第345話 タッグマッチで釣り勝負
「リオ。ちょっと来て。」
船室でサオリといたリオにわたしは片言の王国語で話しかけた。
「ん?何?」
「サオリ。釣りをするから来いってリオに通訳してよ。」
何?と言われてもそれを伝えるだけの語彙力がわたしには残念ながらなかった。しかたなしにサオリに通訳を頼んだ。
「ふーん。一号たらまた釣りで勝負するとか言ってんの。ちょうど暇だったしいっちょうもんだろか。」
「おもしろそうだからわたしも見に行くとするか。」
リオの言ってることはもちろんサオリに通訳してもらったんだけど、通訳のサオリも釣りを見に来ると言い出した。
「アメリ。わざわざ私を呼んでくるなんて、そんなに私と勝負したいの?良いわ。軽くもんであげるよ。」
「あー。いきってる所悪いんだけど、リオは人数合わせで呼んだんだ。リオはホノカと組んでくれ。オレはイサキに釣りを教えんといかんからな。」
「人数合わせでホノカと組むってどういう事?」
「うん。竿はいっぱいあっても釣り出来る所は二か所しかないから、今回は2対2で釣り勝負って事さ。」
「と言う事は二人で順番に釣るって事?」
「まあ順番に釣っても良いし、一人がずっと釣ってても良いし、その辺は自由にしてくれ。とにかく二人の釣った魚の合計数で今回は勝負しようぜ。」
「分かった。やっぱり私とアメリの勝負じゃないの。」
「いや。オレとリオの勝負じゃなくてオレのチームとリオのチームの勝負なんだけど。まあどうでも良いか。あ、審判はサオリがやってくれよ。」
「うん。良いけど、日が高くなってきたらどんどん暑くなるから、時間は涼しい今の間、そうね。1時間でどう?」
「うん。ちょっと短い気もするけど仕方ないか。それで良いぜ。」
「リオ達はどう?」
「こっちもそれで良いよ。」
「よし!じゃあ今から1時間後の6時まででよりたくさんの魚を釣った方の勝ちとするわ。じゃあ適当に始めてちょうだい。」
「「「「おう!」」」」
さっそく竿を出して釣り開始と行きたい所だが、困った事があった。王国語がよく分らないわたしと王国人のリオとはコミュニケーションが取れない事であった。
「ちょっとアメリ。サオリをわたしとリオの通訳に付けてよ。」
「うん。別に良いぜ。」
そう言うわけでサオリは審判でありながらわたし達のチームに付く形となった。
わたし達の先鋒はリオであった。先鋒と言ってもすることはただ竿を握っているだけであるけど。おかげで通訳のサオリを交えて三人で楽しくおしゃべりする事ができた。言葉の壁もあってか今までリオとはあまり話す事もなかったが、話して見るとすごく良い奴だった。見た目からちょっととっつきにくいイメージがあったけど、クールな見た目とは真逆のホットで親しみやすい性格と分かり、わたしはいっぺんでリオが好きになった。美少女戦隊のリーダーは一号だけど陰のリーダーはリオ姉御であるとわたしは思った。
一号チームの先鋒はイサキだった。先鋒と言うよりも釣り初心者のイサキに一号が手取り足取り教えているようだった。
「この糸の先端に付いているのがルアーと言って餌の代わりだ。」
「ああ、擬似餌ね。なんか本当の魚みたいにキラキラしていてきれいだね。」
「そんなにきれいかい?木を削って作った力作だぜ。ありがとう。頑張って作った甲斐があったぜ。」
「え!アメリが作ったの?」
「そりゃそうさ。王国じゃこんなの誰も使ってないから。自分で作るしかないさ。」
「じゃあこのごっつい竿も糸巻きもアメリの手製なの?」
「うん。難しい所は鍛冶職人のみなさんに手伝ってもらったけど基本はオレが設計してオレが作ったんだぜ。」
どや顔で一号がイサキに答えていたけど、これは凄い事だとわたしも思った。ただ糸を巻くだけの機械であるリールだってその歯車一つ一つを手作りしたと言う事なんだから。
「そんな凄い技術と知識があるんだったらもっと他の役立つ物を作れば良いのになんでリール?」
思わず敵である一号とイサキの会話に割り込んでしまった。だってこんだけの物が作れるなら他にもいろいろと作って売り出せば大金持ち決定じゃないの。
「あ、それな。オレも一時期そう考えた事もあるけどさ。オレの作る物ってこの世界じゃ、いわばオーパーツじゃない。そこに本来はあってはならないものじゃない。オレはエジソンになるつもりもないからさ。だからオレの使いたい物だけ作るようにしているって事さ。」
「なるほどアメリは残念なエジソンって事ね(笑)」
「残念なって言うな。」
「あ、ごめん。」
なんか残念なって言葉に反応したけど前にも残念なって言われた事があるのかしら。
「と、とにかくこの糸巻き(リール)は糸を巻くしかできないから、こうやって引っ張って少しずつ糸を出して海面まで疑似餌を送ってくれ。」
