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黒いモヤは魔素ですか?

「星流れの祭り?」


 朝から、神殿が騒がしいと思っていたその日。

 街では『星流れの祭り』と言うものが行われるのだと言う。


「この日は月が姿を隠して、たくさんの流れ星が見れるんです」


 どうやらこの世界では流星群の日が決まっていて、その日にお祭りをするのだと言う。

 お祭りなんて聞いたら、行きたくなってしまうのは仕方がない。

 夜になったら、ルルハのコスプレをして街に行こうと決めた。


「星流れの舞台で踊るセイラン様は美しいでしょうね」

「は?」


 今、なんだか理解できない言葉が聞こえた気がした。


「星流れの祭りは月の神、ルルーチャフ様のお祭りなので、月の神殿で歌と踊りを披露するのが慣わしで……ルルーチャフ様の神殿で召喚されたセイラン様が踊りを奉納するのでは?」


 月の神殿ってあの遺跡みたいなところか。

 って言うか、奉納する踊りなんて知らない。

 前にムーレット導師にもらった本を隅々まで見たけど、それらしいものは無かった。

 どう言うことかと思ったら、例の如くヒメカ聖女とエリザベートさんがドアの前で警備をしていた騎士様を押し退けて入ってきた。


「あら、こんにちはセイランさん」


 『あら』とは何だ? 今気づきましたみたいな言い方だが、ここは私の部屋だ。


「ええ〜と、何か?」


 ヒメカ聖女は薄ら笑みを浮かべながら言った。


「今日、流れ星のお祭りがあることぐらい知ってるでしょ」

「はい。さっき聞きました」


 ヒメカ聖女はクスクスと笑った。


「ええ! そうなの? セイラン聖女は月の神殿で呼び出されたのでしょ? なのに大丈夫? 大丈夫じゃないわよね? だって、歌も踊りも下手っぴでしょ」


 ヒメカ聖女の後ろでエリザベートさんもクスクス笑っている。


「それに、この日は月の神殿に町の庶民達もたくさん来るのに、下手な踊りと歌で民衆をガッカリさせたら大変じゃない。だから代わってあげる。民衆も私の歌と踊りの方が喜んでくれるに決まってるじゃない?」


 どうやら、私が歌も踊りも知らないのはこの二人の差し金のようだ。


「ええ! やってくれるんですか? 嬉しいです〜助かります〜これでお祭り堪能できます〜」


 自分で言って、イライラする言い方でお礼を言うと、ヒメカ聖女は眉間にシワを寄せた。


「貴女に聖女としてのプライドとか無いわけ?」

「ありませんけど?」


 即答すれば、ヒメカ聖女はムッとした顔をした。


「そ、なら私が民衆にチヤホヤされるさまでも指を咥えて見てればいいわ!」


 そう叫ぶとヒメカ聖女達は去って行った。


「ヒメカ聖女は城の地下にある簡易的な神殿で召喚されたため、お披露目みたいなお祭りは無いんです。だから羨ましくなっちゃったのかも知れませんね」


 エルマさんはしみじみとそう言いながら、新しいお茶を淹れてくれた。

 やってくれるって言ってるんだから、やって貰えばいい。

 なにせ歌も踊りも分からないのだから。

  

     ※


 その日の夕方、ムーレット導師が大きな箱を持ってやって来た。

 箱の中身はギリシャ神話の神が着ていそうななかなかセクシーなエンパイアドレスで正面から見ると膝上で後はくるぶしまでくるデザインだった。


「この髪と瞳では似合わないですよ。このドレス」

「はい。なので、このベールを被ってもらいます」


 白いベールを頭に乗せる。


「これは魔法のベールなので、内側からはよく見えるようになっているんですよ」


 楽しそうにベールの説明をするムーレット導師に私は申し訳なく思いながら言った。


「あの、私、歌も踊りも教えられて無いんですけど」

「はあ?」


 今朝あったことをムーレット導師に話すと、導師は呆れてものも言えないとばかりに口をつぐんだ。


「ヒメカ聖女が代わりをしてくれるならいいと思ったのですが、ダメでした?」

「普通に考えたらダメですね。踊りは、前回の本を読んで直ぐに覚えられたので今回も大丈夫でしょうが、歌は……」


 ムーレット導師は急いで振り付けの本を持ってきてくれた。


「やっぱり探しましたが歌の本は返されていませんでした。聞いたところ、エリザベート嬢が聖女様に持っていく、他言するなと言って持って行ったようです。管理者も聖女様に届けてくださるものと思っていたらしいです」


