君がはかなく散る前に
「もし私が死んでも、あなたはまっすぐに生きてね。」
彼女が病床に伏してから、僕へ言うようになった言葉だ。もう何回聞いただろう。
彼女は半年前、小さな悪魔を体に宿し、すくすくと成長させてしまった。彼女の体がどれだけ居心地が良いのか、何人もの大人が彼女の体をいじっても、出て行ってはくれなかった。
そんな悪魔の成長とともに、彼女は歩くことが難しくなり、1人で生活することができず、今では自力で起き上がることさえ容易ではなくなった。
僕は彼女と一緒に居ると、とても幸せな気持ちになる。それは出会った頃から今まで変わらないことだ。
だけど僕は、君を幸せにできていただろうか。
ふと考えてしまった。
今からでも遅くはない。
僕は、彼女のためならなんでもすることにした。
「桜、綺麗ね。」
彼女がベットの上で、病室の外を眺めて言った春。
僕は彼女を車椅子に乗せ、桜の木を眺めて団子を食べた。
風がそっと吹くと彼女の頭に桜の花びらが乗り、僕が取りながら2人で笑い合った。
「私、そういえば海を見たことがなかったわ。」
一緒に旅行雑誌を見ていた夏。
元気になったら行きたいと、沖縄への想いを馳せる彼女。
流石に沖縄は無理だったが、病院から1番近い海まで車を走らせて、2人で眺めながらたくさん話した。
海の光を浴びてキラキラ輝く彼女はとても美しかった。
「紅葉狩りもしてみたいし、読書も…何か美味しいものも食べたいね。」
様々なモノを特集するテレビ番組を見ていた秋。
この時、彼女は外に出ることさえできなかったが、1人部屋の病室を折り紙の紅葉で飾り付けて、一緒に読書をして、栗や焼き芋を食べた。
彼女はほんの少ししか食べることはできなかった。それでも、美味しいと満足そうに食べる彼女を僕はずっと見つめた。
「メリークリスマス。」
彼女が一言、僕に呟いた冬。
僕は病室を暗くして、クリスマスツリーを光らせた。
彼女は横になったままツリーを見つめて、微笑んだ。
そんな彼女に僕は、指輪をプレゼントし、彼女の左手薬指にはめた。
彼女はその左手を少し上へ持ち上げて、ツリーの光に照らされる指輪を、嬉しそうな目で見つめていた。
そして、ありがとうと僕に微笑んだ。
年が明け、1日1日ゆっくりと、僕たちは同じ時間を過ごした。
そんなある日。
「もし私が死んでも、あなたはまっすぐに生きてね。」
彼女がまた僕に言った。
僕はそれを聞いて、怖い気持ちを抑えながら震えた声で彼女に質問をした。
「君は僕と一緒に居て幸せ?」
彼女は驚いて僕を見たが、すぐに微笑んで言葉を紡ぎ始めた。
「この約1年間。あなたは私のために、色々なことをしてくれたでしょ?
私ね、出会った頃からそんなまっすぐなあなたと一緒に居られることが幸せなの。
だから今も昔も、あなたと一緒に居る時間が私の宝物よ。」
彼女はそう言って、左手で僕の頬を触る。いつもと変わらない暖かい手だ。
僕は、彼女の言葉が心に刺さった。
ああ、君も僕と同じだったのか。君にこんなことを言われる僕はどんなに幸せ者だろう。
「僕も君と一緒に居る時間が幸せだよ。僕はずっとずっと君が好きだよ。」
彼女の一筋の涙が、頬をつたっていく。
「…ありがとう。私も好きよ。…幸せ。」
彼女がそう言って微笑んだ。
その瞬間、僕の左頬から彼女の左手がすっと落ちていく。
僕はその左手を掴んでもう1度自分の頬へ。
だけど、その手は冷たかった。
『もし私が死んでも、あなたはまっすぐに生きてね。』
彼女の墓を見つめながら、僕の脳内にはその言葉が連鎖していた。
彼女が居なくなった今、僕はまっすぐに生きれるのだろうか。
いや、僕は変わらない。
僕が好きな彼女で居てくれたのだから、僕も変わらずに生きていく。
いつか君に会えた時、褒めてもらえるように。