第295話 アメリちゃん、この頃少し変よ
「ねえ、最近。うちのボス(アメリ)がおかしくない?」
リビングでくつろいでいるわたしにイサキが話しかけてきた。
あ、わたしはサオリさんよ。美少女戦隊一の美女で実力者、裏のリーダーのサオリ様よ。でもアメリがおかしいと言ってもいつもの事だからね。詳しく聞かないと。
「おかしいってどうおかしいの?おかしいのはいつもの事だから何の事だかピンとこないんだけど。」
「うん。何というか女々しいのよ。最近。」
「女々しい?」
「うん。今日もね。」
イサキは今日ダンジョンであった事を話し始めた。イサキ達へっぽこ組はアメリの指導で主に魔法を鍛えているんだけど、最近アメリは妙に憶病で今日なんかピンチの時に逃げ出そうとまでしたと言う事だった。
「ふーん。アメリが逃げ出すなんてよっぽどね。なんか凄い魔物でも出たの?」
「それがただのオークよ。オークにビビっちゃって後ろから魔法を撃つだけならず、逃げ出そうとまでするんだもん。」
「え!オークごときに?」
「そうよ。オークごときによ。」
「うーん。それは由々しき事態ね。そう言われればわたしもちょっと思い当たるふしがあるわ。アメリにちょっと聞きに行こうか?」
「うん。たぶん今は部屋にいると思うから行こう。」
*
「はーい。」
部屋の扉をノックするとアメリの元気な声が聞こえた。
「あー。わたしよ。サオリよ。入るね。」
「どうぞー。」
アメリの許可を得て入ったわたしとイサキは軽い衝撃を受けた。何にって。アメリの部屋によ。だってあの何もなかった殺風景な部屋が女の子らしく可愛らしく飾ってあるんだもん。
「ちょっとアメリ。ベッドの上にいるキラーベアはどうしたの?」
他にも突っ込みどころは満載だったけど、とりあえずは一番目に付く熊から突っ込んでみた。
「嫌だなサオリ。モンスターじゃないよ。テディペアよ。町のおもちゃ屋さんにわざわざ作ってもらった特注品よ。」
「じゃあその隣の黄色いモンスターはもしかしてヒカチュー?」
「良くわかったね。わたしの一番のお気に入りなんだ。」
この世界でもぬいぐるみはあるが、もちろんテディペアもヒカチューもない。きっと無理言って作らせたんだろうな。職人さんも頑張った。
「あ、これはスライムね。かわいい。」
イサキがスライムのぬいぐるみを手に取ったがスライムはこの世界にもいる魔物だからわかりやすい。と言うよりもイサキも案外女の子らしい所があるんだ。意外。
「いったいどうしたの?急にぬいぐるみなんて集め出して。」
「うん。わたし、女に目覚めたんだ。これからはかわいいを目指して行くよ。」
「女に目覚めたって。あんた元々女じゃん。ちょっと待って。あんた誰?」
「え!サオリ、何言ってんの?どっからどう見てもこれはアメリじゃん。」
「違うのよ。イサキ。わたしの知っているアメリと。わたしの知っているアメリは編み物なんかしないわ。ぬいぐるみを集めたりしないわ。部屋をかわいい花で飾ったりしないわ。そんな暇があったら体を鍛えているわ。魔物から逃げ出したりしないわ。どんなピンチでもあきらめずに立ち向かっていくわ。あんたいったい誰なのよ!」
「そ、そんな。わたしは正真正銘アメリよ。」
わたしが強く問い詰めるとなんとアメリは泣き出してしまった。これは絶対におかしい。疑惑が確信に変わった。あの男女のアメリの泣く所なんてわたしは今まで見た事がなかった。どんなに強い魔物に絶体絶命のピンチに追い込まれても泣かなかったあの強いアメリが弱々しい子供のように今泣いているのだ。
「ちょっと泣かないでよ。わたしがイジメてるみたいじゃないの。やっぱりおかしいわ。わたしの知っているアメリは親が死んでも泣かなかった冷血漢よ。」
「えーん。あなたの知っているアメリでも両親が死んだときは泣きましたよ。えーん。」
