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はじめましてでいいですか?1

 エルマさんがプロポーズされたのを見て、当事者でも無いのに感動して泣いてしまった。

 エルマさんも泣いていたけど、一緒に泣いてくれて嬉しかったと言ってくれた。

 でも、滅茶苦茶恥ずかしい。

 泣いてしまったことはとりあえず忘れよう。

 そんな風に思っていたのだが、話は私の想定外の形で広まって行った。

 それと言うのも、エルマさんのされたプロポーズを目撃している人がかなり居たせいか『セイラン聖女に祝福してもらえると、幸せな結婚ができる』と言う噂が瞬く間に広がったのだ。

 聖女の力が祝福なんじゃ無いか? と言う噂も広まっている。

 しかも、興味津々の侍女達がエルマさんに直接話を聞いたところ、優しさなのか私が凄く頑張ったように話してくれたようで、セイラン聖女は女神のような人とも言われだした。

 だからなのか、その日エルマさんとお茶をしながら寛いでいると、突然ドアが乱暴に開いた。

 ノックもしないで入って来たのは遠くから何度か見たことのある第一王子だった。

 突然の訪問に困惑してフリーズする私とエルマさんを見ると、彼はハンッと鼻で笑った。


「そういえば、そんな見た目だとヒメカが言ってましたね」


 何とも言えない見下したオーラが鼻につく。

 それでも相手はこの国の王子様だ。

 王太子では無いと言え、身分はかなり高い。

 私はエルマさんに教わった優雅に見えるお辞儀をすることにした。


「お初にお目にかかります。セイランと申します。第一王子殿下」


 第一王子はしばらく私を見つめると言った。


「最近、悉くヒメカの邪魔をしているようですね」

「何の話でしょうか?」


 私の返した言葉に、第一王子は、はーっと息を吐いた。


「惚ける必要も無いでしょうに。わざわざ人の男を奪うだけでは飽き足らず、公衆の面前でドロドロとした愛憎劇を見せて味方を作ろうとしているようですね」


 何一つ身に覚えが無いのだが、この人頭の中大丈夫だろうか?


「他人の婚約者を奪うのは悪いことだと親に教えてもらわなかったのかな?」


 何だかニヤニヤとした含みのある話し方をする彼に、私はニッコリと笑顔を向けた。


「第一王子殿下、何処の誰からその話をお聞きになられたのかは存じ上げないのですが、騙されてらっしゃるようにお見受けいたします」

「何だって?」


 私は元ブラック企業社員だったから、クレーム処理ぐらいお手の物である。


「偉大なる第一王子殿下に誤解をさせてしまい、誠に申し訳ございません」


 必勝法はまず最初にきっちりと謝ることだ。

 これで先方が『謝れ』とは言えなくなる。

 最初に謝っているからだ。


「噂とは日を追うごとに、人を介するうちに大袈裟に脚色されてしまうものなのです。他人の婚約者を奪ったのであれば貴族間でもっと大事な話として広まっているはずだと、聡明な第一王子殿下ならば直ぐにお気づきになられたのではございませんか?」


 ここでは、その場に居なかったくせに見ていたかのように振る舞う第一王子の逃げ場を塞ぐ。

 理不尽なクレームをしてくる人は大抵頭に血が上っているせいで、こちらを追い詰めようとしてくるが、『聡明な』とか『偉大な』とか先に言われてしまうと、頭がいいことを誇示したくなり分かったフリをするのだ。

 実際、第一王子はぐうの音も出ないようだ。


「実際は婚約などしていない片思いの方が多数いる方に、私の侍女をしてくれている彼女が選ばれたと言うだけの話なのです」


 かなりバツの悪そうな顔をし始めた第一王子に私は、困ったように眉を下げた。


「あの、こちらからも一つ第一王子殿下のお耳に入れておいてほしいお話をしてもよろしいでしょうか?」


 私はゆっくり、この前叩かれた方の頬に手を当てた。


「私が上手く説明できなかったのが悪いのだと分かっているのですが、ヒメカ聖女様も殿下のように誤解をされていたらしく、ヒステリッ……では無くて、かなり感情的になられて少々手荒な真似をされたのです」


「手荒な真似とは? まさか暴れたとでも言うのかい?」


 モンスターペアレントのように、うちの子に限ってそんなことするはずがない! とでも言いたそうな顔をされた。


「暴れただなんて、ただ、ヒメカ聖女様の手が私の頬に当たってしまっただけなのです。かなり腫れましたが、当たってしまっただけのはずなんです。だって、婚約してもいないのに『自分の婚約者』とか言ってしまうストーカーを信じて……いいえ、騙されていたのだと思います」


 さも、まだ頬が痛いですよ、と言わんばかりに頬を撫でながら言った言葉に第一王子は怯んだ。


「ですので、第一王子殿下がヒメカ聖女が洗脳されないように見守ってさしあげてほしいのです。第一王子殿下にしか頼めないお願いで、すみません」


 完璧な低姿勢に、こちらが先に突っ込まれそうな話のアラを先に謝ることで、付け入る隙を与えず『貴方にしか頼めない』と言って特別感を出しつつもこちらの要求を呑ませる高等テクニックだ。


「そ、そうですね。言われずともヒメカには勝手なことをしないように言っておきましょう」


 私はわざとらしくならないように笑顔を作った。


「本当ですか! よかった。あのままではヒメカ聖女様だけで無く第一王子殿下の品位まで疑われてしまいそうでしたから。本当に安心いたしました」


 本当は書面にしてもらいたいぐらいだが、今回は我慢しよう。


「私達の些細なすれ違いの仲介をしてくださって……お忙しいでしょうに時間を作っていただきありがとうございました。これ以上第一王子殿下のお時間を無駄にするわけには参りませんね。この度は本当にありがとうございました」


 そう言いながら、第一王子殿下を出口までお見送りし、ドアを閉めた。

 しばらくドアに耳を当て、外の様子を伺い、第一王子がその場を離れる足音を聞いてからソファーにだらしなく座る。


「づがれだー」


 クレーム処理って本当に疲れる。

 そう思いながら長いため息をつく。

 すると、エルマさんが素早くお茶とお菓子を用意してくれた。


「セイラン様、本当に素晴らしかったです! 第一王子殿下を言葉で黙らせる人を初めて見ました」


 エルマさんは興奮したようにそう言って瞳をキラキラと輝かせた。

 私は出されたお茶をゆっくり飲み、また長いため息をついた。

 第一王子が頑張って、ヒメカ聖女とエリザベートさんが二度と新緑の神殿に来なくなりますように、と願わずにはいられなかった。

 

     

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