第283話 豚男
「どうやらこの辺りからオークのテリトリーみたいだな。」
オレは冒険者ギルドでもらったダンジョンの地図を広げながら言った。昨日はゴブリンを狩った後、安全地帯と呼ばれる結界を張ったキャンプ場で一夜を明かした。サオリがいないといちいちダンジョンに泊まらないといけないのが不便だ。ああお風呂に入ってさっぱりしたい。
「オークってどんな魔物?」
「強いの?」
イサキとクロエが質問してきた。どうやらイサキもクロエもオークは初見みたいだった。
「オークって豚男よ。簡単に言うと。」
「「豚男?」」
エイミーが答えたが簡単すぎるだろ。二人とも戸惑っていた。
「うん。豚面の人型魔物でオレ達人類よりずっと大きくて力も強くてゴブリンなんかと比較にもならないほど強いよ。」
オレは補足した。
「え!恐い!」
クロエがちょっとびびっていた。少々の事じゃ死なない半不死身のくせにオークごときを恐がるとは。
「ゴブリンみたいに群れで向って来る事はないと思うから安心して。そうだ。こっからは剣も解禁しよう。二人とも剣は得意だろ?」
「まあね。剣や刀ならアメリにも負けない自信があるよ。」
「わ、私はどっちかと言うと体技のほうが・・・・・」
自信満々のイサキに比べてクロエのほうは弱気だった。オレの従魔になって能力がリセットされてしまったのだから仕方ないか。
「ただし剣や刀は魔法で倒しきれなかった時の保険と言う事であくまでもメインの武器は魔法ね。」
「え?私の無双剣をお披露目するチャンスだと思ったのに。」
やっと活躍できると思っていたイサキが不満を漏らした。せっかくだが今日はそういう段取りではない。あくまでも魔法強化の段取りなんだ。
「そう言うかっこいい事を言うのは初期魔法のファイアーボールとファイアーぐらいは完全にマスターしてから言う事ね。」
「くっ。」
水魔法を操る陰陽師としては超一流なのに、あえてオレ達流の魔法剣士として一から修行を積み直したいと言ったのはイサキ自身なんだから仕方ない。初心者のクロエと一緒に初期魔法をマスターしてもらうしかない。魔法をマスターする最短の方法はやっぱり実戦だ。たぶん二人のへっぽこファイアーやファイアーボールでは、ゴブリンよりもHPの多いオークは魔法一発では倒せないだろう。だからそのフォロー技として剣や刀を解禁したんだ。最初から剣や刀で攻撃しては意味がないんだ。
「そう言うわけで今日もイサキとクロエの二人は火魔法で頑張って。オレとエイミーは後方支援するから。」
「「「おう!」」」
しばらく山道を登った所でオレは木の陰に隠れるオーク二匹を発見した。
「イサキ!前方の大きな木の陰にオーク二匹いるよ!」
「お、おう!」
オレは先頭のイサキに警告を発した。イサキは腰の刀を抜くと走り出した。あわててクロエもイサキの後を追った。
「イサキ!魔法でね!」
「お、おう!」
今にも斬りかからんとする勢いで走り出したイサキをオレは牽制した。魔法の事を思い出したのかイサキは刀を収めた。
「「グオー!」」
雄叫びを上げて二匹のオークが木の影から飛び出した。イサキとクロエはあわてて呪文を唱え始めた。せっかくの先制攻撃のチャンスを自ら潰した愚か者どもの魔法はもちろん当たらない。仕方ないまたエイミーと助っ人だ。
「エイミー!」
「おう!」
待ってましたとばかりに飛び出したエイミーがクロエを襲っていたオークを一刀両断にした。
イサキの方のオークはイサキ自身が得意の居合抜きで仕留めた。
まあ何とかかんとか仕留めたが相変わらずのしどろもどろの戦いだった。これはまた反省会だ。
「ちょっとイサキ。今の敗因は?」
「敗因って?ちゃんと仕留めたじゃないか。」
「すみません。またパニックに。」