「あなたが知っているアメリって今言ったわね。じゃあ、あんたはわたしの知らないアメリって事ね。どういう事か詳しく説明してよ。」
「実は信じられないかもしれないけど、今のわたしが本当のアメリなの。」
「「え?」」
「アメリと言う人間はこの体の中に二人いるの。」
泣き虫アメリは自分を指して言った。
「多重人格って事ね。ここにいるイサキを見ているから十分に信じられるよ。」
「ちょっとイサキちゃん2号や3号の事をいっているのね。じゃあアメリはアメリちゃん2号に体を乗っ取られたって事?」
わたしがイサキの方を向いて言うと、イサキは物騒な事を言った。
「アメリちゃん2号ですって。わたしが真のアメリなのよ。今まであなた達の前に出ていたアメリの方が2号だわ。サオリなら知っているでしょ。わたしがスーパーアメリになった経緯を。」
「うん。知っているわ。異世界の男の人の魂と合体したんでしょ。あんたに何度も聞かされてるからね。」
「そう。その合体によって本来のアメリであるわたしは心の奥底に追いやられてしまったのよ。」
「ふーん。じゃあ、やっと心の奥底から出られたんだ。良かったね。それでわたしたちの知っているアメリはどこに行ったのよ。」
「たぶんわたしの代わりに心の奥底で眠っているわ。」
「じゃあ、そのわたし達の知っているアメリと代わってよ。」
「できないの。男にふられたのがよほどショックだったみたいで出てこないわ。」
やっぱりあの気絶した時に人格が入れ替わったのね。でも困ったわ。わたし達の用があるのは今の女アメリじゃないわ。あの男らしい男アメリの方なのよね。
*
「今日の反省事項と明日の連絡事項で何かありますか?」
わたし達は食事を摂りながら反省会と言う名のいつもの女子会を開いていた。司会はいつものようにアメリがやっていた。
「アメリ。あんた最近おかしくない?妙に言葉遣いが丁寧だし、それにその恰好?」
ついに脳筋リオまでがアメリの異変に気付き出してきたか。
「え!この格好に気付いてくれた?どうおしゃれでしょ?」
アメリの返答にみんながざわついた。無理もない。アメリのスカート姿にみんな違和感満々だったのだ。それに対しておしゃれでしょってかわいい少女みたいな事を言うもんだから。
「たしかにおしゃれで似合っているけどさ。あんたスカートなんかはかない人じゃないの?いったいどうしたの?熱でもあるんじゃないの?」
「ひ、酷い。リオ姉さんまでそんな事言うの?わたしがおしゃれしたらだめなの?」
あ、また泣き出しやがった。
「ご、ごめん。おしゃれしても良いよ。」
リオも泣き虫アメリには困っているようだった。ここはアメリとみんなのためにわたしが詳しく説明してやるか。
「あー。実はアメリもイサキみたいに多重人格者だったんだ。」
わたしの一声でみんながざわつき始めた。
「じゃあアメリ本人から説明してもらおうか。」
「はい。サオリさん。みなさん、改めましてわたしが本当のアメリです。」
みんなのざわつきがさらに大きくなった。
「本当のアメリって何よ?イサキみたいって事はあんたアメリちゃん2号って事?アメリ1号はどこに行ったのよ?」
リオの言う事ももっともだ。この世界の人に多重人格者の事を理解させるのは難しい。わかりやすくイサキの例を出したんだけど逆効果だったみたい。本人はリオの迫力ある詰問にまた泣いてるし。仕方ないなあ。またわたしが説明するか。
「もう。リオはアメリをあまり泣かさないで。泣き虫アメリに代わってわたしがみんなに説明するからよく聞いてね。まず、多重人格者って言って、一つの体にいくつもの人格を持った人がいるのよ。わかりやすい例で言えばそこのイサキよ。イサキの場合は式神を使った術だけど、イサキちゃん2号も3号も本当はイサキ自身なのよね。
