第272話 ブラックファントム
「イサキ!」
突然現れたそいつはイサキの喉元に食いついた。まさか自分達が襲われるとは夢にも思ってなかったオレ達は一瞬反応が遅れた。叫ぶしかできなかった。
剣を抜くのももどかしい。オレはそいつを蹴り飛ばした。蹴り飛ばされたそいつは蹴られる瞬間にイサキから口を離したのだろう。自ら飛びのいた。
アリの言う通り、そいつは大きなクロヒョウの魔物だった。そのブラックファントムにリオが斬りかかるとそいつは忽然と消えた。
「あ、あそこ!」
アーリンが指し示すところを見ると、建物の影に妖しく二つの目が光っていた。
「サンダー!」
すかさずオレはその暗闇に魔法を撃った。が、一歩遅かった。またしても消えた。
「サンダービーム!」
今度は別の建物の影に現れたのをリオがうまく当てた。しかし魔法一発ではさすがに仕留めきれない。オレ達が二の矢を撃つ前にまたしても消えてしまった。
鑑定で周囲を見回したが建物の影や暗闇に隠れている者はもういなかった。まさに忽然と消えたのであった。そんな事よりイサキだ。
「イサキ!大丈夫?」
オレは倒れているイサキに声をかけた。
「大丈夫。平気。平気。」
何事もなかったかのようにイサキは平然と起き上がった。
「でも、今首に噛みつかれなかった?」
「うん。こんなこともあろうかと思って3号を出しておいたのさ。」
つまりは噛みつかれたのはイサキ本体じゃなくてイサキちゃん3号だったのか。イサキお得意のフェイク戦法か。どういうからくりなのかよく分からないけどオレまで騙されたぜ。とりあえずはイサキが無事で良かった。
しかし敵に関しては良くない。突然現れては突然消える、を繰り返した。まるでサオリのようだ。サオリ?と言う事はこいつもワープを使うのか。
「今、オレ達が魔法を撃った時に黒い魔物はどこかに隠れたんじゃなくて本当に消えたよ。しかも次に何もない所に突然あらわれたし。」
とりあえずみんなに報告だ。
「消えたり、現れたりってサオリじゃあるまいし。」
「そうだよ。リオ。敵はサオリと同じくワープを使うと思った方がいいね。」
「ワープを使うなんて。でもなんで暗い所にしか現れないんでしょうね。」
「さすがアーリン。良い所に気付いた。最初イサキが襲われたのも物陰に潜んでいた時だったよね。クロエ。お前たちが襲われたのもそう言う所じゃないのか?」
「ええ。そうよ。魔物の気配に気づいて、物陰に隠れた所を襲われたよ。」
「間違いないな。サオリのワープはサオリにしかできないギフト。神様からの贈り物の能力なんだ。だからワープができる者は他にはこの世にはいないはずなんだ。つまり敵のは、似ているけど厳密にはワープじゃないんだ。影から影への種間移動、名付けて影ワープって所か。」
「それでサンダー撃ったらサンダーの光で影が消えて別の影に移ったんだ。」
「そうだね。リオ。敵はなんらかの理由で影の中にしかいられないのかもしれないな。」
「ちょっとアメリさん。今私達が会議している所も建物の影の中ですよね。」
アーリンの言う通りだった。冒険者の習性でつい物陰に隠れてしまう。これではブラックファントムの格好の標的じゃないか。
「あ!」
オレは遠くから影から影へと瞬間移動してこちらに向って来るブラックファントムを発見した。
「みんな!影から出ろ!」
オレは警告を発すると同時に近くにいたアーリンとクロエを掴んで建物の影から飛び出した。他のみんなも散り散りに飛び出したが、逃げ遅れたマームが捕まった。
「マーム!」
オレは剣を抜くとマームに噛みついたブラックファントムに斬りつけた。一太刀浴びせれたが、またしても逃げられた。
オレはあわててマームを明るい所まで引きずりだした。
「ハイヒール!」
