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後ろの正面


「何してる」


 太一の質問は好意を寄せた女性に対して男が掛ける紳士的なそれでは無く、

自分の縄張りに侵入して来た者に対する殺意むき出しのそれだった。背中から感じた獣の様な、

鋭い視線に鳥肌が体を巡る。草食動物の本能の様に今下手なことをしたら命は無いと、

訓練を受けていない素人の少年にもその事が理解できた。腕をすかさず上に挙げ、敵意は無いと示す。

 それからゆっくりと後ろを振り返ると、表情の無い太一が少年を見ている。彼は太一を見るなり、

両腕を挙げたまま腰を曲げ頭を下げた。そして何をするかと思えば「弟子にして下さい」と突拍子に。

 太一は黙っていた。はいでも無くいいえでも無く、挙げた両腕を小刻みに震わせた彼を微動だにせず。

 全く体力の無い少年は一分と持たず震えに限界が来てついには下げた。疲れた顔の少年に向かって、

「帰れ」と言って歩き出した。彼の冷たい反応に食い下がるのかと思いきや、懲りず太一の前に立ち、

弟子にしてくれとそればかり。


「僕は海村正輝、二組。この間は助けてもらってありがとう」

「知らん。帰れ」

 

 海村の頼みも虚しく太一は歩く。視界から太一の姿が小さくなってく様子をその場所に立ったまま見る。

そして海村は「まだまだ」と自分の胸を叩いてその痛みに蹲る。

 なぜそんな面倒な事をしているのか。押しかけ作戦を取っていると言っても理解は出来ないだろう。

 学校ですれ違う時彼は太一に声を掛けるが当然の如く無視をされる。ならば家を見つけて押しかけよう。

 そう思い立ったのは数日前の事だった。しかし太一には海村行動が把握済みであり、

毎回家に着く前に巻かれ、使った道も家路とは程遠いものだった。


 翌日。昼休憩の為、太一が屋上に続く階段を上がる。今日は青天の昼寝日和。雲が風に乗って、

優雅に青空を泳ぐ。いつもの様に炭酸水を開けカロリーメイトを頬張る。サプリを飲み込んで、

炭酸水を飲み干した。けれども太一の日常と違うのは隣に海村が座りカツサンドを食べている事。

 ソースの匂いが太一の鼻をくすぐる。口元に衣とソースを口紅の様に付けた海村が太一を見て笑った。

 

「僕こう見えて結構食べるんだ」

「……」

「吉川君はそれで足りるの? 変わった組み合わせだよね」

「いつまでこうしてる」

「弟子にしてくれるまで!」


 いくら太一が避けようとも、海村の心が折れる事は無かった。それどころか日に日に海村の一方的な、

親近感が高まって行った。何度無視しても話し掛けるのを止めない。小休憩の時間は必ず教室に来る。

 これ以上無視を続けてもかえって自分が目立つだけ。なぜこうなったのか。

 原因を考察すると答えは単純で明解だった。

 あの時の状況時、早く帰ることを優先した結果がこれであると。遠回りして避ければ、

彼と接触する事も無かっただろう。自分のミスに深く反省をする。そしてその代価に現れた海村に、

「なぜ強くなりたい」と質問を投げる。すると海村は口にカツサンドを詰め込みそれをお茶で流した後、

だらしのない口元を拭こうともせず、口角を上げてにこやかに答えた。


「まるで映画に出てくるヒーローみたいだったから! あっという間に悪を倒して。

僕は弱いからあーゆー類に目を付けられやすい。けれどそれに立ち向かう勇気も無い。

だからあの時の君に憧れたんだ! それで強くなりたいって思った」

「――俺は正義の味方じゃない。だから尊敬される筋合いも無い」

「けど僕にとっては正義の味方さ」

「呆れた奴だ。だが師匠は断る。お前に教える事は無い」

「なら友達で! ほら、僕も吉川君も友第居ない者同士だし」


 太一は考えた。友達と言う提案を受け入れば今のようなしつこさも無くなり、監視下に置けると。

 そしてその提案を受け入れた。喜んだ海村は泣きそうな笑みを浮かべ、

もう一つのカツサンドの梱包を開封して頬張るのだった。カツを噛みしめる度に海村のメガネが曇る。

 それから毎日の様に海村は太一と学校での行動を共にした。周囲は変わり者コンビとあだ名をつける。

 友達になったからと言っても太一の態度に変化は見られず、一方的に話す海村の話を聞き流すだけ。


 五月十三日の放課後。海村は一組の教室の扉を開け中に居る太一がの帰り支度を待っていた。

 玄関まで一緒に降りて靴を履き途中までの道を一緒に帰る。それじゃここでと別れると、

 海村は家に向かって鼻歌を歌いながら歩くのだった。彼が視界から消えるまで、

少しずつ歩きながら様子を窺う太一。完全に姿を確認できなくなった所で来た道を少し戻り、

正規ルートで家に帰る。今一度海村が居ないことを確認して部屋の鍵を開けた。

 制服を脱いで私服に着替え外へ出る。アパートの駐車場にはニコニコクリーンの作業車が待機していて、

辺りを警戒して後部座席のドアを開けた。運転席には主任が乗っていて太一の最近の様子について話した。


「最近はお友達と楽しそうじゃないか」

「へまをしただけです」

「太一の年齢なら友達の一人くらい居て当たり前だ」

「……」


 立川。公安戦術急襲班アジト。

 太一以外の全員がすでに集合していて、黒の戦闘服に身を包んでいた。早速ロッカールームに向かい、

服と靴を履く。その後で席に座り任務の発表を待つ。班の中でも二週間前のテロの話が飛び交っていた。

 田中と杉原が工作のプロである上野に事件で使われた爆破物の造りについて意見を聞いていた。


「あれは二重構造だろうな。起爆装置を押すと表面の層が小規模爆発を起こす。それに全員が注意を引く。

その次に神経ガス噴出装置が作動して一気に充満させるって感じだと思う。

現物見てないから何とも言えないけど」

「揺動と実行か。人間が神経を尖らせてる時に予想外の事が起きると一瞬動けなくなる」

「女子高生は国の宝だっていうのに全く分かってねぇよ」

「――杉原、分かってないのはお前だぞ」


 鍛錬所で汗を流すのは筋肉大好き竹田。今上げているベンチプレスは百八十キロ。

 息を荒らげながら棒を曲げる勢いで上げている。あの事件に対してムシャクシャしているのだ。

 声を上げ叫びながら筋トレをする竹田を、オンラインゲームに夢中の來は暑苦しそうに嫌悪感を向ける。

 彼はテロについては一切興味がない様子だった。それよりも限定のアイテムを取る事に必死の様だった。

 太一に声を掛けオンラインゲームを進めるが、気乗りしない太一に少しだけ表情を曇らせる。

分かったよとスマホを出して彼に差し出す太一に喜びを面に出した。

 

 時刻は十七時を回っていた。いつもならとっくに班長の中野が殺人的な笑みで任務の内容を話し、

それに備えて装備を整えている頃だが、今日は一向にその説明がない。やっと扉が開いたが、

そこから出てきたのは副班長の谷丘だった。彼は部屋の扉を閉めて全員を集合させる。

 気になった田中が班長の所在を訪ねた。


「班長は出張に出ている。今日は俺が班長代理だ」


 ようやく待ちに待った任務の内容が告げられると、全員の眼つきが鋭さを増した。

 喉を低く鳴らし獲物を定めた獣の乱れの無い殺気で身体を纏うのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

友達は百人も要らないと歌に言いたい。

次回も是非読んで頂けたらと思います。

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