〜vanish〜 空虚の夜と束縛のカシラ
短くパーっとNEKOのベルの『〜vanish〜 空虚の夜と束縛のカシラ』を加筆編集しました。本当に愚作ですが悪しからず。
今日は何曜日だ?割とどうでも良いことをふと思ったりする。あぁ。金曜日だったか。明日は休み。それも別にどうでも良い。平日も休日も変わらない。毎日同じようなことの繰り返し。この言葉は通じる人と通じない人がいるように感じる。朝起きて、朝食を食べ、着替えて家を出る。帰ってきたら晩飯を食べて風呂に入って寝る。大雑把に話せば、平日はこれだけ。これを5日繰り返す。土日も起きたら朝食。出かけるか家にいるかは日によって違うが、そこに大差はない。そして晩飯を食べて寝る。変わらない。極論言えば毎日生きてるのだから、毎日同じようなことの繰り返しなのだ。しかし、それが日々充実していれば変わってくる。毎日楽しければ毎日が違って見えるなんて私にはとても理解しかねる。無駄な考え事に体力を使ってしまった。そんな週末の午後九時の家に私はいる。私の家庭は既に父が他界。シングルマザーの母は仕事で深夜まで帰ってこない。人の気が一切ない家。[空虚]の家。そこで私は生きている。悲しい奴か?同情はされたくないが、決して楽しい生活ではない。私の唯一無二の友。それは[夜]。私を拒絶することなく、受け入れてくれる。そんなことを言う奴だから、私は。楽しい生活ではないと先ほどは述べたが、この家で過ごす夜は嫌いじゃない。だが、そんな夜くらいは自由でありたい。どんなに願っても叶うことは無い。私は子供である限り、母親の恐怖という名の[束縛]から逃れる事は出来ない。思春期特有の悩みだ。時が解決してくれることだろう。そんな軽い気持ちになれる者なら初めから悩まない。
訳もわからず居間のドアを開ける。一々自分の行動の理由なんて考えていない。その先はいつも通り真っ暗な世界が広がっている、はずだった。だが今は違う。僅かな光が玄関を照らしている。いつもそこに無いものが光を発していた。恐る恐る近づいて拾ってみると、それはスマートフォンだった。母のものでも、私のものでも無い。そもそも私はスマートフォンを持ってない。母が私に持たせるはずがない。よく見ると、そのスマートフォンは今朝のテレビ番組で紹介されていた高性能スマートフォンと良く似ている。いや、そのものだ。確か発売は三ヶ月後。つまり……このスマートフォンは使用できる状態でここにあるはずがない。あってはならないものだ。電源も入っていて、使える。もしや。私の頭に限りなくゼロに近い可能性が浮かんだ。今朝、私は心の底からこのスマートフォンが欲しいと思った。口に出していないし、手に入る訳がないと思っていた。そんな私への神々からの贈り物か。いや、あり得ない。非科学的だ。しかし今、私の手元にある。ふと笑みがこぼれた。細かいことはどうでも良い。重要なのは私の欲しかったスマートフォンがここにあるという事実のみ。ポケットにしまおうとした瞬間、突然私の手の中でスマートフォンが鳴る。慌てて画面を見ると、メッセージが届いた。
『今の君は誰だ。そして何歳。』
誰から送られて来たのか不明。存在しないはずのスマートフォン。誰に届くか分からない。個人情報を教えられる訳がない。
『個人情報ですよ。教えると思おてるんですか?』
返信するとほぼ同時に、またメッセージが届いた。
『その言い方。君はAだ。思春期真っ只中、日々ご苦労様。』
言い当てられて、背筋が凍りつく。そう、私はA。このメッセージを送っているのは一体誰なんだ…。恐怖で返信する事が出来なかった。何を持って普通というのかは置いておいて、普通ならこんな怪しいもの、捨てるだろう。だが、何故だかスマートフォンを捨てる事が私には出来なかった。未来に発売されるもののはずなのに、拾った時には既に見た目がボロボロ。メール以外何も出来ない。電源もつけようと思ってもつかないのに、勝手に電源がついたりする。欠陥だらけのスマートフォンなのに…。
