表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

目黒事件


 「果物の実は腐る前が美味しんだよ。甘味が違うね」


 川のせせらぎの音が森にこだまする。青々とした木々は大地を踏み強く天に伸びる。

 珍しくヤツガラシが人里に降りてその姿を見せる。田んぼに張った水の上をアメンボは気ままに泳ぐ。

 喫茶店のカウンター席で果実の食べ頃を議論する客達。一人の男が店主に聞いた。

「マスターはどう思う?」豆の砕ける心地良い音とそこから放たれる香ばしさに浸っていた店主は、

男の質問に「成熟する前の少し硬いのが好きかな」と笑って答えた。「それじゃ甘くない」と男が言うと、

「それが良い」とまた笑った。他の客も店主の変わった好みに笑い、店主は頭を掻いて目を細めた。

澄んだ空気と快晴の空、街の住人に観光客。東北は今日も平和日和。


 東京。こちらは記録的豪雨が都会を襲う。近年の地球は異常気象が絶えない。

 地球も衣替えをする。それを嘆くのはいつだって人間だけ。フロントガラスに雨が強く叩き付ける。

 ワイパーを最大にして動かしてはみるが、雨量に負け意味をなさず視界は最悪だった。

「降っていますねぇ」とタクシーの運転手が客に言葉を掛けた。オリーブドラブ色のカーゴパンツ、

白の長袖を着た客は窓の景色を見ながら「これ位騒がしい方がいいさ」と言葉を返した。

 

「ここで止めてくれ」

「はい、千二百円です。足元お気を付けて」

「ありがとう」


 灰色のリュックサックを手で持って濡れないようにドアの内側から傘を開いて降りた。

 傘を上に伸ばした瞬間から雨は容赦なく降り注ぎ「最高だ」男は呟いた。タクシーを降りた所から、

十分程歩くと世界的有名なカフェがありその店内に入った。珈琲を一つ頼み端の席に腰を掛ける。

 店内は賑わっていた。外の豪雨から避難した人も少なくないだろう。

 高校の制服を着た女子高生がスマートフォンを片手に店の商品を飲むよりも取ることを楽しんでいた。

 ビジネスマンはパソコンと睨みあい。割合で言えば学生が半分、社会人半分。

 男はリュックの中からノートパソコンを取り出して電源を入れオンラインに繋ぐ。

 出来立ての珈琲を一口飲み天井を見上げて何かを確認すると、キーボードを指で奏でた。

 男は十分程店内で作業を行った。作業が終わると珈琲の残りを飲み干してパソコンを持ったまま、

リュックをテーブルの下に置き店を出た。扉を開けた男の視界を光が包む。


 外は太陽が顔を出し今までの豪雨が何だったのかと思う程。

 天気の移り変わりは大衆の心の様だった。店を出た男はカフェ反対側にある公園を目指して歩いた。

 母親と手を繋いで歩く子供が公園の水溜りを見つけると、その中に入りピチャピチャと足踏みをする。

 左足を下ろした時水飛沫が歩いていた男の足元に掛かる。母親が謝り子供の頭を下げた。

「気にしないで」男は子供の頭を撫でポケットに入れた苺の飴を一つ取り出し子供にあげる。

 「ありがとう」と笑う子供に男の心は優しく撫でられる。手を振って別れると公園のベンチに座った。 

 濡れたベンチを傾けて水滴を落とす。ベンチの向こうには男が先ほどまで居たカフェが見える。

「特等席だな」そう言ってぽけっっとから再び何かを取り出した。今度は飴では無く何かのスイッチ。


「この国の傍観者達の貴方達に制裁を加えよう」

 

