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プロローグ1―戻りたいあの頃のことー

 誰にでも覚えがあるのではないだろうか。始めた頃は熱中したゲームも、ある程度したら冷めてきて、だんだんとプレイ時間が減っていき、最後にはログインボーナスをもらう作業になって、いつしかやらなくなってしまったような経験が。

 少なくとも僕はそうだった。周りの友達が始めたゲームを自分も始めて、だけどみんなすぐに他のゲームに目移りするから、僕もだんだん別のゲームに夢中になって。

 でも、このゲームだけは違った。あの子と唯一繋がっていられる―少なくとも僕はそう感じられる―このゲームだけは。


 高校生活も残り2カ月となり、近場の私立大学にすでに合格していた僕は、残りの高校生活を漠然と過ごしていた。周りの友達の多くは受験本番を迎え、今まではレアドロップやガチャでの激レアゲットを教室内で誇っていた彼らも、今では現実のテストの点数の上下で一喜一憂するようになっている。ゲームの話では同じように合わせられた僕は、テストの点数では合わせられなかった。仕方がないことだった。彼らにしてみれば、僕はすでにゲームをクリアして同じ場にはいないのだから。そんなに時間もたたないうちに、僕はクラスの中で、いや学校の中で自分の居場所を感じられないようになった。そして思うようになった。自分が今までいた場所は、なんと薄っぺらな、もろい場所だったんだろうと。

 そんな僕の唯一の居場所は、しかし、やはり架空の世界だった。スマホアプリのRPGゲーム『ユアーズ・オンライン』。5年以上前に配信されたゲームで、一般的には広く知られているとは言えないこのゲームだが、今の僕にとっては、いやこれまでの―正確にはあの子と別れてからの―僕にとっての一番の居場所だった、


 あの子―楠田菜水は、小学校ではよく隅で泣いているような女の子だった。彼女は3年生の途中から、親の仕事の都合でうちの学校に転校してきた子だった。その頃の僕は、周りの友達が次第にグループを形成して、特に男女別の友達関係を複雑にしていっていることに無頓着なお子様だったから、彼女に何ともぶしつけに近づいて行ったのを覚えている。しかし、そんな僕にも、彼女はためらいなく友達として接してくれた。休み時間に彼女と話したり、放課後一緒に遊んだり…そんな他愛もないことが、他の友達よりもコミュニケーションが幼く、一人取り残されてしまったような気持ちでいた僕にとっては、自分の唯一の理解者がそばにいてくれるような気持ちで、心底うれしかった。さらに言えば、彼女が僕の初恋の相手だった。

 だけど、そんな様子が仇となったのだろう、普段はとても元気で活発な女の子なのだが、ちょくちょく数人の女子から冷たくされて泣いてしまっていた。そんなあの子を僕は、今となってはあの時の自分をぶん殴ってやりたいとも思いながら、今さら何とでも言えると自分をさらに貶めながら…分かっていながらも救いの手を出すのでもなく、他の女子に抗議するでもなく遠目から見ていた。その時少しずつ他の友達と自分のコミュニケーションの違いに気付いて他人の行動を見ながら行動するようになっていた僕には、彼女を救おうと女子グループに真っ向から立ち向かうような度胸や気概はなかった。

そんな僕でも、ある日彼女にこれまでの女子グループの彼女に対する行動を先生に言おうかと提案したことがある。その時の彼女の返事を僕は未だに鮮明に思い出せる。

 「え、何のこと?」

 そう言って、彼女は優しく笑った。その笑顔に、幼いながらも僕はどうしようもなくやるせなく、そしてこれ以上なく彼女をいとおしく思った。僕はその時感じたのだ。その時の彼女の笑顔のあまりにも深い優しさを。彼女に冷たくあたる女子グループに対して、そして、好きな女の子に辛い思いをさせていながら、何もできない自分に対して、問題ない、私は大丈夫だからと、そう言っていることを。そして、それが、幼いながらも淡い恋心を抱いていた僕にとっては、これ以上なく情けなくも感じた。

 それからほどなく、彼女は親の仕事の都合で再び転校していった。彼女への恋心を自覚していた僕は、転校までの間に何度か彼女に告白をしようかと思った瞬間があった。彼女に思いを寄せていた僕は、しかしながら、結局なんだかんだと自分に言い訳を作って、最後まで告白はしないまま、彼女は遠い街へと去って行ってしまった。今から振り返っても、あの時以上に戻りたいと思う過去はない。たとえ断られたとしても、どれだけひどく拒絶されたとしても、あの時告白しなかったということが―情けなくも自分に都合のいい未来を想像してしまう自分がいるせいで余計に―僕を、それまで以上に自ら進んで行動しないようにさせた。


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