第92話 都市伝説
今朝の朝食はハムエッグとパンとスープだった。ハムはどんな魔物の肉で作ったのか、卵は何の卵?深く考えたらこわいが、普通に美味かった。まあ、ジビエだと考えればいいか。
オレは朝食を食いながら、みんなに問う。
「さて。今日は何する?」
「そんなもん。決まってるじゃない。アーリンの婆さんの所に行くに。」
リオがパンをほおばりながら言った。オレに殴られたのを根に持ってるな。オレに返すために幻影魔法を一刻も早く覚えたいって事か。しかし、ノア婆さんの所は午後から行く予定だしな。
「もちろん行くけど。それは午後からの予定でしょ。昼までどうするかって事よ。」
「ふーん。じゃあ、部屋で寝てるわ。」
リオがあくびをしながら答えた。オレもそうしたいところだが、残念ながら部屋の掃除やメンテナンスのために、朝食後は部屋を空けてくれと頼まれていた。もちろん、部屋の掃除やメンテナンスを断って部屋にいる事もできたが、元日本人のオレとサオリは潔癖性な民族だ。掃除が一日でも滞ると我慢がならない。
「ダメよ。掃除をするから、宿の人に朝食後に部屋を空けてくれって頼まれてるから。」
「えー。眠いのに。」
「リオ。文句を言わないで、出かけるよ。宿の人達の都合もあるんだから。それで、何する?」
オレは再びみんなに問うた。
「はい。今日もサークルアイの町の探索がいいと思います。」
セナが手を上げて言った。
「「賛成。」」
リオとサオリが同意した。
そういうわけで、昨日に引き続き探索という名の観光に出かける事となった。エイハブも誘うと、船の整備もめどが立ったので、今日は参加するって事だった。エイハブの腰に下げた長剣以外は誰も武装をしていない。オレ達の格好はスカートをはいた町娘いや、観光客である。さながら、若い娘を引き連れた金持ちのヒヒ親父様一行って感じか。
そのヒヒ親父様が言う。
「いやー。お祭りみたいですな。」
朝市の出店が所狭しと並んでいた。
「うん。ここサークルアイは毎日がお祭りよ。だから、林檎飴買ってよ。おじさま。」
町娘Aのリオがヒヒ親父に甘える。
「よっしゃ。なんぼでも。こうたるわ。」
え?なんで関西弁。いや、それよりもいつのまに仲良くなったんだ。こいつらは。しかし、いくらイケメンでも実態は幽霊だからな。オレは生暖かい目で二人を見た。まあ、リオも年頃だからな。男に甘えたい年頃か。男は幽霊だけど。
「お父さん。わたしにも買ってよ。」
セナもエイハブに甘える。こっちは親子かい。まあ、セナもまだまだ親に甘えたい年頃だからな。父親は幽霊だけど。
幽霊カップルに幽霊親子を先頭にオレ達はサークルアイの町を歩いた。しばらく朝市の出店を冷かしながら歩くと、先頭の幽霊カップルが地元のチンピラと思われる一行とトラブル。お約束かい。もう、無用なトラベルを避けろとリオにはいつも言ってるのに。
「おう。おねえちゃんの飴がオレの服についちまったんだけど。どうしてくれるんだい?」
チンピラAが凄む。
「なによー。ぶつかってきたのはそっちじゃない。そっちこそ、わたしの林檎飴をどうしてくれるのよ?」
こっちのチンピラ(リオ)も負けずに言い返す。
「なにおー!女をいっぱい連れていい気になってんじゃないぞ。」
リオを無視してチンピラBがエイハブに凄む。
「いい気になんかなってませんよ。すみません。許してください。」
エイハブが下でに出て謝った。エイハブが下でに出たことで、チンピラ達が勢いづく。
「おう。服のクリーニング代を払ってもらおうじゃないか。」
エイハブの襟首をつかんでつるし上げようとした。
「この腰に下げてるのは伊達なんかよ。」
チンピラCがエイハブの剣に手を出そうとした。
「ダメよ。船長!」
オレは思わず、大声で注意した。
「わかってますよ。アメリさん。」
「なにがわかってるんだよ?ああ?」
チンピラBがエイハブの襟首をつかんでつるし上げた。その隙にチンピラCがエイハブの剣を奪い取った。
「おう。良い剣を持ってるじゃないか。」
剣をエイハブに突き付けてチンピラCが言った。
「おまえ。武士の魂を。覚悟はできてるんだろうな。」
エイハブが凄んだが、首をつられた状態なので迫力がなかった。え?武士?エイハブって漁師じゃなかったっけ?
