第五話 東のダンジョン
翌日、オレは家の仕事をすますと、東のダンジョンに来た。義母さんには外で遊んでくると告げ、まかない飯を弁当に詰めてもらった。冒険者になったことはまだ告げていなかった。冒険者として食べていけるだけの力をつけ一人立ちできるようになってから告げるつもりだ。しばらくはアルバイト冒険者で行こうと思った。
東のダンジョンは文字通り町の東の外れにあり、その周りには冒険者相手の店が立ち並んでいた。冒険者ギルドの支店もそこにあり、オレはそこの前にある掲示板に名前と入る階層を書いた。ダンジョンから帰ったらそれを消すことになっている。いつまでも名前があれば、それはダンジョンからの不帰還つまり遭難を意味することになる。ギルドの支店前には冒険者の他に大きな荷車を引く人夫が何人もいた。冒険者は倒した魔物を運ぶために普通は人夫を雇うらしいが、金も実力もないオレには必要が無かった。なにより、オレにはアイテムボックスがあるから物を運ぶには困らないし。
銀貨一枚を門番の兵士に払いダンジョンの門を開けてもらい入った。
ダンジョンの中は岩でできた洞窟という感じで、ヒカリゴケのようなものがいたるところに生えており、思ったよりは明るかった。ビックリしたのは道が広くて整備されているところであったが、荷車が通る事を考えればそれも当然であった。
オレは目を細めて鑑定と念じた。岩陰に「スライムLV1」の文字が複数見えた。鑑定のレベルも上がり魔物や生物だけを選んで鑑定できるようになっていた。おかげで物陰に隠れる魔物も無意識で鑑定でき、結果的に物陰の魔物を感知できるようになった。オレはメアリーからもらった剣を抜くと岩陰に向って走った。岩陰には三匹のスライムがいた。
正面のスライムに上段から切りかかった。パシャンと水風船を切るような手ごたえで一匹目のスライムを倒した。素早く剣を戻して、二匹目のスライムの体当たりを剣で受けた。
その剣を横に払って二匹目のスライムを両断した。三匹目は前倒しで詠唱を終えていたファイアーボールを至近距離から当てて倒した。三匹の魔物が倒れた後には水たまりと小さな魔石が一個落ちていた。オレはそれを拾ってアイテムボックスに入れた。
初めての実戦で魔物の命を奪った罪悪感が無いわけでもないが、それよりも達成感の方が遥かに大きかった。オレは思わず、「やったぞー!」と叫んでガッツポーズをした。
スライムの動きは、毎日のように元A級冒険者と稽古を積んできたオレにとっては遅すぎると言えたが、それでも油断しているところに岩陰からいきなり複数で襲われたら避けきれないだろうと思われた。オレは油断することなく、鑑定しながら歩いた。この階は冒険者ギルドでもらった案内書によるとスライムしか出ないらしい。オレは現れるスライムを倒しながら道を急いだ。5回目のエンカウントで現れたスライムを全滅させてしばらく歩くと、冒険者が集まって休んでいる部屋に出た。他の冒険者に聞くとこの部屋には結界が貼ってあり魔物が入れず、安心して休めるらしい。そして、この部屋の次の部屋にこの階層のボスがいてボス戦の順番を待っているとのことだ。ボス部屋を通らずとも横の通路から下の階には行けるがボスは必ず魔石を落とすのでボスと戦うのが得策と思われた。
オレは前もってアイテムボックスから出して背負ったリュックに移しておいた弁当を食べながら順番を待った。一階層のボス部屋に挑む冒険者はほとんどが単独冒険者の若者であった。ダンジョンで修業を積み力をつけて、有名なパーティにスカウトしてもらおうという若者たちの集まりであった。周りの若者たちはみな緊張で固まっていた。オレのように物を食べているものはさすがにいなかった。
しばらくして、オレの出番が回ってきた。戦闘が済んで冒険者が別の扉から出てボスが復活するか、冒険者が死ぬかすると目の前の扉が開くらしい。考えたくないが戦闘で負けて死んでしまうと、ダンジョンに吸収されるというか食われてしまうらしい。
オレは開いた扉から慎重に部屋に入った。部屋の中央に三匹のスライムがいた。真ん中の大きなスライムがボスのスライムロードだろう。オレは三匹のスライムに向かって走り寄った。中央のスライムロードに、至近距離から、前倒しですでに詠唱を終えていたファイアーボールを撃った。炎がスライムロードに当たりはじけ飛んだ。スライムロードはさすがにボスである、ファイアーボール一発では倒せなかった。だが、HPの大部分を削れた。
態勢をくずして転がったスライムロードに振りかぶった剣でとどめをさした。
左右のスライムが体当たりをかましてきたが、おれは避けもせずに切り払った。
スライムロードの倒れたあとにはスライムのよりは大きな魔石がドロップされていた。
魔石を拾って、オレは開いた扉から外に出た。
