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海に行ったカワニナ

作者: 里山 根子君

  昔、ある田舎の、田んぼの中の小川であった話です。

 その小川には、ドジョウやカワニナ・イモリにミズカマキリ、ゲンゴロウなど、たくさんの生きものたちが暮らしていました。

 カワニナは、たくさんの生き物たちが暮らしているこの小川を、いつもせっせとお掃除していたのです。

 そして、この小川の生きものたちは、そんなカワニナが大好きでした。

 いつものように、水底のお掃除をせっせとしていたカワニナは、狭くて冬は寒いこの川よりも、暖かくて広い海に行きたいと、いつも思っていました。

 寒かった冬が過ぎて、小川の水かさも増え、やっと少し暖かくなってきました。ドジョウも、セリの間で元気に追いかけっこをしていました。

 ある日、カワニナは、海に行こうと決心して、ドジョウに一言海に行くことを伝えて、小川から広い川に出ようとしていた。

 カワニナは、ドジョウがいくら止めても、聞きませんでした。

 そこでドジョウは、カワニナより先に、広い川に出てコイをさがしました。

 コイをみつけるとドジョウは、「カワニナが海に行くと言っているのだが、困っていたら助けてやってくれ」とお願いしました。

 コイは、「よし、わかった」と言ってうなずくと、そのまま大急ぎで、下流に行って、ボラをさがしました。

 海に近い淵で、ボラをみつけると、コイは、「カワニナが海に行くと言っているそうだが、困っていたら助けてやってくれ」とお願いして、大急ぎで、川の上流にもどって行きました。

 ドジョウが、小川にもどると、カワニナがもう少しで、広い川に入るところでした。

 ドジョウは、カワニナに、本当に気をつけて行くよう言い聞かせました。

 カワニナは、広い川に出ると、いつもの小川とはかってが違って、自分の思ったように動くことが出来ません。

 はげしい流れに身を取られ、さんざんひっくり返ったあげく、深みに入ってしまいました。

 やっとのことで這い上がり、ゆるやかな浅瀬を行くことにしたのですが、「やれやれ、これじゃ何年かかったら海に着くことやら」カワニナは、さすがに気が遠くなる思いがしました。

 様子をみていたコイが、カワニナに近づいて、「おまえ、どこに行くつもりだい」と尋ねました。

 カワニナは、「海に行きたい」と言うと、コイが「どうしてもかい」と聞きました。

 カワニナは、「どうしても行きたい」と答えました。

 コイは、「そんなに行きたいのならば、河口まで連れていってやる」そう言って、大きな口でカワニナをパクリと吸い込みました。

 コイは、大きな深い淵や、流れの激しい瀬をいくつもくだりました。

 そして、河口近くまで行くと、流れのゆるやかな浅瀬に、そっとカワニナを吹きだしました。

 コイは、少し流れの速いところまで行って、ボラをみつけると「すまないけど、あとはたのんだ」と言って、川上にもどっていきました。

 ボラは、浅瀬にいたカワニナの近くに行って、「お前、ほんとうに海に行きたいのかい」ときくと、カワニナは、「そりゃ行ってみたいよ」と答えました。

 ボラは、「それなら連れて行ってやる」そう言って、カワニナを口からパクリと吸い込みました。

 ボラは、河口から海に入って、岩に囲まれた波のおだやかな浅いところまでくると、カワニナを口からそっと吹きだしました。 

 しばらくしてカワニナは、貝殻からそっと顔をだしましたが、もうボラの姿はありませんでした。

 岩場の内側は波がおだやかで、海水も温かくて気持ちがよかった。

 両側からせり出した岩場の間からは、青くて広い外海が見えた。カワニナは、「やっぱり海はいいなあ」とつぶやきました。

 そして、しばらくまわりをながめて休んでから、棚田の水路でしていたのと同じように、浅瀬の砂浜をきれいに掃除しはじめた。    

 気が付くと、もうすぐ太陽がしずむころだった。

 浅瀬を這って行って、岩場の陰で一夜を過ごすことにした。

 カワニナは、クタクタに疲れていたので、朝までぐっすり眠りました。

 目が覚めると、突き出た岩の陰からそーっとこっちを見ているものがいます。

 それは、ゲンゴロウほどの大きさのカニでした。

 カワニナと目が合うと、素早く岩の陰にかくれてしまいました。

 しばらくすると今度は、岩の上から顔を出して、カワニナの様子を見ていました。

 そして、そっと横ばいでカワニナに近づいて「お前初めて見るけど、どこから来たんだい。」とカワニナに話しかけました。

 カワニナは、「田舎の小川から来たんだ」と答えました。

 カニは、「そうか、それはいいけど、海は怖いからきをつけな」とカワニナに言いました。

 カワニナは、「でも、温かくて広くていいところだ」と答えました。

 それからカワニナは、砂浜を掃除しては、岩場のところまで行って、カニと遊ぶのが楽しみでした。

 ほかにも、まるで花のような生き物や、さまざまな巻貝の仲間や、小魚もたくさんいましたが、カワニナの話し相手はカニだけでした。

 幾日か過ぎた朝のことです。カワニナはいつものように、岩場の陰で目を覚ますと、カニが岩の少し上から、カワニナが目を覚ましたのを見て、カニは大きく背伸びをしました。

 そのときでした、カニの背後から猛スピードで向かってくるものがいました。

 カワニナはとっさに、「あぶない」と大声で叫びました。

 カニは背を低くして、後ろを振り返ると、猛スピードで向かって来たのは、クロダイでした。

 クロダイは、カニをするどい歯でくわえて、泳いできた方角に去って行ったのです。

 カワニナは、「こら!このやろー」と大声を出して怒鳴ったけれど、もうクロダイの姿は見えませんでした。

 

