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少年

今回はテロと戦う少年と、彼の属する部隊の物語を書いてみました。

お楽しみ頂けたらと思います。


 世界は平和で溢れていると誰かが言い、世界は争いに満ちていると誰かが言った。

 社会問題、環境問題、国際問題。変わる世界の中で日本は今ある世界の変化を恐れた。

 それをあざ笑う様に時限式爆弾のタイマーが作動する。もう誰も止められない。


 平成四五年四月。東京の街は朝から騒がしく、車と人が蟻の行列の様に街を行き交う。

 そんな誰もが想像する背の高いビルが沢山あって、絵に描いた都会とは少し離れた、

静かさとは無縁の場所に、昭和の終わりに建てられたアパートがある。住居者は一人。

  一○三号室。布団に時計、後は必要最低限の家電だけの物悲しいこの部屋の中で、

今は珍しい折り畳み式の携帯電話と、最新式のスマートフォンを枕元に置いて寝る青年は、

カーテンから差し込まれた影を喰う光の眩しさで目を覚ました。起きて素早く布団を畳むと、

それを押し入れにしまい洗面所へと歩く。蛇口を捻ると金属の擦れたような不快音が出た後に水が出る。

 顔を洗い身なりを整え、壁に掛けられた制服に慣れた手つきで着替えると、昨日買った菓子パンを、

沈黙のまま食べ、冷蔵庫に入った三分の二程飲んである二リットルの水が入ったペットボトルを取り出し、

一気に飲み干す。その後で今日の授業の教材が鞄にすべて入っていることを確認し、

折り畳みの携帯電話を中に入れ鞄を閉じる。スマートフォンは制服の右ポケットに入れ、

靴を履いて玄関の扉を開ける。この男の名前は吉川太一。見た目は普通の高校二年生である。

 街を歩いて通っている学校へと向かう太一。アパートの近くにあるゴミ捨て場には、

燃えるゴミが積まれていて、それを上空の烏達が腹をすかせた眼で狙っていた。

 学校があるのは住宅地のど真ん中。歩いて四十五分程度。通学路では小学生が朝だと言うのに関わらず、

能天気に騒いでランドセルを叩き合い、老人が朝の運動と言って愛犬と散歩し、スーツを着た会社員は、

時間と仕事に追われているのか早歩きで会社へと向かった。その中で太一は一人黙々と学校を目指した。


 校門に着くなり騒がしい。体育教師と社会の教師が門に立ち、健全な生徒に挨拶を交わしながら、

校則違反の生徒を見つけては注意を促していた。


「おはよう」

「おはようございます」


 太一の身なりは完璧で注意するところは一つも無い。したがって呼び止められる事も無く、

儀礼的な挨拶を一つして下駄箱に向かった。上履きを手に取って地面に落とす。

 二階の教室に向かうまでにも様々な声が入って来る。その内容の大多数は太一にとって興味も無く、

平和だなと彼らを笑った。席に着いて本を開く。こうしていれば誰も話しかけては来ないからだ。

 しかしそんな太一の考えとは真逆の行動をとる少女が一人いた。彼女は自分の席に座ったまま、

仲の良い友人達を笑みを溢して会話している。それだけでなく、誰として境目を持たずに挨拶をし、

時には話す。教師からも生徒からも人望が厚い、いわゆる良い人。名前は坂本彩羽(いろは)

