第370話 あれって海じゃない?
「待って、待って。ゴブリンと違って自然界のオークってそんなに数いないんだよ。軍団と言ってもせいぜい五、六匹じゃないかな。」
わたしはあわてて希望的観測だけど場が落ち込み過ぎないように言った。
「なーんだ。五、六匹か。」
「なーんだじゃないよ。ユウ。五、六匹のオーク軍団に今のわたし達が勝てると思う?」
「そ、そうだよね。じゃあどうするの?トシコ。」
「それを今から考えて行こうって事でしょ?ねえ。ホノカ。」
「そうね。トシコの言う通りだけど、実際に軍団と出会ったら逃げるしかないわね。」
「軍団じゃなかったら?」
「わたし達の成長のための贄になってもらおう。ただのオークにも最初は敵わなかったわたし達だけど、今では楽勝でしょう。もっと強くなってオークソルジャーにも楽勝になれば良いのよ。」
「わたし一号からホノカが召喚士だって聞いてるんだけど、こいつを召喚獣にできないの?」
トシコがオークソルジャーをアイテムボックスに入れながら聞いてきた。
「うん。それがね。わたしが召喚獣にできるのはわたしより弱い魔物ってのが絶対条件みたいで、あと待機所には今空きがないのよ。あ、それから召喚獣を戦闘に出しても良いけど、魔力を消費し続けるからその間はわたし魔法使えないよ。召喚獣出すより唯一回復魔法を使えるわたしに魔法使わせた方が得策でしょ?」
「そ、そうね。召喚獣見たかったけど、残念。」
「ゴブリンとホーンラビットだけど見る?」
「いや。良い。」
「うん。言いたいことは分かるよ。トシコ。使えない召喚士だと言いたいんでしょ。あんたらがわたしを召喚士に専念させてくれたらオークだってすぐに召喚できるようになるよ。」
「ごめん。ホノカ怒ってる?」
「いや。まあ分かれば良いよ。」
召喚士の事となるとついむきになってしまう。反省。反省。
「それでさ。こっちに向かったらオーク軍団と鉢合わせになると思うの。だから引き返そう。」
今まで向っていた方向を指さしてわたしはみんなに言った。
「うん。そうだね。敵の全容も掴んでいないのに戦闘は避けた方が良いわね。」
「それにもしかしてだけど、こっち側に町か村があるかもしれないし。」
トシコとユウも賛同してくれたので引き返す事にした。
わたし達が最初にワープして来た地点を通り過ぎた所で先頭のユウが立ち止まった。
「みんな、止まって。前方の茂みにオークがいるわ。」
「オーク?またオークソルジャー?」
オークに気付かれないように小声でユウが言ったのでわたしも小声で聞いた。
「いや。ただのオークが一匹よ。」
「よし。それなら戦闘開始ね。今のわたし達なら魔法を使えばオークごとき楽勝だけど、この後何があるか分からないから魔力温存のために魔法無しね。みんなで一斉攻撃よ。」
みんなに指示するとわたしはかがんで小石を何個か拾うと、ユウの指し示した茂みに向って投げつけた。
「ブヒー!」
昼寝でもしてたのか、突然の石攻撃にビックリしたオークは無防備に茂みから飛び出した。
「くらえ!」
このチャンスを逃すようなユウではない。オークに飛び込んで斬りつけた。だがいつものように一刀両断とはいかなかった。
続けざまにトシコも斬りこんだが、これも浅い。致命傷には程遠かった。
斬りつけられたオークが手に持ったこん棒を力任せに振り回した。出鱈目な攻撃は誰にも当たらなかったが、わたし達の追撃を防ぐには十分だった。
「こいつ強いよ!」
トシコが叫んだ。
「みんな、慌てないで!取り囲んで一斉攻撃よ!」
わたしの指示でトシコとエリナがオークの後ろに回り込んだ。
「じゃあ行くよ!」
わたしの号令でみんなは一斉に斬りつけた。オークもただではやられまいとしてこん棒を横殴りに振り回してきた。わたしは咄嗟に剣で受け流した。危ない。まともに受けていたら吹っ飛ばされるか、剣が折れていただろう。一号やリオの豪剣をいつも受けさせられてるわたしは受け流しだけは得意なんだ。振り回したこん棒を受け流されたオークは体勢を大きく崩した。その隙を見逃さずユウ達が剣を一斉に振り下ろした。会心の一撃をトリプルでもらってはさすがのオークもたまらず、崩れ落ちた。
「やったー!でもこのオーク、ダンジョンのと違って強かったね。ちょっとだけ手こずったね。」
「うん。だけど、残念ながらオークが強くなったんじゃなくてわたし達が弱くなってるみたいよ。ユウ。」
「え!どういう事?」
「ダンジョンに入る前に一号が強化魔法をみんなにかけてくれてたじゃない。」
「あ、そうか。」
