第216話 サオリの災難の日
シードラゴンはめったやたらにブレスを吐いていた。だがオレ達の船とシードラゴンとの間にはブレスの届かない距離があった。当たりもしないブレスを吐きまくるシードラゴンの姿はタロウの言う通り頭をやられて血迷ったとしか思えなかった。
だが、シードラゴンはオレ達に向ってブレスを吐いてるわけではなかった。奴の狙いは自分の口に刺さった余計な物、つまり釣り針とそれに繋がるロープだったのだ。
勝ちを確信していたオレ達は油断していたのかもしれない。だからシードラゴンのブレスの乱射の真の目的を見逃してしまった。
それに気付いたオレはあわててタロウに呪文の再開を促したが一歩遅かった。
「サンダガ!」
あわててタロウがロープに魔法で電流を流したがそれはシードラゴンに届く事はなかった。ロープは既に切断されていたのだ。
「なんでサンダガが効かないんだよ!」
今まで通りサンダガで気絶させられると思っていたシードラゴンが動きを止めないので、訳が分からないタロウが叫ぶ。
「ロープがブレスで切られました!」
オレは答えた。
「な、なんだってー!どうするアメリ?」
軽いパニックになったタロウがオレに聞いてきた。
「とりあえず、距離を取りましょう!船長!」
「ラジャ!全速前進!」
船が急発進しようとしたが一歩遅かった。
船に急接近したシードラゴンは先程のような体当たりでなくいきなりドラゴンブレスを吐いてきた。
咄嗟にアイテムボックスから大盾を取り出したオレは近くにいたタロウをつかんで大盾の影に避難させた。しかし、距離のあったサオリは助けられない。
「サオリー!」
オレの叫び声もむなしく超高温のブレスがサオリを襲った。
オレとタロウは大盾でブレスをしのげた。エイハブは操舵室の中にいたから無傷だった。しかし直撃を受けたサオリはどうなった。
船の急発進でブレスの第2弾は防げた。シードラゴンと距離を取れた事ですこし余裕ができたオレとタロウはサオリのいた場所にあわてて駆けつけた。
「サオリ!サオリ!どこだ!サオリー!」
パニックになったオレはサオリの名前を連呼した。
「はーい!サオリ様参上!」
呑気な声を出して突然甲板にサオリが現れた。
「無事か?良かったー。」
サオリの姿を見て安心したオレはその場でへたり込んだ。
「いや。無事じゃないよ。わたしの自慢の髪の毛が焦げちゃったわよ。」
「大したことなくて良かったけど、いったいどうやったんだい。ブレスで良く見えなかったからてっきりやられたと思ったぞ。」
同じく安心したタロウがサオリに聞いた。
「うん。ブレスの来るのはわたしも分かったから、誰かを助けて一緒にワープしようと周りを見渡していたらその分遅れてブレスをちょっともらっちゃった。それにワープした先が海だったからびしょ濡れよ。美容室代とクリーニング代はシードラゴンに請求しなくっちゃ。」
「美容室代とか呑気な事言ってんじゃねえよ!心配したんだからな!」
オレはサオリの頭を小突いた。
「痛いよ。アメリ。あれ?泣いてんだ。」
「よし!サオリの無事も確認したことだし、反撃しましょう。タロウさん。奴は逃げもせずに追ってきてますよ。」
オレは照れ隠しでサオリから目をそらすと後ろから追ってきているシードラゴンを見て言った。
「わかった。奴のHPももうわずかだ。やるなら今しかないだろうな。日を置けば回復されてしまうしな。ロープから魔法を流せなくなってしまったけど、こっちにはまだ大砲が残っているしな。問題はブレスだな。アメリ。盾はまだあるかい?」
「はい。どうぞ。」
オレはアイテムボックスから大盾を2枚出すとタロウとサオリにそれぞれ配った。
「よし!船長!奴のバックに回れるかい!」
「お任せを!」
エイハブが大きく舵を切ると船は左へと急旋回した。シードラゴンはその巨体故にこちらほど小回りは効かないようでまっすぐに通り過ぎて行った。
「よし!後ろを取ったぞ!アメリ!大砲だ!」
「おう!」
オレは砲座に座るとスコープでシードラゴンの後頭部に狙いを付けた。
その後頭部がゆっくりと振り返るのがスコープ越しに見えた。
かまわずオレは大砲に魔力を流した。
ドゴーン!
