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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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たぶん君のまうしろに

お前がいいならまぁいいか

作者: 黒い白クマ

「カイ!お前また勝手に棚開けてつまみ食いしただろ!」


 陸斗の叫び声がキッチンから上がったのを聞いて、カイは億劫そうに顔を持ち上げた。ドカドカとわざとらしく足音を鳴らして近づいてくる同居人を一瞥すると、再びソファに頭を沈める。


「腹減ってたんだから、しょーがねぇだろ。」


 一切反省する様子はない。陸斗は深いため息を落としてから、ソファの空いているスペースに体を滑り込ませる。割合身体の大きなカイが寝そべっていると、ソファには人がギリギリ一人座れる程度の隙間しかないのだ。


「お前なぁ、飯の時間になるまでちったァ我慢しろよ。いい大人だろうが。」

「そーだな、陸斗よか大人だわ。」


 ハッと彼が鼻でその返事を笑うのを見て、陸斗は寝そべった背中を軽く叩く。カイが小さく呻いた。


「中身は俺よりガキだろ。」


 そう陸斗が言えば、カイがまた同じように鼻を鳴らす。陸斗は呆れて一瞬言葉に詰まった。ガシガシと頭をかいて、ため息交じりに説得を試みる。


「お前の為を思って怒ってるんだからな。また健康診断引っかかりやがって。」


 無理やり引っ張りあげてソファに座らせてみるものの、カイは気だるげに背もたれに伸びた。目線すら合わない。


「おま、こっちを向け!」

「わ、引っ張んなよ。」


 カイの頬を掴んで目線を合わせると、露骨に嫌そうな顔が返ってくる。むに、と掴まれ伸びた頬を見て、陸斗は何となくそれを横に引っ張った。嫌そうな顔はそのままだが、特に咎めることはなくカイは黙り込む。


「めちゃくちゃ伸びるよなー。」


 しばしそのまま頬の皮膚を掴んで遊ぶ陸斗に、カイは思わず苦笑を漏らす。


「つまみ食いの話はもういいのか?」

「はっ忘れてた!」

「やっぱ阿呆だな。」

「うるせ。」


 にべも無く言い捨てたカイの頭を一発叩き、陸斗はソファから立ち上がった。不満げな顔にカイが笑い声をあげる。


「食われたくなきゃ棚に鍵でもかけてくれや。俺は本能に忠実なの。」

「ったく、あぁ言えばこう言う。」


 キッチンで陸斗がインスタントコーヒーを作っているのが香りで分かる。テレビ見ていいか、と聞けばキッチンから否定の声が飛んだ。八つ当たりだと拗ねてカイは再びソファに沈む。


「不服そうな顔しやがって。誰がお前の飯代稼いでんだっけ?」

「どうせヒモですよ俺は。」


 クッションに頭を突っ込んだまま、カイはくぐもった声を返す。コーヒーを淹れ終わった陸斗はソファには座らずに、ダイニングテーブルの椅子を引いた。どうせキッチン、ダイニング、リビングは壁で仕切られていないから、会話するに困らないのだ。スマートフォンに手を伸ばしながら、陸斗はソファの上の塊に呆れたような目線を投げる。


「マジでお前働こうよ。」

「やだ。」

「向こうのカフェで求人広告出てたよ。」

「俺カフェとか無理だよ。愛想振りまくのとか、ぜってぇ無理。」


 飛び起きてソファの背もたれから顔を出す彼に、手に持ったスマートフォンを投げるモーションを見せる。何度となく繰り返しているやり取りだから、実のところどちらも大して本気ではないのがお互いに分かっている。じゃれあいのようなものだ。カイは笑って背もたれに身を隠した。


