第198話 アームファイト
次の日にお嬢様は戻りの積み荷の買い出しへと町へ繰り出そうとしたが父親のアベルに止められた。考えたら当然である。リーベの町の特産品はアベル商会で大概は揃う。アベル商会の倉庫の中に有るものを馬車に積んで終わりであった。
「出発は明朝だけど、お父様のおかげで時間が余っちゃったね。どうしようか?」
「そうね。わたしとアーリンは冒険者ギルドに顔を出してみるわ。近くにダンジョンもあるみたいだし情報収集にね。」
「え!なんて仕事熱心な。今日一日くらいゆっくりとすれば良いのに。」
黒髪の答えにお嬢様はちょっと驚いていた。
「ダメよ。お嬢様のおままごとと違ってわたし達は生活がかかってるからね(笑)。それにダンジョンの情報を持って帰らないとうちのダンジョン狂いの人達に叱られるからね。」
「悪かったわね。おままごとで。でも結局親にお世話になっちゃったからおままごとと言われても仕方ないか。じゃあ今日は私はサオリ達のおままごとじゃない本気の仕事を見学させてもらうわ。」
「仕事と言っても情報収集だけだからたいした事しないよ。」
「と言う事は危険な事はないって事じゃない。だから大丈夫。」
「まあ。そうだけど。」
「私、冒険者にも興味あったんだ。やっぱり自分の身は自分で守れるようになりたいからね。そう言うわけだから一緒に行こう。」
このおてんばお嬢様はやっぱりドレスより剣を好むのか。親のアデルが知ったらどんなに嘆くのか。いや、もう知ってんのか。
私達はお嬢様の案内で冒険者ギルドに行く事になった。冒険者ギルドはやっぱり目抜き通りにあり商業者ギルドほどでないにしろ立派な建物であった。
私が先頭になって冒険者ギルドの扉を開けて中に入った。冒険者ギルドの中にたむろっていた暇な冒険者達が一斉に私達を睨んだ。無理もない。およそこんな場所に似つかわしくない少女が3人入って来たんだ。好機の目にさらされるのも仕方ない。そんな好機の目を無視して私達は開いているカウンターへと向かった。いや向かおうとした。先頭の私の前を後ろから入って来た二人組の男達が私を突き飛ばして割り込んできた。
「この!」
「おっ。わりい。わりい。おじさん達はちょっと急いでるんでね。薬草採集のお嬢ちゃん達は後にしてくれよ。」
私が文句を言おうとしたら完全にお子様扱いされた。もう頭に来た。ぶっ飛ばしてやろうか。
私がその男を掴もうとしたら逆に後ろから掴まれた。
「アーリン。ダメよ。」
「は、はい。」
黒髪に制されて私は渋々引き下がった。良かったな糞親父ども。黒髪に感謝しな。でなかったら今頃はあんたらはカウンターの奥でのびてたろうよ。
割り込まれた私はいらいらしながら順番を待った。二人の糞親父はいくばくかのお金を受け取るとようやくカウンターを開けた。
「ごめんなさいね。彼らは少々行儀が悪くてね。」
カウンターのお姉さんは謝ってくれたが、謝るくらいなら奴らに注意をしろと言いたい。まあ奴らが怖くて注意しきらんと思うけど。
「それで今日はどういったご用件で?」
「どういったご用件もないわよ。しつけのなってない糞冒険者にそれを注意しきらん糞ギルド職員。最低ね。」
「す、すみません。」
私の勢いに気おされたお姉さんが再び謝った。
「まあまあ。アーリン。少し落ち着いて。わたし達はここにクレームつけに来た訳でも喧嘩しに来た訳でもないから。」
そう言って黒髪が私の前に出た。
「実はわたし達は旅の冒険者なんですけど。こちらのリーベに来たついでにこちらでも冒険者登録をしようと思いまして。それとこちらにもダンジョンがありますよね?詳しいお話が聞けたらと思いまして。」
「ああ。でしたらすぐに登録しますから少しの時間冒険者プレートを預からせてもらえますか?」
そう言って受付のお姉さんは私と黒髪の2枚の冒険者プレートを受け取った。
「これは・・・・・・」
ビックリして思わず口に出しそうになるお姉さん。どうせ黒髪のA級冒険者プレートを見て驚いてるんだろう。むかつく。
お姉さんは魔導機械に2枚のプレートを通すと私達に返してくれた。