 振り付けの本はを見ると、クラシックバレエのような振り付けだと解る。

 スカートの中にスパッツを履かなくては、パンチラしてしまいそうで怖いが、コスプレ衣装の中に常備しているから大丈夫だ。

 振り付けを確認しながらクルクルと回る。

 バレエも少しだけ習ったことがあるから、出来そうだ。

 私がクルクル回るのを見ながら、ムーレット導師が拍手をしてくれた。

 ベールは魔法がかかっていて、踊っている間も落ちることが無かった。

と言うことは、今日はコンタクトもウィッグもつけなくて良いんじゃないか?

それなら相当楽だ。

ウィッグは蒸れるし、コンタクトをずっと付けていると目が痛くなるからだ。


「このベール凄いですね。全然取れない」

「魔法がかかっていますから」


 ムーレット導師がこう言ってるのだから大丈夫だろう。


「歌はもしかしたら私が知ってる歌かも知れないので、ヒメカ聖女が歌ったのを聞いて判断します」

「その手がありましたね!」


 名案だとムーレット導師は喜んでくれたが、私の知らない歌では、どうにもならないのだが、まあ、いっか。


「さあ、セイラン様、お召し替えをしましょう」


 エルマさんが楽しそうに私の手を引っ張った。

 連れて行かれたパウダールームで、私はコンタクトとウィッグを外した。

 肩下まで伸びた黒髪を見たエルマさんは感動したみたいで泣いた。

 何だか申し訳ない。


「セイラン様って本っ当に美人です」


 そんなことありませんよ。

 そう言おうとしたけど、言わせてもらえる雰囲気ではなくなった。


「肌は白いしバランスの良い目鼻立ちをしているし、髪や目が普通の色味なのが不思議でならなかったのですが、漆黒が本当にお似合いです」


 エルマさんは私を褒め殺そうとしているようだ。


「私がセイラン様を女神に変えて差し上げます」


 そう言って、エルマさんにメイクもドレスも完璧に仕上げられた。

 ナチュラルメイクなのが嬉しい。

 そして、完璧にベールを被ってパウダールームを出た。

 パウダールームから出ると、ダーシャン様が待っていた。


「今日の護衛は俺だ」


 私はベールの下でニッコリと笑った。


「よろしくお願いします」

「私もご一緒したいところですが、導師は聖女の儀式の準備があるので、残念ですが、ダーシャン王太子殿下に頼む他ありません」


 本当に申し訳なさそうなムーレット導師を見て、ダーシャン様の口角が少し上がった気がした。

 

    ※


 祭りの始まりは日没で、その後直ぐに儀式をし、流れ星が流れ終わる朝まで祭りは続くらしい。


「は? ヒメカ聖女が代わりをする? それを月の神が許すと思っているのか?」

「許さなかったら、何か起こるんですかね?」

「そんなことした奴なんて今までいないからな」


 私はキョロキョロと周りを見ながら月の神殿に向かった。

 やはりお祭りだけあって出店が沢山並んでいる。


「ダーシャン様、儀式が終わったら色々食べ物とお酒を買って帰って飲み会しましょ」

「ああ、そうだな」


 人混みの中を目立たないように茶色のローブをかぶって、ようやくたどり着いた先に居たのは、ピンク色のミニスカートのまるで魔法少女のような格好をしたヒメカ聖女だった。


「ダーシャン! 私を見に来てくれたの‼︎ 嬉しい」


 と叫びながら抱きつこうとしてくるヒメカ聖女をダーシャン様は華麗にかわしていた。

 可愛いし、似合っているが、そう言った服装だと胸元が不自然に見えた。

 まあ、言わないけど。


「ヒメカ聖女は月の神とは関わりが無いのに何故ここに?」


 ダーシャン様の疑問に答えたのは、赤茶色の髪の目が釣り上がったおじさんだった。


「それは勿論、ヒメカ聖女様が全ての神に愛されるべき聖女様だから、と言ったところでしょ」

「ダビダラ導師」

「あの老ぼれ、いやいや、ムーレット導師の呼び出した聖女が役立たずなため、我らが呼び出したヒメカ聖女の素晴らしい歌と踊りで月の神に満足していただくのです。今回の失態を皮切りに、早いところ導師長の座を私に譲ってくださればいいのですが」