階段を降りて地下二階に来た。地下二階は地下一階とはうってかわって、開けた草原であった。開けていると言っても上から見た場合であって、階段を降り切ると人の背丈をはるかに超える草木に覆われ、道以外は全く見通しがきかなかった。さしずめ草木でできた迷宮であった。オレは鑑定を発動して、魔物の探知を始めた。魔物は道でなく壁の中、つまりは草むらの中にいた。これは厄介な事であった。知らずに歩いていれば横や後ろから不意打ちされる。しかし、オレには鑑定を使った探知がある。前方の草むらに潜む魔物を探知した。「ホーンラビット LV5」が一匹潜んでいた。オレは小石を拾うと、ホーンラビットの潜んでいる所に向って投げた。
「KUEEEEEEEE-!」
雄たけびを上げてホーンラビットが壁(草むら)から飛び出した。飛び出した勢いそのままにオレにジャンプして体当たりしてきた。オレは左にかわすと、剣を抜いた。
オレにかわされたホーンラビットは着地するやいなや反転して、ジャンプして再度体当たりしてきた。オレの振り下ろした剣が当たりホーンラビットが真っ二つになった。
ホーンラビットは見た目かわいいウサギだった。しかし地球のウサギと違って頭から凶悪な角が一本伸びていた。体当たりをくらえば、ひとたまりもないだろう。オレはホーンラビットをアイテムボックスにしまった。
しばらく歩くと、ホーンラビットが四匹道の向こうに見えた。オレはファイアーボールの呪文を唱えながら近づいた。オレが近づくと四匹は一斉に襲ってきた。先頭のホーンラビットが地面をけって飛びかかってきた。
「ファイアーボール。」
至近距離からのファイアーボールは外しようもない、くらったホーンラビットは吹っ飛んだ。二匹目の突進をかわすと、三匹目を居合抜きで薙ぎ払った。四匹目は突進してこなかった。結果、オレは二匹のホーンラビットに囲まれた。前方のホーンラビットに切りかかるのと同時に後ろのが飛びかかってきた。かろうじてかわせた。体制を立て直していると、今度は二匹同時に飛びかかってきた。またもや、かろうじてかわせた。二匹同時に攻撃されると、かわすのに精いっぱいで反撃できない。どうしたもんか。
オレは剣を収めて呪文を唱えた。呪文を唱えながらも二匹の攻撃をかわし続けた。呪文を唱え終わった所に飛びかかってきたホーンラビットに再び至近距離からの一発を撃った。もう一匹はかろうじてかわせた。残り一匹になった。最後の一匹を居合抜きで切り払った。
危なかった。一匹一匹はLV5でも、四匹となるとLV15のオレと同等かそれ以上の強さになる。特に同時攻撃が危なかった。MPの節約を考えて魔法を使うのを控えてたら、間違いなくやられていただろう。一人での戦闘に限界を感じ始めた。この階層より下に降りるときは仲間と来るか、レベルを上げないと厳しいだろう。しばらくはこの階でレベルアップを図りながら、仲間を探さないと。あと、剣を収めないと魔法を撃てないのは、非常に不利だと思った。師匠のメアリーは剣先から魔法を飛ばす事ができる。オレもそれくらいできないと魔法剣士は名乗れない。しかし今のオレには魔法を空撃ちして練習できるほど、MPに余裕はない。オレは実戦で技を磨いていくことにした。
次に遭遇したホーンラビットは二匹だった。オレは詠唱を前倒しで唱えると、剣を抜き正眼に構えた。剣の切っ先がホーンラビットに向いている構えだ。剣も体の一部とイメージして腕が伸びたものと考えて、指先から魔法を撃つ要領で撃った。剣先から魔法を撃つことには失敗したが、剣を握った両手から発射されたファイアーボールが剣を伝って前方に打ち出され結果として剣先から撃つことに成功した。しかも、突きを間髪入れずに二匹目のホーンラビットに入れられた。魔法と剣の二段攻撃に成功した。これはメアリーの剣のおかげだと思う。魔法伝導の優れた剣でないとまっすぐ前方には飛ばないからだ。何はともあれ、新しい攻撃パターンを覚える事ができた。
オレは次の戦闘からは魔法を打ち出すタイミングを練習した。何回か失敗を重ねたあと、突きと同時に繰り出せるようになった。オレはこれを「火の玉突き」と名付けた。剣撃と魔法の同時攻撃である。両方の攻撃の相乗効果で只のファイアーボールの三倍は威力があるだろう。オレの厨二心を刺激する必殺技だ。オレは得意満面で火の玉突きを連発した。
LV15のオレのMPが尽きるのはすぐだった。オレは軽く倦怠感を覚えていた。これ以上魔力を消費すると近いうちに気絶してしまう。オレは魔法の使用を止めてダンジョンを引き返した。調子に乗り過ぎた。このままではケガをした時のヒールも唱えられない。なんとか魔法を使わずに戦って一階に上がる通路が見える所まで来た。
しかし、あともう少しというところで、ホーンラビット四名様のお出ましであった。四匹はこちらを睨みうなっている。やる気満々であった。さっきは魔法を使ってギリギリ勝てたがもう魔法は使えない。どうする。絶体絶命のピンチである。オレは逃げる事も考えたが足の速いホーンラビットから逃げおおせるのは難しい。
***************************************