「これであなた達二人はリーベの冒険者としても登録できました。依頼も自由に受ける事ができます。あ、ダンジョンでしたね。こちらリーベの町の近くには現在二つのダンジョンが発見されてまして・・・・・・・・」
お姉さんの説明を聞いた後に私達は飲食コーナーの方へと向かった。
「ガラの悪いのがいっぱいたむろしてるのになんでわざわざ酒場の方に行くの?サオリ。」
さすがの男勝りのお嬢様でも冒険者ギルドのガラの悪さには少々ビビってるみたいだ。
「うん。ダンジョンの事は実際に潜ってる冒険者に聞くのが一番だからね。あっ。いたいた。」
先程私を突き飛ばした糞野郎二人がもらったお金で案の定祝杯を挙げていた。
「ちょっとおじさん達、順番はちゃんと守りなさいよ。」
私は糞野郎どもの前に出て物申した。今度は黒髪も止めない。
「ああ。なんだ?俺達にあやつけようってんのか?お前ら相手をよく見てから物言えよ。」
案の定糞野郎Aが凄んできた。糞野郎Bはあっちへ行けとばかりに無言で手を振った。この糞野郎どもめ。やっぱりぶちのめしてやろうか。
「ちょっと。アーリン。何やってんのよ。すみませんね。うちの相方がまたなんか失礼な事を言って。」
そう言って黒髪は両手に抱えたエールのジョッキを何杯もテーブルに置いた。
「これは何の真似だ?」
糞野郎Bが不審がって尋ねた。
「これはわたし達のおごりです。そのかわりと言ってはなんですがリーベの町のダンジョンの事について少し教えてもらって良いですか?」
「おう。良い心掛けじゃねえか。良いぜ。ダンジョンの話ぐらいお安いもんだ。」
糞野郎Aがエールのジョッキを受け取って言った。
「それでお二人は見たところ凄くお強そうなんですけど。A級冒険者なんですか?」
「やっぱり俺らはそんなに強そうに見えるか?うれしいね。ただ残念ながらC級なんだけどよ。」
「え!C級なんですか?実はうちのエースのアーリンもC級なんですよ。どうですか。同じC級同志で力比べしてみませんか?」
「アーリンって?そこの俺に絡んできたお嬢ちゃんか?良いけど力比べって何するんだ?そのお嬢ちゃんが実は魔法使いで魔法でぎたぎたにされるのは勘弁願うぜ。」
この糞野郎は見かけによらず用心深い。ていうか黒髪、何勝手に仕切ってんだよ。
「剣で戦ってアーリンが殺されるのも嫌ですから、腕相撲でどうですか?」
「腕相撲?俺とこのお嬢ちゃんでか?正気か?」
糞野郎Aがそう言うのも無理はなかった。糞野郎Aは2メートルはあろうかという大男。対して私は160センチにも満たないか弱い乙女。誰がどう見ても私に勝ち目はない。
「アーリンの心配ならいらないですよ。アーリンもC級冒険者ですからそれなりには鍛えてますから。」
「それなりってお前。俺らは毎日ダンジョンに潜って命がけの戦いをしてるんだぜ。俺をでかいだけのうすのろと見たら大間違いだぜ。ケガするからやめときな。」
「アーリンも冒険者ですからケガしても文句は言いませんよ。どうです。アーリンに稽古をつけてやるつもりで軽くひねってやってもらえませんか?」
「まあ。そこまで言うなら相手をしてやろうか。」
「ありがとうございます。じゃあ。シーナはテーブルを片付けて。」
「ちょちょっと。何勝手に話を進めてるんですか。私があんな大男に勝てるとでも思ってるんですか?」
「アーリン。あなたなら勝てるよ。たぶん。それにケガしてもわたしが治してあげるから。」
「わ、わかりました。すぐにハイヒールかけてくださいよ。」
「うちの選手もようやくやる気になりました。あなたお名前は?」
「俺の名か?ガンディーノだ。」
「よし。皆さん。注目。ただ今からここにいる美少女のアーリン選手と雲を突くような大男であるガンディーノ選手とのスペシャルマッチを行います。」
黒髪が突然大声で酒場にいる冒険者どもに話始めた。
「スペシャルマッチて何をするんだい?」
酔っ払いの一人が聞いてきた。
「腕相撲よ。ただ今からアーリン対ガンディーノ。美少女対野獣。か弱い美少女が大男に腕相撲で挑みます。ハンデはありません。美少女のアーリンを応援すると思ってアーリンに賭けてください。」
やっぱりお金を賭けさせるんだ。しかし私に賭ける人いるのか?