わたしに残念とか言われてなんか動揺したみたいで、動揺を隠すように一号はイサキに釣りの仕方の解説を再開した。
「こうやって糸をたらしてルアーを流せば船の動きで後は勝手に疑似餌が泳いでくれるから、後は魚がかかるまで竿を持ってるだけで良いんだ。どうだ。簡単だろ?イサキ。」
「うん。私でもできそう。」
一通り説明し終わると一号はイサキに竿を手渡した。こうして最初の対戦はリオ対イサキの一騎打ちとなった。一騎打ちと言っても竿を持って釣りをしているだけだから釣りをしているリオとイサキもそれを見守っているわたし達も魚が釣れない限りする事がない。要するに暇であった。
「ねえ、アメリ。お腹すかない?」
おしゃべりも飽きてきた頃にリオが言った。そう言えば今朝は早かったし、出発でバタバタしてたからまだご飯食べてないな。わたしもお腹すいてきちゃった。
「そうだな。よし。ご飯にするか。」
「ご飯はうれしいけど、私とイサキはどうするの?」
「もちろん。君たちは釣りに集中したまえ。」
「えー。お腹ペコペコだよ。」
リオが情けない声を出した。そんなリオにかまわず一号はアイテムボックスからどんどん食事を出した。あ、なんかパンみたいだった。あとなんか良い匂いのする鍋を取り出した。今日の朝食はパンとスープか。豪華な食事にこだわる一号にしたら質素な食事だと思ったら、パンにカツやらチーズやらハムやらいろいろと挟んであった。
「美味い。これってサンドイッチじゃないの。」
サンドイッチ大好きなわたしは感動してアメリに言った。
「そうさ。これもおそらくこの世界でこれだけだぜ。ほれホノカ。リオが恨めしそうにこっちを向いているから食べさせてやりな。スープはカップに注いだからこれも飲ませてやりな。」
「分かった。」
わたしはサンドイッチとカップを持ってリオの所に行った。
「ほらリオ、あーんして。」
「う、うん?あーん。」
訳も分からずに大口を開けているリオの口にサンドウィッチを少しちぎってほおりこんだ。
「え!なにこれ!パンかと思ったら肉じゃないの。」
「肉だけじゃないよ。チーズに卵、野菜も入ってるよ。はい。左手を出して。」
そう言って今度は手に渡した。
「これは良いね。釣りをしながらでも食べられるじゃないの。」
「そうさ。これはサンドイッチと言って、元々はギャンブルしながらでも食事ができるようにサンドイッチと言う人が考え出した物なんだぜ。ギャンブルしながら片手でも食えるようにパンに肉やら野菜やら挟んであるんだぜ。」
リオにサンドイッチの由来を一号が話していたが、その話はわたしも知っている。
「うん。その話、わたしも知ってるけど、この肉と野菜に塗ってあるたっぷりのマヨネーズはどうしたの?」
「よく聞いてくれたホノカ。もちろんオレの手作りだぜ。酢も卵もこの世界にはあったから簡単に作れたよ。」
「そっか。酢と卵で作れるってわたしも聞いた事あるわ。もちろん作った事ないけど。」
簡単だと言ってるけど完成までいろいろと試行錯誤したんだろうな。調味料一つとっても全部自分で一から作らないといけないなんてやはり異世界は大変だなと改めてわたしは実感した。
「じゃあこのレタス見たいな野菜はどうしたの?」
「あ、これはもちろんレタスじゃないけど、味と食感が似ている野菜を市場で見つけて買い占めたのさ。オレのアイテムボックスの中に売るほどあるぜ。」
「わたし、レタス大好き。他の日も出して。」
「もちろん良いぜ。元々船の上では新鮮な野菜が不足がちになるからどんどん出そうと思ってたからね。」
「わたしはパンと肉だけで良いな。」
「野菜にはビタミンと言って体に必要な栄養がいっぱい入っているから食べないとダメだぞ。新鮮な野菜が食べれない船乗りの人達は病気になるんだぞ。」
野菜はいらないと言ったリオに一号先生は野菜は大事だと諭した。
「え!そうだったのか。それでみんな病気になったんだな。」
わたし達の話を聞いていたイサキが物騒な事を言い出した。
「え!その話詳しく聞かせてくれ。」
一号でなくても聞きたくなる物騒な話だ。イサキによると航海が長引いて来ると調子の悪い者が続出して酷い人は寝込んでしまうと言う事だった。これは間違いなくビタミンC不足だろう。
「うーん。やはり野菜が不足する船の上ではそうなるのか。オレが野菜をいっぱい出すから後で船の人達にあげてくれ。イサキ。」
「分かった。でも長い航海ですぐにしなびるんじゃないの?」
「保存できるように漬物も作ってきたんだ。後から新鮮な野菜を出してもどこから出したってなるからね。」
「え!漬物?」
「もちろん。オレ様オリジナルの物さ。白菜に似た野菜もナスビに似た野菜も見つけてたからね。」
わたしが漬物にビックリしているとやはりこれも一号手作りであった。この人の食に対する探究心はどこまで深いんだろう。
「あ!なんか竿がギュンギュンしなるんだけど!」
