第285話 ヒロシ&キョウコ
「イサキ!」
「やあ。みんなも来たんかい。」
オレが声をかけると呑気に返しやがった。
「来たんかいじゃねえよ。どういうことか説明してもらおうじゃないか。」
「ごめん。ごめん。」
イサキが謝りながら説明したが、やっぱりイサキも閉じ込められていたと言う事だった。イサキは脱出を図っていろいろと頑張ったが、見えない結界がこの山をぐるりと取り囲んでいてだめだったと言う事だった。
「やっぱり私達は閉じ込められたのね。どうしよう。」
クロエががたがた震えていた。かってダンジョンに取り込まれそうになった恐怖の過去を思い出したのだろう。
「うーん。どうしようか。とりあえずお茶でも飲んで落ち着こう。イサキはこれを食べて。」
ブラックイーグルに横取りされて食べそこなっていたサンドイッチをイサキに、みんなには熱いお茶をカップに淹れて渡した。
「な、呑気にお茶飲んでる場合なの!」
「まあまあクロエ。焦ったら負けだよ。クロエもイサキも体力と魔力の回復をまず第一に考えないと、この先何があるかわからないからね。二人とも魔法の撃ち過ぎで疲れているだろ。」
「そ、そうね。」
クロエはカップに入ったお茶を一気に飲み干した。ゆっくりくつろげと言っているのにしょうがない奴だな。
「やっと食べられた。美味い。美味すぎる。」
もう一方のイサキもがつがつとむさぼり食っていた。
「イサキ。あわてて食うと消化に悪いよ。」
「だってさっきみたいに横取りされたら困るからね。」
まあ仕方ないか。ここは戦場なんだ。いつでも戦えるように備えとかないといけないか。
*
飯を食ったおかげでイサキとクロエの体力も少しずつ回復してきた。そろそろどうしようかと思っていた時に彼は突然現れた。
「やあ!こんにちは。きれいなお嬢さん達。」
「「「「!」」」」
突然の訪問者の姿にオレ達は一瞬固まってしまった。
「まさか。ワープ?」
もちろんオレは鑑定を使い周りの警戒を怠る事なくしていたんだ。その警戒網を破れるのはサオリのワープしかない。
「お前は誰だ?」
突っ込むべき所はそこじゃないだろうとばかりにエイミーがその男に聞いた。まあ普通そうだよね。空を飛べるオレ達しか来られないような所に突然人が現れたら誰だってそう聞くよね。言葉の分からない異邦人のイサキとクロエは刀と剣を抜いているけど。
「ああ、初めまして俺はヒロシと言う者でただの猟師なんだけど道に迷っていた所に君達に出くわしたって所さ。」
「嘘つけ!ただの猟師が一人でこんな所まで来られるわけないだろ!」
ヒロシと名乗った若者の言葉をエイミーが即座に否定した。突然目の前に現れた能力からしてリリスと同類だろう。オレの鑑定では魔人と出ているけど。そんな事よりも今ヒロシと名乗ったよな。それにこの懐かしい顔立ち。
「あなた日本人ですか?」
オレはあえて日本語で聞いてみた。
「え!日本語?なんで?」
ヒロシは非常に混乱しているようだった。こてこての王国人に見えるオレが突然日本語でしゃべったからか。
「話せば長くなるんですけど、オレは元日本人の転生者。そしてこいつは元日本人の子孫です。」
オレはイサキをヒロシの前に連れてきて説明した。
「やっぱりそうだったのか。そのイサキって子に同胞の匂いを感じ取ってもしかしてと思って、ブラックイーグルを使っておびき寄せた甲斐があった。この世界に転移してきてから初めて日本語でしゃべっているよ。」
ヒロシは泣きながら身の上話を始めた。それによるとヒロシはこの世界には人間としてではなく魔人として転移してきて気が付いたらすでにダンジョンマスターだったと言う事だった。その仕事はここら一帯の山のダンジョンを管理する事で、これは神から与えられた使命だと言う事だった。
「で、そのダンジョンマスターさんは私らをどうしようって言うんですか?まさか取って食おうって言うんじゃないでしょうね。」
オレとヒロシが仲良く談笑しているのが気に食わないみたいでエイミーが聞いてきた。
「うん。まあ正直最初はそう言う気持ちも無かったわけじゃないけど、同胞とわかった以上はもう手は出さないよ。ただしここに住んでいる魔物達だって生きていく権利はあるからね。やられたら抵抗ぐらいはするけど、こちらからはもう攻撃はさせないよ。」
「うーん。そんな事を聞いたらオレ達だって手を出せなくなったなあ。」
「そうですね。アメリさん。もう帰りますか?」
「うん。帰ろうか。エイミー。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。頼みがあるんだ。」
帰ろうと相談していたオレ達をヒロシがあわてて引き留めた。
「キョウコ!来い!」
「はい!」
キョウコと呼ばれた子が突然オレ達の目の前に現れた。
「あー。この子はオレの秘書としての役割を務めていてくれている子なんだが生まれた時からこの山しか知らなくて不憫な子なんだ。一度外の世界と言う者を経験させてやりたくてな。良かったら一緒に連れて行ってくれまいか。」
「そんな魔物を連れて行けるわけないじゃないですか。」
エイミーが反対したがオレ達は既に魔物を連れている。
「エイミー!そんな言い方はやめろ!」
「は?はい!ごめんなさい!」
クロエの事を思い出したのかエイミーがすぐに謝った。