アメリの場合は、アメリの体の中に二人のアメリがいるのよ。一人はわたし達が良く知っているあの勇猛果敢なアメリよ。そしてもう一人が今目の前で泣いているアメリよ。」
「じゃあ、やっぱりアメリちゃん2号じゃないの。」
「それが厄介な事にねえ、こっちが本体みたいでわたし達の知っている方が実は2号みたいなの。今までいわば2号が無理やり体を乗っ取っていたみたいなの。それで本体が体を取り返した事で用済みとなった2号は心の奥底に追いやられてしまって出てこられないみたいなの。」
「え?じゃああの男らしい私が唯一認めた女戦士のアメリには会えないの?」
「今の所そうみたい。そうだよね。アメリ。」
「う、うん。」
わたしが確認をするとアメリは泣きながらうなずいた。
「この泣き虫アメリを引っ込めさせて私達の2号ちゃんを何とか取り返す方法はないの?サオリ。」
「うーん。こればっかりはアメリ自身の問題だからね。イサキ。まあ一般的にはトラウマになるような強いショックを与えれば良いと言われているけどね。でもさ。このアメリが本来のアメリなら無理に2号を呼び戻さなくても良いんじゃないかとも思うんだよね。」
「えー。私はオークごときに逃げ出すようなアメリはいらないわ。私達のリーダーはそこにいる泣き虫じゃなくて男女の2号ちゃんよ。」
イサキは泣き虫アメリに失望したのかかなり手厳しい。
「私もこんな泣き虫をリーダーとして認めたくないわ。2号が出てこないならリーダーを降りてもらうしかないんじゃないの。サオリ。あんたが新しいリーダーになりなさいよ。」
リオまで厳しい事を言った。しかし美少女戦隊はアメリとわたしで始めたアメリのためのパーティなのよ。アメリがリーダーを降りるなんて考えらえないわ。
「だめよ。美少女戦隊はアメリのパーティなのよ。アメリがリーダーを降りるようなことがあってはいけないわ。2号を何とか復活させるのよ。」
「サオリ。今あんたこのままのアメリで良いって言ってたじゃないの。やっぱりあんたがリーダーになりなさいよ。」
セナまでわたしにリーダーをしろと言う。人望の厚い人間は望まなくてもリーダーにされるんだなとひとりにんまりしていると。
「あのう。」
それまで黙っていたアーリンが手を上げた。
「はい。アーリン。」
「私は前のアメリさんも好きだけど、今のやさしいアメリさんも好きです。今のアメリさんがリーダーにふさわしくないと言うならふさわしくなるようにみんなで鍛えてあげれば良いんじゃないでしょうか。私も含めてみんなアメリさんに強くしてもらったんでしょ。今度は私達が逆にアメリさんを強くしてあげる番じゃないでしょうか。」
「さすがはアーリン。良い事を言うわね。アーリンの言う通りよ。今の泣き虫アメリを2号みたいに強くなるように鍛えれば良いんだわ。」
「今、アメリさんはイサキさん達の特訓のために初心者向けのダンジョンに行ってるんでしょ?そこに私も参加します。私がアメリさんも特訓するわ。今まで、受けた恨み、いや恩を返す時が来たんだわ。」
アーリンの奴、笑いながら今恨みを返すって言ったよね。ちょっとだけ気になるけど泣き虫アメリのお目付け役にアーリンはぴったりだわ。それにアーリンなら得意の幻影魔法でアメリ2号を引っ張り出してくれるかもしれないしね。
「そうね。アーリンをダメダメチームに派遣しましょう。アーリン。お願いするわ。」
「はい。喜んで。」
アーリンは本当に喜んでいるわ。ちょっと人選を誤ったかしら。
「良い?アメリ。明日からアーリンに一から鍛えてもらいなさいよ。」
「は、はい。」
アメリが小さな声で返事をした。泣き虫1号だって魔法もちゃんと使えるみたいだからそんなに心配してないんだけど、アーリンが妙に張り切っているのが心配だわ。
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