ほっこりした空気を切り裂くようにイサキが大きな声を出した。どうやら釣れたらしかった。
「落ち着けイサキ!まずは竿をあおって合わせるんだ!」
「分かった!」
一号に言われてイサキは大きく竿をあおった。針が魚にがっちりと食い込んだみたいでイサキの持つ竿はさらに大きくしなった。どうやら大物らしかった。
「で?どうすりゃいいんだ?」
「とりあえずは竿を立てて、魚が疲れるまで耐えろ。」
「おう!なんかじーじーなってるんだけど?」
イサキが竿を立てるとなんと一号手製のリールはドラッグ機能まで付いてるらしくじーじーなりながら糸がどんどん出て行った。
「これはドラッグと言って、こうやって糸が少しずつ出て行く事によって簡単に切れないようにする機能だ。だから糸が簡単には切れないようになってるから安心して頑張れ。」
「わ、わかったけど、これ私一人で釣り上げんとダメなの?」
「当たり前だ。釣りは人と魚の一対一の真剣勝負なんだぜ。イサキは勝負の時は相手が一人だったら助太刀は頼まないだろ?」
「お、おう!」
そうか。真剣勝負だから一号は釣りに拘るのか。そう言えば昔の武士は武者修行の一つとして釣りをしていたと聞いた事あるわ。
「オレが横でアドバイスするからイサキはとりあえず頑張れ。耐えろ!」
「おう!」
時間にして5分ぐらいだろうか。魚と格闘していたイサキが再び声をあげた。
「ア、アメリ!糸巻きにもう糸が無くなって来たんだけど!」
「よし!糸を巻け!」
「お、おう!」
イサキが必死に糸を巻こうとするがよほどの大物らしく簡単には巻けそうにもなかった。
「ア、アメリ!ぜんぜん巻けないんだけど!」
「ただ巻いても巻けないぜ!竿を使うんだ!こうやって思いっきり竿をあおってみろ!そして反動で竿が前に倒れる時に巻くんだ!」
一号はイサキの前で実演してみせた。
「あ!巻ける!」
「後はこれを繰り返すんだ!」
イサキの釣った魚は大物らしくちょっとやそっとでは釣り上げるのは無理みたいだった。釣り上げるまでは見たかったけど、これはイサキ、アメリチームとわたし、リオチームの真剣勝負でもあるんだ。わたしはリオの所に戻り、釣りをしているリオにサンドイッチやスープを渡してお世話する事に専念した。
「はい!終了!」
サオリの掛け声にもう一時間たったのか。早いなと思いながらわたしは糸を巻いて釣りを止めた。
驚いたことにイサキはまだ魚と格闘していた。よほどの大物に違いなかった。
「これはどうなるんだ?」
釣ったけど時間切れで釣り上げていない。アメリがその事を審判のサオリに説明を求めた。
「うん。時間前に釣ったからもちろん有効だよ。」
「おい。聞いたか。イサキ。有効だってよ。よかったな。頑張れ!」
「うん。頑張る。あ!姿が見えてきた!」
イサキの言う通りとんでもない大物の陰が海面に見えた。で、でかい。
「よし!もう一息だ!空気を吸わせろ!」
「おう!」
一号の言ってる事を分かりやすく言うと海面まで引き上げろと言う事だった。
「で、でかい!」
リオの言う通りとんでもなくでかいカジキマグロみたいな魚だった。ゆうに2メートルはあるだろうと思われた。
「よし!船に近づけろ!後はオレ達でなんとかするから!」
そう言って一号はアイテムボックスから竿より長い棒を取り出した。どうやら形状からしてギャフみたいだったがそれにしても長かった。
悪戦苦闘の末にイサキは何とか魚を船に近づけた。
「えい!」
気合いと共に一号はギャフを魚に突き刺した。突然刺されたものだから魚は大暴れした。
「元気が良いな!サンダー!」
「ぎゃー!」
いつの間に呪文を唱えていたのだろうか。一号はギャフに電気を流した。これには堪らず、さすがの大物も腹を上にして浮かんでいた。感電したのはイサキもだったみたいで悶絶していた。なるほど釣り糸も超電導だから感電したのか。
「よし!みんな引き上げるぞ!手伝ってくれ!」
ギャフには丈夫なロープが付いていて、わたし達はロープとギャフをイサキ以外の4人で協力して船上に引き上げた。それにしてもでかい。これは普通ならクレーンでもないと引き上げれないような重さだと思われたが、さすがはA級冒険者3人だ。人間の能力をとうに凌駕している。少々手こずったがあげてしまった。
「どうだ!オレ達の勝ちだ!」
使い物にならなくなっているイサキに代わって一号がどや顔で勝利宣言した。
「なに言ってんの。あんた達の負けよ。」
それに対して審判のサオリはシラーと負けを伝えた。
「なにー!さっき有効だと言ったじゃないか!」
当然納得しない一号は猛抗議した。わたしも一号達の勝ちで良いと思うけどこれは勝負だから仕方ない。下手に同情したらまた借金を背負わされる。
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