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他人事。


 玄関に置かれた茶色い紙袋。

 手に取ってみるとやけに重く、その袋の中ではガチャガチャと何かがぶつかり合う音がする。

 男はその音に聞き覚えがあった。辺りを見渡し誰も居ない事を確認すると、男は玄関を閉め鍵を掛けた。

 リビングのソファーに浅く腰を掛け袋を開ける。中に入っていたのはトカレフ自動拳銃二丁と、

手榴弾三つに弾薬二ケースだった。それをすべて取り出してテーブルに並べる男。

 他に何か入っていないかと紙袋の底を見ると案の定折り畳まれた紙が入っており、それを取り出そうと、

手を入れたがどうやらテープで張り付けてあり少し苦戦する。取り出した紙は二枚あり、

開いて見ると上から下まで名前が書いており、その中にはテレビで見た様な人間の名前もあった。

 その名前を見て男は理解した。二枚目を見るとそれには名前ではなく、メッセージが書かれていた。


東條昭俊(とうじょうあきとし)様。これが信用の証です。

国家永久の為、貴方の正義が成就する事を同士として我々は強く望みます”


 その手紙を読んだ後、男は名前の書かれている方を置き、もう一方は灰皿の上に乗せ燃やす。

メラメラと火柱が上がり白の紙が黒くやがて灰になる。贈り物を紙袋に戻し二階へと向かい、

一日中降りてくる事は無かった。ただ時々引き金を引いた音が聞こえてくるのだった。


 ”国家が国家としての威厳を捨てるならば、国民がそれに代わりに声を上げる。

その民は歴史の英雄となり繁栄国家をもたらすであろう”


