第274話 ダンジョンマスターリリス
「アメリ。こんな物が落ちていたよ。」
「これは。」
オレはイサキから赤い首輪を受け取った。これはブラックファントムの付けていた首輪か。まさか黒猫の首輪じゃないのか。いやいくらなんでもサイズが違い過ぎるだろう。まあ念のために取っておくか。オレは赤い首輪をアイテムボックスにしまった。
そんな事よりクロエの事だ。自分自身で自分の仇も取った。これで易々とダンジョンも出られるはずだ。
「よし!みんな!ご苦労様!帰って寝るぞ!」
「「「「おう!」」」」
オレ達は、体は徹夜の戦闘で疲れ切っていたが、心は強敵を倒した達成感で満ち溢れていた。足取りも軽くダンジョンの階段を登ろうとした。そんな最中だった。
「やっぱり出られません。」
クロエの申し訳なさそうな声を聞いた。
「「なにー!」」
イーラム語の分かるオレとイサキは思わず声をあげてしまった。クロエの心残りは自分を殺した敵への復讐じゃなかったのか。
「ちょっとアメリ。クロエは自分自身の仇討ちをすればこのダンジョンから出られるんじゃなかったの。」
これで終わってやっと帰れると思っていたリオが切れ気味に聞いてきた。
「ごめん。オレもそう思っていたんだけど、まだなんかあるみたいだね。」
「なんかって何よ。リーダーなら何とかしなさいよ。」
「何とかしろって、何とかなるならもうしているさ。」
先程までの和気あいあいとした雰囲気から一変して気まずくなってしまった。寝不足も手伝ってイライラしてしまった。
「ちょっとアメリさん。さっきイサキさんが拾った首輪は何か関係あるんじゃないですか。」
オレとリオがにらみ合っているとアーリンが良い事を言ってくれた。アーリンはやっぱり鋭い。オレがアイテムボックスから取り出すと赤い首輪は怪しく光っていた。
「光っている。これもろ怪しいじゃない。アメリ。」
「そ、そうだね。リオ。そしてさすがはアーリン。鋭いよ。」
オレはリオに答えると同時にアーリンを褒めた。
「じゃあ、諸悪の根源の依頼主を問い詰めに行こうか。」
いい加減にオレも頭に来ていたんだ。黒猫探しの簡単な依頼のはずが一名死亡の上に下手すりゃ全滅の危険性もあった。しかも苦労してやっと倒したのに、まだ何かあってクロエはダンジョンから出られない。
オレ達は階段から戻ると依頼主の少女の家に急いだ。
深夜であったが幽霊だから当然起きているだろう。オレはためらわずにドアをノックした。
「はい。あ、あなた達。」
やはり起きていたみたいで少女はすぐに出てきた。
「こんばんは。これを見て欲しいんですけど。」
オレは赤い首輪を少女に見せた。
「これはミーちゃんの。まさかミーちゃんがやられたの。」
少女の顔がみるみる青ざめた。
「やはり、あれがミーちゃんだったんですね。どういう事か説明してください。」
オレが問いつめると少女は外に逃れようとした。
「おっと。ちゃんと説明を聞くまでは逃がさないよ!」
少女の行く手を塞いでイサキが凄んだ。
「どうやら逃げられないみたいね。まあ、立ち話もなんだから中にお入り。」
少女に促されるままにオレ達は少女の家へと入った。もちろんいつでも逃げ出せるようにまた少女を逃がさないように油断はしていなかった。
「あ、まだ名のってなかったよね。私はリリス。一応このダンジョンのダンジョンマスターみたいな事をしているわ。」
「「ダンジョンマスター!」」
イーラム語の分かるイサキとクロエがいきり立ったがリオ達に通訳している最中のオレはタイミングを逃した。
「じゃあ、死んでもらおうか。」
「ちょっと待ってイサキ。」
いきなり抜刀したイサキの刀をオレは収めさせた。
「まずは話を聞こうよ。」
「あ、ありがとう。」
イサキに刀を収めさせたオレにリリスはお礼を言った。こいつは案外良い奴かもしれない。
「えっと、あなたがリーダーみたいね。名前は?」
「アメリですけど。」
「アメリね。どうやら外国人みたいけどさすがは外国の冒険者ね。この国の冒険者のへっぽこ達と違って強いわね。」
「なんだと!」
へっぽこと聞いてクロエが怒りだした。
「へっぽこは良いですけど、まずは説明してください。」
「あ、ごめん。ごめん。そうね。どこから話そうかしら。まあ、あまり聞きたくは無いかもしれないけど私の事から話させてもらうわ。私は人の子じゃないの。私は気づいたらここの遺跡にいたの。そしてここの幽霊達を利用してここをダンジョン化したの。なんでって。それが私の使命なの。天命なの。ダンジョンを運営する事が私の存在意義なの。誰かにそうしろと言われたわけじゃないわ。親が子を育てるように私はダンジョンを作ったの。ここは元々地下都市だったから住民の幽霊もいっぱいいたしダンジョン化も容易だったわ。」
「そのダンジョンマスターがなんでオレ達を嵌めるようなマネをしてくれたんですか?」
