコニコと笑った。


「好きだ」


 ダーシャン様はそのままテーブルに突っ伏して寝息を上げ始めた。

 完璧に告白されたが、酔っ払って言ったのは確実で、私はパニックになりながら手元のお酒を飲み干そうとして、未だに手を握られたままだと気づく。

 声にならない悲鳴をあげていると、東家に人影が入って来た。


「おやおや、ダーシャン王太子が酔い潰れるなんて珍しい」


 人影の正体はムーレット導師だった。


「セイラン聖女の手を掴んで幸せそうに寝てますね……このまま永眠させちゃいましょうか?」


 私は慌てて首を横に振った。


「でしょうね。私はダーシャン王太子を部屋に運んで来ますね」

「あ、はい……」

「どうしました?」


 私の歯切れの悪い返事に、ムーレット導師が聞き返して来たが、何故そんな返答をしたのか自分でも分からない。


「離れがたいのですか?」

「⁉︎」


 分からない気持ちを言い当てられてしまったみたいで驚く私に、ムーレット導師は優しく笑った。


「ダーシャン王太子も離れがたくて手を離してくれそうに無いみたいですし、一緒に来ていただけますか?」


 ムーレット導師は私がついて歩いている間、一言も喋りかけてこなかった。

 長い城の道をダーシャン様に、手を掴まれたまま歩く。

 窓から月明かりがさして、ダーシャン様の部屋まで案内してくれてるみたいだ。

 ダーシャン様が私をそんなふうに見ていたなんて気づかなかった。

 無口なのかと思ったらそうでもなくて、色々なストレスを抱えているのに他人を思いやれる心の余裕があって、いいお兄さんだと思っていた。


「セイラン聖女」

「はい」

「ここがダーシャン王太子の部屋ですよ」

「……はい」


 部屋の中まで入るのは、良くないかも知れない。

 私は手を離そうしているのに、ダーシャン様は離す気が無い。

 困る私に、ムーレット導師がぽつりと呟く。


「手、切り落としちゃいますか?」

「ダメです」


 突然怖いことを言うのはやめてほしい。


「なら、いいことを教えてあげます」


 ムーレット導師は内緒話をするように、私の耳元で囁いた。


「額にキスして差し上げてください。きっと離すはずです」


 何を言ってるんだこの人?

 不信感をあらわにする私に、クスクスと笑うムーレット導師。

 揶揄われた。

 ふざけないでほしいと言おうと思ったが、ムーレット導師の目は真剣に見えた。


「騙されたと思って、さあ」


 ムーレット導師に騙されただけだと何度も心の中で呟きながらダーシャン様の額にキスをした。

 軽いリップ音と共に顔を離せば、ダーシャン様が幸せそうに笑って手を離してくれた。

 目が開いてないから起きては居ないはずだけど、心臓を撃ち抜かれるような可愛い笑顔とか顔面偏差値の高いやつはこれだから質が悪い。


「はは、幸せそうな顔して、後でさっきのことを教えてあげるといいですよ。死にたくなるぐらい恥ずかしいはずですから」


 ムーレット導師はそう言ってダーシャン様をベッドに運んでくれた。


「部屋まで送ります」

「ありがとうございます」


 そう言えば、ムーレット導師は何で東家に来たのだろう?