「このニート。」

「お世話になってマース。」


 カラカラ笑うばかりの彼につられて、思わず陸斗も吹き出してしまう。まったく、開き直りもいい所だった。

 ここ数年、カイと陸斗はこういう関係を築いてきた。


「ま、いいけどよ。別に金がなくて困ってるわけじゃねーし。」


 だから別にいまさらどうこうして欲しいわけでもない。肩を竦めてスマートフォンに意識を戻した陸斗に、カイが再び背もたれから顔を出した。


「お、さすが高給取り!」

「調子のいいヤツめ。」

「あ、話は変わるけどよ。」

「変わる前に言っとくけど、お前今日夕飯抜きだからな。」


 涼しい顔で、スマートフォンから目をあげずに陸斗が言い放つ。コーヒーカップを傾ける彼の言葉に、カイがぴょんとソファで跳ねた。


「なんで!?」

「さっきしこたま食ってたからだよ。」


 舌打ちが響く。不機嫌なカイに、今度は陸斗が声を上げて笑う番だった。


「で、何?さっきの話は。」


 話を戻してやれば、カイはぶすくれたまま、明日誰か来るんだったかと疑問を口にする。


「明日は久々に美玲がくるけど。そんだけ。」


 美玲、というのは陸斗の恋人の名前である。高校からの付き合いで、陸斗が彼女と出会ってからは十年程になるか。陸斗とカイが同居するようになった時に、カイは陸斗から美玲を紹介された。そのためカイにとっても、もう五年近い付き合いの相手である。


「美玲か。ホントに久々だな。」

「向こうの仕事が忙しかったみたいでさ。」

「ふぅん。お前、美鈴の事大切にしろよ。なにせみんなから祝福される恋だぜ。」


 何気ない様子で放たれたカイの言葉に、陸斗はぴくりと眉を上げた。再びソファに沈んだカイは気がついていない。


「まぁ、な。」

「この間言ってた客が来るってのは、その話か?」

「それは今日兄ちゃんが来る話じゃないか?」


 それは今日の何時くらいになる、とようやくソファを降りたカイに、陸斗は兄が来る時間はわざわざ確認していないと返す。


「今日はユズも一緒に来るはずだよ。」


 陸斗の兄と共に住むユズの名前を聞き、カイの顔が明るくなる。カイと歳が近いことなどもあり、陸斗よりもカイのほうがユズとの親交は深い。喜ぶカイとは裏腹に、陸斗はなにやらスッキリしない様子であった。


「なんだ、変な顔してよ。」


 顔を覗き込むカイに何でもないと首を振り、陸斗はコーヒーの残りを呷った。


「よく分かんねーやつ。」


 首を傾げるカイに、陸斗は不意に手に持っていたスマートフォンを突き出した。


「見ろよ、ネットニュース。結婚のニュースばっか。」

「あー、結婚に六月がいいんだろ?あのー、じゅーんなんたら。」

「ジューンブライド。だけじゃねぇだろ、最近はニュースになるような結婚が多いから。」


 お前も結婚とか考えるのか、と尋ねればカイはちょっと首を傾げた。


「結婚はピンと来ねぇけど、まぁ子供は欲しいから。」


 だから、ごく一般的な相手と結婚をする。そう言外に言う彼に、陸斗は不服そうに頬杖をついた。


「出たよ、本能。」

「お前らに本能が無さすぎるだけだろ。種を残すのが生物の行動理由だぜ。」

「そればっかりとも言えねぇよ。ほらよ、時代だからさ、子供を産まない家族の形とかいうだろ。」


 ほぼネットニュースの受け売りを読み上げ、陸斗はスマートフォンをダイニングテーブルに放る。それはそれで分からなくもないのだが、と前置きした上でカイは言葉を続けた。


「好きと子供の話を括ってるから、面倒くさくなるんじゃねぇか?恋は何としたっていいけどよ、それとは関係なく種は残さねぇと。」

「げぇ、好きでもねぇやつの子供はいらねぇだろ?」

「そうかぁ?そこは関係ないと思うんだよなぁ。」


 首を傾げるカイに、陸斗は力強く首を横に振った。


「いや、あるある。めっちゃある。」

「つーか最近は体の外で子供が出来るんだろ?なら別に直接ヤれってんじゃないだろうが。俺は好きとか嫌いとかってのは子孫繁栄にゃ関係ないと思ってるんだよ。」


 尽く合わない意見に、陸斗はうへぇと顔を顰めた。お互いに意見自体を否定する気は無いが、絶対に分かり合えそうにはない。


「じゃあ何と結婚してもいいって?」

「それがさぁ、なんか法律?つーの、結婚した相手じゃねぇのと子供作るとめんどくせぇだろ。そーすっと、まぁ誰からも祝福される恋が一番だと思うぜ。俺はそういう結婚がしたいね。」


