第三話 卑怯撃ち
次の日、オレは図書館には行かずに、最初からグレイグ家を訪ねた。グレイグは所用で留守だったが、メアリーがオレを待っていてくれた。
オレは二本の竹でできた剣をメアリーに渡した。
「自分で作ったんですけど、練習用にどうですか?」
「あっ。これは良いわね。ケガを恐れずに思いっきり叩けるわ。」
所謂、竹刀である。いくら、ヒールの魔法で回復できるとは言え、木剣で叩かれればその痛さは地獄であり、下手すれば命に関わる。オレは痛いのが苦手なんである。
さっそく、竹刀で稽古を開始した。当たっても死なない安心感からかメアリーの手加減なしの攻撃がオレを襲った。死にはしなかったが、気絶をした。メアリーのヒールで目を覚ましたオレは軽く後悔した。木剣の方が手加減してくれた分、それほど痛くなかったような気が。それでも、A級冒険者の本気の剣をその身で体験できたのだから良しとしよう。
三回気絶させられ、目覚めさせられたところで今日の剣の稽古は終わった。
剣の稽古が終われば、一休みしてから、魔法の稽古である。この世界でも魔法を使える者は貴重であった。しかも剣士としても一流であるメアリーはまさに超一流の冒険者ということだった。オレはそんな超一流の師匠の弟子で幸せだった?稽古が始まるまでは。オレがファイアーボールを使える事がわかると、メアリーは魔法での立会稽古をオレにさせた。さすがに町中で魔法を飛ばし合うわけにもいかず、町はずれの空き地でオレ達は対戦した。
独学で魔法を学んでいたオレは少々魔法には自信があった。勝てはしないだろうけど、メアリーに一泡吹かせてやろうと、虎視眈々と狙っていた。しかし、そんなオレの思惑は開始早々破れた。
オレがファイアーボールを撃とうと呪文を唱える前に、メアリーのファイアーボールがオレを襲った。油断していたオレはファイアーボールをまともにくらった。オレは目の前が真っ赤になるのと同時に気絶させられた。オレは再びメアリーのヒールで目を覚ました。
「アメリ。大丈夫?」
「うん。大丈夫じゃない。」
「大丈夫みたいね。」
「え?大丈夫じゃないって言ったのに?」
「本当に大丈夫じゃないときは絶対に大丈夫って言うでしょう、あんたの性格なら。」
「まあ、そうですけど。それより、どうして、呪文も唱えずに魔法を撃てたんですか?」
「え?呪文は唱えてたわよ。」
「うそ。試合開始と同時にファイアーボールが来ましたけど。」
「ああ。それね。試合開始前から唱えてたの、心の中でね。」
「え。ずるい。」
「ずるくなんかないわよ。あなた、魔物や盗賊相手にもずるいと言うの?魔物や盗賊が試合開始の合図まで待ってくれると思ってるわけ?」
「いえ。」
子供の弟子相手にずいぶんときたない大人げない攻撃であるが、オレは感心した。魔法の弱点は発動まで時間がかかる所にあるが、見事にそれを克服した攻撃だ。
オレは感心し終わると、心の中で呪文を唱えた。あとはファイアーボールと唱えれば魔法が発動する。
「じゃあ、からだは大丈夫みたいだから、もう一本・・・・。わっ!」
オレは試合開始の合図を待たずにファイアーボールを撃った。
オレのファイアーボールは卑怯にも後ろからメアリーを襲った。メアリーは後ろからの攻撃を受けて倒れ・・・・はしなかった。
オレの渾身のファイアーボールは振り向きざまに片手で払われた。簡単に。
「い、今のは卑怯、いや良い攻撃だったわよ。魔法の弱点はね。スピードが遅いって事ね。スピードが遅い魔法をいかに相手に当てるかというのが魔法攻撃のキモね。」
と言うなり、メアリはオレに向かって踏み込んだ。
「ファイアーボール!」
至近距離からのファイアーボールはオレに避けれるはずもなく、オレはまた気絶した。
オレが目を覚ますと、メアリーはお茶を淹れていた。
「今日の実戦稽古はもう終わりにしましょう。アメリ。あなたのファイアーボールはなかなか筋が良いわよ。当たったらわたしでも危なかったわ。」
「当たったらですよね。当たらなきゃ意味はないですよ。」
オレが拗ねて言うと。
「そうね。魔法は射程距離も長くて威力もあって、便利だけど、発動まで時間がかかるのと素早い相手には当てるのが難しいって弱点があるわね。その弱点を消していかに攻撃するかが魔法攻撃のキモね。わたしの事前詠唱とアメリの卑怯撃ちは魔法を当てるための工夫として非常に有効ね。」
「ちょっ。卑怯撃ちって?」
「いやいや褒めてるんだから。卑怯は誉め言葉よ。卑怯と逃走が冒険者の生き残るコツとわたしは思うわ。正々堂々と戦って死んだら、元も子もないわよ。どんな卑怯な手を使っても勝つ。勝てないとわかったらさっさと逃亡ね。生き残ることが勝利ね。
ところで、体は大丈夫?痛い所ない?」
「大丈夫じゃないです。体中痛いし、ヒリヒリします。」
「じゃあ、大丈夫ね(笑)。
それにしても、アメリの考えたこの剣は良いわね。思いっきり叩いても死なないから、わたしもいろんな技が出せたわ。」
「いや。軽く三回は三途の川を渡りかけました。」
「三途の川?」
「ああ。わたしの地方の言い伝えで、この世とあの世の境を流れている川の事です。その川を渡るとあの世へ行くというか、死んでしまうってことです。」
「へえ。そんな言い伝えがあるんだ。じゃあ、渡ってしまわないように、もう稽古は止める?」
「いえ。もっと教えてください。ただし、お手柔らかに。」
「ごめんね。わたし、手加減が下手だから。でも、手加減したら逆にこっちが三途の川を渡っちゃうから。」
「本当に手加減が下手ですよ(笑)。」
オレはお茶を飲みながら、この世界の事をいろいろ尋ねた。メアリーはこの世界の常識であろう事でも嫌な顔をせず、いちいち丁寧に説明してくれた。こうして、オレはメアリーとグレイグという二人の素晴らしい師匠によって、強さと教養を身に付けていった。