「嵌めた?そうね。結果的には嵌めたかもしれないわね。でも聞いて、私の仕事は健全なるダンジョン運営なのよ。そもそもダンジョンて言うのはそこそこの強さの冒険者達が魔物をそこそこ狩って代わりに魔石やお宝をそこそこゲットして行く所でしょ。私達はねダンジョンに集まる人間の強い感情が餌なの。欲望とか恐怖のね。あそこのダンジョンに良いお宝があるから取りに行こうと言うのが欲望ね。強い魔物が出て殺されたら怖いって言うのが恐怖ね。こういう感情を私達は食べてるの。だから多くの冒険者達に来て欲しいわけね。餌は多ければ多いほど私達は潤うから。そのために私達も餌を撒いてるわ。魅力的な宝物とかね。そこにたった3人でショッピング街のダンジョンをあっという間に攻略するような化け物が来たら全力で排除しないといけないでしょ。健全なるダンジョン運営を営むダンジョンマスターの仕事として。だってせっかく用意したお宝があっと言う間に狩りつくされたら他の冒険者が誰も来てくれなくなっちゃうじゃないの。」
「そんなのそちらの都合じゃないの。そちらの都合で一々殺されてたらたまったもんじゃないわ。」
実際に殺されたクロエが食ってかかった。
「あー。ミーちゃんに殺された子ね。ごめんね。あなた達を追い払うつもりがミーちゃんは手加減できないもんだから。」
「ふざけるな!」
クロエがリリスを斬りつけた。突然の出来事でオレは止められなかった。しかし、
「私もファントムだから残念ながら斬られたぐらいでは死なないわよ。」
何事もなかったかのようにリリスは立っていた。
「ちょっとクロエ。ダンジョンから出してもらいたいんでしょ。斬りつけるのは後にしなさいよ。」
オレはクロエを戒めて剣をしまわせた。
「アメリの言う通りよ。いくら死なないと言っても斬られたら痛いのは一緒なんだから。おお痛。」
リリスは斬られた所を押さえておおげさに痛がった。
「と言う事はオレ達はこのダンジョンに出入り禁止って事ですか?」
「まあ平たく言うとそうなんだけど、そんな事言って聞く冒険者はいないわよね。だからミーちゃんを使って少し脅してビビらせて帰ってもらおうと思ったのよ。」
「ふん。あれくらいでビビる冒険者はいないわよ。」
イサキはそう言うけど、オレは結構ビビってたんだけど。
「わかりました。」
「え!アメリ。何弱気な事を言ってるのよ。こっちは一人やられてるのよ。こうなったら全面戦争じゃないのよ。」
イサキの意見ももっともだ。オレだってこのまま引き下がるつもりはない。
「イサキちょっと待って。リリスさん。ダンジョンの中で死ぬのはよくある話だし、冒険者を名乗る以上はクロエもある程度は覚悟していたと思うし、もうかたき討ちもしたのでダンジョンマスターのあなたには特に恨みはありません。撤退しましょう。ただし条件があります。一つはクロエのこのダンジョンからの解放。そしてもう一つは次のダンジョンへの無干渉。」
「ええ。お安い御用よ。」
「ちょっとアメリ。せっかくのダンジョンにもう入れなかったら困るんじゃないの?」
「大丈夫よ。イサキ。他にも地下街のダンジョンがいくつもあるはずよ。ねえ、そうなんでしょ?リリスさん。」
「その通りよ。各ステーションの地下にはそれぞれダンジョンがあるわ。でも私達ダンジョンマスターにも横のつながりが有るから、あんた達の情報は他のダンジョンにも伝わっているわよ。」
「どういう事ですか?」
「次のダンジョンのダンジョンマスターが最初から全力で潰しに来るって事よ。」
「望む所ですね。こちらも最初から全力で当たらせてもらいますよ。」
「そうね。あんたらなら大丈夫よね。」
そう言うとリリスの姿は突然かき消えた。
「あ、どこに逃げやがった。魔法剣なら斬れるのに。」
イサキが悔しがった。
「殺しても次の日には復活しているよ。たぶん。」
ダンジョンの魔物と言う物はそう言う物だ。でもダンジョンマスターはやった事がないのでそうかどうかは分からないが。でももしダンジョンマスターをやったらダンジョンが崩壊するのは間違いない。そうしたらダンジョンの魔物達が外にあふれ出すかもしれない。砂漠の真ん中で被害はあまり無いかもしれないけど、大惨事になるのは間違いない。ダンジョン崩壊だけは避けねばならない。
「まあ、ちょっと消化不良だけど、眠いし帰って寝て次の日に備えよう。」
「「「「おう!」」」」
オレ達はダンジョンマスターリリスの家を出ると出口の階段を目指した。
「あいつを許してやるの?」
「まあ仕方ないさ。オレ達だってダンジョンの魔物を殺してるんだからさ。」
「はあー。相変わらず甘いね。」
リオがため息をついた。甘いのは自分でも分かってる。だけど、仕方ないじゃないか。ダンジョンマスターは殺せないよ。ここは切り替えて次のダンジョンを目指そうじゃないか。クロエと言う新戦力も入ったし。
そんな事を考えながら階段を上っていると、
「や、やっぱり出れません。階段を上れません。」
「「「「なにー!」」」」
クロエの申し訳ない声に全員で怒りの返事を返した。
「ばーか。バーカ。そのままはいどうぞって帰すと思ったの。甘いわね。くっくっく、くわっはっはー。」
どこからかダンジョンマスターリリスの高笑いが響き渡った。
「今の感情は良いね。怒りマックスって所ね。ごちそうさま。おかげでダンジョンのみんなはお腹いっぱいになって元気がでたよ。はっはっはっはっは。」
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