狙いはバッチリだ。振り返った顔面に向って砲丸は弧を描いて飛んで行った。当たったと思った瞬間シードラゴンは頸を振った。
「な、なにー!」
思わず声が出てしまった。なぜなら巨体に似合わない動きでシードラゴンが砲丸を避けたからだ。
「やばい!来るぞ!」
タロウの叫び声とほぼ同時にシードラゴンはブレスを吐いた。今度は全員大盾で被害を防げた。
「アメリ!頭が駄目なら体だ!」
ブレスが止むやいなや。タロウが命じた。
「ラジャ!」
オレは照準を下に向けて大砲の弾を撃った。
ドゴーン!
同時に大きな水柱が上がった。怯んだシードラゴンはブレスを撃つ事をあきらめ逃げ始めた。
「よし!当たったな!サオリもサンダガを撃て!一気に叩くぞ!」
「おう!」
タロウの命令で二人は呪文を唱え始めた。しかし唱えた呪文は魔法として発動する事はなかった。なぜならシードラゴンは魔法も大砲の弾も届かない海中へと姿を消したからだ。
「まずいな。海の中に逃げられたらさすがに手も足も出せないぜ。」
海の中を覗き込んでタロウが言った。
「ええ。最悪の事態になりましたね。海中から攻撃されたらこちらは反撃もできませんから。でもやつも得意のブレスを海の中じゃ撃てませんから、体当たりをかますしかないでしょう。幸いこちらには鑑定がありますから不意打ちされないようにタロウさんとオレで見張りましょう。」
「わかった。じゃあ俺は船首から右方向を見張るから、アメリは船尾から左方向を見張ってくれ。」
「わかりました。」
答えて砲台から降りて船尾から海の中を鑑定するとさっそくシードラゴンの反応があった。
「さっそくいました。船の動きに合わせて海中を泳いでるみたいです。」
オレは船の後ろを指さして言った。
「今度は俺達が後ろを取られたってわけか。後ろじゃ大砲も撃てないな。よし!とりあえず距離を取ろう。船長スピードを上げてくれ。」
「それが先程からの戦闘で魔力を使い過ぎました。これ以上のスピードは無理です。」
「なんだって!激突は避けられないのか!」
「とりあえず落ち着いて!呪文を唱えておきましょう!撃てるかどうかわからないけど!」
オレはパニックになりそうになった自分も含めて落ち着かせるためにみんなに呪文を唱えさせた。
すると海中のシードラゴンの反応がだんだん大きくなってきた。
「みんな!来るぞ!海に落とされないように何かにつかまれ!」
ドゴーン!
オレが警告を発した直後に衝撃が船を襲った。あらかじめ衝突のショックに備えていたオレ達は海に振り落とされることはなかった。
「また来るぞ!」
ドゴーン!ドゴーン!
今度は体当たり2連荘だった。なんとか耐えていたオレは嫌なものを見てしまった。大きな顔がこちらを見ていたのである。頸の長いシードラゴンは体で体当たりをしながら頭を海上に出しこちらを見ていたのだ。オレはシードラゴンの頸の長さを見誤ってしまっていたようだ。
その頭がサオリを一飲みにした。さらにはブレスを放った。
「サオリー!」
オレは叫びながらブレスの猛攻に耐えた。
「「サンダガ!」」
ブレスが止んだ瞬間にオレとタロウはサンダガを同時に撃った。怯んだシードラゴンは
頸を海中にひっこめた。
「サオリー!」
オレは必死でサオリの名前を叫んだが先程みたいにサオリはワープで戻って来ることはなかった。
「サオリ。まさか食われたのか。」
「サオリは食われたりしてません!ワープでどこかに逃げたんです!」
オレはタロウの襟首をつかんで言った。
「わ、わかった。サオリは生きてるよ。それでどうする?仲間も一人欠け、もう逃げるしかないんだけど。」
「逃げる事はありません。オレがなんとかしますのでタロウさん代わりにシードラゴンの見張りを代わってください。」
そう言ってオレはタロウをつかんだ手を緩めた。
オレはどこかでシードラゴンをなめていたのかもしれない。こちらが無傷で勝つ事ばっかり考えていた。そんな事で勝てるほど甘い相手ではなかった。サオリの死?で目が覚めた。こちらも手足をもがれようと全力で倒す。シードラゴン。お前はオレを本気にさせた。これからオレの本気の攻めを喰らいやがれ。
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