 そんな彼女はだれと会話するでもない太一を見つけるなり椅子から立ち上がり、

「おはよう」と声を掛けて来る。友達の居ない寂しい奴とでも思われているんだろうと、

彼女の返事に軽く頭を下げながら自らを分析する太一。彩羽が席に戻ると友達三人組が太一に付いて聞く。


「彩羽吉野君によく声かけれるよね」

「だってクラスメイトだから」

「でもなんか近寄るなってオーラが凄いじゃん」

「確かに確かに。まぁでも顔良いし、後輩の子で彼のこと好きな子多いよ」

「あー後輩にモテる系ね、分かる」


 彼女たちは聞こえないと思って話しているが、太一にはすべて聞こえている。いや、聞きたくないが、

耳の良さのせいで聞こえてしまうのだ。彩羽はそうかなと二人に声を掛けた一の方を見る。

そうこうしていると予鈴が校内に響き各々机に戻るのだった。担任の教師が教室の扉を開けるなり早々、

「今日校庭で怒られてた奴、明日も同じなら成績に響くぞ」と言う。教室の後ろの席の悪童二人が、

横暴だと教師に反抗して、周りは皆そのやり取りに笑っていた。


 季節は春。校庭の桜が満開だったのは先月の事で、外を見ても目に映るのは撫子色の恋しい枝ばかり。

 人間にとっての桜の価値は木に留まっているその瞬間だけなのかもしれない。その証拠に、

地面に落ちた桜の花びらを綺麗というものは誰一人と居て存在せず、皆枯れた木だけを見上げている。

 落ちた花びらは行き交う人々に踏みつけられ、その存在がまるで無かったかの様に、

土に還るのを待っていた。百か零か、人間の価値観はいつだって単純なものである。


 一時間目から四時間目が終わると次は昼休み。購買が戦場になり皆獲物を求めて手を伸ばす。

 太一は鞄から折り畳みの携帯電話をポケットに入れその戦場を横目で見るだけで近寄らず、

屋上へと続く階段を上って行った。彼の昼食はと言えばカローリーメイト二箱に炭酸水、おまけにサプリ。

 屋上の扉を開けると、春風と言う爽やかな名前とは裏腹な髪を空へと持っていかれそうな風が吹く。

 そのせいなのか屋上に居た生徒はいつもの三分の一程度、ただそれは太一にとって都合のいい事だった。

 屋上の端まで歩いて座った。ここから見える景色は平和そのもので、大した面白みがある訳では無いが、

その景色を見て偏った昼食を食べるのが太一の日課と言うより儀式に近いのかも知れない。

 箱から取り出したカロリーメイトのチョコ味。高校に入って二年間、毎日これを食べている。

 周りは飽きもせずよく食べているとか、貧乏なのかと騒いでいたが、そんな些細なことは気にしない。

 最後乾いた口の中に健康補助サプリを五粒入れ炭酸水で胃の中に流し込む。

 簡単に食事を済ませ残りの三十分は何もせず、機械の様にただ景色を視界に映す。道を歩く人の数。

空を飛ぶ鳥の数。クラクションを鳴らす車を観察していると、胸ポケットに入れた携帯電話が振動した。

 右手でそれを掴み画面を開く。着信相手の名前はバイト先と表示されている。

 太一は迷うことなく通話開始のボタンを押して、携帯の先端部分を耳に当てた。


「お客様からクリーニングの注文です」

「わかりました」


 通話時間七秒。携帯電話を再びポケットに入れゴミを袋に入れ扉に向かって歩き出した。

 屋上から二階まで階段を下り自分の教室に戻り、帰りの準備を済ませるとそのまま職員室へ向う。

 職員室には担任の教師が居て、帰り支度を済ませた太一を何不思議と思わずに見ると、

 「早退か」そう言った。太一は言葉にせず頷いて見せる。「分かった、また明日な」彼の早退を認め、

一人家路に還るのだった。異様な光景だが、職員室に居た教員達は皆何も気にせず昼食を続けるのだった。


 同じ頃。東北何処かの田舎の喫茶店。

 店内には珈琲の香りが充満させ十人ほど客が居た。彼らに淹れたてのブラックコーヒーを注ぐのは、

中年と言うには少し若い身なりの一人の男。カウンターに戻ったその男は自分のパソコンで、

既に内容の書かれたメールを送信し、再び珈琲を入れ直す。そのメールの内容はこうだ。

 

”諸君の革命に栄光あれ”

最後まで読んで頂きありがとうございました。

 次回も是非読んで頂けたらともいます。

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