第86話 スリーピング
翌朝、オレはいつものように真っ暗なうちから目を覚ました。時刻は5時ちょっと前だった。オレが起きると、同室のサオリも目を覚ました。昨日の酒が残っているのかサオリは眠そうだった。
「おはよう。アメリ。早いね。」
「うん。早起きは冒険者の基本だからね。昨日は楽しかった?」
「楽しかったよ。久しぶりに大騒ぎできたよ。それより、途中でいなくなったけど、どこに行ってたの?」
「ああ。アーリンの家。」
「アーリン?」
「ほら、暁の若い子。」
「あ、あの子ね。何の用で?」
「オレ達のパーティに誘ったけど、振られちゃった。」
「へー。そうなんだ。でもなんで?」
「サークルアイの町を出たくないんだって。」
「ふーん。残念ね。」
身支度を済ませてサオリと二人で部屋を出て、隣のリオとセナの部屋をノックした。ノックするが返事がなかった。
「あの二人はたくさん飲んでたからね。起きないかも?」
サオリが言った。まあ、異世界コンビは大酒のみだから仕方ないか。
「ふーん。じゃあ、オレ達で朝飯前に軽く行きますか?」
「え?いいの?」
「まあ、起きないものはしょうがないよね。それにまだ、そんな強敵出てこないじゃん。」
オレとサオリは二人だけでサークルアイのダンジョンにワープで飛んだ。ダンジョンは門番の兵士がまだ来ていず、中に入る事ができなかったが、ワープがあるオレ達にそんなものは関係ない。サオリのワープでダンジョン内に入った。
ダンジョンに入るとさっそく黒スライムが二匹現れた。
昨日覚えた魔法をさっそく使ってみるか、オレはサオリに先に攻撃することを告げると、呪文を唱えた。
「スリーピング!」
しかし、何も起きなかった。うーん。だめか。オレの魔法がダメなのか?それとも黒スライムには効かないのか?検証する必要があるな。
「ファイアーボール!」「ファイアーボール!」
無詠唱のファイアーボールを連発したサオリが二匹の黒スライムを倒した。黒スライムが消え去ると後には魔石が一個転がっていた。サオリはそれを拾うと、オレを問い詰める。
「ちょっと、今の何?」
「え?スリーピング。」
「術の名前の事でなくて、なに勝手に新しい魔法を使ってんのよ。」
そんなのオレのかってだろうとも思ったが、オレはしぶしぶ昨晩の事を話した。
「ふーん。それで幻影魔法の一つであるスリーピングを覚えたから、さっそく試してみたって事ね?」
「うん。まったく効かないけどね。」
「アメリ。抜け駆けはいけないでしょ。わたしも参加させなさいよ。」
こうして、サオリもノア婆さんの所に行くことを決めた。オレがノア婆さんの所に行くときはサオリも付いてくることになった。オレに対する対抗心か、魔法に対する向上心か、サオリも幻影魔法を学ぶことになった。
「でも、なんで黒スライムには効かないんだろう?」
オレが魔法が効かなかった事を言うと。
「たぶん、高等な生物じゃないと効かないんじゃない?そもそもあいつら寝てんの?」
サオリが答えた。眠らないものに眠りの魔法は効かないか、当たり前すぎて気づかんかった。
「それで、他にどんな魔法を習ったの?」
「昨日はスリーピングだけだよ。」
「じゃあ、それを教えなさいよ。」
ずいぶんとえらくさい生徒がいたもんだ。やれやれと、オレは呪文を書きとめたメモをアイテムボックスから取り出すと、サオリに渡した。呪文はもちろん日本語で書いてあった。古代王国語は日本語で表記し難いが大体のニュアンスは伝わる。後はオレの言った言葉をリピートするだけだ。まあ、地球で言うところの催眠術みたいなものだが。しばらくオレと一緒に呪文を繰り返したサオリはスリーピングをマスターしてしまった。なぜわかるかというと、オレが実験台にされたからだ。
「アメリ。起きて。」
サオリに起こされて目を覚ました。
「スリーピングだけど、これはかけるの大変ね。戦闘中に相手に聞こえるように呪文を唱えて・・・、これ、戦闘に使えないね。」
「うん。たしかにそうかもしれないけど、逆に考えると、こっちが戦闘中にかけられたら、もうそれで一発アウトじゃん。そうならないためにも、覚えておいて損はないわ。かけられないように対策もできるからね。」
「そうよね。そんな危ない魔法を唱える奴は真っ先に潰さないと。」
オレ達のスリーピングが高等生物(オレ?)には効く事がわかったので、無駄撃ちを避けて、ファイアーボールで黒スライムを撃破して行った。
そして、兵士の詰め所の部屋に来た。ドアを開けて入ると、昨日倒したはずの鎧達は前と変わらずに整列していた。
「どうやら、魔物とかは一晩でリセットされるみたいね。」
オレは昨日と違った位置に立っているリビングアーマーを指して言った。
「どうする?アメリ。無視して通り過ぎる?」
「いや、剣とか鎧とかお金になるじゃん。落ちてる宝は拾って行こうよ。」
「わかった。それで、リビングアーマーはどいつよ?」
「一番手前と前から三番目の奴よ。」
オレは鑑定で見破った結果をサオリに教えた。
「ふーん。じゃあわたしに任せて。極大サンダー!」
極大の稲妻が鎧武者達に落ちた。極大のサンダーならサンダガじゃないのかと思われるが、サンダラやサンダガはさらに上の威力を誇っていた。ようするにサオリは同じサンダーでも威力の大小を使い分ける事ができた。しかも、これだけの稲妻が落ちるなら、どれがリビングアーマーか関係ないじゃん。
一番前と三番目の鎧武者は崩れ落ちた。オレは鑑定したが、ただのサビた鎧と剣だった。
「アメリ。拾わんの?」
「うん。サビた鎧じゃ、お金にならんし、無理に拾わんとダンジョンのためにも残しとこ。」
ダンジョンのアイテムは基本的に死んだ冒険者の装備だ。無限に沸いてくるものではない。ダンジョンの資源にも限りがあるってわけだ。限りある資源は大事にってことだ。オレ達はダンジョンにやさしい冒険者だ。転がる鎧達を残して次の部屋に急いだ。
次の部屋はファントムひしめく仮眠室跡だった。サオリのエクスプロージョンで部屋が粉砕されていたはずが、見事に復元していた。昨日と同じく、朽ちたベッドからファントムが一斉に起き上がってきた。その数、ざっと20体はいた。
「アメリ。どうする?昨日みたいにまたエクスプロージョンで一網打尽にしようか?」
「いや、待って。騎士の幽霊は高等生物?じゃない?オレのスリーピングを試させて。」
「え?ちょっと・・・」
サオリの言う事を最後まで聞かずに、オレは部屋の中まで進むと、呪文を唱えた。
「・・・スリーピング!」
「「「・・・」」」
「「「うがー!」」」
一瞬の間の後、ファントム達が一斉に襲って来た。
「アメリの脳筋!幽霊は寝ないでしょ。うぎゃー!」
「そ、そっかー。ごめん。うぎゃー!」
オレ達二人の悲鳴とともに戦闘が始まった。
*****************************