まるで機械的
”ガタン”
何かが地面に落ちて転がる音がする。テレビの音量が大きいせいで微かに聞こえる位のその音を、
耳の良すぎる太一が聞き逃す事は無く、二人に向かって天井を指差し合図を送る。
その合図に親指を立てて答える田中。そこに一階の全ての部屋の捜索を終えたもう一つの班が合流し、
彼等にも物音が上からした事を無言で合図した。太一らの班が二階に向かいもう一班は支援に回った。
自分たちの身体の重みが階段に伝わる。さらにこの階段は音がなりやすいようで、
訓練を積んでいる彼等でも体重を消すことは無理な為その音を最小限に抑えるよう慎重に階段を上る。
床から頭を出し、こめかみの高さに拳銃をあげる。クリア。二階には四つの部屋があり、
音がしたのはリビングの位置から考えて奥から二番目の部屋と考えた。他の部屋の制圧を別班に任せ、
太一らは殲滅目標がいる可能性の高いその部屋の制圧に向かう。
縦に一列、慎重に進む。太一の握っている拳銃の銃口には抑制器が装着されていた。
一番手前の部屋に別班が音も無く約四秒でドアを開けてから制圧、部屋を出る。
残るは奥の二部屋。どちらの部屋も室内からの照明が漏れて居らず、念のため二部屋同時制圧を行う。
待機完了。太一と別班の杉原がお互いに首を小さく縦に一回振りカウントダウンを開始する。
さん、に、ひと。二つの扉が同時に開く。ビンゴを引いたのは太一らの班。男は部屋を暗くして、
椅子に腰掛けながら机の上のパソコンを操作していた。太一達の突入にすかさず反応した男は、
横に置いていた旧ソ連製の拳銃を取ろうと手を伸ばす。太一はすかさずその手に風穴を開けた。
「ぐぁぁ!」
男は額から汗を出し、穴の開いた手の手首を抑え悶えており、その様子を三人は銃口を向けながら見る。
抑えていた方の手で再び銃を握ろうと転がった銃の元へ駆けようとした。今度は竹田が、
短機関銃を素早く構え男の両足を一発ずつ撃つ。足から血を噴出させ声を上げる。
だが太一らは一向に冷静だった。何とか這って逃げようとする男の頭を足で踏み銃を突き付けた。
「お前ら……どこの部隊だ……」
「知ってどうする」
「――政府の犬が……在りもしない平和を守るにんぎ……」
男に意見を話す暇も与えず太一は引き金を引いた。気の抜けた音と共に男は銃弾を頭部に喰らい、
二度と起き上がっては来なかった。太一は無線をオンにして「殲滅完了」と告げると、
無線の向こうから満足そうな声で「状況終了。速やかに撤収せよ」と中野が言った。
「撤収」太一達は部屋に置かれた爆弾やパソコンを押収するでも無く、ただ速やかにその場から離脱した。
全員が玄関から出るとそこにはデスクで煙草を吹かしていた主任ら五名がおり、
すれ違いざま頭を下げた太一の肩を叩いて「ご苦労様」と呟くと家の中に入っていくのだった。
車を置いていた地点に行くとすべての車にエンジンが掛かっており、それを見た全員は、
速やかに駆け足で乗り込んでその場を後にする。その頃家の中に入って行った主任らは、
男が死んでいる部屋に居て、写真をいくつか取っていた。そしてパソコンを押収し、机の隣に置かれた、
時限式パイプ爆弾六つをみる。「これも押収だな」そう部下に指示した主任は死体を見る。
「こりゃまた残酷な。さてはあいつら遊んだな」
車中にて。特別会話も無く車はアジトに向かって走り出す。信号が赤になって止まった交差点、
ここの交差点の赤信号は長い。窓の外が騒がしい。それは穏やかな騒がしさとは少し違っていた。
酔っぱらったサラリーマン同士が声を荒らげ胸ぐらを掴みながら喧嘩と言うより押し合いをする。
周囲はスマートフォンを手に取ってカメラアプリの録画ボタンを押して、
アトラクションでも見ているかのように喧嘩するサラリーマンを笑いながら見ていた。
「酒出来も血が大きくなるなんて猿だな。周りに居る奴も蛆が湧いてる」
「まるで動物園だな」
警官三名がその場に駆け付け事態を収めようとしていたが、結局事態収拾までに七人の警官を要した。
警察官は子供を相手にするかの様に手を後ろで組みながら「落ち着こうか」とそれの繰り返し。
あまりにもお粗末な彼らの態度対応に「死んだな」と呟いた竹田。信号は青になり車が動く。
太一はと言えばその光景を見るでも無く、車の天井の小さな汚れが気になっている様だった。
手でこすっても落ちない、爪で掻いても取れないので、あきらめて窓の外を見た。
視点をどこに合わせるでも無く見ていると、窓に映る自分の顔にその視点があった。
太一はもう一人の自分と見つめ合って口を動かし声にならない声で何かを呟いた。
三時間半後、ようやくアジトに着く。一足先に戻っていた班長中野は全員を集め、
「ご苦労さん」と狂気的な笑顔で班員達を労うと、班長室に戻って何か書類をまとめていた。
隊員たちは各自お疲れ様程度の会話をして、武器庫で装備点検とロッカールームで着替えを始め、
終わり次第表に繋がる階段を上って帰宅するのだった。太一がコンバットブーツを脱ぎ、
スニーカーに履き替えていると、パソコン担当の佐藤來が声を掛けてきた。
「太一、今週の土日とかって何してるの?」
「特に何もしてないかも」
「そうなんだ! んじゃさ遊ぼうよ」
「まぁ良いけど。何するの」」
「一緒にゲームとか?」
彼を見たら世間のお母さんが口を揃えて答えるであろう「ちゃんとご飯食べてるの」の言葉。
それぐらい佐藤來は細く、顔だちも童顔美少年といった所だろうか。彼は他の班員に対しての態度と、
太一一人に対する対応はまるで別人である。歳が一緒と言う事もその要因の人るではあるのだが、
あまりの態度の違いに”太一の忠犬”と竹田に言われてる。そして今も竹田はそんな來をからかう。
「忠犬飽きないなー、太一困ってるだろ」
「うるせぇ筋肉ゴリラ! プロテインでも飲んどけ」
「お前に筋肉分けてやろうか?」
「要らねぇわ汚らわしい」
まさしく犬猿の仲。見た目も性格も対極の二人はいつもこうして言い争いをして、
その間に必ず太一は挟まれるのだった。そんな二人を毎回落ち着かせ仲裁役を受け持つのは、
男前の女たらし杉原涼介の役だった。
「はいはい二人ともそこまでにしとけ。太一はとっくに帰ったぞ」
「……本当だ」
「喧嘩するほど仲がいいは嘘だな全く」
三人の様子を遠くの方で見ながら、武器庫に入っている狙撃銃を磨く寡黙な原田松輝と、
その隣で袋菓子を直接口に流し込む上野浩平。この二人も変わり者で、と言うよりは、
この班の全員が大変な変わり者で公安戦術急襲班は変わり者の見本市と言えるだろう。
「原、今日呑み行く?」
「――いや」
「そうか、ならラーメン食べて家に帰ろ」
「―-落ちてるぞ」
先ほどまでの殺伐とした重く現実的な空気が、まるで無かったかのように地下室の中は和やか。
けれど一人、太一はその中に混ざる事をせず、一人重い空気のまま明るい夜道を一人歩くのだった。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
個性的な登場人物が出そろいました。彼らの今後に期待です。
次回も是非読んで頂けたらと思います。