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早退の後で


 ”肥えた家畜はその肉をもって罪を償う。自らの死が確定されているのにも関わらず、

自らは暗く小さなその部屋の中に足を踏み入れるまでその事実を決して知らない。

 逃げ場のない現実を知らない彼らは幸せと言えるのだろうか。愛情を捧げて育てた主が、

悲しみながら彼らの首を落とす時、果たして彼らの中に裏切られたと憎しみを感じるのだろうか”


 昼休みが終わり全校生徒が自分の机に戻り授業を受けている頃、吉川太一は校庭を出た。

 教室の窓側、前から数えて二番目の席。そこに彼の姿が無い事にクラスメイトは驚きはしなかった。

 教師が黒板に授業の内容を書きながら、太一の早退を告げる。教室ではちらほらと彼の事を小声で話すが、飛び交う内容もいつもと同じで「あいつはほんとに体が弱いな」位。それ以上でも以下でもない。

 高校に入ってから今日で三十四回の早退。周りが彼の体調を気にしていないその中で、

クラス委員長である坂本彩羽は一人大丈夫だろうかと小声で呟いた。


 彼女の心配など知る由も無く太一は昼間の通学路を歩いていた。昼間の住宅街は朝とは真逆の光景。

 車が何台か通る程度でそれ以外は声もしない。外を歩いていた老婆が太一を見つけ、

なぜこんな時間に学生が外を歩いているのかと、不思議そうな表情を浮かべている。

 そんな視線もお構いなくアパートに戻って行った太一は、部屋の扉を開け制服を脱ぎ捨てる。

下着姿になった彼の体には、二ヶ所の銃創と三か所の切創があり、そして何より、

その爽やかな顔からは想像できない発達した、けれども余計なものが何一つない肉体がそこにあった。

 タンスの中から長袖のシャツとデニム生地のズボンを取り出してそれに着替える。

 財布と古い方の携帯電話だけを持って再び外に出ると、先程とは真逆の道を一人歩く。

 その様子を電信柱で羽を休める二羽の烏が首を傾げて見つめるのだった。

 

 一台の乗用車が新潟県の街中を平均速度で走っていた。乗っている男はクラッシックを聞きながら、

赤信号で車を停車させる度に助手席に置かれた、三歳児が一人余裕で入る位の黒のボストンバッグを、

眺めている。自分で選曲したプレイリストの最後の曲が終わる頃、車は弥彦山が見守る町にある、

一階建ての小さな家に着いた。エンジンを切り鍵を抜いて運転席から外へ出る。そして助手席の方に回り、

ドアを開けて気にする様にして見ていたボストンバッグの取っ手部分を両手で持つと、

重たそうに家の中へと運ぶのだった。家のリビングにある木目調のテーブルにバッグを置く。

 袖の隙間から前腕に描かれたレンジャーのタトゥーが顔を出す。カーテンを閉めてチャックを開けた。

 出てきたのは旧ソビエト製の軍用自動拳銃。持っている手の手首を内に外にと回転させ、

その細部までを舐める様にして鑑賞する。その後でそれを置きバッグの中身をすべて取り出した。

 それはまるでゲリラが武装している内容物と変わらない数の銃火器に手榴弾、そして弾薬がぎっしりと。

 文明がもたらした悪魔の矛に祝福を捧げていると、ソファーに置かれたスマートフォンの画面が光り、

メールを一件受信したことを知らせる。躍動が体内を巡る中そのメールの内容を確認する為開く。

 

「宛先不明の歯医者さんへ。限定グッズはまだありますか」


 五行空白を開け記されたその文章に、ねっとりと笑みを浮かべ「はい、丁度入荷したばかりです」と返信を送る。するとその一分後、再びスマートフォンがメールを一件受信した。


