状況開始
”鳥は翼を選びその翼を広げ空を飛び自由を得ると、その代償に死を選んだ。
小魚達は大海を選びその体で水を感じ好きなだけ泳ぎ、その代償に死を選んだ。
人間は知恵を選び社会と秩序、文明を生み出し、自らの繁栄の衰退を恐れた。
等価交換と言う言葉がある。命の代償は死と言える。ではそれを拒み延命を望む人間はどうなるか。
その答えはシンプルで、人間同士で命を奪い合い、暴力と殺戮を繰り返す。
人類は利己的都合主義であり悪魔に一番近い存在である”
むき出しのアスファルトで囲われた薄暗い室内に、緊張と殺意が混ざり合う。
彼らの視線は皆同じ方を向いていた。そこには表情の柔らかな男が居て、
彼はホワイトボードに文字を書き写真を張り付けた。その写真には一人の男が映っており、
貼り付けた写真の上に赤いマーカーで”殲滅対象”と記されていた。サプライズを行うにしては、
あまりにも重々しかった。ここは何処で彼らは何者か。簡略して説明しよう。
彼らの居る地下施設は国家公安委員会直轄の”公安戦術急襲班”のアジトである。
公安戦術急襲班とは何か。全国から選りすぐられた精鋭を集めて平成七年に創設された部隊であり、
そしてそれは表には当然だが、公安内部でも一部を除いて一切公表、公開されていない極秘の部隊。
活動内容は主にテロリスト、及びテロリストの疑いが濃い者の殲滅、海外工作員の身柄拘束。
一番の特徴として彼らは、テロリスト逮捕では無く、殲滅をすると言う事。彼らは日本国内での凶悪犯、
及び予備軍を含むテロリストに対しての殺人を認められている唯一の部隊なのである。
昭和六十二年頃に部隊設立の話が日本政府内にあったがその計画実現には至らず、
平成七年日本で起きた宗教団体によるテロを受け設立が叶った。そして優しい顔をしているにも関わらず、
周りに緊張感を走らせた男は二代目班長である中野陸冶である。
「今回の目標はこの男。名前は清水高雄、年齢は三十二歳。爆破物製造所持のテロリスト予備軍だな。
現在奥多摩にある奴の自宅に一人で居るとの連絡があり、速やかに殲滅せよとのお達しだ。
作戦エリアへの到着予定は19:35とし、作戦開始は19:40とする。いつも通り外出は禁止だね。
なお今の所協力者は確認できないが、作戦実行中に第三者の出現時は証拠の隠滅に徹せよ。以上」
任務内容の説明を終え各班員はそれを頭に叩き込む。現時刻十五時半。慌ただしい様子も無く、
出発の時刻まで各自装備点検を行ったり、ヘッドフォンで音楽に浸っていたりと、
これから一人の人間を始末するとは思えない程のんびりとしている。太一はと言えば、
ロッカールーム隣の武器庫で愛用するオーストリア産の自動拳銃の手入れに励んでいた。
言葉を発せずただ黙々と手で銃と会話をする。するとそこに班員の田中源がやって来て、
彼の隣に座ると自らも銃の手入れを始めた。お互い会話も無いまま静寂だけが武器庫を包む。
弾倉を抜き引き金を引く。ガチャンと金属音が室内に響き。太一はその音を目を瞑って聞く。
その様子を隣で見ていた源には母親の子守唄を聞く子供の様な純粋さを太一から感じ取っていた。
「毎回その音を聞いてるな。そんなに良いか?」
「落ち着きますよ。鐘の音みたいな感じです」
「なるほど、良く分からんな……」
各自非常事態に備えつつ出動までの時間を過ごす。暇な待機中に少しこの部屋の説明をする事にしよう。
まず班員達の机があるこの部屋の左にロッカールームがありその隣に武器庫、右には鍛錬室。
部屋を真っ直ぐに進み、突き当たりの扉を開けると班長室がある。班長室の隣には上に続く階段があり、
上った先の二重の扉を開けると外に出れる。作業車などの駐車場になっていてここから出動する。
決して周りから見える事は無い。
