第232話 VSイサキ
「今ので私の一本勝ちじゃないの?」
「だめ、だめ。気絶するまでだから。」
審判のサオリにイサキは猛抗議していた。サオリが突っぱねてくれたから良かったけど、空手の試合だったら本当に一本それまでだったな。良かった。気絶するまでと言うルールを決めといて。と言うか実はあまり効いてないんだよね。うちで一番弱いエイミーでももっと破壊力のあるパンチを打つよ。
「ワン!」
おっと、サオリがカウントを始めたぜ。
「え!何してるの?これ、のびてるじゃない!」
だからおまえのパンチは効いてないんだって。しょせんはLV40、どんなに頑張ってもLV60のオレをワンパンチでKOできないんだって。
「ツー!」
だけどLV差や力でゴリ押ししても、イサキに本当に勝ったとは言えないだろう。魔法や技で勝たんと。
「スリー!」
まずは整理しよう。オレがファイアーボールを撃つ直前にイサキは何かしてたな。板みたいなもの出して。
「フォー!」
呪文を唱えたのか。呪文を前倒しで唱えていたのか。無詠唱なのか。
「ファイブ!」
それでオレのファイアーボールが顔面に炸裂したら、燃えたんだよな。
「セブン!」
おっと。立たないと本当にKO負けになっちゃうぜ。とりあえずは詠唱再開だ。
「エイト!」
オレは呪文を唱えながら素早く立ち上がった。
「大丈夫、アメリ?いける?」
サオリがオレの顔色を見た。オレは無言でうなずいた。
「よし!じゃあ、再開!ファイト!」
今度はむやみに突っ込まない。様子見だ。
やはりサオリの掛け声の前からイサキは口を動かしていた。呪文の前倒しはオレだけの専売特許じゃなかったって訳か。そしてまたもや懐から白い板を取り出した。
「今度は突っ込んで来ないみたいね。じゃあ私の方から行くよ!分身の術!」
イサキの投げた白い板がなんともう一人のイサキに化けた。なるほど先程のオレのファイアーボールは分身の方に当たって、分身の影に隠れていた本体にオレは殴られたってわけか。
なんて冷静に分析している場合じゃねえ。イサキとイサキ分身は二人がかりでオレに殴りかかってきた。
イサキ分身の大振りの右ストレートをかがんで避けると、イサキ本体の回し蹴りが飛んで来た。オレはイサキ本体の右足をつかんだ。するとがら空きになったオレの腹をイサキ分身が思いっきり蹴りやがった。たまらずイサキ本体とオレはぶっ倒れた。
「ねえ。倒れた相手に攻撃しても良いの?」
イサキ分身がサオリに聞いていた。
「もちろん良いよ。早く助けないともう一人のイサキがのびちゃうよ。」
イサキ本体にアキレス腱固めを決めていたオレはあわてて駆けつけたイサキ分身に蹴られる前に手を放して起き上がった。
「ふーん。王国の冒険者様はつかみ技も達者なんだ。じゃあこちらも遠慮なしでつかませてもらうよ。」
そう言ってイサキ分身がじりじりと詰め寄って来た。
「ファイアー!」
オレには魔法があるって事を忘れたらダメだよね。そんなにゆっくりと来たら魔法の格好の餌食じゃないの。
火が着いたイサキ分身はあっけなく燃え尽きた。それにしても先程と言い簡単に燃えすぎる。そうか。この分身は紙でできているんだ。式神と言う紙を依り代にした憑依魔法か。
「なっ!私のイサキちゃん2号がこんな簡単に!」
「イサキちゃん2号って言うんだ。ていうかそれ、紙でできているんでしょ?それじゃあ簡単に燃えるよ。」
「うるさい!黙れ!これは魔力をごっそり使うから使いたくなかったんだけど、こうなったら仕方ない!私の最終奥義受けてみな!行け!イサキちゃん軍団!」
そう言ってイサキは再び式神を出した。なんと今度の式神は3体だった。イサキ本体と合わせて4体だ。
「ちょっと!サオリ!いくらなんでも1対4ってないんじゃない?」
「だめ!だめ!魔法の使用はオッケーなんだから、アメリの抗議は却下!」
オレの抗議は当然審判のサオリに却下された。
「ふん。戦うのが嫌なら参ったしても良いのよ。そのかわりそうしたら私がパーティのボスね。」
