第217話 シードラゴン戦決着
俺はタロウ。自他ともに認める王国ナンバーワンの冒険者だ。冒険者は死と隣り合わせの危険な職業だ。長く冒険者を続けていると仲間の死に直面する事も珍しくはない。だからと言って慣れたわけでは無い。慣れるわけがない。何度直面しても辛い、悲しい。人間の命が紙より軽い価値しか無いこの世界のこの職業であっても死んで良いわけが無い。ましてや俺らは元日本人だ。人間の命は地球よりも重い価値があると教えられているんだ。仲間の死をそう簡単には受けとめられはしない。
だからわかるぞ。アメリ。おまえの気持ちは。痛いほどわかるぞ。シードラゴンに飲み込まれた瞬間に瞬間移動したから死ぬわけがないと言いたいんだろ。だけど、俺は見てしまったんだ。そっちからは見えなかったかもしれないが、サオリがシードラゴンに噛み砕かれるのを。
サオリは死んだんだ。これは変らぬ事実だ。俺が危険な作戦に誘ったばかりに若い命を散らしてしまった。悔やんでも悔やみきれないが、反省は後だ。今は次の手を考えないと。俺はここはもう逃げるしかないとアメリに提案したんだが、速攻で否定された。リーダーとして全滅を避けるためにもアメリに言い聞かせ撤退すべきだが、俺はアメリの気迫に気おされてしまった。ここで逃げたらお前を殺す。そうアメリの目が訴えていた。
アメリなら何とかしてくれる。そう思わせるものが彼女にはある。今までも何度もみんなを助けてきた。今回も望み薄だが彼女に任せるしかない。逃げても船のスピードが落ちてしまった今の状況では逃げきれないかもしれないし。
俺は船尾に行き、アメリに代わって海の中を鑑定した。シードラゴンはすぐ後ろにまで迫って来ていた。
「アメリ!船の後ろに来てるぞ!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
俺が警告を発してもアメリは何も答えなかった。アメリは先程までサオリがいた場所で、なんと座禅をしていた。
「な、何をしてるんだ!来るぞ!」
俺が警告を発した直後にシードラゴンは船に体当たりをかましてきた。
ドゴーン!
船は大きく揺れたがアメリは海に落ちる事はなかった。次に来るのはブレスか噛みつきか。俺が構えていると大きな頭が俺の頭上を通り過ぎて行った。
「サンダガビーム!」
俺は慌てて魔法を撃ったが、やっぱり大して効きはしない。シードラゴンは大きな口を開けて座っているアメリに襲い掛かった。
「アメリ!逃げろ!」
俺は大声を出したが遅かった。サオリに続いてアメリも食われてしまった。
が、その刹那シードラゴンの頭が発光した。
ドゴーン!
なんと大音量を発してシードラゴンの頭が爆ぜてしまった。そしてシードラゴンを貫いた光線がまっすぐに天へと消えて行った。
こ、これは、アメリの必殺技のエネルギー破じゃないか。初めて見たがこれほどの威力だとは。俺はアメリの救出に向かうために走り出した。もちろん俺の能力のコピーを使って今のエネルギー破をコピーしながらである。しかし、やっぱり駄目だった。アメリのオリジナルギフトはやはりコピーできない。いや、しかし今はそれどころじゃない。
「アメリー!」
俺はアメリに駆けつけた。
確かに噛み砕かれたように見えたが、どうやら無傷みたいだ。
「アメリ。無事か?」
俺は倒れているアメリを抱き起して言った。
「何とか大丈夫です。」
「シードラゴンに噛み砕かれたように見えたが。」
「ああ。大盾をつっかえ棒にして何とか噛み砕かれないようにできました。それよりもサオリだ。アイテムボックスにシードラゴンを回収するから、浜辺で急いで解体だ。船長頼む。」
そう言ってアメリはシードラゴンの巨体をアイテムボックスに回収するなり気絶してしまった。
*
船は今自動操縦でリーム村へと向かっている。それ自体が生きた魔物である幽霊船ならではの芸当だ。
船を操る役目の船長のエイハブは何をしているかと言うとアメリの介抱をしているのである。俺が介抱しようとしたらエイハブに執拗に拒否られた。二人はティマーと従魔の関係らしいけど、それ以上の物で結ばれているみたいだな。
「それにしても凄い威力だな。王国最強は俺じゃなくてアメリだな。」
手持無沙汰の俺はアメリを布団に寝かせて介抱しているエイハブに話しかけた。
「もちろん、わし達のリーダーですからね。」
アメリの額に絞ったタオルを置いてエイハブが答えた。
「これだけ凄いなら最初から出せよってところだけど。」