 雀の軽やかな声が朝を知らせ静かに目を開ける。

 今日はどうやら午後から大雨の予報らしくとはいえ空に視線を合わせれば本当に雨が降るのかと、

疑わしい程に清々しい青空が広がっていた。登校途中の女子高生達は髪が上手く纏まらないと、

他人から見れば価値の無い会話で盛り上がっていた。太一は折り畳み傘を鞄に入れて、

昨日の任務を振り返るでも無く、人の頭を撃った感触が残っているでも無く片耳だけイヤホンを指して、

自分で決めた道順を使い学校へ無かった。校門では身だしなみ間抜けな生徒が凝りもせずに注意を受ける。

 下駄箱で靴に履き替えて自分の教室へと向かう。先程注意を受けていた不良気取りの半グレ四人組が、

自分たちの行いを反省するでもなく教師に対して逆切れを起こし、目の前を通った真面目そうな学生を、

「ちょっと来いよ」と囲んでから「トイレ行こうぜ」そう言って肩を組み連行した。

 周理の学生は教師に言うでもなく、無かったことの様に振る舞ってた。


 散った桜はもう消えて木の枝が寂しそうで、まるで遠く離れた恋人を待つように来年の春を待つ。

 太一からすれば何一つ新しい情報を得られない、座っているだけの授業時間。横に習ってペンを持ち、

形だけでもノートを作る。昼休憩でも太一は変わらない。屋上から見える校庭の景色を眺め偏食をする。

  遠くに死の空には雷雲がこちらに向かって無感情に押し寄せる。低く雷鳴を轟かせながら。

 それでも太一は三階に降りず、その雷雲がどう鳴くのかを見届けようと考えた。しかしここは学校。

 昼休みという限られた時間が警告を鳴らし、それに舌打ちを一つして扉へと向かうのだった。


 放課後。教科書を鞄にしまって時計を確認する。時刻は三時半。四時半から予定が入っており、

それに間に合う様に時間を計算していたのだ。予定通りこのまま帰宅すれば良し。

 椅子から立ち上がろうとしたその時、坂本彩羽が声を掛けてきた。


「吉川君体調は良いの?」

「――何が?」

「ほら、昨日早退してたから大丈夫かなって」

「ああ、いつもの事だから」

「そっか、良かった!」


 他人を心配して安堵する彩羽の言動は太一にとって今一つ理解が出来ないことだった。

 委員長と言う立場上生まれる責任感からの発言なのか。彼女は「また明日ね」と無責任な約束をして、

部活動に行くのだった。だが太一にとって彼女の事は登校中すれ違う人間程度にしか興味が無く、

その言葉に反応を見せるでもなく家に帰ろうと階段を下りた。一階の下駄箱で靴を履く。

 外に景色は午前中とは一変してバケツをひっくり返したような雨。その勢いは話し声をかき消す程。

 野外でおこなう部活の生徒たちは天気に文句言いながら今日の練習を諦めた。

 太一はその中で黒の折り畳み傘をさして玄関を出る。強く当たる雨が騒がしく、

それに反抗するようにイヤホンの音量を上げた。道路の微かなくぼみに水が溜まる。

 それが点々と存在しており、時間の経過を告げていた。濡れないように警戒をするが、

この雨にどうあがいた所ですでに靴下は冷たく足が悴んで仕方がない。朝雨は降らないと、

高を括った女子高生達は今頃天気予報に逆恨みをしている頃だろう。

「大人の言う事は聞くものだ」と、雨が更に強さを増した。濡れた靴は履き心地は良いとは言えず、

太一の気持ちを苛立ちと不快感を招くだけだった。


「おい! 何偉そうに口聞いてんだ」

「だからその……」

 

 太一の前方五メートル。耳障りなその声が聞こえてくる。傘の角度を少し上げ確認すると、

中途半端な色合いの、おそらく自分で染めたであろう髪色をした大柄の男と、その取り巻き二人が、

か弱そうな眼鏡の少年に対して恫喝をしている様だった。「面倒だな」太一は巻き込まれないように、

横を通り過ぎようとした。するとその眼鏡の少年が太一に向かって「助けて!」と声を掛け、

その声に反応した太一は立ち止まり四人の方に視線を向ける。


「何見てんだお前」

「いや別に」

「おまえ二組の奴だろ? いつも気取ってる一人男」

「なんだこの眼鏡と友達か? だったらお前も財布置いてけよ」


 小馬鹿にする三人組だが、その言葉は太一の耳には入っておらず帰ろうとした。

 すると大柄の男が太一の肩を掴み「何逃げてんだ」と声を掛ける。

 彼はため息を一つ漏らすと「今すぐ離せ」と男に警告。男は雨の音で聞こえねーよと言わんばかりに、

太一の制服の肩の部分をさらに強くつかんだ。


「人の言葉を理解しない猿だ」


 右肩に置かれたその手を掴み捻り上げる。大柄の男は重力に逆らい宙を舞う。そして地面に激しく落ち、

痛みを感じていると、太一の足が倒れた男の鼻先を突く。靴の側面と鼻先の距離わずか二ミリ。

 「去れゴミが」男を見下し呟いた。その後で取り巻き二人を睨みつける。その目はまるで人を狩る獣。

 瞬時にこの二人は悟った、本当に殺される事を。土砂降りの中地面の水溜りに制服を浸したまま、

口から魂が抜けた男を二人で担ぐと、ビニール傘を投げ捨ててその場を去った。


 太一は何も無かったかの様に制服を整えて歩き出した。眼鏡の少年は一瞬の出来事に、

ただ呆然と立ち尽くしていた。そして我に返り辺りを見渡したのだが、すでに太一の姿は無く、

 雨から道路を守っているビニール傘だけがそこにあった。彼は走って辺りを探す。

 道路のくぼみに躓きながら、車に水を掛けられながら。そしてようやく太一を見つける。

 その場所はアパートの入り口。彼は雨合羽を着た初老の男性と何やら話し、その後で部屋の鍵を開けた。

 

「そう言えば一組って言ってたな……」


 眼鏡の少年はそう呟くと向きを変えて歩き始めるのだった。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

最近は夜更かしが過ぎてます。

次回も是非読んで頂けたらと思います。

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