「あ。だめ!」
オレの声もむなしく、その自称武士の幽霊が、自分の襟首をつかむチンピラBの腕をへし曲げると同時に剣を突き付けるチンピラCの腕を蹴り上げた。武士の魂(剣)は足蹴にされて後方に吹っ飛んだ。武士の魂を足蹴にするのは良いんだ。オレが心の中で突っ込んでいると。
「「「野郎!」」」
残りのチンピラA、D、Eが剣を抜いた。
「抜いたわね。」
と、言うやいなや、武士のとなりのチンピラ(リオ)が縮地を使って剣を抜いて構えるチンピラ達の間を駆け抜けた。一瞬の間の後、倒れるチンピラA、D、E。
いつの間にか集まっていた野次馬から拍手が沸き起こった。これはちょっと、まずいな。ここにいるみんなには寝てもらって、夢の中の出来事にしてもらうか。
「みんな。ちょっとの間。耳ふさいでいて。」
そう言うと、オレは呪文を唱え始めた。
「スリーピング!」
残りのB、Cのチンピラ達も倒れた。気持ちよさそうに寝息をたてて。それどころか、オレ達の諍いを見ていた野次馬のみなさんもみな気持ちよさそうに寝ていた。オレ達はエイハブの剣を拾うとワープでその場から離脱した。
眠らずにその光景を遠くから目撃した人々は後にキツネに騙されただの、魔物が町に紛れ込んだだのとうわさし合った。なんせ、チンピラ達を中心にしてそこら一体の人々を眠らして忽然と消えたからだ。後に日中の睡魔事件としてサークルアイの都市伝説の一つとなったとか。ならないとか。
「もう、何やってんのよ。町中で目立つような事をしたらダメでしょ?」
昼食を摂りに入った食堂でオレは二人に注意した。リオは珍しく素直に反省していたが、古い明治男は黙って引き下がりはしない。
「奴は武士の魂とも言うべき剣に手をかけたんですぞ。いくら大人しいわしでも手が出ますよ。」
「あんた武士でなくて漁師でしょ。」
「いや、職業じゃなくて、心がですよ。」
「じゃあ、その心の武士さんは大切な剣を足蹴にするんだ。」
「あ。いや、あれはその・・・」
しどろもどろになった心の武士。
「まあ、暴れたくなった気持ちもわかるからこれ以上は責めないわ。とにかくこれからは、オレが相手を眠らすから、チンピラには手を出さないで。良い?二人とも。」
「はーい。」
「御意。」
なんか若干一名がまだ武士を気取っているけど、反省はしているようだった。
サークルアイ名物の魚介料理を堪能した後は、いよいよノア婆さんの所へと向かった。
アーリンは仕事に出かけていていなかったが、ノア婆さんはいた。オレはアイテムボックスからあらかじめ出しておいたセシルの名物を土産としてわたした。
「おや。おや。こんな珍しいものを。ありがとうね。それで今日はこんな大勢でどうしたんだい?」
「みんな。オレいやわたしのパーティメンバーです。みんなで魔法を習おうと思って。」
オレ達はリオから順番に自己紹介をした。最後にエイハブが自己紹介をしようとすると。
「なんで、魔物が紛れ込んでいるんだい!」
ノアが大声を出すと魔法の呪文を唱え始めた。
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