第225話 解体ショー
ジップの町を出ると船はいよいよ外洋に乗り出した。今まで視界の隅に移っていたユーロ大陸ともお別れして360度見渡す限り海である。前にも言ったけど船の中では基本的にオレ達の仕事は無い。やる事と言ったらイーラム語の勉強と昼寝ぐらいのものである。狭い船の中に閉じ込められ、気晴らしに甲板に出てみれば見える景色は海また海。退屈と窮屈でおかしくなりそうだ。そこでオレとサオリは暇つぶしと気晴らしを兼ねて釣りをすることにした。もちろん船長の許可は取ってある。
「アメリ。それにしてもあんた釣りが好きね。船に乗ったらいつも釣りをしているんじゃないの?」
「うん。釣りは女のロマンだからね。」
「女のロマンってこっちの世界で釣りをしてる女の子はいないよ。」
「じゃあ釣りガールの草分けって事だw。それよりもオレが釣りをする真の目的は好きだからじゃないよ。」
「え!なんなの?」
「食料のためさ。」
「食料って船で出てるじゃない。」
「うん。出てるね。パサパサに乾いた保存食が。」
「それじゃダメなの?」
「ダメだね。サオリも脚気の原因を知ってるよね?」
「あー。ビタミン不足とかでしょ?」
「そう。そう。昔の船員達もそれでばたばたと倒れたんだよ。」
「だったらアメリのアイテムボックスから新鮮な食糧を出せば良いじゃない。」
「そんなのこっそりと食ってて誰かにばれたらどっから用意したって事で面倒な事になるじゃない。そこで釣りなんだよ。オレのアイテムボックスから出した新鮮な魚もさっき釣った事にできるからね。」
「なるほどアメリ。あったま良いー。」
「まあ。でもできればアイテムボックスは使わないに越した事はないな。じゃんじゃん釣ろうよ。」
「おっけー。」
オレとサオリはオレ手製のルアーを海中に泳がせている。糸を巻いてルアーを引かなくても船がルアーを引いてくれる。いわゆるトローリングだ。船の船尾に竿を引っかけて魚が釣れるのを待つだけだ。あたりがくるまでのんびりと日陰で昼寝していたら珍しい物を発見したカーボが嬉々として話しかけてきた。
「おい。アメリちゃん。その長い棒は何だい?何かの武器?」
「え!ただの竿ですよ。」
「竿?竿って何だい?」
あっ。そうか。この世界じゃ趣味の釣りってものがないよなぁ。漁としての釣りに竿なんか使わないか。漁師さんは手釣りで釣るもんなぁ。竿を使ってるのはオレだけかもね。
「竿ってのはこれを使って魚を釣る道具ですよ。」
「使うって突き刺すんかい?」
なるほど槍に見えなくもないか。
「突き刺すんじゃなくて、どうやって使うかってと言うと、あ、ちょうど良いや。今やって見せますから見ててください。」
ちょうど良いタイミングで竿がしなった。オレは竿を船から引っこ抜いて手で持った。そして思いっきり合わせた。竿が満月のようにしなった。これは大物だ。竿を思いっきりあおり竿を前に戻すタイミングで糸を巻いた。オレの竿にはお手製のリールも付いているんだぜ。王都の鍛冶屋さんとオレの共同作業で作った傑作だぜ。メーターオーバーの大物だって大丈夫だぜ。
「うお!なんだか良くわからんけど、その糸の先に魚が付いてるんかい?」
「そうです。しかもこれは大物ですよ。」
しばらくのファイトのすえオレはマグルを釣り上げた。50センチほどのマグルにしては小物だが充分に大きな魚だった。
「おお!すげえ!でっけぇじゃないか。それどうするんだい?」
「もちろん。シェフに後で料理してもらいますよ。」
「シェフって事は俺達にもおこぼれがあるって事だな?」
「まあ。一匹だけじゃ全員に行きわたるか分かりませんけど。」
「硬い干し肉には飽き飽きしていたところだ。今夜はごちそうだな。」
「ええ。料理に使ってもらえるように頑張って釣りますよ。」
「おう!頑張ってくれ。」
オレはマグルのえらにナイフの刃を入れると魔法で作り出した氷が詰まった箱に入れた。
「今のは?」
「鮮度が落ちないようにしめたんですよ。」
「しめた?」
「まあ。殺したって事ですね。こうすると鮮度が保てるんですよ。」
「へえ。そうなんだ。じゃあその宝石みたいなキラキラした物は何だい?」
「氷です。」
「氷って冬にできる氷?」
「それです。魔法で作りました。」
「すげえ。そんな事までできるんだ?」
「一応冒険者ですから。」
「冒険者ってすげえ。」
「ええ。冒険者って凄いんですよ(笑)」
オレとカーボが話し合っている内にサオリの竿にもアタリが来た。
「あ!どうやらわたしの竿にも来たみたいね。」
そう言ってサオリは船から竿を抜くと思いっきり合わせた。
「アメリ!なんか大物みたいよ!」