「では二つほど貰います。オプションも付けて頂けると有り難いのですが」

「それでは翼を付けましょう」


 返信を送った後、男は引き出しの中から特注品の厚みのある角底袋を取り出した。

 それから十分後。男は珈琲の入ったステンレス製のマグカップを左手に持ってカーテンを開け、

リビングの窓を開けサンダルに履き替えて外に出た。外は穏やかで清々しく、

新緑に染まった山、この町の三分二を閉める田んぼに植えられた先週よりも少し背の伸びた稲達が、

見る者の瞳を癒し心を開放的にする。湯気の立った珈琲をすすり「革命日和」と笑った。


 東京、立川市。


「こんな所にハウスクリーニングの会社なんてあったかしら」

「二十年位前からあるよ。そう言えば数年前内装工事してたなー」

「評判はいいの?」

「それがかなり良いらしい」


 小さな書店がある。老夫婦が営む書店が。その店の道路を挟んだ反対側に、”スマイルクリーン”

と言う名のハウスクリー二ングの会社がある。表から見ると二階建ての、特に変わった所の無い、

有り触れた造りの建物。その玄関先に太一は居た。入り口の扉の取っ手を握り押す。

 ここの扉は少し力を入れ無いと開かない客には少し不愉快な造り。その事を分かっている様に、

赤子を抱き上げる程度の力を入れて扉を押した。玄関に入って見えるのは、白と木目調を基本とした、

実にシンプルでありながら、落ち着きを持たせた室内。受け付けは入った直ぐ正面にある。

 太一は受け嬢二人に「お疲れ様です」と挨拶を。すると彼女はにこりと笑って同じ言葉を返す。

 そして左手にまた扉があって、そこを開けるとオフィスがあった。

 作業着やスーツを着た男女が合わせて十五名程が居て、それぞれが仕事をしていた。

 右に向きを変えて室内を歩く。一番奥の机に主任が座っていた。彼は煙草を吸いながら書類を見ている。


「お疲れ様です」

「お、太一お疲れ様。今からか?」

「はい」

「怪我の無いようにな。お前たちの仕事は評判が良い」


 軽い挨拶を済ませると今度は男性更衣室の扉を開けた。隣で仕事をしている社員分のロッカーが有るが、そこには吉川太一の名前がどこにも無い。彼は自分のロッカーを探すでも無くまっすぐ歩き、

突き当たりを左に曲がる。するとそこには扉があって、そこを開けると地下に向かう階段があった。

 何不思議も無く階段を下りた先に、普通の扉よりも一回り大きい扉が存在していた。

そしてそれを開けると、もう一つのオフィスがあった。そこに居たのは眼つきの悪い米兵カットの男や、長身の筋肉の塊のような男、かと思えば細めでヘッドフォンを首に掛けたいかにも弱そう少年など約七名。

  

「お疲れっす」

「おう四十六番。」

「……」

「その呼び方は止めろと言っただろう。お疲れ太一」

「お疲れ様です田中さん」


 太一はオフィスの隣にあるロッカールームに向かう。そこには太一と名前が書いていないものの、

自分のだと分かるロッカーがあり、服を脱いで先ほど居た彼らと同じく黒の戦闘服に着替えた。

 ロッカーに鍵を掛けると部屋に戻り自分の机に座った。


「今日は簡単だと良いな」細めの少年が呟いた。

「何言ってんだ! スリルがあるから良いんだろうが」と長身筋肉の男が声を荒らげる。そんな中、

班長室と書かれた扉が開いて、その中から物腰柔らかそうな顔した男と、

左眉毛に傷のある男が出てきた。その瞬間、さっきまでの緩やかだった空気が一瞬にして張り詰める。

皆が緊張を示しているのは眉に傷のある屈強そうな男では無く、隣でにこやかに笑う男にだった。


「総員。班長に傾注!」

「皆集まったね。それじゃ今回の任務を発表します」


最後まで読んで頂きありがとうございました。

アクションシーンは次出るかもです。

次回も是非読んで頂けたらと思います。

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