第328話 釣りバトル2
「もしかして取り込みの事を考えてる?」
アメリの問いにわたしは無言で大きくうなずいた。
「任せなさい!ここからはオレの仕事だぜ。ホノカは逃げられないように気を張ってて。」
そう言いながらアメリは巨大なギャフをアイテムボックスから取り出した。
「よし!もうひと踏ん張りだ!船に寄せて!」
「おう!」
あれだけ暴れた魚も今は大人しかった。重いがなんとか船まで寄せられた。
「そりゃ!」
ギャフをどてっぱらに引っかけられた魚は大暴れをした。そりゃそうだよね。あんなもので引っかけられたら痛いよね。
「暴れるんじゃないよ!サンダー!」
なんとアメリは魔法まで使って魚を大人しくさせた。大人しいと言うよりもう死んでるよね。これは。
「よし!大人しくなったな。けど、ちょっと重いな。アーリン。手伝って。」
「はい。」
二人は一メートルはあろうかと言う巨大な魚を軽々と甲板まで引き上げた。
「マグル、日本で言う所のマグロだな。軽く一メートルはあるな。よくやった。ホノカ。」
アメリはマグルの大きさを測るとすぐにアイテムボックスにしまった。魚は鮮度が大事だからね。夏の日向に置いておくのは良くないよね。
「ところでリオさんにも大物が釣れてたみたいだったけど。どれ?」
「これ。」
リオがバツが悪そうな顔でアメリに差し出した魚は50センチぐらいのマグルだった。日本ならこれでも十分に大物だと言えそうだけど、いかんせんわたしのマグルと比べたらねえ。
「これ?あれだけ大騒ぎして、これ?」
「いや、大騒ぎはしたおぼえないけど。」
「これはもう勝負は決したね。かたや一メートル越えの本マグル。こっちはなにこれ?メダカ?」
アメリがリオを挑発し始めた。
「メダカって何だよ?メダカが何か分からないけど、悪口を言ってるのは間違いなさそうね。まだ勝負は始まったばかりじゃないの。」
「メダカってのはこんな小さい魚だよ。」
そう言ってアメリは人差し指と親指でメダカの大きさを示した。
「なにー!アメリ、あんた目が悪いんじゃないの?これがこんな小さく見えるの?」
「いやいや、実際に見えるかどうかじゃなくて小さい魚の代名詞なんだよ、メダカは。」
「それだけ私の魚は小さいって事?なんか知らんけど頭に来たわ。」
いやいや、気づくの遅いよ。異世界人とのコミュニケーションは大変だな。
「とにかく勝負はまだ始まったばかりなんだから勝利宣言は早いわよ。ホノカ!」
なぜかアメリの挑発がわたしに飛び火しちゃった。わたし、何にも言ってないんですけど。
リオは釣った魚をアメリに投げ渡すと、あわててルアーを海に投げ込んだ。
「おいおい。いくらメダカと言えど、大切な食糧なんだから丁寧に扱えよ。」
いつの間にかアイテムボックスからテーブルを出していたアメリはその上でリオの魚を調理し始めた。プロの板前さん並みの見事な手つきでリオの決して小さくはない魚を捌いて行った。あっという間に魚を三枚におろすとそれを切り分けて行ったが刺身ではないみたいだった。なぜならコンロとフライパンもテーブルの上にあったからだ。
「あらー。良い匂いね。今日の料理は刺身じゃないみたいだけど。」
サオリも刺身にするのかと思っていたみたいだった。
「うん。刺身も良いけど、リオやアーリン達王国人には焼き魚やステーキの方が口に合うかと思ってさ。マグルのステーキを作ろうと思うんだ。」
「そうね。油の乗ったマグルは肉みたいな美味しさがあるよね。」
どうやらサオリはマグルステーキを食べた事があるみたいだけど、わたしは初めてだ。なんか美味しそう。朝から何も食べてないからちょうどお腹もすいてたんだ。これは楽しみ。
なんと驚く事にアメリはバターに醤油まで用意していたみたいでこの二つがフライパンの中で焦げて香ばしいいい香りを発していたのだった。二つ並んだフライパンにマグルの切り身を乗せると蓋をした。相変わらず見事なお手並みだ。魚を焼いている間に今度はテーブルに皿を並べ始めた。さらにコップを並べたと思ったらそれに白い液体を注ぎ始めた。
「え!それってもしかしてミルクなの?」
まさか異世界でミルクが飲めるとは思わなかったので思わず聞いてみた。
「おうよ。乳製品はこちらの世界でもあるからね。搾りたてで加熱してないからビックリするほど美味いぞ。」
