プロローグ2―思い返す今までのことー
周りの友達が学校に残って勉強をしたり、進学向けの塾へ行ったりしているのを尻目に、僕は家へと向かった。大学への進学を決めた僕の日課は、もっぱら「ユアーズ・オンライン」での自分のキャラ達の強化になっていた。ただ、契約しているデータ通信料の総量は決して多くはないので、家についてWi-Fiに繋ぐまでは極力ログインしないようにしている。とは言え、そんな縛りでもなければ下手をすると学校でもずっとやりかねない今の状態を考えるとちょうどよかったのだが。
ゲームにログインすると、いつものようにログインボーナスをもらい、最早わずかな経験値ボーナスなどに変わるしかないボーナスのノーマルガチャを回した。このゲームはよくある基本無料タイプのRPGで、自分のパートナーとなる数体のモンスターを使役して色々なクエストをクリアするものだ。リリースされて間もない時に楠田に紹介されてから毎日欠かさず、高校受験の時も今の大学受験の時も、最低でもログインボーナスはもらい続けている僕は、正直メインのモンスターのレベルはほぼ上限に達している。ただし、レベル以外にモンスターには各種ステータスと種族によって異なるスキルが設定されていて、そちらの方はアップデートを重ねるにつれ更新されていくのでほぼほぼ無尽蔵に上げられる仕様だ。そして、こちらの方についてはよほどの重課金ユーザーでもなければ上限にはまず到達しえない。もしくは、リリース直後からコツコツと地道に上げていけば普段使う数体ならば近い数値までは可能か。
ガチャの景品を経験値に変えて、同じくいつものようにその日ごとのデイリークエストをクリアしていく。内容はいたって簡単なバトルでの勝利が条件なので、間違っても負けることない。リリース直後からコツコツと地道に鍛えられた僕の一部のモンスターは、レベルに加えステータスもほぼ上限に達している。おかげで、特別なスキルを使用しなくても、中級くらいのレイドボスならソロで十分勝てる。もちろん、他のユーザーと協力すればより効率がいいのは間違いないのだが。
デイリークエストもクリアすると、後は月ごとのクエストを少しずつこなしていくのと、定期的に行われるイベントクエストを周回するぐらいしかすることがなくなる。何が楽しいのかと問われると答えは難しいが、率直に言えばこれが唯一楠田と繋がっていられるような気がする、逆に言えばこれをやめてしまうと完全に楠田と離れてしまうような気がする、だからやめられない…そんな思いでずっと続けているというのが、一番今の自分の感情に近いだろう。
かつてこのゲームを紹介した楠田は、引っ越してからしばらくしてもこのゲームにログインしていて、僕たちはゲーム内で協力してクエストをクリアしていた。しかし、半年ほどしたある日から、楠田のログインが途切れてしまった。その数日前に「しばらくログインできないかも」とゲーム内で連絡を受けていたので、気長に待っていたが、さすがに1ヵ月以上もログインがない状態が続いた時には、リアルの方のメールで連絡を試みたが、「送信不可」の通知が返ってきた。どうやらメールアドレスが変更されたか、削除されたらしかった。
一瞬、付き合いを拒絶されたのかという考えが頭をよぎったが、それまでのゲーム内でのやりとりや、何より昔からの彼女の人との付き合い方を考えて一方的に何もなくさよならはありえないだろうと思い直した。何より、そうであってほしいと信じたかった。
それからさらに2週間ほど過ぎても一向にログインした気配がなかったため、彼女が再びログインしてくれることを信じている反面、自分が拒絶されたのではないかと恐れた僕は、思い切って聞いていた住所にあてて手紙を送った。しかし、これも数日後手紙が送り返されてきた。どうにもそこにはすでに楠田は住んでいなかったようだ。
以来、彼女がログインするのではと思いながらこれまでおよそ4年ほどの間、僕は毎日欠かさずこのゲームにログインし、彼女が次にログインした時には僕が助けられるようにとレベルやステータス上げに励んだ。そして、モンスターが強くなるのに反比例するように、僕の淡い期待は薄れていった。