森の危険とは （ダーシャン目線）
俺は真っ黒な犬を追いかけていた。
昨日、この辺には魔物が居ないことを確認していたし、魔素はこの辺は濃くないのに何故？
「ダーシャン様、挟み撃ちしますか？」
騎士団の副団長を務めるラグナスが俺に提案してくる。
「ラグナス、前に出れるか？」
見た目が青い髪の毛を後ろで一つに束ね、髪と同じ色のタレ目がチャラく見えてしまう割に、仕事はしっかりこなす、それがラグナスと言う男だ。
「ダーシャン様がそうしろと言うなら！」
そう言ったのと同時にラグナスは加速して黒い犬の前に回り込む。
突然目の前にラグナスが現れたことに動揺した犬は踵を返して俺の方に方向転換した。
一発で仕止める。
そう思った瞬間、俺は怯んでしまった。
黒い犬だと思っていた犬の右耳が水色だと言うことに気づいてしまったからだ。
俺が隙を見せたせいで腕に思いっきり噛みつかれてしまった。
「ダーシャン様！」
ラグナスが近くに駆け寄り剣を向ける。
「お前、ルリか？」
俺の言葉に噛みつく力が少し弱まる。
やっぱり、コイツはセイランの契約妖精のルリだ。
斬りつけなくて良かったと安堵の息をはく。
「ダーシャン様？」
「大丈夫だ。いや、大丈夫じゃ無いが殺すな」
俺は少し緩んだとは言え、未だに噛み付いたままのルリを抱え上げた。
「クソ、ラグナス。登るぞ」
「はあ？」
説明している暇は無い、早くセイランの所に連れて行って浄化してもらうしか無い。
腕に齧りついてもがくルリを何とか小脇に抱えて走る。
大丈夫だ。一緒に山を登ったんだから、どの辺に家があるか分かってる。
セイランならどうにかしてくれる。
ヒメカ聖女は結局、魔獣を前にしたら何もできない守ってもらうのが当たり前のただの女だった。
彼女にルリを浄化してほしいと言っても、ナルーラにルリを殺される危険性の方が高い。
俺は腕から血が滴るのも気にせず走った。
そして、どうにかセイランの住む森の開けた場所にたどり着いた。
だが、見渡して見ても小屋が無い。
水の湧き出る岩が有るからここで間違いないはずなのに。
絶望しかけた自分の耳にセイランの声がした。
見れば何も無い空間から一人の少女が現れた。
「ダーシャン様！」
駆け寄る少女はセイランでは無かった。
先日、ラグナスと親しそうに話をしていたピンクの髪の少女だ。
「ルルハちゃん？」
俺の後ろでラグナスの困惑した声が聞こえた。
「セイランを呼んでくれ。ルリを助けたいんだ‼︎」
俺の腕を噛んでいるルリをみて、彼女は目を見開いた。
彼女は凶暴化しているルリの頭を撫でながら、ゆっくりと歌い出した。
眠りを誘うしっとりとしたバラードで、子守唄のようなものだと思う。
すると、撫でていた頭から徐々に黒い色が溶けてルリ本来の水色があらわになり、歌が終わる頃には、ルリは正気を取り戻したようで、噛んでいた俺の腕を解放し、申し訳なさそうに付いた傷を舐め始めた。
そして、彼女は俺の腕を手にとると更に聞きなれない歌を歌った。
見る見るうちに傷が治っていく。
「セイランなのか？」
こんな神力が使えるのなんてセイランだと言ってるようなものだ。
「バレちゃいますよね」
えへへと言いながら頭を掻く姿はセイランにしか見えなかった。
「ルルハちゃんが何で？」
信じられないものを見たと言わんばかりのラグナスに、セイランは苦笑いを浮かべた。
「ルルハちゃんが、聖女ってことですか？ ダーシャン様」
俺に聞かれても。
「え〜と、説明するので、とりあえず中に」
彼女が案内した場所に入ると、目の前に小屋が現れた。
「結界の魔法を教えてもらったのでかけてみたんです」
そう言いながらセイランはルリの頭を撫でて小屋に入って行った。
俺とラグナスはゆっくりと彼女の後を追った。
「お茶でいいですか？」
「いや、お茶では無く……」
見ればムーレット導師がお茶を飲んでくつろいでいた。
「導師は何故ここに？」
ムーレット導師はフーっと息を吐き出した。
「今日は城に聖女様が居ないので、街でセイラン聖女とデートでもしようかと思ってたのですが……」
ムーレット導師は更にため息をついた。
俺の横でルリがグルグルと威嚇する。
「セイランに変幻の魔法をかけたのですか？」
明らかに見た目の違うセイランをチラッと見るとムーレット導師は首を横に振った。
「セイラン聖女は姿を変えることができるようですね。まあ、私は魂の繋がりがあるので姿が違えど直ぐに判別できますがね」
胡散臭く笑うムーレット導師を無視して、セイランがお茶をテーブルに置きながら言った。
「これはコスプレですよ」
「こすぷれとは？」
俺が聞けば、セイランはニッコリと笑った。
「コスプレとは、自分では無い……アニメは無いから、動く絵本の中に出てくる登場人物になりきる行為みたいなもの？ かな？」
どんどん勢いを無くすセイランの声に、ラグナスが口を挟んだ。
「それは、観劇の役者のようなものってこと？」
「そう！ 流石騎士様！」
嬉しそうなセイランの態度にラグナスの表情が緩む。
「じゃあ、ルルハちゃんの本当の名前がセイランちゃんってこと？」
その言葉にセイランは目をパチパチと瞬く。
「乙女の秘密を暴こうとするのは良くないと思うな」
可愛く誤魔化そうとしているセイランの反応にラグナスは更に顔がだらしなくなっていっている。
「そんなことより、どうしてルリが真っ黒になってしまったのか、ムーレット導師は分かりますか？」
セイランはルリの顔をワシャワシャと撫で回しながら心配そうに聞いた。
「そうですね。絶対とは言いませんが、たぶんセイラン聖女のためにこの辺に居る魔獣を倒していたからかもしれませんね」
セイランが首を傾げると、ムーレット導師がニッコリと笑った。
「今は結界を張ったので大丈夫ですが、魔獣や魔物と呼ばれる存在がこの辺に居ないわけでは無いのでルリが近づく魔獣や魔物を倒していたため蓄積した魔素を多く取り込んでしまったのではないでしょうか？」
ルリはセイランから視線を逸らして申し訳なさそうにしている。
「ルリは私を守ってくれてたんだね」
セイランは感極まったようにルリに抱きついて撫で、額にキスをしていた。
嬉しそうに尻尾を振るルリに何故かモヤッとした気持ちになる。
そんな気持ちを深く探る前にムーレット導師がゆっくりと立ち上がり殺気を振りまきながらルリに近づいて行くのが見え、ムーレット導師を羽交い絞めにして止める羽目になり、そんな気持ちになったことすら忘れてしまったのだった。
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