 文句言われずに子供作れることが大事だというカイに、それならば性別は関係がないんだな、と陸斗が尋ねた。


「あ?野郎と子供作れんのか?」

「人なら性別は関係なく、うまい事行くようになったらしい。あぁ、つうか養子をとることにすりゃ、何とでも子育てできんだろ。それは?」

「否定はしねぇけど、俺は血の繋がった子も欲しいな。」

「やっぱりお前らにはそういうのあるのか。」


 うーん、と天を仰ぐ陸斗を、カイは不思議そうに見つめる。なぜ突然こんな話になるのかも、それが何か問題なのかもカイには分からなかった。価値観の違い、と言うだけの話だと思うのだが。別にカイは陸斗達の考えにとやかく言うつもりもない。


「じゃ、カイがそういう結婚したいのは分かったけど。例えば俺がこういうニュースになりそうな結婚をしたら?」


 思わぬ言葉にカイはぎょっと目を見開いた。


「美玲を捨てるのか!?」

「例え話だよ!」


 陸斗の叫び声に被せるように玄関のチャイムが鳴り響いた。来ちゃった、と陸斗が頭を抱える。


「直斗サンとユズか?」

「多分……。」

「開けてこいよ。」


 促しても陸斗はすぐには動かない。カイは先程から言動が奇っ怪な陸斗の事が、だんだん心配になってきた。


「ホント変だぞお前。なんか直斗サンとあったのか?」


 喧嘩か、と尋ねるカイに首を振り、陸斗は玄関に向かう。ドアの開く音と、久しぶりに聞く声がする。


「あれ、カイ君、なんかまたでかくなった?」


 部屋のドアを開けた陸斗の兄、直斗がカイと目が合ったと同時に声を上げた。後ろから陸斗が太ったんだろ、と笑う。


「うるせー、まだ成長してるんだよ。」

「いい歳こいてよく言うよ。」


 太った、太ってないと言い合う陸斗とカイに、直斗の後ろからひょこりと顔を出したユズが慌てて声を上げる。


「大丈夫だって、言うほど……いや、やっぱちょっと一回り……。」


 せっかくのフォローも尻すぼみになり、カイが思わずユズの名前を叫ぶ。引きこもりをやめれば少しはマシになる、と陸斗が提案すれば、ますますカイの顔は不機嫌になる。


「カイ君も働けばいいのに。カフェとか。」

「ぜってぇやだ。」


 ユズにベッと舌を出したカイを見て、直斗が手を打つ。


「一緒に暮らしてると似るっていうもんね?」


 ちらと陸斗の方を見れば露骨に彼の顔が固まった。


「じょーだんじょーだん、新作期待してるから。」

「昔のこと蒸し返すのはやめてくれよ、ほんと……。」


 陸斗は溜息混じりに兄の肩を叩く。そのまま彼はキッチンの方に足を向けたので、客達はカイの座るリビングにお邪魔することにした。


「兄ちゃん達は夕食食べていく?今日カイ飯抜きだからさ、一人で食うのも寂しいし。」

「なんだよカイ君、またおやつバカ食いしたの?」

「腹減ってたんだよ。」


 ユズの言葉を軽くあしらい、一緒に暮らしてると似るっていうじゃねぇか、などと飄々と言ってのける。それにユズがなるほど、などと言うから陸斗が慌てた。


「納得すんなよ、おい。」


 ケラケラと笑い声をあげる兄をジト目で睨む。それすら面白い、とばかりに直斗はいっそう楽しげに笑う。


「ったく。夕食何にする?買い物した方がいいかもしんねぇ。」

「なんでもいいよ、冷蔵庫にあるものでつくれそうなので。」

「ハンバーグでいいか?」

「いいね、久々だ。」


 兄弟の会話を黙って聞いていたカイが、ふと首を傾げた。


「昔ってハンバーグとかに牛肉とか豚肉使ってたんだろ?」

「昔っつっても俺らが小学校低学年くらいの時は普通にそうだったぞ。お前らの親の世代は食ってたろ。」


 動物肉が食卓から消えたのはここ最近の話だ。今でこそ全ての肉は植物由来のものだが、栄養素の問題や習慣への慣れを説得するのに時間がかかったこともあり、それほど迅速に普及しなかった。それに、今も動物肉を食すものがいることも事実だ。


