第318話 ホノカの長い一日
初めまして。わたしは井上穂香です。年は16歳。高1でした。高1でしたと言うのは、どうやらわたしは高校とかどうでも良くなってしまうような大変な事態に巻き込まれてしまったようなんです。平凡な女子高生のわたしがとんでもない事に巻き込まれてしまったわけですが、その事の顛末をわたし自身の口で語らせていただきます。
わたしは自分で言うのもなんだけど少し変な女子高生だったの。あまり勉強しなくても勉強のできたわたしは県下でも有数の進学校に通っていたんだけど、そこはそう言った秀才達の集まる所で当然授業のレベルもわたしの理解できないほど高く難しいの。特に数学がちんぷんかんぷんだったわ。早々と落ちこぼれたわたしはいつしか勉強以外の事に感心を持つようになったわ。普通はそこでおしゃれとか男の子に興味を持つよね。でも少し変な女子高生のわたしはそんな事よりも異世界に興味を持ってしまったの。本も漫画も片っ端から読んだわ。異世界ものの何が良いってある日突然人生がリセットされるのよ。辛くてつまらない人生が希望溢れる人生にね。こんなわたしを現実逃避と言って笑ってくださいよ。
そんなわたしだから木の上に登っていたのよ。なんで木の上に登るかって、そこに木があったからよ。調子に乗っていつもよりも高い所まで登ったら木が折れちゃったの。あー落ちるって思っていたら目の前が真っ暗になったわ。
目を覚ましたら知らない森の中だったの。病院じゃなくて森の中よ。これはどういう事?夢?夢じゃなかったら気を失っている間にどこかに運ばれたの?
わたしはまず自分の体を調べたわ。高い所から落ちたはずなのになんともなかったわ。やっぱり夢?
まあ良いわ。無事だったのは良い事よ。次はここがどこかと言う事ね。わたしはまず周りの木に注目したけど。見た事もない木が生えそろっていたわ。いやそれどころか草も花も見た事ないわ。外国?外国に拉致されたの?外国でもなんでも良いわ。とりあえず分かっているのは、ここは森の中だと言う事よ。森の中は危険すぎるわ。わたしは木の棒を拾ったわ。たいした武器じゃないのは分かっているけど、ヘビぐらいは追っ払いたいからね。森の出口を求めて獣道らしき道を歩き回ったわ。
歩く事一時間くらいかしら、わたしはようやく人の通る街道らしきものを森の中で見つけたの。助かった。この道を歩いていればいつか人に会える。そう思ってその街道を歩き続けたの。
「クエー!」
何かの鳴き声で前を注視すると、道の向こうに何か人みたい物が見えたの。
「助けて!」
わたしは叫びながら走り出した。
「ぎゃー!」
走りながら近づくとやがてそれが人で無い事が分かったわ。わたしは今度は悲鳴をあげて引き返したわ。だって人に見えたのは人でなくて小鬼だったのよ。走りながら振り返るとその小鬼が追って来るのが見えたわ。
「た、助けて!」
助けを求めても誰もいなかった。こうなったら振り切るしかないわ。必死に走るとわたしのほうが速いみたいで徐々に引き離せたけど、小鬼はしつこかったの。走っても、走っても後を付けてくるの。このままじゃわたしがいつかばてたら追いつかれるわ。一か八か森の中に逃げ込もうかとも思ったけど、どう考えても小鬼の方が森の中を速く走れそうだからだめよ。
もうだめかとあきらめかけた時に向こうからやってくる馬車の一団が見えたわ。
「助けて!」
力の限り叫んだら、馬車の一団の中にいた騎馬が一頭駆けつけてくれたわ。
騎馬の人が何か言っているけど、まったくわからなかった。
「助けてください。」
言葉が解らなくてもわたしが言えるのは助けを求める言葉だけだった。
騎馬の人はあっという間に小鬼を斬り伏せたわ。
わたし、助かったのね。わたしはへなへなとその場にしゃがみこんだ。
「おい!しっかりしろ!」(王国語)
騎馬の人は馬を降りて、わたしを立たせると馬車の所に連れてきてくれた。
騎馬の人が声を掛けると中から貫禄たっぷりの人が出てきた。
何やら乗れと言っているみたいだった。わたしはその人に手を引かれて馬車に乗り込んだ。馬車に乗り込んだところで違和感に気付いた。中には若い男女が数人座っていたけど、その人達は皆縛られていたのだ。やばいと思って馬車を出ようとしたけど遅かった。わたしの力ではその手を振り切る事はできなかった。わたしも問答無用で縛られてしまったのだった。
え?なに?どういう事?助かったんじゃなかったんだ。今度は馬車の中に拉致されてしまったみたいだった。
「あなた達はどうしたの?わたしはどうなるの?」
放り投げられたわたしの隣に座っていた女の人に聞いたけど、やはり言葉が通じてなかった。
何かの捕虜とかそう言う感じではなさそうだった。わたしを放り投げた男の服装にくらべて粗末な服装でしかも裸足。それに揃いも揃って絶望に包まれたような表情。これはもしかして人さらい?もしかしてわたしもどこかに売られるの?
