第282話 山のダンジョン
「で、できないよ。無理。無理。」
「甘えんなよ。あんただってイーラムじゃ少しは名を馳せた冒険者だったんだろ?」
突然現れたゴブリンの群れにビビるクロエにイサキが檄を飛ばした。かく言うイサキも声が微かに震えていた。
「がんばってー!」
今回は出番のないエイミーが呑気に声援を送った。
今、オレ達は山のダンジョンに来ていた。山のダンジョンは麓のスライムから頂上のオーガまで上に登るほど魔物が強くなる初心者から中級者向けのダンジョンだ。メンバーはオレ(アメリ)、イサキ、エイミー、クロエの四人だ。なんで今更初心者向けのダンジョンに来ているかと言うとクロエ、エイミー、イサキの戦闘力の底上げのためだ。なんせクロエなんてLV10でその辺のおっさんより戦闘力が低いんだから。このままじゃお荷物にしかならない。
え?クロエはともかくイサキもエイミーも超一流の戦士じゃないかって?ち、ち、ち。甘いね。オレに言わせればエイミーは相棒のロボがいなけりゃ何もできないダメ戦士、イサキだって水属性の魔法以外はてんでだめな。ダメ魔法使いよ。クロエに至ってはただの素人冒険者よ。
それで魔法のイロハをイサキとクロエに教えて今その実地訓練が始まったところね。二人には覚えたての初期魔法以外は使うなと厳重に言ってあるから、死にたくなかったらその出るか出ないかのヘロヘロのファイアーボールの威力を磨いてゴブリンどもを駆逐するしかないね。実戦に勝る訓練はないがオレの持論だからね。もちろんいざという時はオレとエイミーが助けに入るけどね。
「ファイアーボール!」
まずはイサキのへっぽこファイアーボールが飛び出した。水属性のイサキは反対の属性である火魔法が苦手だ。当然威力は弱い。なんとか群れの一匹はやっつけたみたいだが同時に他のゴブリン達の怒りに火を着けてしまった。
「「「「「「グオー!」」」」」」
ゴブリン達が怒声をあげて一斉に向って来た。
「うわー!ファイアーボール!」
パニックに陥ったクロエが魔法を撃ったが当然のごとく外れた。いくら弱いゴブリンとは言えその手に持ったこん棒や剣で叩かれれば大けがをしてしまう。二人は逃げ惑いながら魔法を撃ったが全然当たらなかった。
こうなるとさすがのイサキさんでもなすすべがない。最後は空に飛んで逃げた。クロエに至ってはゴブリン達にタコ殴りにされて幽体に戻ってしまった。
「エイミー!」
「オッケー!」
オレの指示で、高みの見物を決めこんでいたオレとエイミーが参戦した。
「ファイアー!」
まずはオレがクロエを袋叩きにしていたゴブリン達を燃やした。
「「「「グギャー!」」」」
突然の炎に焼かれて断末魔の悲鳴をあげてゴブリン4匹が青白い光の粒子になって消えた。逆に今度は自分らがパニックになったゴブリン達が逃げ惑うが、
「ファイアーボール!」
冷静に狙いすましたエイミーの魔法で轟沈した。
「グオー!」
最後の一匹が破れかぶれでオレに向って来た。
「ファイアーボール!」
オレは十分に引き付けるとカウンターの魔法を撃った。最後の一匹を片付けたら仲間の治療だ。
「エイミー!クロエの回復と治療!」
「オッケー!」
「や、やばかったー。」
エイミーの魔法でクロエが回復して実体を取り戻している所にイサキが戻って来た。
「イサキもクロエもダメダメだわ。魔法も連携もなってないよ。0点だわ。」
「す、すまない。」
「・・・・・・・・・・・・」
空に逃げたイサキの方は自分の不甲斐なさを認めて素直に謝ったが、クロエの方はまだパニックが収まってないのか無言で震えていた。
「よし!特別にオレとエイミーで模範演技を見せてやろうじゃないか。」
そう言ってオレはエイミーと一緒に先頭に立って山道を登り始めた。後ろの二人はしばらく使い物にならないだろうからこれも仕方ない。
しばらく山道を登ると見通しの良い開けた場所に出た。開けた場所は戦闘がしやすいがそれは敵のゴブリンにとっても同じ事で案の定群れが一塊いた。
「イサキならここは何を撃つ?」
「え!私の撃てる魔法なんてファイアーボールとファイアーしかないからここはまずファイアーボールかな?」
オレは後ろを振り返ってイサキに問うたが思った通りより威力の強いファイアーボールの方をイサキは選んだ。