不満そうなイサキに反してクロエの方は素直だ。
「まああんな大きな魔物が正面からいきなり襲ってきたら誰だってビビるよね。でも今のはオレが先に警告していたからいきなりじゃなかったよね。先制攻撃のチャンスだったじゃないの。チャンスを生かさないとダメだよ。えーい。仕方ない。また模範演技を見せるか。特別だぞ。エイミー。イサキと代わって先頭に立って。イサキとクロエの二人に美少女戦隊の戦い方と言う物を教えてあげて。」
「おう!待ってました!」
エイミーは腰の剣を抜くと元気に答えた。ようやく活躍の場を与えられてうれしいみたいだった。
そう言うわけでエイミー、オレ、クロエ、イサキの順で山道をまた昇り始めた。
「ストップ!エイミー!前方の岩の後ろに二匹!」
鑑定で誰よりも早く敵を発見したオレはエイミーに警告を発した。
「おう!」
腰に下げた剣を静かに抜いたエイミーはオレの言う事を聞かずに止まることなく歩き続けた。もちろんオーク二匹にはまだ気づかれてない。
「ファイアー!」
「な!いきなりの魔法?呪文は?」
クロエが独り言を言ったが、もちろんエイミーは呪文を既に唱えていたのだった。
「「グオー!」」
火だるまになった二匹のオークが岩を乗り越えて飛び出した。
「そして突きー!突きー!」
とどめはオレの必殺技のパクリだがやるじゃないかエイミー。ま、まあオレなら最初のファイアーでオーク二匹を簡単に仕留めていたけどね。
「な、なんだよ!今のは?」
さすがは達人のイサキだ。今の技の凄さに気付いたみたいだ。
「名付けて。ファイアー二段突きね。」
エイミーが得意げに言った。オレの技をパクったくせに。
「いま。無詠唱だったよね?」
クロエが質問した。エイミーがちらっとオレを見たので大きくうなずいた。
「今のは無詠唱なんかじゃないですよ。アメリさんが居場所を教えてくれたから近づくまでの間にたっぷりと唱えられたからね。」
オレの無言の了承を得たことでエイミーは得意げに説明し始めた。オレの技をパクったくせに。
「でも呪文聞こえなかったけど。」
「うん。心の中で唱えていたから。」
「え?そんな事できるの?」
「うん。簡単ですよ。今度やってみてください。それで魔法の先制攻撃でオーク二匹をパニクらせて機先を制しようと思ったんですけど、うまく当たったのはできすぎでしたね。火だるまにできましたから。」
「間髪入れずに突いた突きが素晴らしかったと思うよ私は。」
さすがは一流剣士のイサキ、今のコンボ技の凄さを分かってるじゃないか。
「ええ。アメリさんのパクリ技なんですけど、魔法と剣技のコンボ技ですね。魔法と剣技を重ねる事で威力を倍加させる火の玉突きの。同時に撃つことが出来たらもっと威力が出せたんですけど、今の場合は仕方ないですね。その分二回続けて突く私のオリジナルを加えましたけど。」
得意満面でエイミーは答えた。オレの技をパクったくせに。ちょっと悔しい。
「エイミーも凄いけど。魔法と剣を重ね合わせる事で威力を増す事を考えたアメリも凄いな。さすがは私達のボスだわ。本家本元のボスの技も見たいな。ね。クロエもそう思うでしょ?」
「うん。そうそう。見たい。見たい」
イサキは人を乗せるのが上手い。技をパクられてちょっと面白くなかったオレはぱっと心が晴れた。
「しかたないなあ。一回だけだぞ。」
そう言うとオレは呪文を唱え始めた。
「あの木に撃つからよく見てて。」
そう言いながらオレは腰の刀を抜くと中段に構えて走り出した。
「ファイアーボール!」
木にぶつかるギリギリで魔法を撃った。もちろんイサキやクロエのとは違って大きさも威力も特大の奴だぜ。
「そして突きー!」
魔法が木に炸裂する瞬間に突きを合わせるのも忘れていないぜ。
ズガーン!バリバリ!ドッスーン!