「タロウさんも分かってるように一発しか撃てませんからね。しかも撃った後はこうしてのびてしまいますから、本当に本当のピンチにしか撃てないと言うか撃たないんでしょうね。」
「じゃあ、わざと食われたのも絶対に外さないためか。」
「ええ。そうでしょうね。万が一にも外さないために命を張ったんですよ。この娘は。」
「負けたよ。俺は。頭も度胸も力も。すべて。」
「いや。タロウさん。あんたは勝ったんですよ。シードラゴンにもアメリにも。だってこうしてぴんぴんとしてるでしょ。最後に笑って立ってる者が勝者ですよ。」
「そう言う物かな。」
俺は情けなく笑った。
船がリーム村に着くとエイハブはアメリをおぶって砂浜に走った。
「アメリさん。大丈夫ですか?」
アメリを砂浜におろしたエイハブが優しく問いかけた。
「ああ。夢を見てたよ。父さんの。ありがとう。船長。」
目を覚ましたアメリがエイハブに答えた。
「そんな事より、サオリだ。シードラゴンを解体してサオリを救助するぞ。」
そう言ってアメリはシードラゴンの巨体を砂浜に出した。
突然のシードラゴンの出現に物見高い村人達が集まってきた。その中に良く見知った顔があった。
「リオ?」
アメリが声をかけた。
「や。どうも。こんにちは。」
リオが白々しく挨拶をした。
「え!どうしてここにいるんだ?」
「うーんとね。助太刀をしようと思って来たんだよ。」
アメリが問いかけるとリオが答えた。
「助太刀って。こんな遠い所まで、一人で来たんか?」
俺が問うと、
「もちろん、サオリに連れてきてもらったよ。」
そう言うとリオは砂浜に生えた木の方を指さした。
「ごめんなさい。キンリーの家の方にワープしてしまって。海に戻れなくなっちゃった。」
照れ笑いをしながらサオリが出てきた。
「サオリー!」
そう叫ぶとアメリはサオリに抱き付いた。良かった。どうやらサオリも無傷だったみたいだ。でも俺はサオリが噛み砕かれるのを確かにこの目で見たんだが。
「サオリ。シードラゴンに噛みつかれなかった?」
俺が問うと、
「ああ。確かに噛まれたけど。アメリにもらった大盾でなんとか防げたわ。でも咄嗟すぎてワープを唱える暇は無かったわ。ああ。死ぬんだと思ったら、なぜかキンリーの我が家での楽しい暮らしを思い浮かべたの。それで無意識のうちにキンリーの我が家に飛んじゃったわけ。それですぐにキンリーから海に戻ろうとしたらリオに見つかってしまって。とりあえず、こうしてリーム村までリオと来たの。それで船を借りて海に出ようとしたら船長の船が戻って来たじゃない。なんか途中で逃げ出したみたいでみんなに合せる顔がなくて隠れてたら、リオが行ってしまって。」
サオリが頭を掻いて申し訳なさそうに答えた。
「さすがサオリだ。アメリと同じ方法でシードラゴンの牙を防いだんだ。」
俺が言うと、
「え!アメリも食われたの?」
サオリがビックリして問うた。
「ああ。オレの場合はわざとだけどね。エネルギー破を絶対に外さないために。」
「なんて無茶をするのよ。死んだらどうするのよ。」
サオリ。お前がそう言うか。
「良いんだよ。オレはもう既に一回死んでるからね。死ぬのは恐くないよ。」
「ばか!あんたが良くてもわたしが良くないわ。」
そう言ってサオリはアメリをきつく抱きしめた。
「ぎゃー!」
情けない声を出してアメリは再び気絶してしまった。
「あっ。ごめん。ごめん。ヒール!」
あわててサオリがアメリに回復魔法をかけた。
「ちょっと。今日一番の功労者のアメリを殺す気?」
俺がすかさずつっこむと、
「やっぱり。サオリさんが最強だな。」
エイハブも被せてきた。
「えー。ちょっと。やめてよ。もう。」
サオリが赤い顔して頭をかいた。
戦闘の緊張感から解放された俺は安心してそんなサオリの姿がおかしくて笑った。エイハブも笑っている。リオもだ。
「よし!キンリーに戻ろう!サオリ。アメリを起こして、シードラゴンをしまわせて。船長。船の準備を頼む。リオ。ちょっと。時間がかかるけど、船に乗って行け。」
「「「おう!」」」
情けない話だが最後の最後にやっと俺はリーダーらしく、みんなをまとめる事ができた。俺は今回の事でいかに自分が未熟であるかと言う事を痛いほど思い知らされた。S級とか言われてチヤホヤされてどこか思い上がっていたかもしれない。ドリームチームのライジングサンも今日で解散だし、キンリーに帰ったらもっともっと腕を磨いて絶対にアメリよりも強くなるぞ。惚れた女より弱い男なんて情けないからね。
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