「助けてください!縄を解いてください!」
ダメもとでもう一人の縛られていない男に訴えた。
「黙れ!」(王国語)
言葉はわからなかったけど、しゃべるなと一喝されたのは雰囲気でわかった。訴えても無駄である事を理解したわたしはとりあえずは大人しくする事にした。
それからどれくらいたったのであろうか、わたしは馬車の止まる振動で目を覚ました。泣き疲れたわたしはいつの間にか寝てしまっていたみたいだった。
外が騒がしかった。金属のぶつかり合う音に飛び交う怒声。馬車の中から外はうかがえないけど、これはもしかしてこの馬車は襲われている?逃げ出すチャンスかもしれない。わたしはそばに有った毛布を被って機会をうかがう事にした。
しばらくして静かになったわ。襲った方が勝ったのか襲われた方が勝ったのか分からないけど戦闘は終わったみたいだった。
入り口の幕を開けて中に乗り込んできた一団が、被った毛布の隙間から見えた。親方らしき人物と何か交渉をしているみたいだった。わたしの端にいた、縛られた若い男を立たせて何か言い合っていた。これは良く分らないが危険な予感がした。わたしは毛布をさらに深くかぶって恐怖に震えていた。
ところがあろうことかその毛布をひったくられてしまった。
「あ!」
一人の若い女がわたしに駆け寄って来た。
「こんにちは!初めまして!」
「え!日本語?日本人なの?わたし助かったの?」
突然の日本語でここがどこであろうとわたしは助かったと直感した。
「質問が多いね。質問は一回に一個ね。ていうか。挨拶されたら挨拶を返そうね。」
「え!あなたも日本語しゃべられるの?ごめんなさい。こ、こんにちは。」
「ああ。こんな顔しているけどオレも半分日本人なんだ。」
なんか白人の子に日本語で絡まれたけど、半分日本人て、ハーフなのかな。
最初の子の話によると、やはりわたしは奴隷として売られる所だったみたいで、白人の子が買い戻してくれたみたいだった。彼女がロープを切ってくれた。
「あ、ありがとうございます。」
これでとりあえずは助かったと思うとわたしはお礼を言うなり泣き崩れてしまった。
わたしを買った白人の子はアメリと言って16歳で同い年だった。日本人ぽい子はサオリと言って同い年だった。アメリとサオリと手を合わせているとリオとアーリンと言う白人の子にもうひとりのアメリと名乗る子も手を合わせてきた。
なんかよく分からないけどわたしは彼女らの仲間になったみたいだった。白人の子達の話す言葉はアメリとサオリが通訳してくれてわたしは自分の身に起きた事をみんなにぽつりぽつりと話していたら少し落ち着いてきた。それでかねてからの疑問を聞いてみる事にした。
「それでここはどこなんですか?いや、どこなの?」
「ここはいわゆる異世界なんだ。」
アメリがとんでもない事を言った。
異世界?日本では無い事はうすうす気づいていたけど、異世界か。異世界ってあの剣と魔法の世界だよね。
やったわ。異世界にあこがれて異世界ものの小説や漫画を読み漁ったわたしはついに異世界に転移したのよ。これは神の思し召しに違いないわ。
わたしが密かにガッツポーズをしていると、
「え?あんまりショックを受けてないみたいだけど。」
「ええ。わたし、異世界には一度でいいから行ってみたいなあと思ってたんだ。だって異世界転移でしょ。わくわくするじゃん。」
「や、そんなに楽しい事じゃないと思うけど、異世界転移は。」
アメリにたしなめられてしまった。そうだよね。ここは浮かれる所じゃないよね。少しは場の雰囲気と言う物を読まないとね。反省。反省。わたしはふりだけでもしんみりとする事にした。
しんみりして話を聞いていたんだけど、彼女たちがA級冒険者と聞いたら止まらないわ。
「A級冒険者来たー!やったー!」
また叫んでしまった。異世界に独りぼっちで放り出されて生きていけるはずはないわ。異世界転移のパターンとして、必ずわたしを助けてくれるナビゲーターがいると思ってたんだ。そのナビゲーターのアメリ達がA級冒険者だなんて出来過ぎじゃない。もうわたしの異世界ライフは栄光の未来を約束されたも同然じゃないの。
「やっぱり異世界って言ったら冒険者でしょ。冒険者にはあこがれてたんだー。わたし、異世界転移物大好きだったんだ。」
