快適な暮らし?
ルリが魔獣化してしまった後、私はやれることをしようと考えていた。
私にできることと言えば、歌って踊ることぐらいだ。
鼻歌を歌うと妖精達が寄ってきて飛び回るし、サンゴが鼻歌に合わせてウニャウニャと鳴くのが可愛くて癒される。
大々的に変わったことは、夜中に新緑の神殿に行きお祈りをするようになった。
私は月の神のルルーチャフ様が使わした聖女らしいから、月の出ている夜に祈るのだ。
ここで歌ったり踊ったりすると、目に見えて神殿の周りの緑化が進んでしまうから、祈るだけにしている。
祈ると言っても『ここ最近こんなことがありました』みたいな報告をしているだけだが、何だか温かな気持ちになり、空気が澄んでいくような気がして不思議だ。
お祈りの後は、たまにダーシャン様がお酒を持ってきてくれる。
その代わりに、私は飲みながらダーシャン様の愚痴を聞く係だ。
「何で兄はそんなに王太子に戻りたいんだ? 本当にやることだらけじゃないか」
「そのやることは、元々お兄さんはできてたの?」
「……」
できてなかったんだな〜っと思いながら、赤ワインのようなお酒をちびちびと飲んでいく。
「周りが優秀だから、兄を甘やかしていたのか? 俺も甘やかされたい」
お酒を飲むと饒舌で情けない印象になってしまうダーシャン様に思わず笑ってしまう。
「『できない』って言ったことありますか?」
「軽々しく口に出していい言葉では無い」
「それでできちゃうから、皆手伝ってくれないんですよ」
私もそうだった。
「無理だと思っても口に出すことが負けたような気になって言えないし、実際達成できたら充実感も出て来てしまうから頼ることがどんどんできなくなって、最後には『このまま自分が居なくなったらこいつら皆、困るんだろーなー』とか負の感情ばかりが湧いてくるんですよね」
ダーシャン様は同意するように激しく頷いていた。
酔いが回りそうだから、止めた方がいい気がする。
「でも、信頼のおける人が居るなら、手が回らないから助けてほしいって言った方がいいみたいですよ。実は周りも頼られたいと思ってるかも」
私も会社をリストラされた時、何人かの後輩にもっと頼ってほしかったと言われた。
あの時の私は、嫌われたく無いとか頑張ったら後輩が憧れてくれるかもとか下心もたくさんあったし、言われなくても大変なの分からないかな? 何も言わなくても手伝ってくれてもいいのにと言った具合に、人のせいにばかりしていた。
「言わなきゃ伝わらないことがたくさん有るんですよ。それにダーシャン様に頼られたら舞い上がっていっぱい働いてくれそうな部下の人が沢山居るじゃないですか」
私は椅子から腰を浮かして、向かい側に座るダーシャン様の頭を撫でた。
「ダーシャン様は良く頑張っています」
私が頭を撫でたことが余程恥ずかしかったのか? それとも、頷きすぎてお酒が体に回ってしまったのか? ダーシャン様は耳まで赤くなって俯いてしまった。
「セイランは本当、聖女だな」
最初のダーシャン様の声はとても小さくて聞き取れなかった。
「頭を撫でられたことなんてほとんど無かったから、何か照れるな」
気を取り直したように明るく返された言葉に、私の方が照れてしまいそうになる。
「頭を撫でられるとストレスを軽減させることができるって何かの本で読んだことあるので、撫でてほしくなったらいつでも言ってください。私ができることなんてあんまり無いですから」
ダーシャン様は苦笑いをした。
「頼まずに済むよう、無理しないようにするよ」
別に頭を撫でるぐらいいつでもするのに。
私は少し残念に思いながら、ダーシャン様との晩酌を楽しんだ。
私との晩酌の後、ダーシャン様は少し変わったらしい。
難しいことを自分で抱え込むことは無くなり、人を頼るようになってきたのだとムーレット導師が教えてくれた。
「何でも一人でやるなんて無理な話ですから、ダーシャン様がいい方に変わられて少し安心しました」
しみじみとお茶を啜るムーレット導師は、度々うちにやって来る。
「ムーレット導師は、暇なんですか?」
「仕事もしていますよ。ただ、若い導師達は私がウロウロしていると嫌な顔をする者も居ます。ですので、セイラン聖女の教育に行くと言ってここまできているのです。勿論、セイラン聖女の替え玉の調子も見に行っているのでご心配なく」
ちゃんと仕事をしているなら、毎日のようにお茶を飲みにくるぐらいいいのか?