「なんか僕はやだなぁ。」

「でもよ、会話できるようになった瞬間食わなくなるのもなんか変な話だよな。」


 ユズの問いかけに陸斗が肩を竦める。その返答にちょっと驚いたような顔をして、ユズが自分の首元をちらりと見た。


「あぁ、そのタイミングか。」

「まぁそれだけじゃなくて、ほぼゼロから食いもんが作れるようになったのが同じタイミングだったってのもでかいだろうけどよ。」


 ユズと直斗に飲み物を出して、陸斗もリビングに座り込む。ソファは客が使っていたため、床で伸びているカイの近くに座り込んだ。


「ここ十年で色々様変わりしたよねぇ。十年前の僕に今の僕の話をしたらひっくり返りそうだもん。」


 しみじみと直斗が呟く。ふぅん、と少し首を傾げた後、カイが例えば何がそんなに驚くことなのかと問いかけた。


「例えば、そうだね……」


 直斗が口を開こうとした途端、それにかぶせるように陸斗が声を上げた。


「どうしたの?」

「話の腰を折って悪いんだけど、カイお前昨日渡した郵便出してくれた?」


 カイは一瞬、ぽかんとした顔をしていた。すぐに何の話か思い当たったのか、慌てたように立ち上がる。


「忘れてた!」

「だよな?お前昨日から家出てねーなと思って。」

「あー、散歩のついでにって思ったんだけどよ、昨日雨降ったから。」

「午後から土砂降りだったもんね。」


 直斗の言葉に頷き、そのままカイはハガキを取りに開いていたドアから部屋を出ていく。


「ちょっと今から出してきちまうわ。」


 彼が身支度を整えるのは早い。ちょいと首にバックをかければ良いだけなので、少しすれば玄関でドアが開く音がした。残った者は揃って行ってらっしゃいと声をかけ、カイの返事とともにドアが閉まる。

 そう、ここ十年で変わったことと言えば、多くの家のドアに、鍵付きの小さなドアがついていることも挙げられよう。カイに限らず大抵の彼らが、器用にドアの鍵を開け、ドアを押し上げ、そして鍵をさして閉めることが出来る。これも十年前には考えられぬ事であろう。

 さておき、カイを見送ったのち、陸斗は実に言いにくそうに声を上げた。


「えー、お二人にちょっと、言わなきゃいけない事があって……カイにまだですね、お二人が来た理由を話してなくて……。」


 もごもごと呟いた陸斗に、ユズと直斗は目を見開いた。慌てたようにユズが問い詰める。


「どうして?事前に言っておくって言ってたよね?何か問題があったの?」


 陸斗は暫く口を開けたり閉じたりしていたものの、諦めた様に話し出した。


「あいつほら、結構考え方が古いっていうか、いや古いは変か。これが発明された初期の頃のに、近い考え、だろ。」


 ユズの首元を指して言えば、ユズと直斗は顔を見合せた。直斗がひとつ頷く。


「人っぽくないよね、いい意味でも悪い意味でも。となると、やっぱり反対するかな?」

「今日それとなく聞いてみたんだけど、ともかく何らかの形で自分の血を残さないと意味が無いようなことを言ってて。」


 一人と一匹はもう一度顔を見合せた。つまり、ここでカイに言い難いという問題は。


「どっちも男ってことよりも、犬と人、ってところでアウトかな。」


 直斗の言葉に陸斗が頷く。ユズがなるほど、と大きくため息をついた。


「カイ君に言わせれば、多分僕は僕で犬の女の子と、直斗君は直斗で人間の女の子と子供はもつべきだ、ってことだろうなぁ。」


 一瞬、誰も何も言わなかった。しばしの沈黙の後、ユズがもう一度口を開く。


「僕らってこの首輪と、この……。」


 パカリと大きく開けた彼の口の中には、仰々しいとも言えるような金属器具が舌に取り付いている。首輪についた機械がいくら脳に影響したところで、それだけでは犬の舌に人間の言葉は発音出来ない。