我ながらタイミングバッチリの会心の一撃だった。大きな音を立てて大木が根元からぽっきりと折れたぜ。
「すげー!さすがはボスだぜ!」(イサキ)
「す、すごい!私のマスターはやっぱり最強だわ。」(クロエ)
「どうだ。初期魔法のただのファイアーボールだって使い方次第でここまで威力を高められるんだぜ。」
二人に褒められたオレは得意満面だった。
「よし!私も火の玉突きをマスターするわ。」(イサキ)
「私もよ。」(クロエ)
二人ともオレの必殺技(火の玉突き)をマスターするとか言ってるけど、君たちは基本のファイアーボールをまずはマスターしないとね。
「こうやって突いてたよね。」(イサキ)
「うん。そうそう。そんな感じ。」(クロエ)
二人で一生懸命に突きを研究しているな。ま、余計な事は言わないでおこうか。二人とも魔法よりも剣の方が得意だからしょぼい魔法の威力を補うには良い技かも知れないしね。
*
「ファイアーボール!そして突きー!」
魔法と突きのタイミングがばらばらのイサキの火の玉突きだったが一発でオークを葬り去る事ができるようになった。主に突きの力でであるが。しょぼい火の玉であるが充分に目くらましになり無防備のオークに必殺の一撃(突き)を急所の喉元に放てたものだった。
「ファイアー!そして突きー!突きー!」
負けじとクロエの方もファイアー突きでオークを葬りさった。こちらは突きの威力がないぶん手数で勝負していた。
「どう?私達の火の玉突きも形になってきたんじゃない?」
イサキが得意満面で聞いてきた。
「うーん。50点て所かな。魔法と突きのタイミングが合えば威力も倍増するよ。」
「そっかー。タイミングか。」
ブツブツ言いながらイサキは突きを繰り出していた。
「まあ、練習あるのみだよ。それよりそろそろ昼飯にしようか?あの草むらで。見通し良いからいきなり襲われる事もないよ。」
「うん。そうだね。エネルギーを補給しないとそろそろ限界だよ。」
「私も。」
イサキもクロエも朝早くから魔法の連発でもう精神的にも肉体的にも限界に近かった。ここで一息入れてやらないと危険だった。
「今日のお昼は何?」
「うーん。まだダンジョンの中だし、サンドイッチにしようか。」
お腹をすかしたエイミーが聞いてきたのでオレはアイテムボックスから大皿を出しながら答えた。サンドイッチは何かしながらでもつまめるし、野菜や肉もたっぷりと挟んであって栄養満点でダンジョンで摂る食事として最適だ。家で作ってアイテムボックスにたっぷりと入れておいたんだけど、時間を止めるアイテムボックスのおかげで出来立てのほかほかだ。大皿にてんこ盛りに盛った。
「うまそう。アメリの仲間になったおかげで毎回贅沢で美味しい物が食えてうれしいよ。」
イサキもうれしい事言ってくれるね。一生懸命作った甲斐があったよ。
「ありがとう。がんばって作ったんだよ。冷たいジュースもあるよ。」
そう言ってコップをみんなに渡した。
「みんな。じゃあいただこうか。いただきます。」
「「「いただきます。」」」
オレの音頭でいただきますをみんなでした瞬間だった。
突然黒い物体が目の前に現れるとサンドイッチを掴んで飛び去って行った。
「「「「あ!」」」」
まさにあっという間の出来事だった。周りの警戒は怠らなかったが上空は無警戒だった。オレ達はあわてて空を見上げた。上空を二匹の大きな鳥の魔物が旋回していた。
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