数日経ったある日。私はまだスマートフォンを捨てられずにいた。それどこらか、肌身離さず持ち歩いている。不思議と手放せないのだ。その日、再びメッセージが届いた。送り主は同じ。今度は何だ。無造作にメッセージを見ると、その内容はとても信じられるものではなかった。
『今日、向かいの家の御主人さんが家の前で車に轢かれて亡くなるよ。残念だけど止められないんだ。』
デタラメだろうと思った。あり得ない、と。しかし、顔を上げた瞬間、外から只ならぬ大きな音が聞こえた。私は家を飛び出した。私の家の前に止まる車。その下には血の海が広がっていた。向かいの御主人さんだ。奥さんが御主人さんの名を叫ぶ声、泣き叫ぶ娘の声が聞こえる。目の前に広がる異常な光景に、私はその場で固まってしまった。我に返らせてくれたのは手に握られていたスマートフォンだった。
『救急車は来るけど、受け入れ先の病院が無かった。彼は救急車の中で息をひきとる。轢かれた時には生きていたのに。残念だけど助けられないんだ。』
私はスマートフォンをポケットにしまい、車に駆け寄って、運転手と集まった野次馬どもに怒鳴った。
『救急車を呼べ!彼はまだ生きてる。誰か医者か医学の知識がある方いますか?』
皆、周りをきょろきょろするだけで動かない。最初から期待していなかった。そんな都合よく医者や医学の知識がある人がいるはず無い。救急車は向かいの奥さんが呼んでくれた。野次馬共も御主人さんを車の下から出す事は手伝ってくれた。が、助け出した瞬間、その無残な姿にみんな後ろへと引き下がった。とても生きているようには見えない。血だらけで、全く動く様子がない。果たして息をしているのか。残念ながら、私にこれ以上出来る事は何も無い。スマートフォンが再び鳴った。
『あと一分で救急車が来る。救急隊員に任せな。人の死はあまり良いものではない。残念だけど助けられない。』
メッセージの予言通り、一分後救急車は来た。救急隊員が応急処置をして車内に運んだ。しかし、一向に救急は発車しない。一時間後、ずっと止まっていた救急車は奥さんと娘さんの泣き声を置いてゆっくりと去っていった。この時には救急隊員によって死亡が確認されていたが、正式な死亡の判断は医者しか出来ない。助ける為に病院に搬送するのではなく、死亡の確認の為に病院に搬送する、と二人には伝えられたらしい。メッセージの予言通りだ。この未来を完全に予知していたメッセージの送り主は何者なんだ。私は送り主に怒りと恐怖をおぼえた。
考える前に体が動いた。
『貴様は一体何者なんだ。何故未来を予知出来る?』
この前と同じように、送ると同時に返信が返ってきた。
『空虚の夜と束縛のカシラ。君も私も。二人とも。』
何を訳が分からないことを言っているんだ。意味が分からない。が、さらに質問してもどうせ理解出来ない答えが返ってくるだろうと思い、質問を繰り返さなかった。こんな事件が起こっても、スマートフォンを捨てる事は出来なかった。逆に得体も知れないものだからこそ捨ててはならない。そう考えた。このスマートフォンが私の手元にあるのには何か理由がある。運命は一体、私に何をする事を求めているのだろうか…。
それからもスマートフォンから予知は度々送られてきた。内容は全て『~が亡くなる』といった不幸な予言ばかりだ。それらの予知の語尾は全て同じ。『残念だけど止められないんだ。』事前に(と言っても私が知る数秒前にだが)知っていても止められない。この悔しさは想像を絶する。もっと早く教えるようにメッセージを送ったこともあった。しかし、返ってくる答えは定型文。
『残念だけど止められないんだ。』
予知するスマートフォンは私に残酷な現実を突きつけるだけだった。私に一体何をさせたいのか。そもそもこのスマートフォンの正体は何なのか。予言の送り主は誰なのか。謎は全く解決しない。少しでも前進させようと私なりに努力はしている。予言メッセージが届き、事が収まった後、私は必ず返信するようにしている。
『君は誰なんだ。』
答えはいつも同じ。