「この舌の補助器具で会話できるようになって、だいぶ考え方が変わってきているでしょ。でもまだ二、三代目だから、カイ君みたいに変わらない子だって珍しかないんじゃないの。」


 陸斗が頷き、そもそもこの機械をつけている動物だってそんなにいなかろう、と指折り数え始めた。


「犬、猫。あとは……鳥はまだ開発中だから……ハムスターとかか。」


 陸斗の言葉に直斗が首を振る。


「いや、小動物は時間の感覚がだいぶ違って上手くいかなかったはず。元々家畜と呼ばれていた以外の動物ではやっぱり犬猫が主流かな。」


 会話が多ければ多いほど、彼らはあっという間に人の思考に染まった。事実、ユズはかなり染まった側、と言えよう。

 ただ、カイの方はというと話は変わる。考え方が人間にあまり影響されてない彼からしてみれば、リンリだのチジョウノモツレだの言ったところで今一ピンと来ないのだろう。一生同じ伴侶と過ごす必要性もおそらく感じていない。


「カイ君は僕が直斗君を好きなことに対しては文句ないのかな。」


 ユズのつぶやきに、陸斗は慌てて先程の会話を思い出す。確か、恋は何としてもいいと言っていたはずだ。ただ血を残すこととは話が別だと言っていた。

 陸斗の説明に、ユズと直斗は再び顔を見合せた。それでは困るのだ。でもなんとかカイを説得する必要がある。なにせ、大切な友人なのだ。結婚式には呼びたい。

 結婚の挨拶をしようと思ってきた客達は、どうしたものかと頭を抱えた。まさか陸斗がカイに何も伝えられていないとは思わなかった。


「メリットをプレゼンしよう!異種同士で結婚するメリット!」


 弟の唐突な提案に、直斗は目を瞬かせた。


「例えば?」

「例えば……え?待てよ?別に結婚しなくても飼い主登録で良くない?」


 陸斗がキョトンとした顔で直斗とユズを見る。むしろなんで二人は結婚するんだっけ、と首を傾げる彼に合わせて、直斗とユズも首を傾げる。


「飼い主登録で、ってどうして?」

「ほら昔人間の同性婚が無理だった頃って、財産相続とか、あと病院の集中治療室に入れないとか?結婚出来なくて困るのはそういう話だったろ。」


 陸斗の言葉に直斗とユズは頷く。それらは今も事実婚に残っている問題だ。しかしことが人と動物の話であれば、確かに飼い主登録で全部解決することでもあった。陸斗とカイは恋仲でもなんでもないが、陸斗はカイの飼い主として届け出ているため、「家族」として扱われる。それで困ることは特にないはずなのだ。


「なんで結婚すんの?」


 改めて問われ、直斗は小さく首を傾げた。確かに陸斗の言う通り、なのだが。


「なんか、響きが良くない?」

「え?」

「結婚したくない?パートナーですってこう、法的に認められるって良くない?だって僕、ユズの飼い主、っていうつもりはあんまりないし。」


 直斗の言葉に、ユズが困ったように笑った。


「実は僕は結婚しても生活はあまり変わらないから、どっちでもいいかなーと思っているんだけど。」


 直斗のこだわりを尊重することにした、とユズはパタパタとしっぽを振った。でもカイを納得させるならもっと具体的なメリットがないといけない、と彼は付け加える。兄弟が同時に頷く。

