第212話 黒髪(サオリ)復活
「アーリン。あんた。サオリになんかしたね?」
唐突に男女に聞かれた。今、当番の私と早起きの男女は二人で朝ごはんの用意をしていたところだ。
「え?いったい何のことですか?」
「とぼけてもダメよ。オレには鑑定があるからね。」
そうだった。幻影魔法使いの私にとって、天敵ともいえる存在が男女だった。
「す、すみません。すぐに解きます。」
あわてて私が謝ると。
「いや。謝らんでいいし解かんでいいよ。むしろ良くやったくれたと思っているから。シードラゴンと対峙してからのサオリはずっとビビってたからね。こういう使い方ならどんどん使って良いよ。ただし私利私欲のために使ったら絶対に許さんから。」
と、どすの効いた声で男女は言った。
「は、はい。」
蛇に睨まれた蛙だ。私は男女には頭が上がらないと改めて思った。普段の脳筋さ加減と違って時々とてつもなく鋭くなる。昔、黒髪に聞いたけど、男女は文字通り男と女二人の人格が融合しているらしい。私と一つしか違わない少女と異世界の大人の人格だ。普段の脳筋な性格は少女由来のもので、ピンチの時の冷静沈着な性格は異世界人由来の物なのか。見た目は私と変わらないあどけない少女なのに中身は立派な大人でもあるのだ。
「リオにもしたね?」
その大人が続いて問いかけてきた。
「いや。リオさんは勝手にかかってしまったんですけど。」
「やっぱりリオもいるときに魔法を使ったんだ。リオみたいな脳筋は簡単にかかるからね。でもリオの魔法は解いた方が良いんじゃないかな?じゃないとアーリン達自身が困ると思うよ。今だって朝から晩までダンジョンでへとへとなんでしょ?これ以上に働かされられるかもよ?」
「やっぱりそうですよね。私もそう思ってました。早急に解きます。」
「うん。頼むよ。アクティブなのはリオの長所だけど行き過ぎると暑苦しくてウザいからね。」
「でもさすがアメリさんですね。わたしの行動が見透かされるなんて。おばあちゃん以来ですよ。」
「うん。うん。もっと褒めて良いんだよ。オレは凄いんだよ。」
どや顔で言ってるのは脳筋少女の性格が強く出ている状態だな。
「アメリさん。天才。ずっと付いていきます。」
「うん。うん。」
私がよいしょすると男女は笑顔でうなづいた。こういう時の男女は単純で扱いやすい。
「おはよう!アメリ!アーリン!」
黒髪が元気いっぱいで食堂に入って来た。
「おはよう。サオリ。」
「おはようございます。サオリさん。」
私達二人は挨拶を返した。
「いやー。昨日はなんかすっきりとしてよく眠れたわ。うじうじとして悩んでいたのがうその様だわ。ありがとう。アーリン。」
「いえ。私は買い物とかに付き合っただけですよ。」
私は咄嗟に嘘をついたが、噓も方便である。私の魔法で元気になったって言わないほうが良いだろう。男女も親指を立ててよくやったと言ってくれている。
「よし!アメリ!走りに行くよ!」
「え!アーリン。抜けるけど良い?」
「はい。良いですよ。後は私がやっておきますから。」
二人を送り出して私は朝ごはんの準備に取り掛かった。
***
今日もモグラのように朝から晩までダンジョンに潜って家に帰ると、食堂のテーブルの上に置手紙があった。
『準備が整いましたのでシードラゴンを退治に行きます。
アメリ、サオリ』
唐突だなあ。私達が帰るのを待ってから出発すれば良いのに。でもそこがあの二人らしいや。たとえシードラゴンと言えど特別な事は何もないんだ。ゴブリンでも退治しに行くように気軽に出かけて行ってしまった。あの二人ならどんな強敵でもなんとかするだろう。なぜならこの世で私が認める唯一唯一無二の二人だからだ。
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