「え!それは楽しみ。」
わたしは日本にいた時に、北海道旅行で飲んだ加熱してない生ミルクの美味しさを思い出した。まるで生クリームみたいなこくと美味しさがあったんだよね。ミルクって加熱殺菌しないといけないけど、本当に新鮮だと生でも飲めるんだよね。アメリのアイテムボックスの中にあったから本当に新鮮なんだろうな。まさにアメリさまさまだな。
「よし!できたぞ!今朝はリオさんの釣ったマグルをリオやアーリンの口にも合うようにステーキにしてみました。飲み物は冷たいミルクも用意しましたので、こちらの大皿のパンとサラダを各自自由に取って一緒に食べてください。それではいただきます!」
「「いただきます!」」
「ちょっと!いただきますじゃないわよ。私とホノカはどうやって食べるのよ?」
リオが抗議したけど、わたしも同じ考えだ。わたしだって腹ペコだ。
「うるさいなー。勝負を見ながらのお食事は最高なんだから、プレイヤーは文句言わずに黙って勝負してろよ。と言うのは冗談で二人のために別の料理も作ったぜ。ほれ、手を出しな。」
なんとアメリは、手の離せないわたしとリオのためにサンドイッチまで作ってくれていた。
「なにこれ?パンの間にお魚の肉が挟んであるんだ。お魚の肉にかかってるソースがパンに染みててパンも美味しい。それに何といっても片手で食べられるのが良いよね。これなら釣りしながらでも食べられるわ。」
おそらくサンドイッチを初めて食べたであろうリオは感激していた。
「喜んでもらえてうれしいぜ。サンドイッチて言うんだ。ホノカは知ってるだろうけど。カードゲームしながらでも食べられるように考え出された料理だから、釣りでもいけるだろ?リオ。」
「うん。いける。いける。サンドイッチ食べたら喉が詰まってミルクも飲みたくなったわ。アメリ。ミルク。」
「ちょっと待て!今のリオとオレは敵同士なんだから味方のサオリかアーリンにでももらいな。オレはホノカにサービスするから。」
そう言ってアメリはわたしに冷たいミルクがたっぷりと入ったコップを渡してくれた。
恐る恐る飲んでみると美味い。北海道で飲んだあの味だ。こくがあって甘さまで感じられる。
「美味―い!ありがとう。アメリ。サンドイッチもそうだけど異世界にまで来てこんな美味しい物がたべられるなんて。わたし感動しちゃった。」
「どういたしまして。え!ホノカ、泣いてんの?」
「うん。ありがとう。」
「少なくとも食べ物に関しては、不自由はさせないぜ。他に食べたい物あったら言ってくれ。頑張って再現してみせるから。」
「うん。ラーメン。」
「ラーメンかぁ。ハードル高いな。小麦粉もあるし素人ラーメンならできると思うけど、お店で出すレベルの物はちょっと難しいな。ちなみにどんな味のラーメン?」
「うん。醤油味のオーソドックスなやつ。」
「ちょっとホノカ。何が醤油ラーメンよ。アメリが困ってるじゃないの。贅沢はよしなさい。でもうどんなら良いよね?アメリ。」
「うどんか。サオリ。イサキのおかげで醤油も手に入っているからなんとかできそうだけど。これもお店レベルとなると素人のオレには難しいぜ。」
「良いのよ。贅沢は言わないわ。わたしはアメリの作ったうどんが食べたいだけだから。」
「あ、サオリったらその言い方ずるい。わたしだってアメリの作るラーメンならなんでも良いわよ。」
「よし!わかった!パスタは普通に手に入るから、今度どっちも挑戦してみるよ。」
え?もしかしてパスタの麺でラーメンやうどんを作ろうとしてるの。パスタのラーメンはともかくパスタのうどんはあまり食べたくないんですけど。でもアメリの事だから何か工夫をしてそのままパスタを使う事は無いよね。いずれにせよ。楽しみだわ。わたしは麺が大好きな麺食いなんだから。
お食事の後はリオの竿にもわたしのにもしばらく沈黙が続いた。そりゃそうだよね。いくら異世界でも大物がそう簡単にばんばん釣れるわけないよね。釣りは厳しいんだもん。釣りは忍耐だ。でも釣れなくてもいいの。このまま二人とも釣れなければわたしの逃げ切り勝だわ。これで少しは借金を返せるわ。
「おっしゃー!きたぞ!」
わたしの目論見はリオの気合いのヒットで潰されてしまった。くそー。
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