 さて、結婚のメリット。一同唸って天井を睨みつけた。


「二人で夜通し格ゲーができる。」

「もうやってる。」


 直斗の案にユズが首を振る。陸斗はユズがコントローラーを握れることに密かに感動したが、今それを言う場面じゃないことは分かったのでそっと飲み込んだ。


「二人いれば筋トレが楽。」

「二人いればいいだろそれ。結婚関係なくない?」

「え?腹筋だよ?抑えてもらう。」


 直斗の提案に今度は陸斗が首を降った。が、直斗は食い下がる。


「いや誰でもいいだろうが。」

「結構顔近いから……。」


 横からユズが賛同するのに、陸斗はやかましいわと顔を顰めた。なんで惚気話みたくなってくるのだ。恋仲ならいいだろう、つまり。


「うーん、大抵の事は二人で住んでいて、飼い主登録で行ける気がするね。」


 ユズがため息混じりに言うと、直斗がやっぱり気持ちの問題だ、と腕を組んだ。


「やっぱ自称パートナーと法的パートナーってちがうでしょ。」

「そうかなぁ。」


 今一ピンと来ない顔をする陸斗。直斗は少し考えてから口を開く。


「ほら、自主出版していて職業聞かれたら『作家です』っていうのと、大手出版社から本出していてそれなりに名が知れていて『作家です』って言うのじゃだいぶ違うじゃない?」


 笑顔で言い放たれた兄の言葉に、陸斗は言葉を詰まらせ、そのまま倒れ込んだ。なぜピンポイントに、やっと売れてきた自分の商売のトラウマで例えてくるのか、この兄は。例えが悪かったかなとケロリと言い放った直斗に、陸斗はがばりと顔を上げて吼える。


「自称だってなぁ!本書きあげてりゃ作家ですからぁ! 」

「落ち着いて、今は大先生なんだから。」


 慌ててユズがフォローに入るが、陸斗は自称作家の後輩だって沢山いるんだ、となお吼える。


「でもやっぱり違くない?」

「周囲の風当たりは?だいぶ?穀潰しから有名人になりましたけど? 」


 穀潰し呼ばわりした当の本人が直斗なのだが。確かに直斗の言う通り、違うといえば違った。二十代後半で実家に寄生しながら週三バイトは確かに穀潰しに見える。

 気持ちの問題。肩書きの問題。陸斗はその例えで身に染みて分かるものの、カイにはどう伝えたものか。

 あ、と唐突に直斗が叫んだ。びっくりしたように陸斗とユズがそちらをみやる。


「子供だよ子供。養子取ろうと思ったらさ、未婚だとどっちかの子供になるでしょ。」

「あそっか。そうすると親登録した方が先に死ぬと色々面倒くさい。」


 盲点だった、とユズが頷く。犬のオスって子育てするっけと首を傾げた陸斗に、群れる動物だから、とユズが答えた。これでいけるか、と思ったものの、はたと陸斗が動きを止める。


「養子とらなくても子供が作れる体と財力なのに種を残さない選択をする件に関しては?」


 恐る恐る陸斗が尋ねると、こればっかりは、とユズと直斗が渋い顔をした。


「感性の違いっていうか。」

「感覚論だもんね。」

「そもそも子供欲しいのか?」

「今は特に考えてないなぁ。」

「ダメじゃねぇか。」


 さて、と首を捻った時に、玄関からドアが開く音。形容しがたい、言葉にならない呟きが三つ上がる。


「ただい、え、何このお通夜みたいな空気。」


 リビングに顔を出したカイが首を捻る。一体自分がいない間に何をやらかしたのだろう、と訝しんだ。


「いやぁ、なんというか。」

「なに。」


 陸斗の目が泳ぐ。寸の間黙り込み、結局、直斗とユズに説明を促した。


「えーと、実は今日僕らが来たのって、結婚の報告で。」

「おう?え?誰と?」

「ユズと。」

「誰が?」

「僕が。」


 沈黙。終わった、と全員の目線が床に落ちる。


「いんじゃない?」


 顔が一斉に持ち上がる。いい?誰が?何が?今、いい、と聞こえた気がするのだが。


「結婚式いつ?」


 首を傾げるカイの顔を、全員がポカンと眺める。次の瞬間、揃いも揃って奇っ怪な声を上げた。


「なんだよ。」

「えっともっとこう、え?」

「いいの?」

「いいんじゃねーの、別に。時代なんだろ。」


 想像よりはるかにあっさりと言い切った彼に、全員が一気に緊張を解いた。反対されるかと思った、と直斗が呟くと、カイが気まずそうに口を開く。


「もしかしてさっき陸斗と話してた話、二人の事があるからか。」

「うん。それでなんか異種族間の結婚嫌そうだったから。」

「俺はしないってだけでさ。早とちりだぞお前。」


 陸斗に軽く頭突きを食らわせる。陸斗は謝りながらカイの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「二人とも、俺が反対すると思ったのか?」