私は少し腑に落ちない気持ちになりながら、ムーレット導師の前にお茶菓子のクッキーを出した。
それに、ムーレット導師は別に遊びにだけ来ているわけでは無い。
たぶん。
私に国の歴史を教えたり、聖女の話をしてくれる。
決して世間話では無い。
きちんと教えてくれているのだ。
たぶん……きっと……確信は無い。
「前回の聖女様は国王の母親、ダーシャン王太子のお婆様でした。それはそれは穏やかでいて芯の通ったお考えをする方でしたが、召喚された時は泣きじゃくり後に結婚した当時の王太子の顔面をぐーで殴ったのは忘れられません」
いや、その後どうやったら結婚まで行くの?
私がクッキーを食べながら話の続きを聞いていると、外が騒がしくなったことに気づいた。
「誰か来たみたいですね」
ムーレット導師がふーっとため息をついた。
「セイラン、居るか?」
どうやらダーシャン様がやって来たようだ。
外に出ると、薄い膜越しにダーシャン様の姿が見えた。
向こうからはこちらが見えていないようで、キョロキョロしている。
「はーい。居ますよ」
私は膜を通り抜けてダーシャン様の前に立った。
「ああ、良かった。留守だったらとは考えずに来てしまったから居なければどうしようかと思った」
爽やかな笑顔が何とも眩しい。
顔面偏差値の高い人種に免疫が無いので目がしばしばするようだ。
「ところで私に何か用がありましたか?」
私が聞けばダーシャン様は手に持っていた紙袋を私に差し出した。
「セイランのおかげで、仕事を人に任せようと思えるようになった。ありがとう」
何とも眩しい笑顔のままダーシャン様は私の頭を撫でようとした。
勿論全力で避けた。
ウィッグがズレたら大変だからだ。
あからさまに私が避けたせいでダーシャン様がシュンとしてしまったが、仕方が無い。
「不用意に触ろうとしてすまない」
「あ〜こっちこそすみません。頭を触られるのが苦手で」
申し訳無いと思いながら謝れば、ダーシャン様は眉を下げたままハハハっと軽く笑った。
「人には苦手なこともあるさ」
私がもう一度謝ろうとした時、後ろから声をかけられた。
ムーレット導師だ。
「ダーシャン様、少し人に仕事を任せるようになったとはいえ、お忙しいのはお変わりないでしょうに、そろそろお戻りになっては?」
この人、人のこと言えないだろうに。
私が呆れたようにムーレット導師を見れば、彼は私にニッコリと笑顔を返した。
「導師もお忙しいのでは?」
「私はちゃんと弟子達に全て仕事を割り振ってからここに来てますので」
ブラック企業のダメ上司のようなことを言うムーレット導師の肩を私は力一杯掴んだ。
「えっ? 仕事を部下に全振りしてるんですか? クソ上司なんですか? 二度と家に来ないでくれませんか?」
「べ、別に仕事を弟子に全て押し付けているわけではありませんよ!」
慌てて弁明するムーレット導師にニッコリと笑顔を向ける。
「仕事抱え込む上司も大変ですけど、仕事しない上司を持つと下は死にたくなるぐらい大変なんですよ。理解できます?」
その場に居たムーレット導師とダーシャン様はその時の私の迫力に、自分の部下や弟子を大事にしようと心に刻むほど、私が怖かったのだと後に教えられるのだった。
小説が発売しているせいで、UPし忘れていました。
少しずつ更新します。
すみません。