「ガンディーノに白銀貨1枚。」
「俺は2枚だ。」
「よし。俺は3枚。」
案の定私に賭けるもの好きはいない。このままじゃ賭けは成立しないんじゃないか。
「みんな。アーリンにも賭けてやってよ。アーリンはこう見えてもC級冒険者なんだよ。」
「C級って言っても剣とかの達人なんだろ。やっぱり俺はガンディーノに賭けるぜ。ガンディーノに白銀貨3枚。」
「いくらお嬢ちゃんが強くたっても腕相撲は力だからね。力でガンディーノに敵う奴はこの冒険者ギルドにいないぜ。拾えるお金は確実に拾っておかないとな。白銀貨1枚。」
「そのとおりだ。俺は白銀貨2枚。」
「白銀貨1枚。」
「白銀貨2枚ガンディーノに。」
やっぱり誰も私に賭けない。わかってはいたがなんか寂しい。結局のところ白銀貨21枚対ゼロになってしまった。
「ちょっと待てよ。誰もお嬢さんにかけないんじゃ。これじゃあガンディーノが勝っても俺らの取り分は無いじゃないか。」
「そう言う事ね。ええい。仕方ない。アーリンに白銀貨10枚。これでどう?わたしの全財産よ。」
「正気か?お嬢さん。」
酔っ払い男の言う通りだ。私に賭けるなんて正気なのか黒髪は。
黒髪が賭けた事によってますます盛り上がった。
「確認するけど、もう賭ける人はいないね。」
「アーリンに白銀貨5枚。」
いたよ。正気でない人が他にも。お嬢様まで私に賭けるなんて。
「良いの?シーナさん。」
「もちろんよ。アーリン。死んでも負けるな。」
「じゃあ。アーリン白銀貨15枚。ガンディーノ白銀貨21枚で下馬評ではガンディーノが圧倒的に優勢ね。我らが美少女戦隊のエースアーリンならその劣勢を覆して勝ってくれるわ。少なくともわたしはそう信じてるわ。アーリンに賭けなかったみなさん後悔しないでね。」
「美少女戦隊か。風のうわさで聞いた事あるぜ。王都で今売り出し中のパーティだな。なるほどそこの一員ならガンディーノの相手としては不足無いって事だ。しかし我らがガンディーノだって力だけならA級冒険者にも負けてないぜ。」
黒髪の挑発に酔っ払いの一人が答えた。いやそんな事よりA級冒険者にも負けないってどういう事?聞いてないよ。私はうちのパーティのA級冒険者の中で一番力の弱い守銭奴にも敵わないよ。これって駄目なパターンじゃない。負けちゃうよ。
弱気になった私が黒髪を見つめると
「アーリン。ちょっとやばいわね。でもわたしの全財産とシーナのお金がかかってるんだから死んでも勝てよ。これは単なる力試しの腕相撲なんかじゃないわ。死ぬか生きるかの殺し合いだと思って。こんな時アメリならどうする?アメリになったつもりで戦って。」
励ましてくれるかと思ったらお金がかかってるから死んでも勝てよって。負けても良いからこの場から逃げ出したい。でも一応アドバイスもくれたわね。男女か。男女ならこういう不利な場面でも絶対に覆してくれるよね。そうか男女になれば良いんだ。男女になったつもりで戦えば良いんだ。男女ならどうするか考えれば良いんだ。
私が自問自答を繰り返している間にも決戦の時間は近づいた。
「じゃあ。良い?まずは手と手を組んで。」
黒髪の指示で私と糞漢はテーブルの上でがっちりと右手と右手を組み合った。
手を組み合えば相手の力量は大体わかる。強い。A級冒険者より力が強いって言うのははったりじゃない。これはやばい。
糞漢のほうも私の力量が判ったみたいだ。にやりと笑いやがった。
「無理!無理!絶対に無理!」
恐怖にひきつった私は思わず本音を出す。
「ちょっと。今更取りやめはできないわよ。あんたにはわたしの全財産がかかってるんだから腕が折れようとも頑張りなさいよ。」
へたれの私に黒髪があきれたような声で声援を送る。
「おい。おい。勘弁してやれよ。このお嬢ちゃんも確かに強いと思うが挑んだ相手が悪すぎたぜ。俺に賭けなかったあんたが悪いんだぜ。」
勝を確信した糞漢が余裕の表情で黒髪を諭す。
「そう思うなら。少しは手を抜いてやってよ。相手は見た通りか弱い乙女なのよ。」
「ふん。そうやって俺の油断を誘う作戦かい。残念ながらこれは勝負だ。相手が赤子でも俺は全力で行くぜ。」
「鬼かあんたは?ちょっとみなさん。聞いて。この鬼はこのか弱い乙女のアーリンちゃんを全力でぶっ潰すぜなんて大人げない事を言うのよ。」
黒髪は酔っ払いどもに向って言った。
「全力でぶっ潰すのはさすがに大人げないぜ。適当に遊んでアーリンちゃんにも見せ場を作ってやれよ。」
「そうだ。そうだ。一瞬で勝負がついてもつまらんぞ。ちょっとは手を抜いてやれ。」
酔っ払いどもも糞漢の勝を確信しているので好き勝手を言った。
「やかましい。外野は黙ってろ。よし良いだろう。ハンデをくれてやるぜ。最初の3秒は俺は腕を動かさないでやるぜ。3秒で何とかしてみろお嬢ちゃん。」
「やったわね。アーリン。3秒くれるって。3秒で何とかしなさいよ!」
「は、はい。」
黒髪は笑顔で私に言ったがその目は笑ってなかった。負けたら殺される。黒髪に。
「よし。私が始めと言ったら手を放すからそれが戦闘の合図よ。準備は良い?」
「おう!」
「は、はい。」
「じゃあ行くよ!始め!」
黒髪は勢いよく手を跳ね上げた。
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