一号の強化魔法を当たり前のようにかけてもらって強くなったと勘違いしていたけど、その当たり前がなくなってわたし達は元々の弱い攻撃力のヘタレに戻ってしまたんだ。
「と言う事は防御力も弱くなってるよね。」
「そう言う事、気をつけてね。」
「ねえ。ホノカはその魔法使えないの?」
「うん。残念ながらわたしだってみんなよりちょっとだけ先輩の新人だからそう言う難しい魔法は使えないのよ。トシコ。」
「「「・・・・・・・・・・・」」」
わたしの答えでみんな黙り込んでしまった。
「そんなもん、攻撃を受けなければ一緒よ。大丈夫。大丈夫。」
トシコがみんなを励ましてくれた。
「そうよ。攻撃だって、一撃で倒せなかったらもう一回斬れば良いだけよ。」
ユウも力強い事を言ってくれた。わたしは性格上、ネガティブにいつも考えてしまうけどこういうポジティブ思考の人達がいて良かった。少しだけ元気が出た。
「そうよね。ダンジョンの時よりちょっとだけ頑張れば良いだけだよね。ユウ。冒険再開よ。」
「おう!」
トシコとユウに元気づけられてわたし達は再び歩き始めた。しばらく歩くと眼下に見渡す限りの青い景色が見えてきた。
「ねえ。あれって海じゃない?」
「本当だ。海だよ。海。」
先頭のユウとトシコが海を発見してはしゃぎ出した。海を見てはしゃいでる場合じゃないけど、わたしも少しだけうれしかった。
「わたし達の入ったダンジョンってけっこう内陸部にあったよね。やっぱりここってダンジョンの外なんだよね。」
「「「・・・・・・・・・・」」」
うれしいけどネガティブ思考のわたしはきれいな景色を楽しむよりもやはり現実的で余計な事を言ってしまった。おかげでみんなまた黙り込んでしまった。
「いざと言う時は海に逃げれば良いんだよ。」
ポジティブ思考のトシコは少しだけ希望が持てる事を言ってくれた。しかしわたし達って軽装備ながらもそれなりに武装してるんだよ。その重い装備を着用して長距離泳ぐ自信ないんだけど、わたしは。それにオークだって泳げるかもしれないし。でも、そう言う事はみんなの士気が下がるから言ってはだめだよね。
「そうね。それも一つの手だよね。」
無理してでもここはトシコに合わせないと。
「わたし、泳ぐの苦手だから船があったら良いな。」
「そうだよね。ユウ。船は無理でも丸太とか隠して置いたら良いかもね。でも今はそんな余裕ないから町を目指そう。」
「うん。わかった。ホノカ。」
しばらく歩いて分かったけど、どうやら道は浜辺まで続いているみたいだった。
「この道って浜までみたいだけど、どうする?ホノカ。」
「うん。とりあえず浜まで下りてみようか。ユウ。浜に下りたらオークがいた方向と反対に進もう。」
「オッケー。リーダー。」
「あ、浜は周囲から丸見えだから今まで以上に索敵頼むね。ユウ。」
「ラジャー。任して。」
わたし達は魔物に襲われないように周りを警戒しながら慎重に浜辺へと下りた。思った通り道は浜辺で終わっていた。後はこの砂浜が道になっているみたいだった。
「沖になんかあるかもって思ったけど、やはり見渡す限りの海だね。この砂浜は結構しまってるから歩きやすそうだし、砂浜を歩いてる限りは不意打ちされる心配もなさそうね。」
「でも敵からもわたし達は丸見えなんだよ。ユウ。」
「その辺はわたしに任せてよ。ホノカ。木の陰に隠れていても岩の陰に隠れていてもわたしには丸見えなんだから。」
ユウのスキルである鑑定は目に見えない隠れた敵も表示してくれる優れた能力だ。同じスキル持ちの一号の指導でここまで能力をあげた物だった。
しばらく砂浜を歩いたところだった。
「みんな!海から離れて!」
突然トシコが叫んだ。
間髪入れずに波打ち際から大きなカニが飛び出した。カニは先頭を歩くユウに襲い掛かった。不意打ちの体当たりを喰らったユウが吹っ飛ばされた。
「ユウー!」
追撃のはさみ攻撃をユウが受ける前にトシコがカニに斬りつけて防いだ。
「な、海から・・・・・」
ユウの慌てぶりから察してどうやら海はノーマークだったみたいだ。大方波打ち際の砂の中にでも潜んでいたのだろう。ユウのバカ。油断しやがって。それにしても困った。一号に聞いた事がある。カニの化け物は強敵だと。
「トシコ!気をつけて!こいつ強敵よ!」
「どうやらそうみたいね!わたしの剣が全く歯が立たないわ!」
仕方ない。魔力の節約とか言ってる状況じゃなくなった。
「わたしが魔法で焼くからみんなは足を狙って、関節の所ならわたし達の剣でも斬れるはず!」
わたしは指示を出すとファイアーボールの呪文を唱え始めた。
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