「こいつの言った事は失言です。取り消します。オレからも謝りますからあまり気にしないでください。すみません。オレ達は人間でないとか魔物とかで差別したりしませんから安心して下さい。オレ達のパーティにクロエがいるからキョウコさんの同行を頼んだと思いますが、大事なお子さんいや恋人かな?それを見聞を広めたいとかの理由で普通は外に出したりしませんよね。真意は何ですか?」
「さすがだな。よくオレの恋人だと見破ったな。」
そっちかよ。真意を聞いてんだけど。
「そりゃ分かりますよ。見たところタカシさんは年のころ20台前半て所でしょ。誰も知り合いのいない所に一人放り出されたら真っ先に恋人を作るでしょ?」
「ま、俺も恋したい年頃だからね。仕方ないんだよ。寂しかったんだよ。」
タカシが顔を赤らめて言った。このスケベ野郎め。
「そんな大事なキョウコさんをなんでわざわざ山の外に出すんですか?」
「鍛えて欲しいんだ。」
「え!鍛えてどうするんですか?」
「実は・・・・・・・・・・・・」
タカシの説明によるとダンジョンマスター同士は顔見知りでお互いのダンジョンを攻めたり守ったりする交流戦も何年かに一度開かれると言う事だった。手駒の魔物は普通は固定レベルで成長したりしないがダンジョンマスターのレベルに応じて、人間のように成長する魔物を何体か生み出せると言う事だった。ダンジョンマスターとしては若造のタカシにとって生み出せた成長できる魔物はキョウコ一体であり、それこそ大事に育ててきたが、タカシと同じくらい強くなってしまった現在、育てようがなくて自分に代わって鍛えてくれる強い冒険者を探していたと言う事だった。
「タカシさん自身が外に出ると言う選択肢はないんですか?」
「うん。オレはダンジョンに縛られていて創造主の意志がないと外に出られないんだ。残念ながら。」
タカシの話によるとダンジョンマスターは基本的に自分の作り出したダンジョンから自由に出入りする事が出来ず、唯一出入りできるのは何年かに一回開かれるダンジョン交流戦の時だけだと言う事だった。
「わかりました。良いですよ。キョウコさんはかわいいから。」
「え!そんな理由で!」
エイミーが不満そうな声をあげたが、そう言うエイミーだってルックスで選んだんだぜ。キョウコはオレ好みの黒髪黒目の和風美人さんなんだぜ。採用するに決まっているだろ。
「ただし、今会ったばかりのキョウコさんとヒロシさんを全面的に信用するほどオレもバカじゃありませんよ。保険をかけさせてください。オレの従魔にすると言うのはどうですか?」
従魔にすればマスターであるオレに逆らえなくなるため、飼い主のオレの寝首を掻く事が出来なくなるのだ。
「うん?別にかまわないよ。そこにいるクロエさんだってアメリ、君の従魔なんだろ?」
「よくわかりましたね。」
「ああ、魔物に関しては俺はエキスパートだからね。俺にも魔物なら鑑定する能力があると言う事さ。エイミーちゃんも従魔を連れてないけどティマーだね。君たちは魔物だからって不当に差別することがないみたいだから安心してキョウコを預けられるよ。」
「ところでその交流戦とやらは次いつ開かれるんですか?」
「うん。一年後なんだ。一年間もキョウコに会えないと思うと悲しいよ。」
「私も悲しい。」
ヒロシとキョウコのバカップルは抱き合って泣き始めた。
「大丈夫ですよ。何なら一週間に一日くらいはここに帰させますよ。」
「え!だって君らの拠点は王都キンリーなんじゃないのか?ここからキンリーまで馬車でも丸二日はかかるんじゃないのか?」
「まあオレ達の仲間に瞬間移動のスキルを持った者がいるんですよ。」
「良かった。これからもキョウコに会えるんだ。」
「ヒロシ。」
バカップルがまた抱き合っていた。むかつくから休みの帰省は取りやめてやろうか(笑)。
オレ達はお互いに自己紹介をして歓談をした。ヒロシは自分の家にオレ達4人を招いてもてなしてくれた。ヒロシの家は山の中の木に隠れていて外からは見えなくなっていたが、中は明るくて広く快適だった。食べ物は山の幸中心だったが日本風にアレンジしたものもあって美味かった。楽しい時間はあっという間に過ぎて行った。
*
「じゃあこれから従魔契約を結ぶよ。キョウコお前は今からジュンだ。良い?」
「は、はい。私は今からジュンです。」
「よし!これで契約成立だ!」
「え!たったこれだけで終わりですか?」
「そうだよ。契約解除も簡単だよ(笑)」
何か盛大な儀式でもあるかと思っていたのかキョウコ改めジュンは戸惑っていた。
「まあこれでキョウコはアメリ達の仲間になったわけか。キョウコいやジュンは俺が鍛えた魔法のエキスパートだからアメリ達にとっても大きな戦力になると思うよ。」
どや顔でヒロシが言った。たしかに魔人は魔力がけた違いの魔法のエキスパートだ。だが、
「残念ながらジュンは魔法使えませんよ。」
「「え?」」
「うそだと思うなら何か魔法を撃ってみて。」
「わ、わかりました。ファイアー!」
さすがは魔人だ。魔法を撃つのに詠唱はいらないのか。しかし火の手は全く上がらなかった。
「なんで?どうして?」
ジュンは困惑していた。さもありなん魔人のジュンにとって魔法を撃つと言う事は呼吸をするようにごく当たり前にしてきたことだったのだろう。
「ヒロシさん。ジュンを鑑定してみてください。」
「ん?鑑定?な、なにー!LV1?」
「そうなんですよ。オレの従魔になった時点で能力はリセットされるんですよ。」
「リセットって弱くなったのか!」
よもやのLV1にヒロシもジュンも真っ青になっていた。
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