サッカー部部室にて
お昼にエネルギーチャージした俺は、その後の授業も何とか聞いていられた。正直、勉強よりも身体を動かすのが好きなのだが。
放課後になり、元気良く部室へ向かう。
「ちーす!」
ガチャリと音を立てて、部室のドアを開く。中には既に先客がいた。それはいつものことなので、わざわざ驚きはしない。
部室の奥に座っているのは、サッカー部副部長であり生徒会長の五十嵐葵。
艶のある黒髪に物憂げな眼差しをしていると、とんでもない色気がある。女子の黄色い声を追いかければ五十嵐先輩がいると思っても間違いない。
「よぅ、犬か。他のやつから午後遅刻したって聞いてるぞ?」
ぎくーっ。誰だ暴露した犯人は!そんな細かいこと言わなくて言いじゃん!
動揺した俺を見て、五十嵐先輩は呆れたように溜息をつく。
「ご、ごめん…!や、だってさ、あんなに幸せな時に授業なんて忘れるっつーか…!」
「あ?幸せぇ?」
あっ、しまった。口が滑って余計なこと話した気がする!五十嵐先輩は目線で続きを話せとばかりに脅してくる。
仕方がなく、昼休みのことをざっくり説明すると五十嵐先輩は急に笑い出した。
「はは!そいつ、眠り姫だろ?入学式でも爆睡してたっていう」
「そうそう。でもでも、めっちゃ可愛いんすよー!?」
「…知ってる。あん時寝てたやつは一人だけだったからな」
楽しそうにそう言う五十嵐先輩は、手元にあるボールを器用にクルクルと人差し指の上で回し始めた。
俺は練習着に着替えながら五十嵐先輩の話を聞く。
…あ、やべ!スパイク洗おうと思って持って帰ったままだ…。
しかし、慌てている俺を気にかけることなく話す五十嵐先輩の口から、気になる話が飛び出してきた。
「ただ、意外なことに授業爆睡しまくってるにしては…藤峰、成績良いんだよ。運動以外は結構使えるらしいしな」
生徒会に入れたら面白そうだと五十嵐先輩は笑う。
五十嵐先輩の発言は割りと失礼な言葉ではある。だけど、その噂はよく聞くし、実際の試験結果で彼女が赤点を取ったことなど一度もない。馬鹿な俺としては羨ましい限り。
今度、勉強を教えてもらおっかな。
「それに、生徒会てのは一種のカリスマが必要だろ?人気商売的なものもあるしよ」
それは五十嵐先輩が言うと納得できる。
「織花も可愛いし!あー、でも生徒会の王子君と彼女は嫌がりそうっすね」
王子がいる所に織花も好き好んで近づきたくはないだろうしな。自分が婚約破棄された相手なんて、普通に考えて避けるだろう。
「あぁ、あのバカ王子とクズ女か?あいつらこそ、権力で無理やり生徒会入りしたようなもんだ。はっきり言ってクソの役にもたたねぇ」
予想以上に五十嵐先輩は彼らを嫌っていた。能力的にも足りなければ、それをどうにかしようとする態度も見せず、生徒会ではお荷物扱いされているらしい。
「ったく、王子があれじゃあな…。どう見ても藤峰一択だろ。あのクズ女、王子がいるくせに俺にまで媚びてきてうぜぇんだよ」
…姫咲さんも可愛いんだけど、流石に王子を横取りしてんだから一途でいて欲しいっつーか。じゃなきゃ、織花も複雑だろうし…。
しばらく話していると部活時間になった。五十嵐先輩は「よし、そろそろだな」と立ち上がる。俺もついて行こうとしてスパイクを忘れていることに再び気づいた。五十嵐先輩も俺の視線の先に気づいて、凍える眼差しを向けてきた。
「…お前、寝てて色々頭から飛んでったんじゃねぇの?つーか、やる気ある?今日は試合形式って言ったろーが」
…素直に謝って予備のスパイクを貸してもらった。