わたしは調子に乗ってわたしがいかに異世界にあこがれていたかいろいろと熱く語ってしまった。おかげでサオリには異世界オタクとあだ名をつけられてしまった。
*
「そろそろ馬車に戻ろうか。」
アメリ達は馬車を他所において助太刀に来たと言う事だった。それで馬車に戻って、旅の再開って事だった。
「ねえ。馬車の定員って御者に助手と中に4人の全員で6人よね。」
サオリが唐突に言い出したけど、今のわたし達の人数ってアメリ、サオリ、リオ、アーリン、アメリもどきの5人にわたしを入れて6人。運転する御者を数えると7人で6人の定員の馬車で一人定員オーバーって事よね。
「申し訳ない。わたし、歩いてついて行くよ。」
空気を読んだわたしが歩いて行く事を提案すると、
「歩き?歩いて行ったらゆうに3か月はかかっちゃうよ。まあ、オレに考えがあるよ。2号。」
2号とアメリに呼ばれたアメリそっくりの少女が大きくうなずいて前に出てきた。
「誰が2号じゃ。ようやくわたしが活躍するときが来たのよ。」
そう言って何やら呪文らしき物を唱え始めた。
「え!」
あろうことか今までアメリと呼ばれていた少女がただの板切れに姿を変えて2号と呼ばれた少女の手の内に収まった。
「え?もしかして式神?式神なの?」
「話が早いわね。式神を知ってるのね。そうよ。今までわたし達を偉そうに仕切ってたのは実はわたしの式神なの。」
2号がどや顔でわたしの問いに答えてきた。
「え!凄い!式神だなんてチートじゃないの!チートすぎる!あれ?でもなんで2号なの?普通は式神の方が2号じゃないの?」
「それは・・・」
「それはね。こいつらは二重人格の変態なの。元々は今引っ込んだアメリ一人だったんだけど、いろいろあってこの2号と人格分裂しちゃったのね。それでこいつらの凄い所はそれを生かして式神の術を習得したことね。どうやらここにいる2号が主人格らしいんだけど、わたし達にしたら元々いたアメリの方がアメリでしょ。だからこっちは2号と呼んでるの。」
2号が何か言いかけたのを遮ってサオリが答えてくれた。
「そうなのよ。失礼な話でしょ。わたしが真のアメリなのにね。」
やれやれと言った感じで2号は言った。2号の方は1号と違ってどこかおっとりとした控えめな感じの少女だった。
「それで消えたアメリ1号はどこに行ったの?」
「わたしの頭の中で眠ってるよ。この体は本来わたしの物だからね。」
「うん。それで2号がピンチの時にスーパーアメリになって復活するのよね。」
2号とサオリの話を聞いているとさっき消えたアメリこそこの世界を救う偉大なヒーローいやヒロインだと思えてきた。それでみんな式神に従っているんだと思った。
「じゃあ、ホノカはこれを被って。」
そう言って2号が黒いベールを渡してきた。
「それとこれを着て。」
「え!この服は?」
「そうよ。コメリちゃんと同じ服よ。大丈夫よ。まだ使ってない新品だから。」
「そうじゃなくて、今どこから出したの?」
「どこってここからよ。あ、わたしとコメリちゃんはアイテムボックスのスキルを持っているんだ。便利よ。入れて欲しい物があったら、言ってね。」
そう言って2号は何もない所からどんどん物を出し始めた。なにこれまたチートなスキルが出てきたじゃないの。
「よかった。わたしと背格好が同じくらいで、これでホノカもわたしの式神よ。」
そう。わたしは2号と同じ格好、いやコメリちゃんと同じ格好をさせられた。ご丁寧にベールまで被って顔を隠しているからどこから見てもコメリちゃんだった。
「でもいくら顔を隠して同じ格好をしてもさすがにしゃべるとボロが出るよね。よし!助手席の特等席はアーリンと交代ね。」
「はい。分かりました2号さん。ちょうど外の空気を吸いたいなあと思っていた所ですから良かったです。」
雨風がもろに当たり、しかも外の索敵もしなければならない御者の隣の助手席はコメリちゃんがずっと座っていたらしい。御者の横となるとさすがにコメリちゃんのふりをするのは無理だと言う事でアーリンと代わったわけだが、アーリンが良かったと言っているのはもちろん強がりだった。
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