 私が声をかけようと思ったのと同時にムーレット導師と目が合った。


「何やら不思議そうな顔をされてますね」

「何故東家に来たんですか?」


 ムーレット導師はフフフと笑った。


「セイラン聖女と私は契約をした主人と妖精ですから。

主人が困っていたら直ぐに察知できますよ」


 言われてみれば、単純な理由だった。


「セイラン聖女は夢とかありますか?」

「夢ですか?」


 ムーレット導師はまたフフフと笑った。


「私の最近の夢はセイラン聖女のお子様にジージと呼ばれることなんですよ」


 ムーレット導師の予想外の夢に私は思わず笑ってしまった。


「まだ恋人も居ないのに」

「でも、最近ダーシャン王太子に心を揺さぶられているではありませんか」


 主人の感情の機微に敏感なのも考えものだと実感した瞬間である。


「私は基本セイラン聖女の味方ですがね。私の夢を叶えてくれるのはダーシャン王太子では無いか? とも思っているのです」


 そんなふうに言われても……。


「たくさん悩んでください」


 ムーレット導師は楽しそうに軽い足取りで私を部屋まで連れて行ってくれた。


      ※


 翌朝、ダーシャン様が不思議そうな顔をしてやって来た。


「俺、昨日歩いて帰ったか?」


 確実に告白のことを忘れているダーシャン様にイラッとする。


「私がお姫様抱っこで運びましたよ」


 ムーレット導師の言葉に、あからさまに嫌そうな顔をするダーシャン様。


「嘘だろ?」

「事実ですね。ダーシャン王太子が嫌がりそうなのでわざとお姫様抱っこしましたから」


 ダーシャン様は膝をついて項垂れていた。

 私はダーシャン様の肩をぽんぽんと叩いた。


「『お酒は飲んでも飲まれるな』って言葉があるんですよ」

「くっ」


 悔しそうなダーシャン様を見れて、溜飲の下がる思いがした。

 そんな会話をしていたら、ドアをノックする音と共に、ドアが開いた。

 こんなことをしてくるのは一人しかいない。

 第一王子だ。


「な、何でもう居るんだ!」


 ダーシャン様とムーレット導師を指差して文句を言う第一王子に二人の視線が突き刺さる。


「兄をここに入れないようにする話はどうなっていたか?」

「まさかこんな朝っぱらから毎回、訪問しているわけではありませんよね?」


 ダーシャン様とムーレット導師の確実に居ない時間を第一王子は見つけたらしく、ここ数日毎朝顔を出すだなんて、口が裂けても言えない。


「エルマ嬢」


 ムーレット導師に名前を呼ばれたエルマさんはニッコリと笑顔を作った。


「最近では毎朝、たまに朝食もご一緒したがります」


 裏切り者! っと叫んでしまいそうになった。

 ダーシャン様もムーレット導師もそう言うとこ面倒臭いのだから、言わないでほしかった。


「聖女、こいつらに言ってやれ」


 ?


「何をでしょうか?」


 本気でキョトンとしてしまった。


「僕のことをどう思っているかをだ!」


 私は更にキョトンとしてしまった。


「えっと、第一王子殿下をですか?」


 特に何とも思っていないって言っていいのだろうか?


「あえて言うなら、ヒメカ聖女様と幸せになってほしいと思ってます」


 私の言葉に、第一王子はプルプルと震えた。


「さすがセイラン聖女、慈悲深い」


 ムーレット導師が褒めてくれた。

 そんな中、私のクローゼットからサンゴとルリとヒスイが飛び出して来た。

 驚き警戒する第一王子とエルマさんを他所に、私に飛びついて来たサンゴがウニャウニャと何か言っている。

 何だか大変なことが起こっている雰囲気はするが、言葉が通じないのかもどかしい。


「何だって」


 同じ妖精であるムーレット導師ならば言葉が通じるようで焦ったような声で肩に乗ったヒスイを見ている。

 見ればルリはダーシャン様の服の裾を噛みクローゼットの方に引っ張って行こうとしていた。


「ムーレット導師何があったんです?」


 ムーレット導師は神妙な顔をした。


「常闇の神殿に侵入者です」

「そんな神殿聞いたことがない」


 ダーシャン様が首を傾げた。


「妖精の立てた神殿ですから、誰も知らないはずなのですよ」


 誰も知らないはずの神殿に侵入者とは?

 不思議そうにしているムーレット導師に、第一王子が呟いた。


「婆様が言ってた神殿?」


 全員の視線が第一王子に向いた。


「えっ?」


 怯える第一王子にダーシャン様は近づいた。


「どう言うことだ?」

「いや、常闇の神殿って裏山の山頂にあると言われてる神殿だろ? その神殿は精霊が生まれる力の強い場所だ。神域だから近づいてはいけないって婆様が良く言ってただろ?」


 第一王子のお婆さんってことは、前の聖女ってこと?


「そうですか。聖女様が……」


 私はすっと手を上げた。


「その神殿に入ると何がいけないんですか?」


 私の問いに、サンゴがまたウニャウニャ言うが、可愛いだけで何をいってるのか分からない。


「妖精の生まれる場所と言いましたよね? 妖精は純粋な生き物で、人に力を与えることも有れば、戯れに殺してしまうこともあるのです。そんな生まれたての妖精がたくさん居る場所が常闇の神殿なのです」


 ダーシャン様が忘れていると言うことは、あまり有名な話では無いと言う。


「第一王子殿下、誰かにその話しました?」


 私が聞けば、第一王子はキョトンとした顔の後、真っ青な顔になった。


「ヒメカに」


 私は急いでクローゼットに向かった。

 知り合いが、死ぬかも知れないなんて考えたくない。

 自分が行って何ができるかなんて分からないけど、助けなくちゃ。

 そう思った。

 山を登るのに一番近いのは森の家から登った方が近い。

 クローゼットに向かう私の腕をムーレット導師が掴んだ。


「自業自得です。セイラン聖女が危険な目に遭う必要はない」

「でも」


 彼女を見捨てたら私は自分が嫌いになる。


「助けたい」


 私はこの気持ちが届いてほしいと願いを込めながらムーレット導師を見つめる。


「そ、そんな目で見られても」


 明らかに動揺するムーレット導師の横からダーシャン様が声をかけて来た。


「俺も一緒に行く。セイランは俺が守る」

「ダーシャン王太子、貴方に何かあっても困るんですよ」


 王太子が危険な目にあうのは国にとっての痛手だ。


「そうです。ダーシャン様はダメですよ」


 私がそう言えば、ダーシャン様は明らかに眉間にシワを寄せた。


「惚れた女の一人も守れないで国なんて治められるか」


 突然の言葉に、頭の中が真っ白になった。

 ダーシャン様の顔を見た感じ、何を言ったのか自分で理解しているようには見えない。


「ダーシャン王太子……うん。分かりました。サンゴ達も連れて私も行きます」


 私もコクコクと頷いた。


「そうですね! ムーレット導師は妖精に詳しいですし!」


 この話は今広げてはいけない。

 私は改めてクローゼットに向かう。


「おい、ダーシャン」


 第一王子がダーシャン様を呼び止めたが、ダーシャン様は足を止めなかった。


「あんたはここに居ろ」

「だが、ヒメカが」

「ちゃんと連れて帰る」


 心配そうな第一王子を見て、第一王子の不器用さのようなものを感じたのだった。


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