イサキもオレ達の会話に乗って来たが、そんな暇があるなら攻撃すれば良かったのにバカな奴。おかげで呪文が完成したぜ。
「ファイガ!」
「水の障壁!」
オレの渾身の火魔法はイサキちゃん軍団の一人の魔法で相殺された。
「なにー!イサキちゃん軍団って魔法も使えるの?」
「まあね。弱点の火対策はバッチリよ。集中豪雨!」
もう一人のイサキちゃんの魔法でイサキちゃん軍団4人は水浸しになった。
「どう?これで火で燃やす事もできなくなったよ。」
「へえー。凄いね。暑くって参っていたんだ。オレにもそのシャワーを頼むよ。」
「減らず口が!じゃあ味わいな!水鉄砲!」
さらにもう一人のイサキちゃんが水を撃って来た。水鉄砲って普通はピュッと水が飛んでくるだけだろ、それがこの水鉄砲と来たら本当の鉄砲のように水の弾丸が飛んで来た。オレは縮地でかわすと先頭にいたイサキちゃんの顔面に突きを決めた。
確実に顔面を捉えたはずがまるで手ごたえがなかった。そう、まるで濡れてふにゃふにゃの紙を殴ったように。
「濡れ拍子!」
「どう?水の魔法はこんな使い方もできるのよ。」
イサキちゃんAとイサキちゃんBが言った。
「ふーん。じゃあ、本体のイサキちゃんを殴るわ!」
そう言ってオレは縮地でイサキちゃん軍団の中に飛び込んで本体のイサキを攻撃した。イサキの顔面を右ストレートで捉え、さらに追撃の左フックを右わき腹に叩き込もうと言う時に左にいたイサキちゃんC に蹴り飛ばされた。すかさず態勢を整えたオレは縮地で距離を取った。
「な!なんて速いの!その速い攻撃も仲間になったら教えてもらえるのよね?」
「縮地の事か?お安い御用だぜ!」
「縮地って言うのね!楽しみだわ!」
そう言うとイサキちゃん軍団はオレを囲んでじりじりとその輪を小さくしてきた。
「じゃあ。悪いけど。縮地が厄介だから掴ませてもらうよ。」
イサキちゃんAがそう言うとイサキちゃん軍団は一斉に飛びかかって来た。逃げ場がないと悟ったオレは思いっきりジャンプして上に逃げた。
「私相手に空に逃げるなんてバカなの?」
そう言ってイサキちゃんBが飛びあがった。
「この空を飛ぶのもオレ達に教えてもらえるんだね?」
イサキちゃんBに捕まったオレは言った。
「武空術って言うの。お姉さんが教えてあげる。」
イサキちゃんCがオレに覆いかぶさって言った。
「武空術って言うんだ。楽しみだな。」
「そうよ。楽しみにしていて。」
イサキちゃんAがオレの足をつかんで言った。
「これで完全に動きを止めたんだけど。どう?降参する?」
イサキちゃん本体ががんじがらめになったオレをのぞき込んで言った。
「いや。死んでも降参はしないよ。」
「どうやら痛い目に合わないと分からないみたいね。仲間になるから加減してあげようと思ってたんだけど。」
「仲間になるのは決定なんだ。」
「まあ。大体実力はわかったからね。アメリ。あんたは強いよ。ただ、私よりちょっとだけ弱かっただけよ。」
「ありがとう。じゃあ。本気出すか。」
「え!この状況でまだそんな事を言う。本当に痛い目に合わせるよ!」
「おかげで呪文をたっぷりと唱えられたよ。オレの最大の雷魔法が来るけど死なないでよ。」
「え!火魔法だけじゃないの?」
そう言いながらイサキちゃん本体はオレから必死で離れようとした。イサキちゃん軍団を犠牲にして自分だけ助かるつもりか。だけど遅いよ。
「サンダガ!」
いくら距離を取ったってイサキちゃん軍団もオレもみんな寝っ転がってるんだぜ。雷は少しでも高い所に落ちるんだぜ。しかもあんた腰に刀を差したままだろ。金属に落ちるのも常識だぜ。
偉そうに言っているお前には落ちないのかって、もちろん落ちたさ。濡れネズミのイサキちゃん軍団と一緒に見事被爆さ。オレを抑え込んでいたイサキちゃん軍団はあっという間に燃え尽きちゃったよ。
でもさすがはイサキちゃんだね。あれだけの雷を受けても死にはしなかったよ。感心感心。ただし白目をむいて倒れているけどね。
え!オレ?オレも無事では済まなかったよ。ちょっとしびれちゃった。
 