ゴブリン達はオレ達の接近にまだ気づいてないようで一か所に集まっていた。
「イサキとクロエ!今から答えを見せるからよく見てて!エイミーはオレが魔法を撃つのが終わってから撃って!」
そう三人に指示するとオレはエイミーと二人でじりじりとゴブリン軍団との距離を詰めた。
今度のゴブリン軍団は20はいるだろうか。二人だけで近づく冒険者に気付いたが自分らが圧倒的に数で勝る事もあり、余裕があるのだろう警戒はしていても自分らから仕掛けてくる事はなかった。こちらの出方を伺っていた。
先程はイサキがファイアーボールをいきなり撃って失敗したが同じ轍は踏まない。オレは呪文を唱えながら魔法の射程距離ギリギリまで詰めた。
「ファイアー!」
一か所にかたまっていたゴブリン達は突然燃え上がった炎に焼かれた。辛うじて炎を避けたゴブリン達も今度は自分達がパニックに陥って逃げ惑った。
「エイミー!撃って!」
「ファイアーボール!」
自分に向って襲って来る魔物とは違い自分に背を向けて逃げ出す魔物である。エイミーはパニックに陥る事はもちろん無く、冷静に一匹ずつ仕留めていった。
「今の戦いはどうだった?」
ゴブリンを全滅させた所で早速の反省会だ。オレは転がる魔石を拾い集めながら二人に問うた。
「わ、私達の時はこっちがパニックになったけど、アメリ達の時は向こうがパニックになったおかげで楽勝で倒せたみたいね。」
逃げ出した負い目があるのかイサキが申し訳なさそうに答えた。
「うん。パニックは自分らでなくて相手にさせないとね。それでなんで今回は相手がパニックになったと思う?クロエ。」
「え!ちょっと分からないわ。」
「簡単だよ。味方の後ろにいて油断していた所に文字通り自分らの足元に突然火が点いたからだよ。じゃあなんで先の戦いのイサキのファイアーボールでパニクらなかったかと言うと、やられたのは先頭の一匹だけだもん。他の奴らは前から飛んでくる火の玉さえ気をつければ安全安心じゃん。仲間がやられて怒っただけだよ。恐怖はあまり感じなかったんだよ。」
「逆に私達は迫りくるゴブリン達に恐れおののいたけどね。なるほどさすがはアメリ。策士だね。集団の戦い方を心得ている。」
「うん。イサキ。集団戦と言う観点から見てもファイアーは有効だね。いっぺんで何匹も燃やせるからね。」
「じゃあ次はファイアーから行けば良いんだね?アメリ。」
「いや。今回は偶々ゴブリン達が一か所にかたまっていたからうまく行ったけど。ばらけている可能性もあるから臨機応変にやらないとね。クロエ。」
「うん。わかった。あと、私のファイアーボールは全然当たらないのにエイミーのは百発百中なのはなぜ?」
「それはですね。パニックになってやたら目ったらぶち放したクロエさんやイサキさんと違って私は落ち着いてしっかりと狙ったからですよ。」
エイミーは得意満面で答えた。
「うん。魔法は簡単に遠くから撃てるから思わず簡単に撃っちゃうけど、これ一発しかないと思うくらいの気持ちで大切に撃たないと当たらないよ。なんせ敵だって当たりたくないから避けるし逃げるからね。だからさっきのクロエ達は逆に言うと魔法を当てるチャンスだったんだよ。だって自分からこっちに向って来てくれてるんだろ。落ち着いて十分に引き付けてから撃てば簡単に当たるよ。」
オレも補足した。
「そうよね。私の前の武器の杖は振るだけで簡単に魔法が撃てるもんだから狙うと言う事はあまり考えて無かったわ。」
クロエの言う通りクロエの武器の杖は石つぶてがまるでショットガンのように発射される恐るべき武器だったためこれまで狙うと言う事はあまりなかったようだ。百戦錬磨のはずのイサキの方は思うように撃てない魔法のために焦ってパニクったみたいだった。
「とにかくパニックになったら負けよ。どんな時でも冷静に今ある武器で最善を尽くす事が大事よ。」
「「「おう!」」」
オレの的確な熱血指導のおかげで何度もパニックになりつつもイサキとクロエは火の魔法の初期魔法のファイアーボールとファイアーを完全にマスターした。ついでに言えばクロエは一日でレベルが2も上がってしまった。
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