そう言ったサオリの竿はオレの時以上に満月に曲がった。
「サオリ!慎重にね!」
「おう!まかせて!」
「竿を後ろにあおって!そして竿を前に戻した時にリールを巻いて!」
「わ、わかった!」
オレのアドバイスが効いたのか初心者のサオリでも大物の引きに耐えて大物を海面にまで引きずりだせた。海面に顔を出したのはオレと同じくマグルだったがオレのと違ってかなりでかかった。
「で、デカい!」
カーボが興奮して言った。それも無理はない。1メートルはゆうに超える大物だ。
オレは竿と同じくらいの長さの棒を手に取った。
「竿で何するんだい?」
「あ。これはギャフって言ってこう使うんですよ。」
そう言ってギャフをマグルのえらに引っかけた。ついでにサンダーをギャフに流してマグルを気絶させた。後は大物を船の上にまで引っ張り上げた。
「あ。これは竿と違って先にフックが付いてるんだ。」
さすがにメーターオーバーでは箱に入りきれない。そこでオレは釣りを中断してマグルを解体する事にした。
「凄い!これで全員に行きわたるな!」
「ええ。それどころかしばらくはマグルばっかりになりますよ。」
そう言ってオレはマグルの解体を続けた。オレの剣はオークでもオーガでも一刀両断にできるんだ。マグルぐらいは楽勝だぜ。そして腹の身は特別に取り分けた。ナイフに持ち替えると薄く切った。醤油とわさびもどきはあらかじめ出してある。大皿に盛ると大トロの刺身の出来上がりだ。
「それは食べるのかい?」
「もちろん食べますよ。カーボさんもどうですか?」
「いや。生の魚はちょっと。」
「まあ。普通そうですよね。無理には勧めませんよ。サオリ。食おう。」
「やった!トロだ!大トロだ!」
釣りたての新鮮なマグルは旨い。しかも脂たっぷりの大トロだ。醤油を買っておいて良かった。ご飯も炊いておけば良かった。
「う、旨そうだな。ちょっともらえるかな?」
オレとサオリがあまりにもうまそうに食うのでカーボも恐る恐る食った。
「なにこれ旨い!生魚だから生臭いのかと思ったけど、全然そんな事ない。それどころか口の中でとろけるような柔らかさ。これは上質な肉じゃないか。」
「ええ。ご飯があると最高なんですけどね。あ。エールなら良く冷えたのがありますよ。」
そう言ってオレは氷の下からエールの瓶を取り出した。
「なに!エールまであるのか!もらうのに決まってるじゃないか!」
オレはコップを二人に配るとエールのコルク栓を抜いた。
「生魚を食うのは野蛮かもしれないけど、新鮮な食べ物の手に入らない船の上では必要な事ですよ。」
「野蛮なもんか。こんなに旨いのに。エールとの相性も最高じゃないか。もっとくれ。」
釣りが急遽宴会になってしまった。
狭い船の上である。オレのマグルの解体ショーと大トロの試食会は他の乗員の目にも嫌でも止まった。
「あのう。それ俺達にももらえるかな?」
「もちろん。良いですよ。」
オレは集まって来た船員や商人に大トロの切り身を大盤振る舞いした。ほとんどの者は初めての生魚に恐る恐る口をつけたが。
「う、旨い!」
「何だこれは!初めての味だ!」
「この東の大陸の調味料が効いてるねえ。」
みんな大絶賛だった。
「まだこんなにありますからどんどん食ってください。」
オレはそう言って大皿にトロの刺身を並べた。
「もう我慢ができない。俺は飲むぞ。」
「俺も。」
「俺もだ。」
そう言って集まった乗員たちは酒を取りに部屋に戻って行った。こうなるとしかたないなあ。オレはこれもあらかじめ出しておいた魔導コンロでマグルの身を焼き始めた。いわゆるマグルステーキだ。これなら生魚に抵抗のある王国人でも食べれる。
「なにこれ?良い匂いがするじゃない?」
酒を持って戻って来た商人が聞いた。
「はい。マグルステーキです。」
「ステーキって肉で作るあのステーキか?」
「はい。そのステーキです。オークのステーキよりも美味しいですよ。」
「それってもらえるのかい?」
「もちろん。喜んで。」
「あ。きたねえ。アメリちゃん。俺にもくれ。いや。ください。」
「はいよ。じゃあ。じゃんじゃん焼いて行くよ。サオリ。オレの代わりにマグルの解体を頼む。」
「もう。しかたないなあ。わたしの剣は魚を切るために研いでるんじゃないんだけどねえ。あ、アメリ。わたしは刺身で頂戴よ。」
「はいよ!刺身一丁!」
こうしてオレ達の釣りはいつの間にか解体ショーと大宴会になってしまった。けどまあ。みんなにビタミンを補給できたし親睦も深められたから良かった。
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