 大事な話し相手が連れていかれてしまったカワニナは、この広い海で一人になってしまったような気がして、寂しくてたまりませんでした。

 今日は、砂浜や岩場のお掃除をするのも嫌になって、岩の隙間で泣いているだけで夜が来て、そのまま眠りついてしまいました。

 その夜カワニナは、田舎の小川でクロダイに連れて行かれたカニや、他の仲間たちと遊んでいる夢を見ました。

 つぎの朝、遅く目が覚めたカワニナは、ゆうべ夢に見た小川に帰りたくて、なにもする気になりませんでした。

 岩場のすき間から、おだやかな水面のむこうに見える山をながめていると、岩の上で何かがこちらを見ていました。

 「アッ!」カワニナは驚いて、思いきり大きな声を出しました。

 岩の上にいたのは、昨日クロダイにさらわれたカニでした。

 そしてカニは、カワニナの近くに来て「死ぬかと思ったが、おまえのおかげで助かった」

と言ったのですが、よく見ると、向かって右側の後ろ足が2本なくなっていた。

 カワニナは、「足だいじょうぶかい」とカニに聞きました。

 カニは、「足の2本くらい平気だ、それよりあの時おまえが教えてくれなかったら、もう生きてはいなかったと思うよ」と答えました。

 そしてカニは、「海はこわいので、その田舎の小川に行ってみたいんだ」と言いました。

 そしてまた、カワニナとカニは、なかよく遊んでいたのですが、カワニナも海がこわくなって、元いた田舎の小川に帰りたいと思っていました。

 それから2日後、カワニナは、岩の上のほうで岩についた藻をそうじしていた。カニは、岩の下のほうにかくれて遊んでいました。

するとカワニナは、外海のほうから迫ってくる、黒い影をみつけました。

 カワニナは、慌てて貝がらに身をしまって、ポロっと岩から落ちていきました。

 次の瞬間、砂の中からヒラヒラと、しかも素早くカワニナめがけ泳いでくるものがいました。

 それは、カシワの葉ほどの大きさのカレイでした。

 カワニナは、「もう駄目だ、海は恐い、本当に恐い」と叫びました。

 あとわずかで、カレイに食べられそうになった瞬間、横から猛スピードでボラが現れて、カワニナをパクリと吸い込んで、その場を去ろうとしたその瞬間、カニが「何をする」と叫んで、ボラの腹びれにしがみつきました。

 カニはボラをはさみで威嚇して、「そいつを吐き出せ」と言いました。

 ボラは、「おいまてまて、おれはこいつをもとの川に帰してやるんだ」と言いました。

 カニは、「おい、そりゃほんとか」とボラに聞きました。

 ボラは、「ほんとうだ、こいつの仲間に何かあったら助けてやってくれと、たのまれているからな」と答えました。

 カニは、「それじゃ、たのみがある、おれも一緒に連れて行ってくれ」とボラにたのみました。

 ボラは、「よしわかった、それじゃしっかりそこにつかまってな」そう言うとゆうゆうと向きを変えて外海に出て、河口に向かったのです。

 ボラは、河口から川を上って、浅瀬にカワニナを吹き出しました。

 そして、ボラは腹びれにしがみついているカニに、「ここで降りて、一緒に待っていな」と言いました。

 カニはカワニナを守るように横に行って、「色々ありがとう、ほんとに助かった」と言うと、ボラは、「礼ならコイに言え」と言って、深みに行って、コイをさがしました。

 しばらくして、深みからコイが現れて、カワニナをパクリと飲み込みました。

 それからコイは、カニに「おい、しっかりつかまってな」そう言うとカニは、コイの腹びれにしっかりしがみつきました。

 コイは、ゆうゆうと広い川をさかのぼって、そのまた支流をさかのぼって、カワニナのいた田んぼの小川の入口まで来て、そっとカワニナを吹きだした。

 カニは、自分で捕まっていたコイの腹びれをはなして、カワニナの横に降りました。

 すると、横にいたカワニナが貝殻から顔を出すと同時に、飛び上がって驚いて「おいおい、おまえどうやってここまで来たんだい」とカニに聞きました。

 カニは、ボラとコイの腹びれにしがみついて連れてきてもらったことを話しました。

 それを聞くと、カワニナはコイに、「海で会った大事な友達だったんだよ、それにこの川に来たいといっていたからね。色々ありがとう、本当に助かった」と言いました。

 コイは、「礼ならドジョウに言え」と言って、深みに戻って行った。

 カワニナは、久しぶりの小川に戻ると、カニと一緒にドジョウを探しました。

 そしてドジョウを見つけると、「色々ありがとう、海は怖かったよ、やっぱりこの川が一番いいよ」そう言いました。

 ドジョウはカワニナを見ると、水面から何度も飛び上がって喜びました。

 そして、ドジョウは、カワニナがここに帰ってきてくれたことと、この川に新しい仲間がふえたことが、何より嬉しかった。

 カワニナが海に行っている間に、少し季節は進みました。

 小川の周りでは、フキノトウが開いて、ネコヤナギがきれいな黄色になっていました。

 ここは、「本当にきれいなところだ」そう言って、カワニナは、この水路の仲間たちが暮らしやすいようにと、小石の藻を取ったり、毎日せっせとお掃除を続けました。

 カワニナと一緒に海から来たこのカニは、いつの日かサワガニと呼ばれるようになって、たいそうこの小川が気に入って、カワニナやほかの仲間たちとずっと仲良く暮らしていたということです。   おしまい。

 

 



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