すかさずアーリンがハイヒールをかけた。幸いにしてマームはオレの警告を聞いていたので、咄嗟に首をかばう事ができた。それで軽症ですんだようだ。元気に立ち上がった。良かった。
その後、オレは物陰を重点的に鑑定した。今度はすぐにそいつは発見できた。
「そこ。あの大きな建物の影。あ、リオ。ダメ。行かないで。奴はオレ達が気づいていると思っていないだろうから、こんどはオレ達が不意打ちを喰らわしてやろうぜ。リオ。お得意の超サンダーの呪文を唱えて。みんなはサンダー斬りの準備。」
「「「おう!」」」
オレはまず王国語で王国組の3人に指示を飛ばした。
「イサキ。2号ちゃんを戻して。クロエはオレのそばを離れないで。」
そして後の二人にはイーラム語で指示を伝えた。
魔法の射程距離までオレ達は何気ない顔をしてぞろぞろと歩いた。もちろん街灯が照らす明るい所をである。
「よし。そろそろだな。」
オレは手を上げてみんなを止まらせた。
「リオ!頼む!」
「オッケー!超サンダー!」
リオの超サンダーを皮切りにオレ達はブラックファントムへと殺到した。
オレ達でさえ喰らえばただでは済まないリオの超サンダーを不意打ちで喰らったのだ。さすがのブラックファントムも意識を失ったんだろう。影ワープで逃げる事もなくその場でうずくまっていた。チャンスだ。
「サンダー斬り!」
真っ先に駆けつけたアーリンのサンダー斬りが決まった。これはサンダーの重ねがけにもなる。威力は莫大だ。HPをごっそりと奪い取った。
しかしこのサンダー斬りが気つけにもなったみたいで目を覚ましたブラックファントムはまたしても影ワープで逃げやがった。またもや影から影へと瞬間移動してだ。どうやらサオリみたいに遠距離の瞬間移動はできないみたいだった。
「くそ。惜しい。でも今のリオとアーリンのサンダー連続がけでHPの大半は奪えたぞ。みんな。あと少しだ。それに影ワープの弱点も分かったぞ」
「アメリ。それでブラックファントムはどこに行ったの?」
「うん。影から影へと飛びながら向こうへ逃げて行ったよ。リオ。」
オレは通りの向こうを指さした。
「え!影から影へと飛ぶの?サオリみたいに一遍では飛べないんだ。」
「うん。影ワープの射程距離は短いみたいだな。そこらへんにブラックファントム攻略のヒントがありそうだな。とりあえず、みんな。追うぞ。」
「「「「「おう!」」」」」
オレ達はまた通りをぞろぞろと歩き出した。
「みんな。止まって。」
オレは建物の影に潜むブラックファントムを再び発見した。
「イサキ。悪いけどオレを空に上げてくれない。」
「オッケー。」
オレとイサキは上空から攻撃する作戦を取った。上空に上がった事で周りの状況がよくわかる。
「クロエ。そこの陰に一個置いて。」
クロエにあらかじめ渡しておいた魔導ランプを一個ずつ置かせた。
「あ、マームはそっちに置いて。」
そう。影を無くしてブラックファントムの退路を断つ作戦だ。ブラックファントムに気付かれないようにオレ達は遠くから少しずつ影を無くして行った。
「よし。これで退路を断ったぞ。今度こそとどめを刺すぞ。リオ!超サンダーを撃って!他のみんなはサンダー斬り!」
「「「おう!」」」
リオを先頭に王国組3人は呪文を唱えながら走り出した。
「超サンダー!」
建物の影にリオの超サンダーが炸裂した。
超サンダーで気絶したところにサンダー斬りでとどめを刺すオレ達お得意のコンボ技だ。とどめを刺すべくアーリンとマームが呪文を唱えながら走りこんだ。
「な!いない!」
「アメリ!どこにもいないよ!」
半ばパニックになった二人が右往左往していた。
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