 呟いた男はスイッチの安全装置を外し親指で力強く押した。

 店内では女子高生の一人がトイレから出てきた時、近くの席の下にリュックが置かれてる事に気付く。

 忘れ物かと思ったがそれ以上考える事も無く席に戻った。

「誰かリュック忘れてるし」間抜けな誰かさんを笑う彼女らの声が店内に響くその時、

リュックが小規模な爆発を起こした。その音と黒く細い煙に店内では叫び声が上がる。

 店員と店長が事態に気付き、消火器を持って爆発の起きた所を確認しようと近づいた。

 客は皆その様子を静まり返ったまま見つめる。すると今度はそのバックの中から勢い良く煙が噴出され、

瞬く間に店内が白煙に包まれた。ベンチでその様子を見ていた男は、無事起動した事を確認すると、

 ベンチから腰を上げてどこかへと消えて行くのだった。


「キャァ!!」


 店内は悲鳴と混乱に包まれた。外を歩く通行人達はその光景に唖然とし、車を運転している一人の男が、

視線をそれに奪われて交差点で衝突事故を起こす。五分後。警察と消防がサイレンを狂い鳴らして、

現場に着く。警官らの目に映ったのは事件と言う言葉が生易しく感じる光景。店の外に飛び出した客達が、

歩道に蹲り首を抑えて苦しみ、目を抑えて苦しみ、嘔吐する者までいた。店内にはまだ煙が充満しており、

開いた扉からその煙が外に漏れ出し、それを見た野次馬達は皆一斉に騒ぎ逃げ回った。

 警官と消防隊員の足元で転がり回る人々。その大半は学生だった。

 警察官は至急本部に事態の深刻さを告げ応援を呼び、消防の化学機動中隊が現場に到着する。

パトカー消防車、救急車など周辺には計三十台の緊急車両が駆けつけた。

 そしてこの事件は瞬く間に民法各局、ネットニュースは速報として伝えられた。

 

「速報です。午後三時四十分頃。東京都目黒区の珈琲店にて爆発事件がありました。

爆発後、店内にガスの様なものが充満し負傷者が多数との事です」


 白い煙の正体は有機リン系神経ガスと判明された。警察はこの事件の捜査を開始。

 公安部は独自にテロとみて捜査を開始した。しかし公安がマークしていたテロリスト、予備軍は皆白。

 事件の時間帯から監視カメラの映像を確認したが、爆発が起きた前後一時間の映像が消えていた。

 この事件の犠牲者の大半は若者だったという事実に世間は同情を示した。 

 ネットでは目黒事件と称し誰が何の目的でという推理合戦が繰り広げられ盛り上がりを見せる。

 左翼、新興宗教、海外のテロリストなど様々な意見が飛び交った。


 二年一組教室内。

 太一はと言えば無表情で授業を聞きながら外の景色を見つめていた。彼の通う高校でも、

その事件の話で持ちきりだった。全校集会で校長が生徒らと同じ年代の子らが標的にあったことを告げ、

十分注意するようにと言って聞かせるが、彼の話を聞いている者など生徒には居ない。

 恐いと口に出すものの、自分たちは関係ないと本心では皆そう感じていた。テレビの向こうの話だと。

 それよりも学生達は部活に勉強色恋と、自分達の事で頭が一杯なのだ。

 今日最後の授業が終わり帰宅する為下駄箱に向かう。靴を履きポケットから四日前に買った、

最新のイヤホンを取り出して耳に付ける。音楽を再生する瞬間、ちらりと一回後ろを向いた。

「面倒だ」呟く太一は音量を上げ玄関を出るのだった。


 その様子を蔭から見つめる少年が居た。太一が玄関を出た後に彼も靴を急いで履き出ようとしたが、

急いでたあまり蝶々結びが緩く、解けた靴紐を踏んで盛大に転び、彼を見て他の生徒の笑い者になった。

 恥ずかしさを誤魔化してる間太一との距離がどんどん離れた。慌てて玄関を飛び出し、

五メートル程の距離まで追いつくと、見つからない様にと後を付ける。住宅地に入り、

太一は曲がり角を曲がる。その後で少年も角を曲がる。三回それを繰り返す。

 五メートルほど真っ直ぐの道を歩いてその先の交差点を太一が左に曲がった。

 十秒程時間を置いて少年も交差点を左に曲がっりその先に見えた光景に少年は目を疑った。

 前を歩いている太一の姿が音もせず消えたのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

危険程身を潜める事に長けたものは無い。

次回も是非読んで頂けたらと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