 勝手なことを言うダビダラ導師にダーシャン様はイライラを隠せていなかった。


「セイランは月の神に選ばれた正当な聖女です」


 ダビダラ導師はハハハと愉快そうに笑った。


「ヒメカ聖女の足元にも及ばない上に歌も踊りも下手くそだけど聞いていますよ。ダーシャン様もそんな女を押し付けられてお可哀想ですな」


 ダーシャン様が更に口を出そうとしたのに気づき、私はダーシャン様の服の裾を掴み引っ張った。


「セイラン?」

「えっ? やーだー、その人セイラン聖女だったんですか? 何そのダサい格好。えー無理なんですけど〜」


 ヒメカ聖女の笑い声がその場に響いた。

 私から見れば、貴女も大概な格好だが?


「ヒメカ聖女は……花が咲いたような装いですね」

「そうでしょう! 私貴女みたいにセンス悪く無いから」


 ヒメカ聖女はセンスも、頭も悪そうですが?


「ヒメカ聖女の勇姿を陰ながら見させていただきますね。ダーシャン様行きましょう」


 私はダーシャン様を引っ張って、月の神殿の舞台がよく見える席に座った。


「言いたい放題言いやがって」


 ダーシャン様は小さく悪態をつきながらも、私の隣に座ってくれた。


「月が出ない日に月の神殿のお祭りなんですね?」

「月が出ていないから、月の神が地上に下りていると言われてるんだ」


 なるほど、と思った。

 ではやっぱり、月の神がちゃんと見ていると思っていいだろう。

 そろそろかな? と思ったのとヒメカ聖女の歌とダンスが始まったのは同時で、私達は大人しくヒメカ聖女に視線をうつした。

 ヒメカ聖女の歌はどう見ても最近のアイドル曲とダンスだった。

 なんの参考にもならなかったと思いながら、周りの人達もどんな反応をしていいのか戸惑っているように見えた。

 本気で引いてる人までいる。

 そんな中、ヒメカ聖女の歌と踊りに合わせるように、黒いモヤのようなものが立ち上がり始めた。

 周りを見れば、見えてる人がほとんどでザワザワとした声と席を立つ者が現れた。

 アレは、もしかして魔素だろうか?

 あのままあんな濃い魔素を浴びたらヒメカ聖女が魔物になってしまうんじゃ無いか? 

 ヒメカ聖女もようやく異変に気づき歌も踊りもやめたが、危ない状況に変わりはない。

 私は勢いよく立ち上がると自分の知っている月にかかわる歌を思い出していた。

 そして、小さいころにアニメのエンディングで流れていた英語の月の歌を思い出して歌い出した。

 和訳も簡単で短い歌だったから、英語の授業で歌わされたと遠い記憶が蘇る。

 私は踊るのを忘れて歌い続けた。

 空に向かって、どこまでも響くように。

 すると、魔素はどんどん薄れていき、霧散した。

 舞台には倒れたヒメカ聖女が横たわっていた。

 安堵するのも束の間、大きな拍手がその場に響き渡った。

 振り向けば大勢の人が拍手をしてくれていた。


「セイラン」

「ダーシャン様、あの」

「良くやった。後はダンスだけだな」


 そう言われて、どうしようかと思ったらどうやら楽団があるのだと言う。

 歌は分からないが、音があるなら踊れる。

 私はローブを外し、運ばれていくヒメカ聖女を見送ってから覚えたてのダンスを踊った。

 空を流れ星が降る中踊る白いベールを被った聖女が踊る姿は人々の記憶に深く刻まれた。

 この年より、星流れの祭りでは月の神に選ばれた聖女のみが儀式を行わなければならないと文献に残されたのだった。


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