「うん。」

「ごめん。」


 長い付き合いなのだ。どうせならもう少し気楽に報告して欲しかったと、わざと拗ねたような声を出すカイに、一人と一匹は頭を下げる。


「よーし、直斗サンとユズでアイス買ってきて。」


 それで今回のことはチャラにしてやろう。カイがそう言って笑うと、彼らは頷いて立ち上がった。直斗とユズがコンビニへでかけ、部屋にはカイと陸斗だけが残る。ドアが閉まった瞬間、陸斗がチラリとカイに視線を投げた。


「……いがーい。」

「まだ言うか。」


 苦笑するカイに、陸斗はだって、と肩を竦めた。


「俺、お前の言うことも一理あると思ってるもん。」

「いや、まぁ、あいつらが幸せならそれで良いと思うけど。ただ、こう……。」


 カイは一度言葉を切り、言葉を探した。陸斗は黙って彼の横顔を見つめる。


「人も犬も滅びるんじゃねーかなと思って。病気だとかでもねーのに、ずるくないか?」

「昔の人って結構大っぴらに同性愛してただろ?滅びてねーよ、人類。」


 だから異種間で結婚しても何とかなるだろう、と言い連ねた陸斗にカイは首を振る。それを言うのなら、カイが陸斗に言ったように、恋愛と結婚を切り離して考えねばならないのだ。


「いや、その時代は正妻がいて、子供は生まれてた。」

「それもそうだな。うーん、ずるい、なぁ。」

「俺も子供作んなくていいかな。」


 カイが陸斗を仰ぎ見る。予想外の言葉に、陸斗が目を瞬かせる。


「え?子供、欲しいんじゃないの。」

「欲しいというより、つくるべきだとずっと思ってる。」

「義務的な。」

「そう。」


 それがカイのいう本能か。喋り、働き、本能から遠のいた人間には……そして人間が首輪なぞ作ったおかげで遠のいたユズのようなものには持ち合わせが足りない義務感。


「俺らは本能から離れた以上、種としての義務感よりも個々の事情が重視されるべきだと思うわけよ。」


 陸斗の言葉にカイが片眉を上げた。


「ふぅん?そりゃまた、なんで。」

「だってそのほうが幸せだろ。」

「結果、生物が滅びても?」


 カイの言葉に、陸斗はゆっくり頷く。しかとカイの目を見て、ニヤリと笑った。


「最後の一人も幸せなら。」

「理想論だな。」

「あはは、物語作家だからかな。」


 呆れたような声に楽しげな笑い声で答える。そう、理想論。道理から外れたのなんて随分と昔の話だ。外れれば外れたなりに筋を通さねばならない。


「カイはどう思う?」

「俺ぇ?」


 陸斗の問いかけに、カイは首を捻る。しばしの間の後、彼は大きく頷いて陸斗の方を向いた。


「お前がいいならまぁいいか!」

「俺かよぉ。」

「だって俺、一生お前と美鈴に引っ付いてるつもりだからな!」


 いっそ清々しくヒモ宣言をした彼に、たまらず陸斗が吹き出す。カイの方に向き直り、わしゃわしゃとその顔を撫で回しながら笑い声をあげる。


「いいよ、いいよ!ずっと養ってやるよ、もう!」

「さぁて、結婚式何着てくか!」

「張り切って新しいの買おうぜ。」

「ニュースになるかもしれねぇからな。」

「確かに!」


 スーツのサイトを物色し始めた一人と一匹の元に、道理から外れた幸せな一人と一匹がアイスを持って戻ってくるまで、あと少し。

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