十八時二十五分。夕食の弁当を食べ終えた丁度その頃、班長が班長室から出て来て、
「準備次第出動」と声を掛ける。声を揃えて「了解」と意思を伝えると、皆一斉に武器庫へと向かった。
太一も他の班員と共に準備をする。鍵を開け防弾チョッキにフェイスマスクを着用の後、
大腿部に付けたホルスターに九×十九ミリパラベラムの入った弾倉を込めた拳銃を差し込む。
そしてドイツ社のカスタムされた短機関銃を手に取ると、来た時とは別の階段を上がり、
その先にある駐車場へと向かった。エンジンの掛かった車が三台あり一台目の作業バンに班長、副班長、
PC担当の佐藤來が乗り後ろの二台のSUVには残りの班員が分かれて乗り込んだ。
「出動」
車は駐車場を出ると、縦列を組み目的地へと走り出した。外はすっかり日が落ちて暗いのだが、
建ち並ぶビルの窓からこぼれる光、歩行者の安全を照らす街灯、行き来する車の数や会社帰り、
塾帰りに歩く人々の声と足音。それらが夜の本来の姿をかき消している。
東京の都市部はあるべき夜の景色を失い文明の輝きを取った。この場所に住まう人々が、
その景色を此の場所で見ることは今後一切として無いのかもしれない。
その事が幸せなのか不幸なのかなど、誰一人として正解を知る者は居ないだろう。
太一の乗った車は一人の男のせいで暑苦しい。その原因は武田豪三。興奮した彼の呼吸は人一倍荒く、
今や遅しと獲物を狩る猛獣のそれであった。岩石の様な彼の筋肉から湯気が出ているのではと思える程、
車内は湿度が高くフロントガラスの周りが次第に曇り始める。
「今日は俺が仕留める。絶対にな」
「分かったから少し落ち着け。暑苦しくてかなわない」
そんな彼をいやそうな表情を浮かべ冷静になれと、源はハンドルを握って説教をする。
前席のやり取りを横目に太一は白く曇ったその窓を手で拭き、流れる景色を感情を持たず見るのだった。
信号が赤になり停車する。右折の車が隣に停まる。乗っているのは親子三人。
後部座席の子供が顔を出し、身振り手振りで何かを話しそれを父と母は笑いながら聞いていた。
まさしく絵に描いた家庭と言った風景がそこにはあった。大抵の人間は微笑ましさから、
口元を少しくらいは緩める、前に乗る二人がそうである。だが太一はそれを無感情に見つめるのだった。
景色から都会的な建物が少なくなって、その代わりに山や木々の自然な景色な増える。
東京と言っても左三分の二は緑が占めている。車はどんどん山奥に入り、
先ほどまで居た所と同じ東京だとは思えない程だった。辺りも鬱蒼と暗くなり本来の暗闇が姿を出した。
日野明神社から車で五分、ぽつりと建つ別荘風の住宅。リビングと思われるその場所からは明かり。
その地点より百メートル離れた場所に車を止めた。周辺に家は無い。全員降車しそこから歩く。
暗い暗い道を歩く彼らの姿はそこに居た草食動物達の本能に恐怖を感じさせた。到着し二班に分かれ、
玄関、裏口にて待機する。太一が居るのは玄関側先頭。「配置完了」の無線連絡受けた班長は、
にこやかに「状況開始」を告げる。それを聞いた二班の戦闘は拳を握り左腕を九十度に曲げる。
後ろから前に肩を叩くと先頭二人はドアを開け侵入を開始した。
短機関銃に付けられたライトを照らし、ゆっくりと各部屋を捜索する。
太一の班は明かりの付いたリビングの扉に到着し扉を挟んで左右に分かれる。そしてさん、に、いちと、
太一が指で数字を数え人差し指が降りたその時、勢い良く扉を開け突入を仕掛ける。
周囲を確認したがそこには誰も居ない。その時だった、天井の上でガタンと何かが落ちた。
最後まで読んで頂きありがとうございました。
戦闘シーンをうまく表現できるよう努力の日々です。
次回も是非読んで頂けたらと思います。