『空虚の夜と束縛のカシラ。君も私も。二人とも。』
何かの暗号か。しばらく自分で考えてみても全く見当もつかない。数少ない友人や頼れる大人を頼っても同様だった。
かれこれ予知するスマートフォンを手に入れてから三ヶ月。約九十日の間に四十一人の死を知った。生で見た人もいれば、テレビやインターネットの映像で見た人もいる。全てスマートフォンが予知した死だ。その全ての死があともう少し早く分かっていれば救えたかもしれないものばかりだった。病による死ではなく、人間の絡む事件事故による死。助けられぬ苦しみはあれど、所詮他人事。そう考えられていたのは四十人目までだった。
四十一人目の死の宣告。それは私の母だった。過労死。私の為に過労で死ぬまで働いてくれたのだ。ここ三ヶ月、母の顔を一度も見た覚えがない。私が眠りについてから家に帰ってきて、私が起きる前に家を出ていく。そんな忙しい毎日だっただろうに、毎朝起きたら朝食が置いてあり、弁当と晩飯の用意もされていた。どうして私は母を嫌っていたのだろうか。理由なんてない。嫌いであるべきだと自己暗示していただけだ。私は母に束縛なんてされていなかった。私はちゃんと母に愛されていた。そんなことを失ってから気づくなんて。人間はなんて残酷な生物なんだ。
母の死を看取った直後、涙が枯れぬまで泣いた。枯れることを願って泣き続けた。母の亡骸を抱えて。私は母が倒れる数秒前に知っていたのだ。
『今日、君の御母さんが過労で亡くなってしまうよ。残念だけど止められないんだ。』
母は会社にいた。ここから走れば1分で着くほどの距離にある。急いで母のところへと走ったが、もう遅い。そうと分かっていても立ち止まるれない。
「Aの息子です。今すぐ中に入れて下さい!」
会社の受付に駆け込んで叫んだ。受付の人は困惑した様子で母の部署に内線で連絡した。母が倒れたことを告げられたのだろう。驚愕の表情で内線を切ると、母の元へと案内された。オフィスの中央で母は倒れていた。何故かその表情は幸せそうに微笑んでいた。
私は何も出来なかった。そんな怒りを私は全てスマートフォンにぶつけた。
『何故もっと早く教えてくれなかったんだ。君はいつも遅い。君は誰なんだ!』
『空虚の夜と束縛のカシラ。君も私もも。二人とも。』
定型の返答に怒りが増す。
『分からない。分からないんだよ!もっと分かるように教えろ!』
またすぐに定型文で返ってくることを覚悟した。しかし、返信が届かない。
「なんで…。なんでだよ…。」
無視されたのか。そう思った。怒りに任せ、スマートフォンを投げつけようと振り上げる。刹那。通知を示すバイブが手中で起こる。スマートフォンにメッセージが届いたのだ。急いで開く。
『異なる悪夢の衝撃のカシラ。君も私も二人とも。』
定型文と少し変わっているが殆ど変わらない。
「だから分からない…いや……。」
何故か分からない。突然、Aはメッセージの意味が分かってしまった。空虚=vacant。夜=night。束縛=shackle。異なる=vary。悪夢=nightmare。衝撃=shock。この『カシラ』。二人とも。va,ni,sh。『消える』。バイブの音が静かに響く。
Aは既に消滅していた。Aの立っていた場所にはボロボロのスマートフォン。その画面には一件のメッセージが映し出されていた。
『今日、Aが消滅してしまうよ。四十二人目の死者なのかなぁwマジ卍www』
かつて。私は友人に「恋愛ものを書いてくれ」とか「ホラーを書いてくれ」など言われることが多々あった。そこで今回、ホラーを書く努力をした作品の手直しをしました。しかし、手直ししても、結局ホラーじゃない物語が出来上がりました。愚作のあまり、連載せず一気にドーンと載っけてしまったし。本当に申し訳ないです。まぁホラーでは無いですけど、NEKOワールドお楽しみいただけたでしょうか?今は冬ですが、桜咲く春には恋愛ものを新作でも、手直しでも、書けると良いな。と思ってます。それでは。
NEKOでした。